「姉ちゃんさー」
会計が済んだ買い物をレジ袋に詰めていたの声に、は財布にレシートを入れていた手を止めると「何?」と首を巡らせた。
「何でいるわけ?」
「…は?」

ぶしつけな質問に思わず疑問で返してしまったは瞬き二回。
もう一度「は?」というと、はあきれた態であからさまなため息を吐いた。

「だからクリスマスイブに!何で普通にこっちにいて!何で普段着で!何で買い物をしてンのかっつってんの!」

何でって
それは晩御飯の用意をするには買い物が必要だから?

とぼけるにしろもう少しマシなボケがあるだろう
は出かかった言葉をグッと飲み込むとレシートを財布に直した。

「自分だって家いるじゃん」
「あたしはまだ学生でしょうが!おいそれと東京になんて出向けないっつーの!」
「…」
「その点誰かさんはもう大人ですし?ましてやクリスマスイブが誕生日の彼氏なのに?なのに家にいるっておかしくない?え?おかしいよね?」

問答無用に問い詰められて言葉に詰まった時、携帯がふるえる。
着信画面を見たがさりげなく電源を落としてかばんに携帯を戻すのを横目で見た
「まさかクリスマスにケンカしたとか笑えない冗談は言わないよね…?」と打って変わった神妙な声で尋ねてきた。

「ケンカは…してない」

ポツリとこぼすような言葉になるほど事情の根底はうかがえる。
姉は基本怒らない。特にリョーマには怒らないというより怒れないだろう(もっとも世界で一番怖いのは姉だとは思っているが)
ということは

「また意地張ってるわけ?」
「…」

鮮やかに視線をそらされた。どうやら図星らしい。
こういうときに勘が冴えるのはもはや才能だろうとはニヤリ口端を持ち上げて笑う。
気分は探偵を追い詰める犯人。しかしこれほど簡単に折れてくれそうな犯人もいまい。
「大方”24日の昼は部活なんだし、夜は家族と一緒にすごしなよ。わたしは大丈夫だからー”とか言ったんでしょ?」
「……」
「ンでリョーマがムッとして、何か言われる前に逃げちゃったわけだ」
「………、晩御飯抜き」

ギョッと目を見開く
本当に晩御飯を抜かれることはないだろうが、クリスマスにこれ以上の逆鱗に触れるとたちが悪い(ようは根に持つ)
これ以上触れないのが得策だとは両手をあげて、へらりと笑顔を取り繕った。

「クリスマスのごちそう、楽しみだなー」
「だよね。手料理が食べれることを感謝なさい」



【二人きりの…】



ipodのイヤホンを耳につけたは壁に背中を預けて窓の外から月を見上げると、再生した。
心地よいメロディーにのって、ハスキーな少し高い声が流れてくる。
誰にも聞こえないように小さな声で「リョーマ、誕生日おめでとう」というと、さみしさから逃げるように身をちぢめて膝に額を押し付けうずくまった。

「これで、いいんだよ」

リョーマはまだ中学生
リョーマがよくて越前さんが歓迎してくれたとしても、
きっと両親はが越前さんと入れ替わって彼らの子どもとして過ごしていたことを知らないから、家族水入らずで誕生日を祝いたいと思うだろう

(あ、でも越前さんは何かチクチクいじめてきそうだな)
倫子よりよっぽど姑染みた彼女は何かと絡んでくるのだが、その笑顔はとても穏やかで、悪意というよりもイタズラを楽しむ子どものような表情をしている。
最近人柄が変わったと言われたと少し不満そうに言っていたけど、そのあと実はまんざらじゃないんだよね、とほほ笑んだときは本当にやさしく微笑んでいて、
が笑うと「アンタのおかげじゃないんだからね!」と釘を刺された。ここだけの話、は越前さんにツンデレの萌えを感じるらしい。

「ねー、姉ちゃん」

ひょこっと顔を出したの声には「わ」と我に返ると、携帯を片手にコチラを覗き込んでいるに視線を向けた。
「何?」
「母さんが買出し行って来てってー、あたし今から電話なんだよねー」

むふふ
手の中の携帯電話を誇らしげにみせる姿に大方のいきさつは察することができる

だが

「外寒い」
「いーじゃん、彼氏に電話する気もないひまじんなんだから、買い出しくらい行きなよ」
「………」
「もう晩御飯終わったから怖くないもんねーべーっだ」

そのままパタパタとかけて出て行ってしまったを恨めしげな瞳で見ていただったが、仕方ないかと立ち上がるとコートをひっかけた。
さっさと行って帰って来よう
出かけようとしたは母にそんな恰好でいいのかと尋ねられ、別に近くなんだからいいじゃん、というと、それならいいけど、と言葉が返ってくる。

財布を持って外に出ると、歩きつつ再びipodを装着
リピートでかかる歌声に合わせては小さく歌を歌った

リョーマのこういう歌は苦手だ
「君」とか言われると何だか無性に恥ずかしくなってのたうちまわる。そのくせ停止ボタンは押さないというこの矛盾



「その手を離さないで…かぁ…」

手袋を置いてきたためかじかんだ指先を合わせると、白い息を吹きかける。じん、と指先に伝わる熱としびれ。
「今でこそこうやって聞けるけど…あの頃はよくリョーマの歌聴いて泣いてたなぁ……」

どうして会えないのかと何度途方に暮れたことか
好きになったことを後悔したか

それでも好きなのだと思い知らされたことか

結局
好きで好きでたまらないことしかわからなかった

でもリョーマの手は見えなくて

握れない
握りたいのに握れない

どんなに好きでもむくわれない でも好き
会いたい 会えばきっともっと好きになってしまう。どうしようもない以上に
リョーマに想われたら 依存してしまう。そんな自分にはなりたくない
会いたい なら、会わないほうがいいのかもしれない

幸せになる権利は誰にでもあるというけれど
同じ空の下にいもしない人をこんなにも好きになってしまった自分に幸せになる権利はないのじゃないだろうか、そう思って泣いて、途方に暮れて

「あーあ」

今もやっぱり

空に伸ばした右手でギュッと宙を握る

「会いたいなぁ」

伸ばした手は触れない
今度は不器用な自分のせいで

その時左手に誰かの手が絡んで、はビクッと身をふるわせると豆鉄砲がはじけたように首をめぐらせた。
「…へ?」
間抜けな声

「りょーま?」

パチパチと繰り返す瞬き
こちらを見上げてくるリョーマは青学のジャージを着ていて、テニスバッグをしょっている。
現状に理解が追い付かないがぐるぐると目を回していると、彼は手を握る力を強めた。

「電話は出ない。メールの返事は来ない…どういうつもり?」

そりゃまあ電源を切ってたからで
は思わず目をそらして逃げそうになったが、ハッと己を取り戻すと「何で!?」と上ずった声をあげた。

「何でこんなところいるの!?しかもジャージ…!!??どうやって…!」
「部活終ってすぐ、飛行機で来た」
「お金は!?」
「姉貴に借りた」
「なんで…!」
「会いたかったに決まってるでしょ」

淡々と帰ってくる返事だが、は気が気じゃない

「飛行機って…一人で乗ったの!?」
「バカにしてんの?少なくともよりは乗ったことあるし、アンタよりもしっかりしてる」
「それはそうだけど…いや、認めるのは変だよね…そうではなくて……!家族は?!」
「今も十分変だけどね。
オヤジは母さんに連れられてどっか行ったし、奈々子さんもいないし、姉貴はデート。
たぶん、姉貴が母さんに言ったンじゃない?クリスマスに過ごしたい人がいるって、俺も姉貴も」

だからって飛行機で来るなんて!

「過保護な越前姉はどこ行ったの?!」
「だからデート」
「そうじゃなくて…!」

ここまで変わるともはや豹変だ。
あんなにリョーマ命だったのに…!

いや、今も命だと困るのはこっちなんだけど

「姉貴の話は、いい。それよりもアンタがどういうつもりだったか聞きたいんだけど」

電話に出らず
メールも見ていない

はギュッと眉根を寄せると、唇を一文字に結んだ。

「…わたしは……」

言うのにためらってリョーマを見ると、まっすぐに見つめ返されて今度は視線を泳がせる。
「わたしは、リョーマよりずっと年上だから大人でいなくちゃいけなくて…それになにより、南次郎さんと倫子さんに嫌われたくない。
大人のくせに常識がないなんて思われたくないもの。
今、今日我慢したら、もしかしたら大人になって公認で一緒に過ごせる日が来るかもしれないでしょ?だから…」
「あのさ、今日は今日なんだけど」

リョーマの一言に思わずあっけにとられて、は口をつぐんだ。

「未来を大事にしたいから、今を大事にしないっておかしいでしょ」
「それは…!」
「ねえ、アンタ絶対わかってないだろうから言うけどさ、俺はアンタに誕生日を祝われたいわけじゃなくて、アンタと一緒に過ごしたいんだよね」

電話やメールで「おめでとう」の言葉が欲しいわけじゃない
ただ
今日という特別な日を君と一緒に過ごしたいだけで

「俺はアンタより年下で、この差は絶対に埋まらない。でも、一緒に歳を重ねていくことはできるだろ?
だいたい、どっからが大人でどこまでが子どもなんて誰にも決められないンだからさ。
事実、アンタ年上のくせに抜けてるし、俺のほうがしっかりしてると思うんだよね」

言葉にしないと伝わらない気持ちもある
だいたいに至っては1から100まで言わないととことん先走って考えて悩んで、勝手に落ち込むのだ
「先の見えない未来の俺より、今日の俺、大事にしてほしいんだけど」
「……」
「返事は?」
「………うん」

よくできました
頭をポンポンと叩くと、彼女は涙を流してひぅっとしゃくりあげる。

「もしかして、もグル?」
「まあね。あんたと連絡が取れないから姉貴に切原妹と連絡とってもらって、聞いた。どうせならサプライズをってサンに提案されて…」

それで買出し、母もグルだったわけだ
そんな恰好でいいのかと言われたあたりで想像がつけばよかったものを、
それにしてもの妙ないたずら心はいくつになっても治らない気がしてきた。先が思いやられる。


――ねねね、リョーマ
おそらくのことを考えているのだろう、顔を渋めているを前に、リョーマは電話越しの喜々とした彼女の声音を思い出した。

――今から歌の歌詞送るからさ、姉ちゃんに言ってみてよ

「今日、アンタん家泊めてもらうことになっててさ」
「…へ」
「ホントはホテルとるつもりだったけど、歳が歳だし、家泊まればって言われたんだよね。だから」

――きっと煙吹くよ!あー!あたしも見たいなぁッ

「アンタが寝るまで、そばにいる」


ぼふん、との頬が真っ赤になる
口をパクパクと開いた彼女はしゃがみこむと声にならない悲鳴をあげて

リョーマはつないだ手を離さずにふ、と笑った


優しく抱き締めるなんてうまくはいかない
彼女は絶対にぶっ倒れるにきまっている

だから


この手を離さないで
というよりも


「俺が離さないンだけどね」

離す隙なんて与えない
幸せにすると決めたあの日から

星座じゃなくて
俺達は地図を描いてるはずだから
遠い未来で俺達はきっと、それを見つめなおして笑いあう日がくるのだろう

「…お誕生日、おめでとリョーマ」
「ン。メリークリスマス、



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遅れたけどリョーマおめでと!!
この歌をイメージした夢が書きたくて、見つけての主人公ができました。
なんというか、もう言葉になりません
リョーマをこの世に生んでくれたたしけ先生に感謝してもしたりない…!ああリョーマっ
来年もきっと、わたしはリョーマを応援し続けます。
そして姉とリョーマが幸せに過ごしてくれるよう、こころから祈り続けます。
二人とも大好きです
誕生日おめでとう。リョーマ

イメージ曲:二人きりのMerry christmas