「ってことで、お泊りお願いしちゃっても宜しいでしょうか」

にこ、っと笑って見せたに対して、出迎え役だった赤也はぽかんと口をまん丸にした。
いかにも「どちら様ですか?」と言いたげな顔である。しかも、ってことでの繋ぎどころが全く判らない。

「…ちゃんッ!」

後ろにいた切原さんが慌てて赤也を押しのけ、に抱きつく。

「久しぶりー。切原さん元気だった?をー、この顔見るのも久しぶりだなー」
「うん、私は元気だよ。久しぶりだね、会えて嬉しい」


「っ!ッ!?」

それまで唖然としていた赤也が、突然弾けたようにを指差しながら叫ぶ。
「そーだよー、忘れてたなんて失礼な!」と舌を出したを見て、再び間抜けな顔を見せる。

「お前、何でここにいんだよ」
「何でってそりゃあ…手っ取り早く言うと、学園祭に呼ばれたから」

にへら、と笑みを浮かべると、隣にいた切原さんがの手を引く。
「何日ぐらい止まるの?」「えっと、学園祭が一週間半準備で三日間学園祭だから…出来れば二週間ぐらい…」

ぱっと顔をほころばせて、はにかみながら笑った切原さんを突然ぎゅぅっとが抱きしめる。

「かっわいーなーッ!もう!こんな可愛いと攫いたくなっちゃうよ!」
「はーいはいはい、そこどけ!に近寄るな…ん??」

「「ん?」」

げ、と顔を歪ませた赤也に、Wが顔を見合わせて笑う合う。
「じゃあ、あたしのことはお嬢様ってお呼び!」にぃっと笑って見せたに対し、切原さんも負けない。

「え?えっと…じゃあ私は…たまかな」
「あはは!それいいね!前の切原さんなら考えられない発言だね!」
「うん。冗談と変態発言はあっちにいるとき散々覚えたから」

Wの会話に、赤也はただ唖然とすることしかできなかった。








!?」

まずに気がついたのは、言わずともがなブン太だった。

普段赤也ともブン太ともメールはしているが、自分の画像を取るのが嫌いなの画像を持っているのは唯一ブン太だけで、
噂では千石も持っていないのではないかという説もある。
それもあって、昨日赤也はに気付かなかったが、ブン太が今日一番に気付くことができた。

「やっほーブンちゃん。どぉ?元気ですかぁ?いーち、にー、さーん、ダー!」
「お前やけにテンション高くねーか?」
「あったりまえじゃん。みんなに会うの久しぶりなんだから」



立海大付属中学。久しぶりの響きだ。こことも、お別れして一ヶ月か二ヶ月経つ。
実際あんまり時間が経ってないけど、それでも気分的にはもう半年以上いなかった気がする。

その玄関口に、テニス部レギュラーメンバーが集まっていた。
正確に言うと、レギュラーメンバー+マネ(切原さん)+である。

「元気じゃったか」
「うん。ちょー元気だよぉ!」

他愛もない会話を少しの間だけみんなとして、それからすぐ駅に向かう。

「真田!ちょっと見ないうちに、若返ったんじゃない?ちょっとだけ青年っぽく見えるよ、ちょっとだけね。こんくらい」

そういいながら三ミリ程度の空間を人差し指と親指の間で作り、真田の前に突き出す。

「当たり前だ。お前がいなかった分、苦労がなかったからな。お前が居る時ときたら…苦労しか覚えがない」
「うっわー、コイツすんげー失礼!いいもんねー、また迷惑かけてやる!」

べぇっと舌を出し、真田の隣にいた赤也に寄る。

「つーかさー、ホント赤也最悪だよね。あたしのことわかんなかったとか!なんていうかこう…愛がない?」
「お前副部長が相手してくれないからってこっちかよ…しょうがねーだろ、ホントの姿で会ったのは二回ぐらいだったろ」

あ、そっか。と納得すると、「そりゃしゃーないね」とにぃっと笑う。
こうしてみると、一つ一つの仕草がらしいなと思う。入れ替わったときの記憶と重なって見える。

「お前ってどこまでもお前らしいよな」
「は?何が?もちろん、あたしがあたしじゃなくて誰になるのさ」
「…いや」

変なの、と顔を歪めると、今度の標的を見つけたのかそちらへ走っていった。

「やっぱ俺…」

くしゃっと髪をかきあげると、小さく呟いた。


「あいつのこと好きだ」










電車の中、思ったより混んでいたので、出来るだけ人気の少ないところを求めてが歩き出す。
その後姿がちらりと見えたので、ブン太が後を追う。

一両を過ぎて二両を過ぎて、三両目の一番端に来たときにやっとの足が止まり、車椅子専用のところが空いていたのでそこに納まった。
どう考えても、こんな遠くに来てしまっては東京駅に下りたときにレギュラーメンバーと落ち合うのは難しい。
追いかけてきて良かった、と思いながらの横に立つと、がこちらを見る。

「あれ、どうしたのブンちゃん」
「それはこっちの台詞だっつの。お前一人でどんどん奥に行っちまうから」
「…ああ。だって人多いから」

あたし人酔い激しいんだよね。苦笑したに、ブン太も眉尻を下げた。

「千石には言ったのかよ」
「ん?千石さん?ああ、一応”学園祭に呼ばれました”ってだけメールで。それから携帯見てないからわかんない」

入れ替わったときから、基本的は不携帯電話だった。持っているくせに、持ち歩こうとしない。
持ち歩いたとしても、時間を見る以外使わないので、メールを送っても、下手すれば二日間以上返って来ないことがある。

「お前らホントに付き合ってんのかよ」

小馬鹿にしたように言ってみたが、自身も笑って「さぁ?」と返した。

「付き合ってるとか意識したことないし、友達に彼氏です、とかいって見せたこともないし。
遠距離だし、学生だから滅多に東京とか来ないし。友達でしょそれ、って言われればそうなのかもって思うぐらいだよ」



誰が誰を好きだとか、誰が誰の笑顔を好きだとか、誰が誰を護るだとか。
結局意味のないものに終わってしまった。

が帰ってしまったとき、最初からこうなることはわかってたから仕方ないと思った。
がもう一度現れたとき、きっと神様がもう一度チャンスをくれたんだと思った。

けど、実際は違ったんだ。
一生また会えなかったとしても、きっとは千石を愛してた。の隣に陣取ったのは、最後まで千石だった。
もう一度現れたとしても、それは同じだった。結局の横にいたのは、千石だった。

そうだと思っていたが、それも間違いだった。
は東京には住んでいなくて、会えることなんか滅多にないし、千石だろうがブン太だろうが、奪おうと思えばの周りのヤツが簡単に奪うことが出来る。
護るだとか好きだとか、遠くなってしまえば意味をなさないのだ。

学生は学生という領域に縛られている。大人だったとしても、きっと距離を縮めることは難しいのに、学生がどうしようというのか。


「ま、しかたないっちゃしかたないけどね」

悲しそうに笑ったを横目で見る。こいつは、どう思っているんだろうか。

大好きで大好きでたまらないヤツと、今は同じ世界にいる。同じ空の下にいる。
それなのに、一向に距離は縮まらない。それで満足しているのだろうか。

きっとこいつはこう言うだろう。

『満足だよ、大満足!そんな贅沢、あたしは言えない』

一番傲慢そうに見えて、一番傲慢じゃないといけないところで引け目を感じてる。そういうやつだ。
わかってる。あいつに今も好きだと言えば、あいつが一番困ることも。

だから








伝えたくて、俺はその贅沢をしたくてたまらなくて、きっとこれからもどんなにいい女が現れても、てこでも動かせない自信があるこの気持ちを。

俺は喉の寸前で、こいつを悲しませたくないという、薄い薄い――もうあとちょっとで壊れてしまいそうな、ほんの少しの理性で、    食い止めている。