「あ゛ー、疲れたー」 ガタイのいい身体を丸めた赤也のため息交じりの言葉に、隣を歩いていたジャッカルは苦笑を零した。 「まーな。今日の練習は一段とまあ…ハードっちゃ、ハードだったよな」 最後の最後で言葉を濁らせたのは、 前を歩いていた幸村が「ん?何だい?」と会話に入る態で無言の圧力をかけてきたからだ。 いまさら言い直すにもできず、ごにょごにょと言葉の尻をすぼめることで誤魔化そうとしたジャッカルだったが、一層際立った幸村の笑みがそれを許さない。「ふーん」と彼は唇を鮮やかに持ち上げた。 「ジャッカルには、今日の練習は物足りなかったみたいだね」 何の気なしに幸村がそういうと、ジャッカルが否定する間もなく、真田が食いつく――「何?」 首を巡らせた真田に見つめられるも数秒。彼は「うむ」というと、感心したように何度も首をたてに動かした。 「もう少し練習メニューを見直す必要があるな。連二」 「ああ。もう一段階上げたメニューに挑戦してみるとしよう」 さらりと参謀のお言葉。 あれよあれよという間に決定付けられ、あんぐりと口を開けたジャッカルの傍らで、赤也はギャー!というと、思い切りジャッカルの肩を叩いた。 「どうしてくれるんスかジャッカル先輩ッ」 「俺かよ!?」 毎度お決まりのツッコミにそろそろ新しいバリエーションも欲しいところ。今度は英語で「It's me!?」にでもしてみるか。 そんなジャッカル(どんなだよ)と赤也の後ろを、これまたダルくけだるそうに歩いていた仁王は「はー」とあからさまなため息を吐く。 「これじゃあ当分飯食う気力もないぜよ」 半ばテニスバッグを引きずるように歩く彼の隣で、柳生はキラリと光る眼鏡を持ち上げた。 「練習が有意義な事はよい事ですがね」 「これだから真面目さんは……」 しかし段々喋るのもおっくうになってきた様子。テニスバッグを引きずって歩いているのか、テニスバッグに引きずられて歩いているのか分からないような態でダラダラと歩く彼の後ろは、 更にぷくぅと風船を膨らますブン太で、 「何してんのー?ブンちゃん」 と談笑していたが声をかけると、ブン太は「ああ」とどこか遠い瞳をしたまま、ぼんやりとした返答を返した。 その視線の先を辿ったは「げ」と声を潰す。 「……ブンちゃん、あのハードな練習の後でよくケーキバイキングに想いを寄せられるよね……」 ブン太が見ていたのは、店自体がクリームで彩られたような派手なケーキバイキング店で。入口の立て看板には"カップル限定半額!”とこれまたデコデコした文字でつづられていた。 配色が目に痛い、とは両目に手を押しあてた。 メンバーほどではないにしろ、マネージメントもそりゃあまあハードなものだ。 仁王と同じくしばらくの間ご飯喉通らないなーと思っていたは見ているだけで気持ちが悪くなり、視線を逸らすと、ブン太はパチンとガムを弾けさせた。 そのまま後ろ髪を引かれるように、心なしか歩幅が遅くなる。 「仕方のない奴らだな」 (本人が言ったわけではない)ジャッカルの心意気に感動した真田だが、彼以降のメンツはことごとくたるんでいて、気分を害したようにム、と眉間に皺を寄せた彼に、は両手を広げて駆け寄った。 「真田真田!」 「なんだ?」 「焼肉おごって!」 「……断る」 三秒の間の後却下。はぶぅと頬を膨らませた。 「いーじゃん。店でとは言わないよ!?姉ちゃんがいいスーパー知ってるはずだから、安い肉買って、みんなで焼肉大会しようよー。ねーねー」 「それは名案じゃの」 「…仁王君。先ほどまでしばらくご飯はいいと言ってたばかりじゃないですか」 「なんの話じゃ?」 さらりと話に乗った仁王は、完璧先ほどの事をなかった事にして話に便乗しようとしている。女の子でいう別腹のようなものか――立海には焼肉大好きメンバーが多い。 こと真田もその一人なのだが、 メンバー内で焼肉などしようものなら、一か月分の部費で賄えるかもわからない。 育ち盛りのスポーツ少年が集まれば、争奪戦の上に大食いなのだ。梃子でも了承しまい、と真田が口をつぐんだ瞬間、真田の抵抗などものともしない人物が話に乗ってしまった。 「いいな、それ」 幸村である。 ビクリと肩を浮かせた真田が「焼肉だぞ幸村!」とごり押しの勢いで問うと、幸村はふふ、と華がほころぶように微笑んだ。 「魚も買えばいいじゃないか」 そういう問題じゃない。 そして何故その方向に話がいくのかが分からない。 「どうせなら炭火がいいな。弦一郎の家の庭なら、このメンバーでもそう問題ないだろう」 ちゃっかり柳まで焼肉派に回っている。むしろバーベキュー派というところか。あらたな話の展開に、そりゃぁもうが食いつかぬはずがなく、 「よし!じゃあ今日は真田の家でバーベキュー大会ね!姉ちゃん、この時間だと安いスーパーどこ……って、あれ?」 ランランと目を輝かせて振り返った先には――姉の姿はなかった。 「…ブン太もいねぇぞ……?」 【花より団子】 「…丸井君。ここは一つ……共同戦線と言うことで、いいですね?」 が前方にかけて行ったあと、ついには足を止めてしまったブン太が見たものは、同じく足を止めて店を凝視していたの姿だった。 目からビームが出て店を射抜かんとせんほど強い視線を向けていたに、話を持ちかけたのはブン太だ――「一つ、共同戦線しようぜぃ」 実はこの店。 美味しいとその量で、巷で評判の店なのである。 甘党必見とまで太鼓判を押されたこの店なのだが、いかんせん価格的に高い。OLの客層を狙っているのか、学生には少し値が張る店でもあった。 というわけで、ブン太もも機会を見計らって来ようと思案していた所にこの看板だ。"カップル限定半額”の文字が目に眩しすぎる。 普通に考えて、リョーマを誘えばいいのだと思う。 彼なら普通について来てくれるだろうし、別に嘘をつく必要もなく店に入れる。 ただ、リョーマは基本的に甘いものを(自分ほど)食べないのだ。パフェ一個二個、なら平然と食べてのける彼だが、ケーキバイキングにさそうのは気が引ける。 自分が食べてる横で座ってるのが分かってて、いくら半額とはいえ誘えない。 その点ブン太なら――問題なしだ。 彼ならの倍以上は間違いなく食べる。全然気が引けない。むしろ心苦しいのは嘘をつく方だが――ここは甘いもののため、涙をのんで嘘を吐こうではないかいくらでも!(言葉が変)とは鼻をすすった。 一方ブン太も基本的には同じ理屈で、 そりゃー一緒にケーキバイキングするならがいいが、彼女は基本的に甘いものは食べない。 唯一食べるのはチョコケーキくらいのものだが、これもシンプルイズザベスト。凝って作ったチョコケーキなんぞ、見るだけでも背筋を震わせるような少女だ。同じ金額を払わせるのは気が引ける。 その点姉ならそこそこ食べられるだろうし、気も引けない。嘘付くのもぜんぜんオッケー。 と、いうわけで"共同戦線”なのである。 店をくぐると、上品なウエイトレスが花もほころぶような笑顔で出迎えた。 「いらっしゃいませ。カップルの方ですね?」 一応聞くのは何だ。良心を痛めさせるためなのか(被害妄想) がぐ、と一瞬言葉に詰まる横で、ブン太はあっさりと「おぅ」と返事を返した。すでに目線は並びに並ぶケーキの数々を物色している。 店中の棚に並んだケーキは噂にたがわぬすごい量で、店の中心にはチョコレートの滝がゆるゆると流れていた。今はやりのチョコフォンデュというやつらしい――櫛に刺さったイチゴやバナナ、マシュマロが華やかだ。 ウエイトレスに一角のテーブルへ案内されると、 カップル半額というだけに、チョコレートやケーキにも負けず劣らずの甘い雰囲気を漂わせている男女が入り浸っている。 幸いたちが案内された所は店の角なだけあって、その一団とは少し離れた場所だった。ラッキーとは椅子に荷物を置く。 「…」 おもむろに口を開いたブン太を見れば、彼は鞄を置く間もケーキの棚に視線をくぎ付けにしていて、口は動いているのに一切の方など見なかった――「作戦Bと行こうぜぃ」 「……は?作戦、B?」 思わず素っ頓狂な声が口から出る。 するとブン太はの方をちらりと見て、また棚に視線を戻した。 「俺は上の右端から、お前は下の左端から。上手いケーキはソッコー教えろよ」 どうやらさすがのブン太も制限時間一時間の中であのケーキ全種は無理だと判断したらしい。 このケーキバイキング店の宣伝文句といえば、質はもちろん、その量である。季節ごとに変わるメニューでも、何十種類とある量は、減れば追加され、その種類が開店時間中に減ることはない。 一回の来店じゃ食べきれない。そして美味しい!さあ、次回も来店お待ちしておりまーす、というところだ。 がコクリと頷いて返すと、作戦開始――とブン太は皿をとって一目散におのおのの定位置へついた。 それからというもの、どこからどう見てもカップルとはかけ離れた光景が店の中で異彩を放っていた。 あーんだのおいしい?だのイチャコラ食べるカップルの傍らで、一言も口を利かず黙々とケーキを食べ続ける男女。たまに口を開いたかと思えば「これイケるぞ」「これお勧めです」の二言だ。 一番効果的なのは一口貰うとか、半分づつ、とかなのだろうが…いかんせん、さすがにそこまでしようとは思わない。 それにしてもさすがブン太というところか、が一つ食べる間にも二、三とケーキを平らげて行く。紅茶のおかわりのスピードも速いが、ケーキを取りに行くスピードは更に速い。 いうなれば… 「ケーキバイキングの、スピードスターか…」 なかなか自分、いい事言った。 むふふ、と頬を緩ませつつモンブランを口に入れた時、隣から「いや、ぜんっぜん面白くないから!」というのツッコミが入った――首を巡らせたはギョッと目をむいて驚く。 「!?」 「やっぱりココだと思った!」 仁王立ちをするの横には、ふわふわと笑う幸村。だが予想通り目は一つも笑っていない。 「……なんでブン太なのかな?」 主語すらない。 絶対零度のふぶきが吹き荒れは背筋を震わせたが、ブン太は目もくれずにケーキを頬張っていた。聞こえてすらないらしい。裏切りに近いブン太の行為にはひぃ!と息をのむと、ぐるぐると目を回す。 「だって!ホラ!丸井君じゃないとケーキバイキングはちょっと…!」 「お前ぇらだってそれで入店して来たんだろぃ?」 別にやましい事をしてるわけじゃないのに、動転したが必死に取り繕うように言い訳をしていると、ブン太がケーキを加えつつ、口をはさんだ。 どうやら会話は聞こえていたらしい。反応する時間が惜しいだけのようだ。 「残念だったな。俺は…」 「だーりん、ケーキとって来たぜよ」 野太い声に後ろを見れば、何故か立海の女子の制服を来た仁王。ポニーテールの髪を外しているため、肩の上でさらさらと銀色の髪が揺れている。 「…な!?」 「ちなみにわたしはこっち」 がにっこりと笑顔で指差せば、強面のままフリーズしている真田の姿。 どうやら周りの空気に当てられて活動停止したらしい。 つーか 「仁王君…制服どこから……」 「企業秘密じゃ」 にやーと狐が目を細めて笑う。 「そう、ですか」というと、ブン太は気にもせずケーキを取りに立ちあがった。 「、あっちに上手いチョコレートケーキあったぜぃ」 「え、マジ!どこ!」 と、ちゃっかりを連れて行くし…は固まったままの真田、にやにやと笑う仁王、未だふぶき吹き荒れる幸村を順にみると、ケーキを口に入れる――やべ、まったく味わかんなくなっちゃった…。 その後たっぷり一時間の間ブン太はケーキバイキングを堪能し、 はで皆のを横から一口づつ取ったり、お気に入りのチョコレートケーキを二回食べてみたりと何気に楽しんで見せて、 幸村と仁王に「これ食べるかい?」「これ上手いぜよ」と嫌味のごとくかいがいしく世話を焼かれたは結局最後まで味などわからぬまま、終了時間を迎えた。もっとも、真田は固まったままだった。 店を出た一行はそのままバーベキュー買いだし組と合流。 (安い店は柳がチェック済みだった) 真田の家になだれこんでバーベキュー大会となり、ブン太は別腹の域を超えた食いっぷりを見せつける一日となった。 (やっぱり嘘なんてつくもんじゃない…) キャベツをかじりつつ涙をのんだのは、だけ。 さらにいうならその後もこの事件は大変な余波を起こしては泣きを見る話になるのだが、それはまた、後日談! |