十教科でみんなとバカをしてみる。

01.国語「音読しろって言われただけなのに無駄に熱演してみせる」

選択教科は一年の頃から嫌いだった。なんたって、実力ではなく運で決められる。しかも金がかかる。
は左手で頬杖をついて、右手でペン回しをしていた。隣では赤也が、暇そうに教科書をパラパラめくっている。

月曜日と水曜日の選択教科で、なんとか水曜だけは第一希望をゆずらなかった。
しかし問題は月曜日だ。なぜ国語なのか。国語は、眠くなる授業第一位だ。十教科中第一位って結構でかいと思う。

「それでは、切原さん二人に音読してもらいましょうか」

呼ばれたと思って顔を上げれば、にっこりと先生はこちらに笑顔を向けていた。も笑顔を返す。
赤也は「まぢかよ」と心底嫌そうに顔を歪めた。
二人が立って今まで開いてなかった単元のページを開くと、が先に読み始める。

「走れメロス 太宰治
メロスは激怒した。必ず…必ず、かの邪知暴虐の王を除かなければならぬ、とそう決意した。
メロスには政治がわからぬ。メロスは、村の牧人である。笛を吹き、羊と遊んで暮らしてきた。
けれども邪悪に対しては、人一倍に敏感であった」

目を丸くして国語の選択授業を受けた全員がを見る。指名した先生さえもが、「え」とこぼす。
しょっぱなから熱演している。は微笑むと「赤也、あたしに負けるぐらいの音読だったらグラウンド百周ね」と声をかけた。

「は!?なんだよそれ!」
「頑張って読むか百周。」

チッと舌打ちをこぼして、赤也は教科書を持ち直す。
「今日未明、メロスは村を出発し、野を超え山超え、十里離れたこのシラクスの町にやってきた。
メロスには父も、母もない。女房もない。十六の、内気な妹と二人暮らしだ。」

赤也は読んでいるうちにのってきたのか、息を大きく吸って続ける。

「この妹は、村のある律儀な一牧人を、近々花婿として迎えることになっていた。
結婚式も間近なのである。メロスは、それゆえ、花嫁の衣裳やら祝宴のごちそうやらを買いに、はるばる町にやって来たのだ。」

ヒューと音を鳴らして「やるじゃん」と赤也を褒めるとも次の文を読み始める。
熱演とともに熱戦を繰り広げている。二人の演技まがいの音読を聞いている他の生徒は、ぽかんと口を開いてその様子を見ていた。

「皇帝は、人を殴ります。この間は戦争に出ていた町のマスターが犠牲に会いました。
その時はその息子の悪魔がマスターを助けましたが、あの時助けなかったらどうなっていたことか…」

ブッと吹き出して、赤也は必死に笑いをこらえる。何の話だよ、それ。
いきなり話が変わってんじゃん。と言いたげに「なぜ殴るのだ」とに乗る。

「たるんどるとのことですが、誰もそんな、肉が垂れているなんてことはありませぬ」
「たくさんの人を殴ったのか」

また吹き出しそうになりながら、続ける。たれてるって肉か。肉のことだったのか。

「はい、はじめは皇帝のお目付け役であるサンバを。
それから、いつの間にいた変態メガネを。それから、策士を。それから、マスターの息子である悪魔も殴られたことがあります。
しかし未だ、魔王の生まれ変わりであるとされる黒魔術師幸村様はなぐられておりません。ぽっちゃりガムも。あ、あたしも」

ついでに、と付け足した。
「驚いた。国王は乱心か」
赤也は驚いたように言って見せたが、内心爆笑中だ。モデルは全員テニス部か。

「いいえ、乱心ではごあいませぬ。人を信ずることができぬというのです。
この頃は、臣下の努力をもお疑いになり、少し遅れてきた者には、グラウンド百周を命じます。
ご命令を拒めば、十往復ビンタがかまされます。今日の朝だけで三人犠牲にあいました。」

ああ、そう言えば。朝の様子を思い浮かべながらのセリフを聞く。
そういえば仁王先輩もビンタされて頬を真っ赤にしてぶーたれていたのを思い出して、おかしくなってくる。

「あきれた王だ。生かしておけぬ。」

そこで、授業の終わりのチャイムが鳴った。もともと音読を始めたのが、終了時刻十分前だった。
礼をして、はにやりと赤也に向けて笑う。「放課後の部活でも楽しみにしてるよ、赤也」

なんで先生は、わざわざ双子を一緒にしたのか。こいつと一緒になることほど、不幸ながら幸せな時間はない。
お前の方が悪魔だと、不覚にも先ほどの笑みにときめいた自分を叱咤しながら呟いた。





「町を暴君の手から救うのだ!」
は叫び、赤也は真田に飛びつく。ぴったりくっついて離れない赤也をどけようと必死で頭を押すが、赤也は動かない。
「真田副部長何気にいい匂いがするッス」といらない報告をしながら、赤也は笑う。

「意味がわからん!、どういうことだ!」
「疑うのが正当の心構えなのだというあなたの考えは、私も理解できます。
それでも、民の忠誠や努力さえをも疑うあなたは間違っている!忘れものとか遅刻とか誰でもアンジャン!おバカ皇帝!」

後のほうから「そーだそーだ!」と声がして振り向くと、殴られた民たちと殴られていない三人がにこやかに立っている。
事前に赤也とから話を聞いていたのだ。知らないのは、おバカ皇帝と呼ばれた真田のみ。

「走れメロスver.立海男子テニス部ってところかな。
あ、でもさー。あたし思ったんだけど、メロス赤也じゃん?あたし町のおじいさんじゃん?
メロスの妹とセリヌンティウスは誰がするわけ?てか、赤也どこまで走るの?」

「あ」

要するに、そこまでは設定的にまだ幅が利くがここからは考えるのが面倒くさいということだ。
それまでののテンションは一気に下がり、お手上げのポーズをして部室に戻っていく。
赤也も「なんだよー」と真田から離れてストレッチを始める。他の部員もそれに続く。みながみな、つまらなさそうな顔をしていた。

「なぜだ…」

ぽつり、と真田は零した。

「何故俺だけ話がわからんのだ…」