四天法寺高校と書かれた門には、今日は色とりどりのペンで書かれた「文化祭」という看板の文字が太陽の光を浴びてキラキラと光っていて、 紙の花で作られたアーチをくぐったは誰にともいうことなくポツリと呟いた――「派手すぎでしょ…」 【Love letter】 ことは数週間前のことにさかのぼる。 ――文化祭…ですか? ――そーよ、四天法寺高文化祭!ちゃんも来ぃへんかなあ思うてね。っていうか来ぃや、おもろいもん見れるで いつになくはしゃぐ小春の声には小首を傾げた。 このてのイベントはいつだって真っ先に白石から連絡が入るうえに、あれよあれよと言う間に行くことが決定してるという不思議な事態が起こる(人はそれを流されているというのだが)。 それが今回に至っては小春から連絡が来る上に、白石には来る事いうたらあかんで、といわれ、 はますます状況を理解できないばかりに「はあ」と腑に落ちない相槌を打っていると、小春は受話器越しにクスクスと声をあげて笑った。 ――今度の文化祭でな、白石最後の校内新聞出すのよ。アタシたちももう三年…最後の文化祭としては、なかなか粋なイベントやと思わん? ――ですね ――それでな、その新聞無料配布やねん!せやからちゃんは絶対貰いに来るべきやと思うわ ――無料配布…ですか? ――せやせや!今度のは最後っちゅうことで特別に書き下ろした白石自信作やねんでッ…いろんな意味でな ますますヒートアップする小春のテンション。 どうやら話から察するにその校内新聞、というのが白石からではなく小春から連絡が来た最大の理由らしい。白石にはいうな、と言う辺り、に見られたくない何かがあるのだろう。 うーんと首を傾けたは口をへの字にひん曲げる。 ――でもいいんですかねえ?見られたくないから言ってこないんでしょ?白石君 ――アホか!見られたくないのと見られるのが照れくさいゆーのは違うやろ!ええから来なさいッ、これ命令!ええな!? ――は、はい… というわけで今にいたるのだが(結局流されたともいう)、 まあ来たもんは来たんだし楽しもう、とまったく緊張感もなしに 校門前にある出店をキョロキョロ見ながら歩いていたは、突然後ろから伸びて来た手に服を掴まれると、ぐぃっと引っ張られ木陰に連れ込まれた。声にならない悲鳴を上げる。その時、憤慨した声が頭上から降ってきた。 「何こんな所うろうろしとるんや!白石に見つかったらおおごとやでッ」 「…一氏君?え、ちょ…」 口をはさむ間もなくズルズルと引きづられて行く身体。 以前よりは体重は落ちたといえ、すごいなあと間の抜けた感心を抱いている間にも、彼はポケットから携帯を取り出すと、片手で操作をしてどこぞに電話をかける。まるでどこかの探偵もののようだ。 「ターゲット確保や!至急部室に向かう。小春、準備頼むでッ」 OKよユウ君、 という小春の浮かれた声が聞こえてくる。どうやら電話の相手は小春らしい。 とはいえどうして部室に行く必要があるのかしら、と思う間に人が段々と少なくなっていき、部室棟へとたどり着くと、一氏はバンと派手に音を立てて扉を開いた。刹那。 「…何で…全員集合なんですか…?」 思わずあがる唖然とした声。 正確にいうと白石以外のおなじみレギュラーメンバーがを迎えて、金ちゃんが「チャンやー」と両手をあげるのを押しのけた小春は両手いっぱいに抱えた服一式をに押しつけた――「ほな、これに着替えてな」 「え!?は!!??」 「ハイ、男どもは一時退散!部室棟各場所にて見張っててや。あ、アタシは入り口におるから、終わったらすぐ声かけてえな」 「あの、ちょ…」 いつもとは違う俊敏な動き。マイペースな彼らからは想像ができないほどのスピードだが、何やらを見る生温かいニヤニヤとした表情が妙に引っかかる。なんじゃありゃ? 仕方なしに服を広げてみただったが数秒もせぬ間に投げ捨てたい衝動にかられ、入口にいるらしい小春に泣きついた。 「ちょ、小春チャンこれはさすがにキツいと思うんですけど!っていうか無理です体系的にッ」 「だいじょうぶよ。寸法は全部合ってるから」 「それはそれで何で!?」 「えーから、ごちゃごちゃ言わんと着替えるッ」 ドア開けるで!?というドスの聞いた脅しの声にはひぃ、と息をのむと服を指先でつついた――何でこんな露出服… カラータイツに裾の短いズボン。だぼ、とした上服は可愛いが、胸元はざっくりとあいて見るからに寒そうだ。いやいやいやいや、とは恐怖におののく。 これを着る意味が一向に分からないんですけど! しかしこれ以上駄々をこねれば間違いなくドアを蹴り破って小春が入ってきそうで、は観念したように渋々と着ている服に手を伸ばすと着替え始めた。もう帰りたい。 そして十分後。 「へえ、思ったより似合うやないの」 というのが小春の感想。 思ったより、とでる辺り彼らも無茶ぶりをしているという自覚はあったらしい。は足を押さえると「寒い…」と心なしか身体を縮めた。 「…アンタ、ええ若い子がそれでどないすんの。ほら、ここ座って」 示された椅子に座ると、目の前に置かれる大きな化粧道具。小春はにんまりと唇を持ち上げると、ちゃき、と腕をまくりあげた。 「腕の見せ所やわ!」 結局口を開いたらダメよ、と言われあれよあれよという間に終わった化粧。仕上げに大きなサングラスをかけられると、はふらふらと椅子から立ち上がった。座ってたはずなのに疲れるってどうよ? げっそりとした面持ちで机に手をつくに、小春は「今から作戦を説明するで」と落ちつく間もなくレギュラーメンバーを呼び戻す。 を見た反応は様々だったが、「これはと思わんなあ」という謙也の言葉と、「さすが小春!」「ユウ君!」という二人の感動の再会を見るあたり別人なのだろう。 もーどうにでもなれ状態のには果てしなくどうでもいい話だが。 「今回の作戦の一番のポイントは、チャン自身が白石から校内新聞を受け取るって所よ」 「部長自ら配ってはりますからね」 「せや。せやからそれをサポートするのが…」 「俺らやっちゅーことや」 「…はあ」 「せやけど白石は妙に勘が鋭いさかい、念には念をいれとかなアカン」 「こ、これでもまだ念を入れるんですか?」 「そ。ようするにアタシたちが騒ぎを起こして白石が慌てた瞬間に、チャンが新聞を貰いにいけば…」 「部長は考えもせず渡す、っちゅー話ですわ」 「ちなみに千歳も誘ったんやけど…来ぃへんな」 「どっかで昼寝でもしとんのやろ」 「ま、ええわ。とりあえず新聞配ってるとこ行ってみよか」 普段履きなれないブーツは狭苦しいし、足は恥ずかしいし、胸元はスースーするしでは最高に居心地が悪い。 でもその作戦というにはあまりにアバウトな説明を聞いたはようやくこの格好の意味を悟ったので、仕方なしに人目につきにくいよう、銀さんの影に隠れてコソコソと歩いた。 が普段絶対にしない格好、というのは確かに重要なポイントだが、ここでもっとも意味のあることは白石の好みのタイプから大幅にズレている、と言うところにあるのだろう。 あんな派手な外見からは想像しがたいが、白石は逆ナンしてくる女の子が苦手なタイプというだけあって、露出が激しい女の子を見ると年寄り臭く眉根を寄せている姿をよく見るのだ。 財前に「若年寄っすわ」と言われていつになくマジに頭を叩いていたこともあった。確かにそうかも知れないという度胸はにはなかったが。 「あそこや」 こそ、っと耳打ちされて見ると、なるほど出店より確実に多い人の輪の中に白石の姿がぼんやりと見える。 校内新聞ほんとに人気なんだ、と驚く間もなくは「…で、騒ぎを起こすって?」と小春に尋ねると、金ちゃんはビシ、と片手を挙げる。 「ワイが行く!!!!!」 しかしすぐさま横から謙也が「アカン!」と取り押さえにかかった。 「確かに金ちゃんは騒ぎを起こすのに一番適した人物やけど…ぽろっとでも白石に口滑らせたらあかんねんで?」 「……」 「喋らん自信ある?」 「…………ない」 「せやろ?大人しくしとってや」 いい子いい子と頭を撫でられる金ちゃん。高校生になってもこのポジションが変わらないのはある意味すごいな、とは内心舌を巻く。 「俺が行きますわ」 驚くことに名乗りをあげたのは財前だった。 彼はふぅ、とため息を吐くと、腕を組んで人々に愛想笑いをふりまく白石をまっすぐと見据える。 「師範は騒ぎなんか起こさへん人ですし、謙也さんは頼りないですし、モーホー先輩方は騒ぎが大きくなる可能性大すから、俺が打倒すわ」 そのままスタスタと歩いて行く財前の大きな背中に一同釘づけ。 「いつになく…」 「財前君が乗り気ですね」 驚きを隠せないと小春が目を丸くして人混みを見ていると、かき分けるようにして中心に向かった財前は「何や?」と素っ頓狂な声をあげる白石に向かって口を開いた―― 「先輩、なんか色々めんどいんで、ぜんざいおごって欲しいんすけど」 「「「「「「エエエエエエエエエエエエェェェェエエエエェエエエェエ!!!!!????????」」」」」」」 「っていうかめんどい部分が一番大事やろ!」 「アイツただぜんざい食べたかっただけなんとちゃうん!?」 「ほら見!お駄賃貰って満足そうに去って行きよるでッ」 「なんなアイツ!!???」 全員がっくりと地面に両手をつきたい気分だ。これがネットなら orz という表記が正しいのだろう。 |||orz 「あかん!財前に任せたのがそもそもの間違いやったんやッ」 「アホか財前!」 「もーこうなったら謙也!アンタ女の子のスカートめくって逃げりやッ」 「って何で俺やねん!?しかもンなことできるわけないやろ!しかもそれギャグやなくてセクハラやセクハラッ」 「セクハラでええねん!面白ければッ」 「最低や!財前、お前後で覚えとけよッ!つーか面白くもなんともないわ!そもそも騒ぎやなくて事件や!ギャグやなくてセクハラやッ」 「…あの…みなさん、白石君めっちゃこっち見てますけど…」 「騒ぎすぎたな」 「師範、どうしましょう…」 「どうするべきか」 その時、突然駆けだした金ちゃんは出店に並んでたたこ焼きパックを一つ掴むと、「俺、めっちゃ腹へっとってん!」といって笑顔でパックを開け始めた。全員が目を見張るなか、白石がギョッと目を向いている。 そのままもくもくと完食。 お金を払うこともなく次の店へ――「ちょぉ待ちや金太郎!」 「金ちゃん…騒ぎや…」 「騒ぎや、あれは紛うことない騒ぎやで…」 「金ちゃんなんて男前なんやッ」 後ろで男前コールをしたい気持ちをぐっと堪える面々と、白石を無視して次の店へ駆け出す金ちゃん。その時。 「千歳――!ラーメン食い逃げすな――!」 「あんま気難しいこと言っとったらハゲるとよ」 「難しくないだろぉおおおお」 「千歳?」 「え、アイツいつから参加しとったん?」 「参加してて騒ぎ起こしてるんですかねホントに?」 「って話とる暇ないで!今やチャン、新聞を貰いに行くんやッ」 「は、はい!!」 駆けだしたは人混みをかき分けると、今にも走り出そうとしている白石の袖を掴んで「新聞くださいッ」と声をあげた。 慌てる白石はコチラにちら、と視線を向けたものの、新聞を渡して「おおきに」と愛想笑いを浮かべると駆けていく。 新聞、ゲットだぜ…!!!! 握りしめた新聞を手にふらふらと人混みを抜けたは小春たちの元へ戻ってくると、戦利品とも呼べる大騒ぎの元凶に視線を落とした。これを手に入れるために四天法寺メンバーは食い逃げ犯を二人も作ったのである。 (千歳はたまにフラリと現れるためメンバーに数えられているのだ) 「小春ちゃん、読んでもいい?」 「ええよ。じっくり読みや」 ページをめくると、なるほど書き下ろしというだけあて長々と一ページ使った超大作だ。字が小さいので目がチカチカするが、は文字の羅列に視線を走らせる。 読み進めるうちにどんどん頬が熱くなるのを感じた。 それを見た小春たちが笑っている声が聞こえるが、本人それどころではない。読み終わったはパタンと新聞を閉じると、かあぁあっと耳まで真っ赤に染まるのを感じる――な、何これ!? その時バタバタと駆けてくる音とともに血相を変えた白石が走って来て、 が顔を逸らす間もなく白石は叫んだ――「なんでおるんや!」 へ、とは顔を赤くしたまま口が半開きになる。 「あら、金ちゃん喋ってしまったんやろか?」 小春が唇を押さえると、白石はに負けないくらい真っ赤な顔を手の甲で隠して「ちゃうわ!」と大きな声をあげた。 「途中でなんかおかしい思うて戻って来てん!が来るなんて俺聞いとらんで!!」 「「だっていうてへんもーん」」 鉄板のそろった声に白石はム、と眉根を寄せ、の格好に視線を落とす――「しかも、そんな格好させたのお前らやろ!?なんちゅー格好させてくれてんねんッ」 こちらもあっさりと切り返すのはさすが関西人というかなんというか。 「でも意外と似合ってるわよね、ユウ君」 「せや。な、師範」 「ああ。な、謙也」 「せやな。意外とな」 「似合ってるにあってへんいうたら、確かに案外似合ってるけど、目のやり場に困るんやッ」 っていうか意外とやら案外やら意外とやら失礼な連中ばっかりである。が胸元を新聞で隠すと、白石はハッと己を取り戻したようにの肩を両手でつかんだ。 「読んだんか!?」 「は?」 「読んだんか!?」 「よ、読みました…ょ」 言う間にますます熱くなる頬。 今にも煙をあげそうな彼女の姿に白石が言葉をなくすと、メンバーは抜き足さしあし忍び足、と後退をはじめた。あとはお若いもんにまかせてーといわんばかりの鮮やかな去り際に二人は気付かない。 新聞の内容は、サスペンスとはまったく無縁の恋愛小説で。 というか、恋愛小説というかぶっちゃけただのラブレターで はもごもごと口を動かすと視線を落とした。 しかも相手役の名前が更にぶっちゃけな辺りで見る人が見れば完璧なラブレターである。 う、と白石はくぐもった声をあげた。 「…最初、プロットを書く段階でな。 いつもみたいに思いつくままに書いとったら、いつの間にか…」 ラブレターになっててん、と語尾が今にも消え入りそうな白石の言葉に、改めては新聞を抱え込んだ。どうしよう、めちゃめちゃ嬉しいんだけど…。 再会してからというもの、何度もあったが友達以上恋人未満というのが妥当なところで、二人ででかけるよりも鉄板やら金ちゃんやらがセットなのがいつも。二人で出掛けたところでさしたるイベントもなく。 お互いなんとなーくお互いの気持ちを理解してるからなおさら切り出すこともなくズルズルと来ていた状態に一番やきもきしていたのはメンバーだったらしい。 いつもジャマしてくれたくせになあ、と白石は唇を噛み切らん勢いである。 恥ずかしくていても立ってもいられない。彼女だけには文化祭のことを…というか、最後の校内新聞のことを隠し通そうと思っていたのに。 「あの、白石君」 「…何や」 「嬉しい…です」 これが精一杯の言葉だった。 しかしその一言に隠れたものは白石にも十分に伝わって、彼は珍しく呆けた顔を見せたあと、引きしめるように頬に力を入れる。 「」 今なら伝えられそうな気がした。 今まで切り出せなかった割にはラブレターで告白なんてありきたりな話だけれど、それでも。 好きやと言った時、わたしも、と彼女が返答してくれたなら―― ++++++++++++++++++++++++++++ ぜんざいに走る財前君が書きたかったんです。あと、男らしい金ちゃん。四天法寺大好きです――ッ |