「あ゛ー、あち゛ぃ〜」 ぐるぐると回る扇風機の前で、だらけたブン太がだらんと舌を出す。 だらしなく開けたボタンのせいでそりゃーもう綺麗な鎖骨が見えてる中、目は半開きだし、口は開きっぱなしだし、男前が台無しだ。はそんなブン太を横目で見ると、ぺらりと小説をめくった。 「あの…丸井君……」 「あ゛?」 「着替える前は、言ってくださいね」 ここの男共は恥じらいというものがない。というか、他人の事なんてお構いなしなのである。 マネージャーのヘルプとして呼ばれるのはいいが、人が部室にいてもヘイキで着替える。理由は単純、自分が今着替えたいから、である。気がついたら出てけば?的な。 なんかはヘラヘラして「におー先輩相変わらず色白い!柳先輩チョー美人ッ!ブンちゃん鎖骨綺麗ね!」等など。こっちもまったくヘイキ。理由は単純、自分は今部室にいたいから、である。 と、言うわけで。 手持無沙汰なは暇つぶしに持って来た小説を読んでいるものの、一応ブン太に釘をさしておいた。 空気を読めというのはなかなか難しい芸当なのである。 丸井を筆頭にぞろぞろとメンバーが入室して来、はそろそろ部室を出ようかしらと小説を閉じかけた。 テニスの世界とごちゃまぜになってから、一年が過ぎた。あれからは元からよかった頭に更に勉強を重ねて(その背後には三強がついていたのだから怖いものなし)、無事に立海大付属高校へ入学。 はというと、まーそれは自分なりに頑張りつつ過ごして、こうしてヘルプに呼ばれた時だけ立海大のマネージャーを手伝っている。 みんなの授業が終わるまで部室で時間をつぶすのも手なれたものになってきた。 時に見てはいけないようなものが部室に転がっているが(ほとんど仁王かブン太か赤也の仕業/何かは想像にお任せする)、 その時は何も見なかった事にして過ごせばいい(仁王の場合は悪戯だし、赤也とブン太の場合は後で真田に十分すぎるほど怒られるからである) さて、話は戻って椅子から立ち上がろうとした時、毎回のごとく派手な音をたてて部室の扉が開いた。 「さー!質問です!ブンちゃんッ」 「あ゛ー?」 「夏といえば!?」 何が起こった。何故このクソ暑い中(言葉が悪い)そのテンションなのだ。 そう思ったのはどうやらだけじゃないらしい。他のメンバーもポカンとしてを見、突如質問を投げつけられたブン太に視線を向けた。 「…アイス?」 「ちげーよ!ハイ次赤也ッ」 「え!?俺もかよ!?……海……?」 「ブッブー!さぁ姉ちゃん行くよ!夏と言えば?」 え、まさかのわたし? ギョッと目を見開いたは口をつぐんだまま十秒。あ、と小さく声をあげると、それが気付いた仕草だと分かったはニヤリと口端を持ち上げて笑い、マイクを持つように拳を口の前にあてた。 「夏と言えば?」 「マヨネーズ!」 (((((((((ぇ、ぇえええぇぇえええええ!!!!????)))))))))) 「まそんな、ところだよね」 なんか妙にメロディー調に乗ってきた。こころなしかのテンションも上がっているような気がする。 全員の声にならないツッコミもスルーの方向らしく、ウキウキと腕を動かしたのノリはまだ続くらしい。 「夏だ!」← 「真田!」← (この時真田がビクッとなった) 「海だ!」← 「俺だ!」← 「はいもう一回!君の!」← 「君の!」← 「ハート!」← 「真田!」← (もう一回真田がビクッとなった) 「「真夏のマヨネーズー!!」」 最後は拍手喝さいが聞こえてそうなほどの清々しい顔で二人して両手を広げている。なんだ、何が起こったんだこの姉妹は。っていうか何故真田なのか。 当本人の真田はといえば、微妙に怯えてそうな雰囲気でロッカーに身を潜めたそうにしているが、生憎デカイ図体でロッカーにひそめるわけもなく、ただ茫然と立ち尽くしているようにすら伺えた。 「と、言うわけでみなさん、夏と言えば海ですよ。海いこ海!」 満足気な面持ちでキラキラと瞳を輝かせながら声をあげたに、ようやく突っ込みを入れたのは赤也――「海って俺言ったじゃねーか!」――おあいにく様。はもう聞いていなかったのである。 【真夏のマヨネーズ】 「水に濡れた前髪をかきあげて色っぽい〜!のがあたしたちじゃなく、ユッキーってのがミソだよね」 海からあがってきた幸村を見たの第一声はそれ。も無言でうなずく。 海に行こうといったわりにもも海は嫌いで、水着になる事もせず、開いたパラソルの中でジュースを飲んでいた。ちなみにパラソル組はほか二名。仁王と柳である。 海組は三強+赤也、そしてブン太とジャッカル。さっきまでこっちには柳生も入っていたが、彼は水着ぴちぴちギャルに強引に連れて行かれて、現在向こうの浜辺でビーチバレー中である。 惜しげもなくぴちぴち(死語)をさらしたお姉さんたちに囲まれた柳生は、「に、仁王君!」と困ったように仁王に助けを求めたものの、 パラソルの下で思い切り昼寝の体勢に入っていた仁王に「すまんが生理中じゃ」と訳のわからない断られ方をした挙句、ズルズルと引きづられていってしまった。あわれ。 柳はというと、肩にかけたタオルで時折汗をぬぐいながら本を読んでいて、これがまた絵になる。 白い肌というのは太陽に当たってもなお光ってて綺麗なのだと男に(嫌というほど)思い知らされたがジュージューと音をたててジュースを飲んでいると、幸村が砂を踏みつつこちらへ歩いてきた。 「海には入らないのかい?」 「あ…いやー……海は苦手で」 正確にいうと水着が嫌なのだが。いやーげふんげふん。 言葉を濁しつつ言い訳じみた事をいっていると、が「チクチクした虫も嫌ーい」と付け足した。 「…けしからん。海に来たいといったのは貴様だろう」 ズカズカと音をたてて真田があがってくる。その姿をチラリと見たは残念そうに眉根を下げると、「泳いでもいーよ」とちらり真田を見た。 「真田がふんどしで泳いでくれるなら」 「どういう理屈だッ」 ピシャーッと雷が落ちる。 一方柳は 「ふんどしか。身体によさそうだぞ弦一郎」 と、どこ吹く風で話に乗ってきて、 「あはは!俺は見たくもないけどね!」 「俺も同感じゃ」 幸村と仁王は見たくない派らしい。つーか何の賛否をとっているのだろうか彼らは。 「つーかちょっと飯食いません?俺腹減っちゃって」 「賛成。俺ももー無理。ジャッカル、なんか買ってこいよ」 「俺かよ!?」 「あ、じゃぁ焼きそば人数分お願いねジャッカル先輩!」 「お前までかッ」 赤也たちも上がってきて、向こうからフラフラと疲れ果てた柳生が歩いて来ているのも見える。 押しに弱いジャッカルは「仕方ねーな」といいつつ財布を持つと、そのまま柳生を連れて焼きそばを買いに行った。押しに弱いというか、もうなんか染みついてるんじゃないのかなーとは思うのだが。 両手を後ろについて青い空を眺めていると、 後ろの桶に入った氷が暑さに溶けて、カラリコロリと音をたてた。中はジュースが数本と、大きなスイカがまるごと一個。 これはの提案で、海に出向く前にお金割り勘で購入したものだ。 「夏といえば海でアイスでスイカだよね」 と、ジャッカルが片手で持っていたスイカを横目で見つつ言っただったが、にはどうしても他意があるようにしか思えない。おそらく焼きそばも確信犯だろう。 (まー面白いからいいけどね) 自分の事じゃないので当然思い切り他人事。むしろ楽しみ。 ジャッカルと柳生が両手いっぱいに焼きそばを抱えて帰って来ると、配られた焼きそばを見てはあくどく微笑んだ。 「うむ。真田、焼きそばといえばやはりマヨネーズだと思わないかい?」 妙にかしこまった言い方に真田は眉根をピクリ。 こういう時は大抵よくない事が自身の身に起こる事はいい加減予想がつくだろうというものなのに、真田は真面目にも「まあ…そうだな」と相槌を打った。刹那。 「すいませーん!真田にマヨネーズくださ―――いッ」 叫んだ。 ちなみに店は遠目に見て、ポツンと点で見えるほどに遠い。 当然店には届かないが、おおよその広い範囲にそれはもう響き渡る大きさではある。近場の人間が思い切りこちらを見た。 「…!?」 真田は驚きにフリーズし、幸村は瞬間腹を抱えて笑いだす。それが波のようにメンバーに広がり大爆笑が起こったころ、ようやく正気に戻った真田は真っ赤な顔で周りを見、にげんこつを落とした。 「ぎゃ!」 「ななななな何を言っておるのだ貴様は!」 「だってー、真田マヨネーズ欲しいって言ったじゃーん」 「俺は!別に言っとらんだろうがッ、そもそも言うにしろ店に行くのが筋だろう!」 「あ…そっちなんだ……」 小さな声でがいうと、隣で鈴がなるようにして笑っていた柳が「だな」と相槌を打った。 「それにしても、は妙にマヨネーズにこだわるのぅ…俺はアレは…少し苦手じゃ」 「あー、味濃いですもんね」 「まあな。ま、苦手といっても、好き好んではくわんっちゅー位のもんじゃが」 「俺もだな。あまり得意ではない」 柳がこくりと頷く。 今思えばは真田を茶化すためにいつの間にか立って輪の中に入っているし、パラソルの中にはをはさんで仁王と柳。両隣を見比べたは焼きそばを持ったまま、しみじみと呟いた。 「…これぞまさに、両手に華」 幸せだーとほわほわ花が飛んでくる。 「へぇ…じゃあ俺も混ぜてもらおうかな」と幸村が柳の隣に座ると、両手に華どころかむしろハーレム。「おー」とが歓声をあげると、仁王は狐のように目を細めてにんまりと笑った。 「”あーん”もしちゃろうか?」 「結構です!!!!!」 ホラこうやってすぐ人の事茶化す! いーの、べーっだと舌を突き出したがツン、とそっぽを向くと、柳は小さく笑って「振られたな」と冗談めいた。 「おー、振られたのぅ……」 「俺的には、それを冗談で片付けるべきなのか迷うところだけどね」 仁王の笑顔を”にんまり”と例えるならば、この幸村の笑顔を何と例えよう。”にっこり”だろうか――いやいや、とは内心首を横に振った――”艶やかなほど、にっこり”だろう。 後ろに花が咲くどころかむしろ地獄絵図が見えそうなほど(もしくはアビスで言うところのクリフォト)迫力のあるバックを背負って幸村が微笑むと、 仁王は「さてはて」と言わんばかりに昼寝を決め込んだ。焼きそばはどうやら趣味ではなかったらしい。 横にちょこんとおかれた焼きそばを見つつ(というより怖くて幸村見れない)は未だ笑い転げる赤也とブン太を怒鳴りつけた真田がまた注目されるのを横目で見る。 怒れる金剛力士は火を吹かん勢いで焼きそばを平らげ、憂さを晴らすように海へ飛び込んだ。 赤也とブン太、ジャッカルと柳生もそれについて行き、遠泳大会をするようだ。ちなみにゴールの目印は一足先にそこまで泳がされたジャッカルで、太陽の光を浴びてピカリと光る頭に向かって、みな一目散に泳ぎ出す。 「たぁのしーねぇ」 その様子を見つつ、仁王の焼きそばまでちゃっかりと食べたが食後のお茶を飲んだ。(お茶は柳持参。これがまた香りがあっておいしいのだ) 「ほんとに真田をからかってる時のは生き生きしてるものね」 そういいつつ立ちあがったの手には――財布。 「あれ、姉ちゃんどこ行くの?」 「ん?海の家」 眩しいほどのにっこり笑顔。その顔に思い切り書いてある「リョーマにお土産買ってきます」と。 「海の家じゃそんなにいーものないんじゃない?」 あえて主語を言わずに(幸村を刺激しないため。もっとも勘の鋭い彼ならお見通しだろうが)言ってみると、はバレた!といわんばかりにびくりと肩を揺らし、に首を巡らせた。 「やっぱりそう思う?」 「まーね。食べ物ばっかりじゃん?焼きそばだのラーメンだのかき氷だのなんだの」 そっか…と視線を下に落としたは、寸ともしないうちに顔をあげて意気込んだ。 「なら、綺麗な貝殻見つけてくる……!」 「こどもか?」 のツッコミすら待たず駆けて行く始末。そんな体力どこにあるんだといわんばかりに一直線に浜辺に向かって駆けて行くの背中を見ていると、幸村はふわりと笑った。 「まー坊やなら、何貰っても嬉しいんじゃない?」 「目に浮かぶようじゃの」 「"サンキュ”と言って一笑い…と言ったところか……」 「リョーマはクーデレだからね」 「は何もなくていいのか?」 「え……じゃあ、砂一つかみでも持って帰ろうかな…」 「甲子園じゃの。なかなかセンスのいいボケじゃ」 「彼ならツッコミ入れる余裕もなく喜んでそうだけどね」 あはは、と幸村が声をあげて笑う。 妙に気を使うと、幸村君に対して変だから。というは、言ってることとしてる事がてんでバラバラでいつもギクシャクしていて、そんな彼女を彼はただ面白そうに眺めている。 好きか、嫌いか、というと否応なしに好き、なのだが(隙あらば問答無用だよ、とこれまた美しい笑顔で暴露した時は完全にフリーズしていた)、そういうところが幸村らしいとは思う。 そしてまた一方 ちらりと仁王を見たは首を傾げた。 (こっちも食えない奴だからなー) 完璧に悪戯、もしくはからかいの対象がのようで、事あるごとに茶化している仁王だが、彼の本意はですら計れない――まあ、計られるつもりもないようだから、おあいこさまだ。 恐ろしいスピードで進んでくる真田に、ジャッカルが恐怖を浮かべる間、はガサゴソと砂をひっかきまわして貝殻を探し、 彼がジャッカルの頭をムンズと掴んで(その反動でジャッカルはしばらく沈んでいた)勝利をつかむころ、は気に入った貝殻を手に足軽く駆けてきていた。 「みーてー!綺麗でしょ!?」 なるほど時間をかけたらしく、キラキラと光る貝殻がの手には握られていて、が「まー綺麗なんじゃない?」とどうでもよさそうな相槌を打つと、はそれで満足したように貝殻をポケットにしまった。 「あ、そうだ」 それからもう片方の手に持っていたかき氷を仁王の隣に置く。 「はい。冷たいものなら食べられるんじゃないですか?」 「…なかなか気がきくね、姉ちゃん」 「ふふふ。もっと褒めるといいよ!」 「でも相変わらず空気は読めないよね、寝てるよ、仁王」 「え!?」 が―んと雷に打たれたがとぼとぼと横を通り過ぎて行くと、寝ているはずの仁王が手を伸ばしてかき氷を掴む。どうやらタヌキ寝入りだったらしい。(幸村と柳の会話に加わるのが面倒だったと見える) 最後はお決まりのスイカ割りで、 まずはだったが、見事に空振り。はスイカの端のほうに当てて、僅かに欠けた。 真田は勢いあまって粉々に砕いてしまいそうだし、幸村は片手でつぶしたほうが早いんじゃね?的な顔でスイカを見ているため却下。柳と仁王はそもそも見る側に回っている。 結果赤也とブン太、ジャッカルと柳生が奮闘してみせ、スイカはあらかたの大きさに砕かれた。 「んじゃ、いただきまーす」 「待った赤也!やっぱさ、スイカは塩だと思うんだよね!」 「え゛」 待ってましたとの顔が輝く。 次は自分の番かと表情を凍らせた赤也に、はそっと「だいじょうぶよ」と耳打ちした。マヨネーズからはじまった時点で、のターゲットは真田でしかない。 もちろん赤也に話題が降られた時点で無関係(というかスイカしか見てない)真田がかぶりつこうとした時、すぅっと息を吸い込んだは先ほどよりもデカイ声を砂浜に響かせた。そりゃーもう、海が割れるくらいに。 「すいませーん!真田に塩くださ―――いッ!」 (強制終了) |