――ちょっと待てェエ!勝手に返事をするなッ!そして人の話を聞けッ!
   ああもう、そんなに私をハゲさせたいか・・・ッ!


運命みたいなことを感じたことはあった


「ちょっと待って」
窓辺で携帯電話に向かってそう言ったは、むっと眉根を寄せると「そんな事で運命を感じないで下さい」と不機嫌な声を出す。

一方白石は軽快に笑うと、「ええやん別に。価値観なんてみんな違うんやで」ともっともらしい事を言い、
ベッドに寝転がったまま窓の外にぼんやりと白い輪を描いたように光る月を見上げた。
雪こそ降らないものの、曇った窓の外は凍てついた風が通り過ぎ、葉のなくなった木々が寒々と立ち並んでいる。

「もう冬も終わりやなぁ・・・」

しみじみと呟いた白石に、は「そうですねぇ」と相槌を打つと、遠く離れた場所からでも同じように見える月を見て、目を細めた。
「また春が来ますね」

所でさっきの話ですけど、と唐突にが話しを戻して、白石が「ん?」と言うと、彼女はしばしの間口をつぐんでぼそっと呟く。
「幸せだなと思いますよ、私も」


恥ずかしくなったは頬に手を添えると、火照った熱を冷まそうと窓を少し開け、
突き刺さるように寒い風を身に受けるた途端、寸ともしないうちに窓を閉めた。
「あれだけ生きる事が苦痛でしょうがなかったのに、何気なく幸せを感じるなんて、あの頃の私が今の私を見たら、きっと驚きで卒倒しますね」

確信めいた強い口調で言ったは、「もちろんみんなに出会えた事も大きかったですけど」と言い難そうに言葉を濁して、
腹をくくったように言葉を続けた――「元の姿に戻ってから、蔵ノ介さんと過ごした時間のおかげです」


至極まじめな雰囲気が、「ぷ」と笑い出した白石の声で台無しになって、気を悪くしたが電話を切ろうとすると、
その動作が手に取るように分かったのか、白石は弁解する。



「別に茶化して笑ったんとちゃうで、ホンマ変わったなぁと思ってん。自分の考えとる事言うのがあんなに苦手やったのにな」


「蔵ノ介さんと喋ってると、自分の考えを言わなくて損したなぁと思う事が多いんですよ。
出かけても気がついたら流されて蔵ノ介さんが好きな所に連れて行かれるし、いいたい事言うから言い負かされますし。

こうやって気持ちを言うようになってから、今まで生きてきた人生であの時こう言えばよかった、ああ言えばよかったっていろいろ考えさせられます」


すると突然「あ゛――ッ」と電話口から怪しいの声が聞こえてきて、
ぎょっと目を見開いた白石が「なんや」とたずねると、彼女は辛気臭い声を上げた。


「でも、言いたい事を言うようになってから、言わなきゃよかったって後悔する事もありますし。
今何か凄い女々しくて恥ずかしい事を口走った気がします。さっきの話は全部水に流して下さい」

「俺は嬉しいで」

「私はバカップルみたいで嫌です」


きっぱりと切り捨てたに、白石はふ、と笑みをこぼすと、「ええやん、バカップルでも」と電話口でげんなりしているであろう彼女に言葉をかける。
「俺としては、そろそろ友達恋愛から進歩したいんやけど」



――白石君、私が想って歌ってるのは彼氏じゃないのかって聞いてきた事ありましたよね
   織姫と彦星じゃあるまいし、ましてや四年に一度も会えない
   ・・・元の世界に戻ったら一生会えない誰かを思い続ける事が辛いのはよく知ってるつもりですよ

   それに、白石君が見てるのは越前さんの中に入ってる私で、本当の私の姿じゃないですから
   ホントの姿を知らない人と堂々と付き合える程、私は強くもないです




元の姿の彼女と会って、最初は白石と歩く事に酷くおびえていた彼女も、
十何回と会った頃にようやくぎこちない笑みを見せてくれるようになり、今では人目を気にせずに笑ってくれる。

だけど、白石の告白は何となくどちらからも触れにくい話題になっていて、俗に言う友達以上、恋人未満と言う付き合いを続けて来た。
そんな関係に痺れを切らしたのはもちろん白石で、「好きや」と伝えた時、
彼女は嬉しさに涙しながら何度も何度もうなずいて、ようやく恋人と言う肩書きを得たのだ。


――私も、白石君が好きです


それなのに、長年友人関係を積み重ねてきた事が裏目に出たのか、恋人らしい事をした覚えがない。
ましてや大阪と彼女の住んでいる場所はなかなか距離があって、思うようにも会えないのだ。会った時位、甘い関係を求めてもいいだろう。

白石がそう言う意味合いを含んでいる事はにも想像出来て、
黙りこくったはその話題になったとき、が「え」と驚いた顔をしていた事を思い出した。


――それでよく愛想つかされないね


だって、とは表情を曇らせる。
ただでさえ人を想う事に慣れていないのに、その人に想われる等とはにとって天と地がひっくり返るに等しい事なのだ。

好きな人にかわいいと思われたいなんて言う慣れない感情をもてあます上に、自分の体には酷くコンプレックスがあって、
一緒に居るだけでもいっぱいいっぱいなのに、更に恋人らしい行動だなんて無理だよとは思う。


でも


「愛想、尽きますか?」
「は?」

「恋人らしい行動をしないと、蔵ノ介さんは愛想尽きますか?」


電話を持つ手が汗ばんで、瞳に映る夜の景色が揺れる。
男の人ってそう言う事をしないと興味がなくなるんだって、と中学校時代に何気なく話していた話題が脳裏に過ぎった。

「私自分に自信無いし、こんな風に人と付き合うのって初めてだから、恋人らしい事をするって言われても怖くて。
でも蔵ノ介さんが離れて行ってしまうなら、出来るだけ頑張ります、から・・・」


だから


「傍に居てください」


思えば、こんな風な会話をする事なんてなかった。
一緒に居る時はくだらない話題で笑ったり、気がついたら漫才になっていたり、それこそ友達のように振舞ってきたから、
こうやって向き合って初めて、自分はこの人を友達としてじゃなく、傍に居たいんだなと言う事を思い知らされる。

の言葉に、白石は「なぁ」と言うと、身を起こして窓辺に歩み寄り空を見上げた。


「夏に海に行った時、絶対水着だけは着らんって大騒ぎしたの覚えとる?
そんで仕舞いには誰も居なくなる夕方まで海眺めたんやけど、あんまり海が綺麗なもんやから、自分、服着たまま飛び込んだやろ」


突然の思い出話に、ぎゅっと心臓が悲鳴を上げて、かみ締めた唇が痛みを覚える。

「秋には公園に行ってな、陽がくれるまで空眺めたな」


パズルのピースを集めるように作り上げてきた思い出が輝くのは


「あんな、そんな季節の中自分が居ったから、他愛ない海も空もこれ以上無い程の思い出やねんで」
ハッと彼女が息を呑む音が聞こえて、白石は瞳を伏せると、口元に鮮やかな弧を描いて微笑んだ。


「分かってないみたいやから、もう一度言うとくわ。
巡り会えてよかった・・・なんでかって、こんなにも愛しとるからな。

せやから、頑張らんでええねん。
俺が辛抱強いのは俺以外に自分がいっちゃん良くしっとるやろ」


分かってる、とは心の中で呟く。
白石はいつだって自分のペースだし、言いたい事はズケズケ言うけど、自分の気持ちを押し付けてきた事はない。

早足で歩く癖に、少し先でが追いつくまで待っててくれて、何かを伝えたい時、言葉に出来ずに四苦八苦するの言葉を辛抱強く待ってくれた。


「ゆっくりでええよ。
初めて会った時よりも力が抜けて、笑ってくれた時みたいに、友達から恋人に時間かけてなっていこ」


俺も男やねんけどなぁ、と白石は内心ため息をついて、顔が見えないのをいいことに表情をゆがめる。
手を繋いだり、キスしたり、男は狼と言う表現がぴったり合うくらい、彼女を自分のものにしてしまいたい衝動があるのは、ごまかしようがない

でも彼女がそれを怖がっているのは分かっていて、待ちきれない位切羽詰っていても、こうして待つと言ってしまう自分が居るのだ。
彼女と居れば、驚くくらいやさしくなれる自分が居て、そんな自分がもどかしいながらも、居心地のよさを感じてしまう。


出逢った偶然が、かけがえの無い想いに変わっていく
彼女と積み重ねてきた一分、一秒さえも愛おしくてたまらない

そしてこれから積み重ねていく思い出も、きっとそれ以上の宝物になるはずだから


「俺がしわしわのじいちゃんになって、がよぼよぼのばぁちゃんになるまでまだまだ時間はいっぱいあるんやで、焦らんでいこうや。
死ぬ時にバカップルな老夫婦なんて早々おらんし、財前辺りがめっちゃあきれるくらい、仲のええ老夫婦になってやろうや」

まじめに言ってるつもりなのだろうが、言ってる事はかなりむちゃくちゃで、がたまらず噴出すと、白石は心外だと言わんばかりの声をあげた。

「なんや、人がまじめにプロポーズしてるのに」
「別に茶化してる訳じゃないですよ。ただ、蔵ノ介さんのそう言う所好きだなぁと思って」


笑っていた事に意識が向いていたため、するりと出た言葉の意味を遅れて理解した途端、は「ぎゃ」と悲鳴を上げると、
慌てふためきながら「今のは忘れて下さい!」と悲鳴に近い声を上げた。

「無理言うなや、しっかりインプットしてしもうたし。せっかくの愛情表現を返さな、俺も愛しとるで」
「返さなくていいです!しかも愛してるって何ですか!私は好きって言っただけで・・・ッ!」

「お。また好き言うてくれたな、愛しとるで」
だから返さなくていい・・・ッて、もういいです。電話切りますから、おやすみなさい」


あきらめたようなの声音に、白石は笑うと「おやすみ」と声をかけ、通話を切った。
この手の電話の終わり方はしょっちゅうなので、さして気にもせず、明日になれば何事もなかったかのようにメールが来るのは間違いない。

携帯電話に視線を落とした白石は、ほころぶように微笑むと、ぎゅっと大切なものをつかむように抱きしめた。


「今からやって来る春も、それから先に来る春も、俺が過ごす季節全部に居ってな」


こんな風に思えるようになったのは


きっと


「自分に会えてからやで、

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あくまでこれは白石だと言い張る私