「・・・」

ベッドから上半身だけ起き上がったが時計を見ると、時刻は二時を少し過ぎた所だった。
いつもは大して意識もしない時計の秒針の音がいつもより大きく感じてしまい、は時間が時間なだけにサァッと青ざめると両手で頬を押さえる。

もし五時間前に時間を巻き戻せるのなら、自分を引っ叩いてやりたい
敵うことならその後エルボードロップをかまして飛び蹴りでしめてやりたいと思う程自分の浅はかさが恨めしくてたまらなかった。


何で怪奇特集なんか見ちゃったんだ私は・・・ッ――人はそれを後の祭りと言うのである。




【眠れない夜】




怖くて居てもたってもいられなくなったは、恐怖から逃げるように携帯電話に手を伸ばした。

こんな時間に電話をかけたとしても、寝つきのいい彼女が電話に出る可能性は低く、ましてやそれに輪をかけて寝起きの悪い彼女の事だ。
電話で起こした日等口から火を吹き怒られるのは目に見えていたのだが、
今この瞬間の恐怖が少しでも紛れるのなら例え危険なわだちを踏む事になってもかまわないと思える程、今のは混乱している。

そんな彼女が携帯を取って見ると、メール受信を知らせる光が点滅していて、多少ビビリつつもメールを開くと、の文字にほっと胸を撫でた。


Form:

件名:どうせ姉ちゃんの事だから
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今日の心霊特集見たんだろうけど、
起こしたら殺すから






さすがサン、姉の生態をよく分かっていらっしゃる
出鼻を挫かれたは口角を引きつらせると、携帯電話を閉じてため息をついた。



気を取り直すようにベッドにもぐりこんで目を閉じてみたが、脳裏に浮かぶのは先ほど見た心霊映像ばかりで、
ものの五分もたたないうちに再び身を起こしたは諦めたように足を床につけると立ち上がる。


「仕方ない。徹夜でもするか」

今日は寝れずとも、限界まで起きていれば明日かあさってには事切れたように眠れるかも知れないと言う希望を胸に抱いて、
電気をつけたは本棚から図書館戦争を取り出すと、パラパラとめくって読み出した。

最初は心ここにあらずと言う態で集中できずに読んでいたのだが、段々話に夢中になってきて、ようやく真剣に読み進めていると、
水をさすようにコンコンと部屋のドアが叩かれ、現実に戻ったは本を落としてびくりと身体を揺らす――こんな時間に一体誰だ

返事するべきか?嫌、聞こえてない振りをしていた方がいいんじゃないだろうか

しばらく沈黙が訪れて、はドアから視線を離さずに凝視していると、痺れを切らしたのか、もう一度ドアが叩かれた――ヒィイイ!

絶頂に達した恐怖で布団をかぶろうとした時、
ドアの向こうから聞こえた「?」と言うリョーマの声に瞬いた彼女は、思わず「リョーマ?」と返事をしてしまう。

その声が聞こえたのだろう、扉が開いて外から顔を覗かせたリョーマを見て、は初めて呼吸が出来たようにほっと息づくと「なんだ」と安堵した。

「部屋の電気がついてたから、まだ起きてるのかと思って」
「あー・・・うん、まぁ・・・」

言葉を濁したが視線を逸らすと、リョーマはやれやれと言わんばかりに肩をすくめ、「だから言ったでしょ」と眉を潜める。


「見ない方がいいんじゃない?って」

「そ、それは・・・その・・・見てる時は大丈夫だったのよ。南次郎さん達も居たし・・・でも、寝る時になって急に怖くなっちゃって。
大丈夫、今日と明日徹夜すればあさってにはどんなに怖くても強制的に夢の世界に旅立てるし!」

「明日もあさっても部活じゃん、練習中に倒れたりしたらどうするの」


容赦ないリョーマの攻撃に逃げ腰になったは、「大丈夫、怖くてしばらく保健室にはいけないから」と情けない声をあげた。
ついでに言うと病院にも行きたくない、もっと言えば学校に足を踏み入れたくない、夜の道も怖い
「・・・ホント、何で見たんだろうねぇ、私は」

はげっそりとした表情で重いため息を吐いたものの、ハッと顔を上げると、期待に満ちた顔でリョーマを見た。

「ねぇリョーマ、何か眠れる薬ない!?」
「は?」

「ホラ、睡眠薬みたいなの!私怖いの見て眠れなくなった時にね、
手繋いでもらって、電気つけて、音楽かけて、睡眠薬飲んで寝てたんだッ
「なんでそこまでして怖いのを見る訳?」

もっともとも言えるリョーマの切実な問いに、うっと言葉に詰まったは、視線を泳がせながら言いよどむ。
「嫌、ホラ、心霊特集といったら夏の風物詩な訳で、日本人にしてみれば風鈴と同じようなものなのですよ」

「人一倍怖がりな癖に・・・大体、睡眠薬なんて無いに決まってるでしょ」
「ですよねぇ・・・」

じゃぁやっぱ徹夜かな、と本を取り直したを見て、リョーマはちょっと待っててといってドアを開けたまま部屋に戻ると、枕を片手に戻ってきた。

「何で枕?」
「俺、枕かわると寝れないんだよね」

そう言ってドアを閉めると、の枕の横に自分の枕を並べる――「ちょ、ちょちょちょちょっと待ったッ」

、うるさい」
「ごめん・・・じゃなくて、別にいいよッ!怖いの見たのは自分の責任なんだし、一緒のベッドなんて心臓がもたない・・・どっちにしろ寝れないからッ」

「何もしない。ソレ姉貴の身体だし」
「そう言う問題じゃない!中学一年が何言っとんのじゃァアア」

がツッコミを入れている間にも、リョーマはベッドにもぐりこんで居る。
「早く」とせかされたは、風を切る速さで首を横に振ると、「無理ムリむり無理!」と悲鳴に近い声で叫んだ。


「そんな事したら口から心臓が出るッ」
「そしたら俺が直してあげる」

「いぎゃ――ッ」

リョーマ色っぽい!目に悪いッ!と言う彼女を黙ってみていると、無言の圧力に負けたは「・・・はい」とベッドの中に身をもぐらせて、頭を抱えた。

「こんな事になるならもう絶対に怪奇特集なんて見ない!ワカメに誓って見ない!もしくは昆布でも可!
「ハイハイ。あ、もうちょい下に来て」

最近リョーマが私の扱い方を覚えてきているような気がする、流されたが渋々言われたとおりにすると、リョーマは彼女の顔を胸板に押し付けた。
「これなら、俺の服以外見えないでしょ」
「ヒィィイイ」

手を握られると、眠る所か気絶してしまいそうな勢いに、はぐるぐると目を回す。
「うー」とか「あー」とか奇妙な声をあげてる彼女をいとおしそうな目で見つめたリョーマは、
「ねぇ」というと、少し身を起こして彼女の耳元に口を寄せた。

「見えない幽霊よりも、男の方が怖いと思うけど?」
「&%□@$*△――ッ、お、おやすみなさいッィィイイ!」


眠れるはずもなく、狸寝入りを決め込んだが静かになって、リョーマは瞳を伏せると小さくため息をつく。

(ま、俺も寝れないんだけどね)

こうして二人の眠れない夜は過ぎていったのであった



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昨日の心霊特集を見て眠れなかったのは私です。
妹と話してて、結婚するなら誰がいい?という話になった時に、その時ちょうど銀魂ブームだった私は「銀さんとか」と言うと、
「えー、銀さんと姉ちゃんの結婚生活とか絶対無理だって!」と言われ、「確かに。金銭面に苦労しそうだよね(ちょっと違う)。じゃぁニコルとか」
「ニコルと姉ちゃんが結婚するとさ、なんかどっちも気ぃ使ってそうだよね。あたしとイザでその様子を笑ってやるよ」と言われました。

「やっぱリョーマですよね」
「リョーマってツンデレに見えて意外とデレデレだもんね」

その言葉を機に、ちょっとデレデレリョーマを目指してみた