「あ」
「あ」


何もなかった事にして視線をそらせばよかったものの、意表をついて口から出た単語。
黒猫を抱えた彼とスーパーの袋を抱えたは幸か不幸かバッチリと目があってしまい、
「あ」と言った彼から改めて視線を逸らすにはあからさますぎて、はヘラリと愛想笑いを浮かべると、「こんにちわ」と頭を下げた。




【my best friend 7】




薄いサングラスをかけた彼――夜天はどうやらオフの日らしく、その手に抱えられた三日月ハゲの黒猫に視線を落としたはぴょこんと浮足立つ。
(ルナだ――!)

ぱっちりとした大きな目。
つややかな黒い毛。

はほわーと心が和むのを感じると、おそるおそる手を伸ばして夜天を見上げ、「さ、触っていいですか…?」と尋ねてみた。
「いいんじゃない」
ぶっきらぼうな夜天の言葉には意を決してルナの頭に触れてみると、さわさわと撫でてみる。「なー」と喉を鳴らすルナの声が可愛いこと可愛い事!
思わず頬が緩むのを感じて、頭やら喉やらを撫でまわしていたを見た夜天は、かえって意外なものを見たようにパチリと瞬いた。

「猫、好きなの?」
「大好きです!」

間髪いれずに答える
猫は猫でそりゃーもう大好きだが、奥さんルナですよルナ!アルテミスはどこだー!と叫びたい勢いだ。
せめてもの発散にわしゃわしゃルナを撫でまわしていると、夜天は「ふーん」と鼻を鳴らした。


「…」
「何?」

「あ、いや…」


(なんかこの淡白な反応…リョーマに似てるなあ……)

誤魔化すように咳払いを一つすると、怪訝な顔をした夜天に「いやー何でもないですよ!」とヘラリと笑う。
ルナにも触ったことだし、退散して夕飯の準備に勤しもう。今日はルナに会った記念パーティーにでもしようかな、と思いつつ
「じゃあ夜天君また――」と言おうとした時、難しい表情をしていた彼は、ちらりと奥の建物に目をやった。

「ねえ」
「はい」

「ペットショップ、ついてくる?」

信じられない夜天の言葉に呆気に取られる
ポカンとした顔で見てると、カッと頬を朱に染めた彼が「別に!」と慌てて付け足すようにまくしたてる――「動物、好きそうだったからッ」


あーだのこーだのと付け足される言葉と、
そんな夜天の様子を目を細めてみたは、心の中で「やっぱ全然似てないや」と呟いた。リョーマはクーデレ。夜天はツンデレ。

とはいえ、ペットショップにちらりと視線をやったは一瞬考え込む。


ペットショップか、ぜひとも行きたいところ。
いやいやしかし、ここから先は敵のセーラー戦士が出てくるし、行けば邪魔になること間違いない。でもペットショップ行きたいなー

「猫、います?」
「普通よりは、多いんじゃない?」

「行きます」

邪魔になんないところにいれば問題ないよねー(←軽い








「じゃあこの子、シャンプーしてくるから」
という夜天と店を入ってすぐに別れて、はうろうろと店内をさまよっていた。猫に犬にハ虫類。
カメがのんびりと水槽を泳いでいるのを横目に、鳥がバタバタと羽をばたつかせる音を聞く。
一周回ってまた猫のゲージに戻って来た時、ガランゴロンと扉の上にかけられた鈴が大きくなると、優雅に女性が店に入ってくるのが瞳に映った

パチリと目が会うと、ふふんと笑われる。
心なしか彼女の腕に抱かれた猫も目を細めて、いかにも感じ悪い雰囲気に、は眉間に皺を寄せた。


(いるよねー。こういうタカビー女)


昔ならまず真っ先に逃げていたが、最近は素知らぬふりができるようになった。気持ち嫌な顔もできるようになった!
それもこれも「なー樺地あーん?」「ウス」と、ただ歩くだけでも、バラをふりまいて赤い絨毯の上を歩いているような男の隣にいるのだ。嫌でも慣れてくるというもの。

最初こそ外に二人で出かけなかったものの、
徐々に徐々にとゆっくり時間をかけてまずは映画を見に行く、とか、いるものを買いに行く、とかいうことからはじめて、今では少し長い時間外を一緒に歩くようになり、
おかげでキレーなお姉さん方から嫌味を言われることも増え、開き直るという特技もマスターできた今日この頃なのである。もうあんまり(ここ重要)怖いものはない。

彼女がの後ろを通り過ぎて奥に入っていってしばらく。こちらへ向かって出てくる夜天の姿が見えたはん、と動きを止めた。
そういえば
この事件って、うさぎちゃんたち来るんじゃなかったっけ?

チラリとドアに視線を向けた瞬間、どっと冷や汗が流れるのを感じる。

夜天と同じ店にいるのはファンと言うことで片付けるにしろ、がここにいたんじゃ、うさぎたちが変身できない。
わ、と両手をあげたは犬のゲージに隠れて見えないところに買い物袋を置いて、わたわたと右往左往をはじめた。どどどどどどうしよう!?


一瞬避難通路に目を向ける。
待って――はハッと目を見開くと「ルナ!」と声をあげた。

そうだ!ここってルナがケガするところじゃんかッ
ピリッと緊張の空気が走る――どうしよう――と考えたのもつかの間、は買い物袋に飛びつくと、ごそごそと中を漁って、店の奥へと駆けだした。

走っていくにつれ、入口の影に隠れている夜天が見える。
その足元にいたルナが奥へと入っていく姿に、夜天が「お、おい」と珍しく動揺したような声をあげて、
は勢いよくその隣を駆け抜けて行くと、ルナに向かって手を上げているセーラー戦士に「待ちなさい!」と声を上げた。

アイアンマウスの動きが一瞬止まったのを見極めて、は拳の中に握っていたものを思い切り投げつける――「くらえ!卵爆弾!」

一直線の線を描いてアイアンマウスにぶつかった卵が弾けて、
「ギャー!」と悲鳴をあげたアイアンマウスが(彼女的に言うと、一張羅が卵でべとべと)思わずルナを手放した隙には「逃げて!」と声をあげた。

「なにするのよッ」

アイアンマウスが怒りにまかせてこちらに殴りかかって来るのが視界の端に見える。
はふ、と身体の力を抜くと、静かに息を吸い込んだ。

越前さんの身体を借りていた時、彼女は確かに鍛えてあったし、よりもずっと力はあった。でも――はアイアンマウスの腕に手を添えると、ぐっと腕をつかむ。
大丈夫。身体の感覚は覚えてる。

――女が力で勝てないのはあたり前です。だから相手の力を借りるんですよ、先輩

「――ッ」

みぞおちにたてた拳に、勢いにのったアイアンマウスの身体がぶつかる。
アイアンマウスが悲鳴をあげるより先に、
呆気に取られてこちらを見ていて未だに逃げていないルナを抱えると、は入口へ向かって駆け出した。

が、

ドン、と激しく何かがぶつかっての身体がふわりと浮く。
見れば起き上がったアイアンマウスが見えて――は「あー…生衝撃波……」という何とも緊張感のない言葉をともに横に吹っ飛んでガラスを突き破った。

できるだけ身体を小さくまるめこんで、ルナに衝撃が少ないよう気を配ったけれど、落ちた衝撃でルナが息をのむのが聞こえる。
腕を離して「だいじょうぶ?」と声をかけたが、ルナからは返事がなかった。

ハッと目を見開いたが「体重計算するの忘れてた…!」というと(落ちる時うつぶせで落ちた人)、パタパタと小さく走って来る音が聞こえて、頭を何かで叩かれる。

「何のんきな事言ってんの!?バカじゃない!?」

「夜天く…」
お、やばい視界が霞む。
どうやら夜天に叩かれたせいではないらしい(当然だ)

とりあえずは「行ってください」と言って、夜天にルナを差し出した。

「な――何いってんのさ!」
「いいから、言ってください。わたしは動けませんから、早く!大丈夫です。もうすぐセーラームーンが来ます」

「…は?」

「それに」

ぐわんぐわんと頭の中で自分の声が反響して、胃の中が気持ち悪い事だけが唯一意識を保つ要因になっていた。ただしもう長くない。頭の中が白くなっていく。

「夜天君にはすることがあるでしょ…ぅ…」

最後に何をいったのか分からない。
ただ夜天がとてもびっくりした顔をしたのを瞳に映して、はあっさりと意識を手放した。