お前が悲しむ理由を俺は知っている。だが俺が悲しんでいるお前をあいつに会わせないようにしてもお前が悲しむことを、俺は知っている。 それならばどうすればいい? ただここで悲しむお前の後ろ姿を見ているだけだと思うと、自分が情けなくなってくる。 もしお前をあいつから遠ざけることができるなら。もしそれでお前が悲しまないのなら。しかしお前は悲しむだろう。 どうすればいい? 動けない理由、動きたい理由。すべてお前にあるのに、お前は俺のもとにいない。 お前にこのことを言えば「つまらないことで悩むなバカ者」と言ってまた俺をけなすだろうが、それでも俺は構わない。 少しでもお前の気が晴れるなら、いつものように他愛のない会話を二人でしよう。それで、お前が笑うことができるのなら 【理由】 真田は飲みかけのコーヒーの缶を危うく握りつぶしそうになって手の力を抜いた。 結論はつけてみたものの、やはりもやもやとしてどこか気持ち悪い。結局は先ほどの心中でされた会議もなかったことと同じだった。 は隣で静かにピーチティーを飲んでいる。お気に入りの、コンビニで売っているリプトンのやつだ。毎回買っていて飽きないものなのか。 朝からこの調子である。静かに公園でリプトンを飲み続ける。妖怪と言っても不思議ではない。 赤也に聞くところ、昨日の家に帰ってからも魂は抜けていたらしいので理由は見当がつく。――女子とあるいていた千石を見かけたことだ。 仲むつましげに話しながら肩を組み、喫茶店へ入って行った。 「あ」と最初に声を上げたのも、間に入っていこうとした赤也とブン太を止めたのもだった。 「良いじゃん別に。あの子足綺麗だったし」と全く気にしていないそぶりは見せたものの、気にしていないはずがないことは誰でも理解できる。 そしてこれである。ジュゴッと飲みほしたのか紙パックが唸った。は興味なさげに紙パックを見つめ、やがて折りたたむ。 不意にこちらを向いて、「あれ、いたんだ真田」とまたしても興味なさそうに真田に話しかける。今頃か。 「確かに、なーんか妙に暑苦しいなとは思ったけど」 は口角を持ち上げたつもりだろうが、うまく笑えていなかった。自分でもわかったのか、自分の頬をつねっている。 「いっけない、戻らなきゃね」と頬を叩いて笑う練習を始める。 「そんなに無理しなくていい」 一瞬何を言われたのか理解できなかったのか、真田を向く。パチリと瞬きをしてから、今度はしっかりと笑った。 「じゃあ遠慮せずに甘えようかなぁー。なんてね」 「無理ムリ、あたし遠慮の塊だから」と片手を顔の前で振って、突っ込んでこない真田を見る。 「なんであたしじゃなくて真田が思いつめてるのさ。わらえるー、その顔」 肩を揺らしながら笑うを向いて、真田は口を開いた。 「俺はお前がどれだけの重荷を抱えているかがわからない。その重荷を俺が背負ってやることもできない。 お前が人前で大声あげて泣くところは想像もつかないが、それをするもしないもお前だ。俺は泣けとも泣くなとも言えない。 だがお前が無理して笑うことはない。無理に笑ってお前がつらいのなら俺も、幸村たちも誰もお前に笑えとは言わない。 辛抱強いのはいいことだが、我慢比べも大概にしないと互いが崩れてしまえばもともこもないぞ」 しばらく黙っていたが、真田の背中を叩いて立ち上がったは「真田らしいね」と呟く。 真田に、鞄に入れていたもう一本のピーチティーを差し出すと「ありがと」と言ってから公園を去った。 「ねぇちょっと」 耳につく鼻声で引きとめられ振り向くと、先日千石の隣りを歩いていた少女がの後ろに立っていた。 その少女は手招きすると、噴水のところへと歩き始める。ついて来いということか。 制服からして青学の女子。の知り合いでも見たことがない。初対面としか思えないから、やっぱり千石の件でだろうか。 そんなにケバケバもしていないが、しぐさからして性格は子供っぽいと言ったところか。 パッとを振り向いた女の子が「単刀直入に言うと、」と置いてにっこり笑った。 「キヨと別れて?」 こちらも笑って「意味が分からないんですけど」と返す。態度からして年上だろうから一応敬語でも使っておこうか。 「ほら、私とキヨって結構仲いいじゃない?昨日もデートしたし。そろそろ付き合ってもいいかな、って思うのよね。 私が告白したらすぐにでもOKしてくれそうな雰囲気だし、あとはあなたが別れてくれるだけっていうか。ね?」 小首を傾げた少女に影が射す。振り向くと、「困ったなー」と頭をかく千石が立っていて、少女はちょうどいいところに、と言いたげだ。 は「ですってよ」と千石に振ると、千石はもう一度同じ言葉を繰り返した。「困ったなー」 「俺、そんなつもりなかったんだけどな。ちゃん一筋だし」 少女は目じりを吊り上げて「なんで!?」と大声を出す。野外なのですぐに空気に紛れるが、耳には十分響く。 「だってキヨ私とデートしたじゃん!私キヨになら今すぐにでもキスしてあげるよ!?体もあげるよ?! キヨ言ってたジャン。写メもこの間一緒に撮ったのしかないし、俺達ホントに付き合ってるのかなーって!」 耳に痛い。自分でも表情が険しくなったことがわかるほど、今すごく気分が悪い。 無意識のうちに片手でこめかみを押さえていると、肩に誰かの手が乗った。「すまないが、」 振り向くとこちらも険しい表情の真田が立っていて「こいつは返してもらおう」とことわってからの腕を取る。 「まあとりあえず二人でよろしく」 ラッキーかもしれない、と内心呟きながら黙って真田に引かれる。どこまで行くのだろうか。 座らされた場所は先ほどリプトンを飲んでいたところで、真田の手には未だ飲まれていないリプトンが握られている。 座ったの前に立ったまま動かない真田に首をかしげ、「真田?」と呼んでみたが返事はない。 「…真田?」 今好きだと伝えられたならどれだけ楽だろう。あの女のように千石をけなしながら説得できたのならどれだけ楽だろう。 あんなやつ付き合っていてもどうにもならない。お前が困るだけだ。またあんな状況に巻き込まれたらどうするつもりだ。 言いたいことはたくさんある。たくさんあるはずなのに、言えない。お前が――悲しむから 伏せた瞳は戸惑いを隠せないから。少しでもお前がこの気持ちに気づいてしまったのなら、今度は俺がお前を苦しめるだろう。 今何と言えばいい?なんといえばお前が楽になる?苦しくなくなる? 分からない。しかしを見ることもできない。今見てしまえば、しまおうとしている言葉たちが溢れてしまうやもしれない。 諦めろ、お前の気持ちは届かない まるで夢のように、永遠と俺の気持ちの中で出口のない部屋をさまようしかない 諦めろ、この気持ちは――けして届くことはない 「バカ者!お前はあの状況で何をぼーっとしている!相手を突き返すなりして反論でもしたらどうだ! いつもは俺に口応えしかしないその口はお飾りかッ!少しは千石を責めてみたらどうだ、いつまでもこうして俺や誰かに連れだしてもらうつもりか! だいたいお前は…」 いきなり怒鳴り出した真田に目を見開いたが、しばらくしては頬をふくらませて自分も怒鳴りだす。 「だってそんなこと言ったって女の子殴っちゃ紳士の名が成り立たないでしょ!あ、あの変態じゃなくてね」 「そんなことわかっておる!お前は女なのだから紳士が名乗れるはずがなかろうがっ!いつもは喧嘩ばかりするくせに使えぬな!」 「使えんゆうな!」 「ごめーん!」と走ってきた千石を二人が振り向くと、千石は両手を顔の前であわせて「ありがと、真田君」と礼を言う。 「まさかあんなことになるとは思わなくって。相談があるってお茶に誘われただけだったから、あれがデートだとは少しも…」 顔を見合わせた二人だったが、真田が「少しは責めてみたらどうだ」と小声で言うと「どうかした?」と千石が首をかしげる。 「この腕っ節、使えんなんて言わせるもんですかッ!」 威勢のいい音が公園に響いて、「これに懲りたらあまりフラフラしないことだな」と真田が腕を組む。 「ひどいよ〜」と情けなくへたり込んで頬をさする千石に、「自業自得です」とも真田に並んで腕を組んだ。 少しでもお前の気が晴れるなら、いつものように他愛のない会話を二人でしよう。それで、お前が笑うことができるのなら |