一口食べる?と言いながらおかずをの皿の端に乗せた友人は、「しかしアンタがまさか海外に住むとはね」と呟き、 彼女の隣に座っていた子がうんうんと何度も力強く頷く事で相槌を打った。 「高校の時は英語好きだったけど、地元からも出たがらなかったが東京すっ飛ばして海外とは驚きだよね」 別に東京をすっ飛ばした訳ではないのだよ、と言おうと思ったが寸での所で言葉を飲み込む。 事実二ヶ月程東京でリョーマの姉として暮らした事があるのだが、 色々と深く聞かれて説明に困るのは自分だし、他人が到底信じれる話ではない。 「んで、海外の生活はどうなの?いくら英語が好きだって言っても、日本からの知識じゃ高が知れてるでしょ」 「まぁね。でも一人じゃないから大丈夫。向こうが英語ぺらぺらで、教えてくれるから」 何気なく言葉を返した後、しまった、とは動きを止めた。 「へ――、噂の彼氏ねぇ…付き合ってだいぶ経つのに未だに紹介してくれない彼氏さんねぇ」 おかずをくれた友人が意味ありげに目を細めるのを見たは、背筋に冷や汗が流れるのを感じながら、「そう、その人」と苦笑を零した。 彼氏を紹介しない事に不満があるらしい友人’sにこの話題は禁止の上に、「実は入籍しました」等を言えばテーブルナイフが飛んでくる可能性がある。 「彼氏」ではなく「旦那」なんです。 さりげなく言えばいいのに、その一言は未だにかなりの衝撃を持っていて、 思い出すだけではかぁあと顔が熱くなるのを感じると、熱を冷ますために冷たい水を喉に流し込んだ。言えない、言えない、恥ずかしすぎる。 「彼氏の職業、プロテニスプレーヤーだっけ?」 「うん」 「超が付くほど運動嫌いのアンタが、よくそんな人と続くよね」 歯に衣を着せぬ物言いにぐ、と言葉に詰まったものの、 その相手が今流行りのイケメンテニスプレーヤー越前リョーマだと分かった時には更に倍位毒を吐かれるだろう。知らぬが仏ならぬ、知らせぬが仏。 「ルールは完璧に覚えたから試合見るのは楽しくて好きだよ。 少しは出来るようになったし…テニスプレーヤーだからって向こうもテニスだけが趣味な訳じゃないから」 「まあ、それはそうだろうけどさ。どうも高校時代を見てきた私たちにはアンタと運動が結びつかないのよね」 ごもっともな意見に苦笑いでこたえるしかない。 現に少し出来るようになったと言っても、基本的な動きが出来るようになった位で運動嫌いは相変わらず。 ましてや超人的なリョーマの相手にはなるはずもなく、 リョーマは「本格的な試合がしたかったらアンタとテニスしないから大丈夫」と言うけれど、テニスプレーヤーの旦那を持つ妻としてそれはどうなのか。 何年も彼女として付き合ってきたけれど、未だにリョーマにふさわしい人はもっと居るだろうと思えてならない。 そんな引け目もあるからこそ、妻になったと言う事を言う勇気が出ないのだ。リョーマと付き合ってる事すら言う勇気がなかったのに。 その時「いらっしゃいませ」と言う店員の声に何気なく入り口に視線を向けたは、びくぅっと身体を揺らすとさりげなく身を縮めた。 「もーおチビ!帰ってくるなら前もって連絡寄越せよな!」 「まったくだぜ。おかげで昼間しか時間が取れなかっただろ」 「スンマセン」 な、ななななんでやつ等がここに居る!? 真っ青になったの傍で、「あれ越前リョーマじゃない!?」と友人が浮き足立った声を上げ、 その声に視線を向けたもう一人の友人も「本物だ!」と感極まった声音で言う。 「の彼氏もプロテニスプレーヤーならさ、越前リョーマと知り合いだったりするんじゃないの!?」 どう返事をしろというのか、ここで「そうかも」と言えば、声かけてよ!といわれる可能性もある。知り合いじゃないと嘘をつく度胸もないし…。 バクバクと鳴り響く心臓。ぐるぐると目も回る。 「あの、その」といっていると、背後から突然にょきっと現れた菊丸が「あれ」と声を上げての苗字を呼び、 心臓が口から飛び出るのではないかと思う程は驚いた。慌てて口に手を当てて、飛び出てないのを確認する。 「知り合い?」と友人に問われるのにこたえる余裕もなく「英二君、静かに」と慌てた言葉に「おチビぃ」と言う菊丸の声がかぶさった。 人の話を聞け! それどころかパチリと瞬いた菊丸は「にゃはは。つい癖で間違った。もう越前だっけ?」とかわいらしく首を傾げる。 思わず菊丸の頬に手を伸ばしたが力いっぱい左右に抓って居ると、「」とリョーマの声が聞こえてきて、彼女は身体を震わせた。 「あ、リョーマ」と白々しく言葉を返したがどうやってこの場を切り抜けるか必死に頭を回転させているにも関わらず、 ぽかんとした顔で状況が理解できていない友人達を見たリョーマは、ぺこりと頭を下げる。 「いつも嫁が世話になってます」 嫁、と言う言葉に性懲りもなく恥ずかしくなって、なんかリョーマが旦那みたいだ、いや、旦那なんだけどと耳まで真っ赤にしてしまうのだが、 「嫁?」という友達の声にわれに返ったが「あ、あの」としどろもどろになった時にはもう遅かった。 「失礼ですけど、彼氏じゃなくて?」 「一ヶ月前までは彼氏だけど、今は旦那」 「…越前、リョーマ君で間違いないですかね?」 「そうだけど」 「………」 「スイマセンごめんなさい。もうほんとマジでスイマセンすいません」 バレた!! 友人の地を這うような声音にびくついたが反射的に机に額をつけて謝り、言い訳だろうと何だろうととりあえず言葉を並べる。 「決して嘘をついていた訳ではないんです。黙ってただけなんです。言い出せなくてホントにスイマセン!」 反応が返ってこない。 おそるおそる顔を上げたの頬を握った友人が思い切り左右に引っ張り、 髪の毛が逆立っているようにも見える迫力に「痛い」ともいえずに居ると、もう一人の友人が鼻を摘んだ。 「結婚してたなんて聞いてない!」 (リョーマが彼氏だった事ではなくて、そっちですか!) 「なんだよ!彼氏よりも一生一人で生きていく為に手の職が欲しいとか言っておいて、彼氏できたの最後な癖して…一番に結婚だと!?」 「しかも相手が越前リョーマって喧嘩売ってんのか!?」 (う、売ってないです――ッ) 彼氏が越前リョーマだったと言う事よりも、一番に結婚した方が許せないらしい。その相手が越前リョーマだったと言う辺りが腹立つらしい。 女の子って分かんない…ようやく離された頬をさすってなみだ目のは「私だってまさかこうなるとは」と言葉を濁した。 リョーマに出会う前までは女の子だと言う事も半ば放棄していたし、出会ってからも自分は乙女なイベントとは一生無縁で生きていくと信じて疑わなかった。 付き合いだしてからもいつも自分に自信がなかったし、結婚するとなって籍を入れても不安でたまらない。ホントに私でいいの?とも聞けなくて。 その思いにつんと鼻が痛くなったと同時にぽろぽろと涙がこぼれて、は慌てて涙をぬぐう。 「顔、冷やしてくる」 席を立って駆け込むようにトイレに行ったの背中を横目で見た友人は、 リョーマが何かを言う前に「分かってるとは思うけど」と先手を打って口を開いた。 「あの子言いたくなかったんじゃなくて、言えなかっただけだから」 「昔からねー、他に類を見ない位自分に自信のない子だったんだ。 正直越前君と結婚するってのも驚きだよ、あの様子じゃ付き合ってる時ですら不安でしょうがなかっただろうに。 まあ、それだけ君が好きなのかも知れないけど…さて、ねえ一緒にお茶でもしにいきましょうか」 立ち上がった友人達はそれぞれ桃城と菊丸の腕を掴むと、有無を言わせる間もなく引きずって行く。 彼女達の気遣いに感謝してリョーマはその背中に頭を下げると、彼女たちが座っていた椅子に腰掛けてコーヒーを注文し、が戻ってくるのを待った。 出てきた彼女はリョーマしか居ない事にぎょっと目を見開き、あわててこちら側にかけてくる。 「あれ…二人は?」 「なんか、桃先輩と英二先輩とお茶するって出てった」 「はぁ?」 訝しげな顔をするに「座れば」というと、彼女は数秒立ち往生した後腰を下ろし、 広がった沈黙にそわそわと身体を揺らしているのを見たリョーマが口を開いた。 「が自信ないの知ってたから、結婚すれば少しは自信がもてるんじゃないかと思ってたけど」 突然切り出された上にピンポイントの話題に一瞬心臓が止まった気がして、は唇を振るわせるとぎゅっと下唇を噛み締める。 次の言葉が怖い。結婚止めると言われたら、どうしよう、どうしよう。 そうじゃないのに、リョーマと結婚できるのは本当に嬉しいのに。ただ、自分に自信がないだけで、嫌になる位に自信がないだけで。 「結婚止めるとか言うわけないでしょ」 「…え」 「何年一緒に居ると思ってんの。のマイナス思考も大体想像がつく」 ってか、結婚止めるって言われても俺が許さないけどね、そう言っていつの間に頼んだのかコーヒーを一口飲んだリョーマは言葉を続けた。 「アメリカに戻ったら、スパルタだから」 「へ?」 「まずはコミュニケーションで自信つけて貰う事にする。日常会話でも一切日本語禁止。一言でも喋ったら即ペナルティー」 「そんな無茶な!」 ぎょっと目を見開いたに「もちろんベッドでもね」とニヤリと口端を持ち上げて付け足すと、 案の定火を噴くように真っ赤になった後青くなった彼女が「無理ムリむり!」と大きく首を横に振った。 「乾先輩に乾汁のレシピ送って貰うから、勝手に捨てたりしないでね」 「ちょ、もうホントにリョーマ…あの!それスパルタって言うかむしろ鬼…ッ」 「分からないなら俺が一生かけて教えてあげる。俺にとっては、どんなに美人でスタイルがよくて運動が出来ても、には適わないって事。 覚悟しといた方がいいんじゃない?俺、鬼らしいから」 「それは言葉のあやって言うか、リョーマさま天使!」 「もう遅い」 「ギャ――ッ」 だからどんなに自分に自信がなくても、せめて俺に愛されてる自信はもってよね 悲鳴を上げるの横で、リョーマは静かにため息をついた。 +++++++++++++++++++++++++++++ あまりの甘さに恥ずかしくて死ぬかと思った。 |