時間が止まったように見据えたまま動かない二人をキョロキョロと見たカイルは、場に不釣合いなほど間の抜けた声で問うた。

さんたち、知り合い?」
「え!?」


我に返ったようにが目を見開く。
彼女はしどろもどろと視線を泳がせると、両の人差し指を絡ませた。

「え、ええ……まあ…ん。……昔の上司なの」
「上司ぃ? この変な仮面の男がぁ?」


素っ頓狂なロニの言葉に、は苦笑いを返すしかない。
疑いたい気持ちはもっともだ。ある程度の想像はしていたつもりだが、近くで見れば見るほどに怪しい。

黒をモチーフにしている割に、上服は十字架、ズボンは炎が描かれていて、袖からはピンクのフリルが覗いている。
真っ黒なマントに真っ黒な髪。モンスターの骨を加工したらしい被り物の奥で紫色の瞳が揺れていて、夜の闇に月が浮かんでいるようだった。

は静かに唇に手を添えると、ぶっと噴出す。


「あはは! ダメ! やばい! 可笑しすぎる! 趣味悪すぎ!」
「おま…っ」

「何をどう考慮したらそういう結果になったのかが…もう、謎過ぎて…」


ゲラゲラと笑いすぎて息が途切れてきた。
床に手を着いて深呼吸を始めたを見る、呆然とした三人の瞳。は目元の涙を拭うと、改まったようにロニにグッと親指を立てた。


「大丈夫。中身は美少年だから!」

あれ? でも、あれから十八年経っているのだから、美青年になっているのだろうか?
が仮面の奥にあるリオンの顔を見ようとぐぃっと近づくと、リオンは距離を取るように離れた。心なしか動揺しているらしく、瞳が右往左往と泳いでいる。


リオンは痺れを切らしたようにの腕を掴むと、無理矢理反転させた。
いきなりロニとカイルに向き直されてが「うわ」と驚きに声をひっくり返す――「何!? どうしたの!?」

「とりあえず、つもる話は後だ。まずはここから出るぞ」
「何の前置きもなくどうしたの!? ちょ…っ」


ぐいぐいと押しやられるを押しのけるようにカイルが身を乗り出して、彼女は傍に押しやられる。
ちょっとカイル、反応が淡白じゃない!?


「ここから出るって…方法があるの?」


きょとんとカイルが瞬くと、すかさずロニが割って入ってきた。


「待て待て、カイル。どこの馬の骨とも分からないヤツの云う事なんか、信用できるかよ」


ここには、鼻の先に鉄格子が突きつけられたも口を挟まずにはいられない。

「被ってるのはモンスターの骨だけどね!」
「あ!それもそうだね、さん」

「そこ!のほほんとするな!」


ビシッとロニに指を突きつけられて、とカイルはそろって背筋をピシャリと伸ばした。なんか昔、先生に怒られたのを思い出したなぁ…今……。
ようやく押しやる力が収まって、は体勢を立て直すと、そんなをリオンを見やる。


、武器は?」
「ここに入れられる前に調べられて、全部取り上げられました」


結構マジに調べられたため、いつもは隠している短刀まで見つかってしまったのだ。
何かあった時用の対策だと云う事は彼も知っているため、不思議に思ったらしい。怪訝な顔で訊ねてくる。


「服の下に隠してあった、短刀もか?」
「そうですけど」

突然、急激に気温が下がった。
これはリオンが機嫌が悪くなった時に起こる現象そのものだ。

はひぃっと背筋を振るわせる。




「そ、そんな呆れなくたっていいじゃないですか!」
「誰も呆れてない。………ちっ」

舌打ちがデカイ。
条件反射で身が縮んでいると、カイルがぴょこっと飛び上がった。


「出られるなら、オレたちも出してくれないか!? 早くしなくちゃ、あの子どんどん遠くに行っちゃう!」

そうして、リオンに手を差し伸べる。


「オレ、カイル。君は?」
「………名前など、僕にとっては無意味だ。お前達の好きなように呼ぶといい」


相変わらず手も出さない。
こういう所は十八年経っても変わらないんだなぁと思ったは、まてよ、と今更ながらに瞬いた。

もしリオンが十八年間生きていたとするのならば、カイルと初対面と云うのはおかしくないか?
正体を隠す必要があるならまだしも、それならそうと、握手するくらいの歩み寄りを見せるに違いない。意外と身内になると甘い人みたいだし。



……だとすると、リオンもカイルを知らないと云う事になる。



すなわちそれは

彼にとってこの十三年間が空白であると云う、何よりの証拠だ。


が複雑な表情でリオンを見つめていると、カイルは無邪気に「ええっと、じゃあ……ジューダス!」と手を打った。
「どう? カッコよくない?」

「……ジューダス、か。好きにしろ。
僕たちは今からここを出る。お前達も勝手についてくるといい――ただ」

そういうと、リオンはに視線を合わせた。
何か言いたげな瞳が互いに交差する。



「………彼女と少し、話したい事がある」
「いいよ。オレたちどうすればいい? 耳でも塞ごうか?」

「いや。この部屋を出ても、屋敷から出るまでに通らなければならない所がある。そこで一度」
「うん。分かった」

「おい! カイル!」

「大丈夫だよ、ロニ。何かよく分かんないけど、二人ともすごく久しぶりに会ったみたいだし……積もる話もあるんじゃないかな」


「…わかったよ。
んで? ジューダスさんよ。どうやってこっから出るつもりなんだ?」

「簡単だ。出口から出ればいい」



リオンが腰の剣を抜いたと思った瞬間、ドアが激しい音を立てて崩れ落ちる。鉄格子も木の壁ももろとも。
溶けるように崩れ落ちた扉をもカイルたちも呆然と見つめて、
別段たいしたこともなさ気に剣を収めたリオンは、相変わらず不機嫌のまま、「行くぞ」と催促したのだった。






【リオンが壊れたある日の事 1】





武器を取り戻した三人は、リオンに促されるまま地下水道を進んでいた。
松明に火をつけながら進む傍らで、は腰の剣とピストル、短刀の位置を調節して、屈伸したり、腰を回したりしている。

そのことに気を取られていたあるとき、リオンはカイルとロニに「ここで待っていろ」と一方的に切り出した。

そのままスタスタと歩いてきて、前屈をしていたの二の腕を掴む。

「行くぞ」
「わ! は、はい」


半ば引き摺られるように歩いていくに、カイルがにこにこと手を振る。それに笑顔で答えていると、先ほど唯一灯りが灯ってた松明の場所へと戻って来た。


能天気に笑っていただが、急に緊張感を持って表情を引き締めると、「こんな場所で話して大丈夫でしょうか?」とリオンに尋ねる。
モンスターも心配だし、敵の追っ手が来る可能性も否定は出来ない。万が一の可能性を考えると、ロニとカイルに聞かれる心配もある。不都合ばかりだ。

だが、リオンにとってはたいしたことのないようで、彼は取り立てる事もないように平然と返す。


「気配は探って話す。心配ない」
「……そういう器用な事はリオンに任せます」


しようと思ってもには無理だ。
降参するように両手を挙げると、改まったようにリオンは仮面を取る。

その下には、あの時と変わらないリオンの姿。
はハッと目を見開くと、瞳を揺らした。


「……ど、して…」

「手短に云うと、十八年前の戦いで僕はヒューゴに……ミクトラント戦で、敗れた」
「敗れたって…っ、マリアンさんは!?」

「助けた」


ふわりとリオンが笑う。
はほっと息を吐いたが、すぐに冷や水を浴びたみたいに表情を凍らせた。


「エルレインが、あなたを蘇らせたのね…?」
「………ああ…協力すれば、欲しいものを与えると云ってな」


は納得がいったような、それでも思っていたように上手く行かなかった事に対して腹立たしいような複雑な気持ちを抱きながら、「そっか」と呟いた。
やりきれない思いに噛み締めた唇が痛くて、今にも泣きそうなの顔を見て困ったように眉尻を下げたリオンは、「そんな顔をするな」と表情を渋める。


「僕は、彼女の望んでいる事がどうであれ、蘇らされた事に対して後悔はない」


両手に抱いた骨を、リオンは見下ろす。
松明の光で出来たまつげの濃い影が震えて、彼は静かに微笑む。あまりにも綺麗な笑顔に、女だと云うのに見惚れてしまった。

「お前が死んで、僕は分かった。――本当に大切なもの」


伸びてきた指先が、の頬を滑る。
そんな一連の動作も、混乱が混乱を呼ぶばかりだ。

ただ、何となくいいようのない恥ずかしさが込み上げて来たは、逃げるように距離を取る。リオンが間合いを詰めて、離れる。
そんな事を繰り返しているうちに、壁に背中がトンとぶつかった。隣で燃える松明が頬を熱くして、熱が上がっていくのを感じる。


「な、にを…」


今までは、こんなに切ない視線を向けられた事がなかった。
怒られてにらまれているか、小ばかにされているかのどちらかで。

真っ直ぐと射抜くように見つめてくる紫色の瞳に身体が捕られるように、指先がジンと麻痺するのを感じて、は思わず視線を逸らした。


こんなの、おかしい。
絶対におかしい。

「僕がもう一度会いたかったのは、マリアンじゃない」


逃げようとしているのを見抜いているのだろう、リオンは逃げ場を無くすように、また、現実を突きつけるようにハッキリとした口調で言い切る。
が両耳を塞ぐと、こじ開けるように腕を下ろされた。

「聞きたくない、です」
「聞け」

「いやです」
「聞け!」

怒鳴るように云われて、がビクリと身体を震わせる。


こんなのって、ない。
が願ったのはリオンの幸せだ。

ディスティニーという運命の呪縛から、彼を自由にしたはずだったのに――なのに。

「僕は、お前に会うために――今度はお前を助けるために、ここに戻ってきたんだ」






わ た し が 彼 を 、 こ の 輪 の 中 に 戻 し て し ま っ た 。