「つ…疲れた……」 ジョニーとスタンたちの別れの挨拶も済み、船に乗り込むメンバーの最後尾にいたは腹の底から吐いたため息と共に呟いた。 生きた心地を取り戻したように、うなだれると両手をつく。 「こんなにしんどかったダンジョンって今までない」 ケガこそしなかったが、精神的にはかなり深い所までエグられた。 それもこれも。 「浮かない顔してどうしたんだい? ベイビー」 この男のせいだっ! はギッとジョニーを睨むと、「どうしたもこうしたもあるか!」と涙に掠れた声でツッコミを入れる。本当なら全身全霊の頭突きをオマケしたいくらいだ。 「もうジョニーさんのせいで訳分かんないですよ、ばかぁ!」 うわぁぁあんと泣き叫びながら、しゃがんだジョニーの胸倉を掴もうとしたとき、突然横から腕を取られて引っ張られる。ぐぃっと引かれた方へ顔をあげれば、仏頂面のリオン。 ほらきた! 云わんばかりには怒りを一変させ、すがるようにジョニーを見た。 だけど、ジョニーは相変わらず飄々とした笑顔を浮かべるばかりで、助けるといった素振りを一切見せない。 種を蒔いた張本人のクセに! はギリギリと歯軋りをした。 ティベリウスの城へと向かう十字艦隊の中で混乱を起こしたのはジョニーだが、おかしくなったのはリオンだ。平たく云うとリオンが壊れた。 あの後、がプロポーズを受けたと云う話をスタンが悪気もなくルーティにいい、 悪気があって言触らしたルーティのせいで、瞬く間に戯言のような話がパーティに広まり騒然となった。 それから突入したダンジョンでは、先頭をとジョニーが歩かされ、その数メートル後ろをメンバーが見守るように歩くというなぞの陣形が発生した挙句、 ルーティに押さえつけられたまま殺気を放ち続けるリオンの視線を背中で感じながら、は泣く泣く歩くハメになったのだ。 それも序盤までのこと。 ――ジョニーさ…っ ――!? ひょんな事からティベリウスの仕掛けた罠でが地下に落下してからと云うもの、事は妙な方向に進みだした。 急に足元が抜けて落下を始めたにジョニーが手を伸ばし、 その手を掴もうと反射的に伸ばしかけた腕を、は寸でで止めて。 ――来ちゃ…ダメですっ ジョニーが何かを叫んでいた気がしたが、床が閉まった為聞こえず。 真っ暗闇に包まれたはしばらく落下を続けると、鍵のかけられた小部屋に落ちた。 それ以降は、別に何てことない事だったのだ。 の腕にあるレンズが目的だったために下手なチョッカイはかけられず、閉じ込められていただけのこと。それもほんの二時間くらいの話だ。 ティベリウスの手の者がやってくるよりも先に、血相を変えたリオンが扉をブチ破って助けに来たからケガもない。 ――リオン…!? あの時の驚きようといったら…。 それからというもの、紐でこそくくられないものの常にリオンの付近に固定され、 ジョニーがヒョイヒョイと近づいて来るとすぐさま引っぺがしにかかってくる。あのルーティですら口を挟むのをためらう形相で。 助けを求める視線を送れば、マリーはニコニコと笑顔が返ってくるだけだし、ルーティには諦めなさいといわんばかりに肩をすくめられた。 フィリアにいたっては無言で平謝りをするばかりだ。 一体全体、私に何を求めているのか。 がいよいよ途方に暮れ始めたとき、空気が読めないようである意味空気が読めるスタンが能天気に 「が下に落ちたとき、リオンのヤツ、すっげぇ勢いでジョニーさんに怒ったんだぜ?」 と云った。 もちろんリオンの逆鱗に触れていたが、はその言葉でようやく状況が何となくだが読め始めたのだ。 つまり。 ジョニーが隣を歩いていたにも関わらず、がまんまと罠に落ちた事が坊ちゃんの気に触ったらしい。 それにしてもジョニーに腹をたてるのはいささか筋違いではないか、とは思う。むしろ、いつもなら確実に本人が怒られているだけに気味が悪いといった方が正確か。 これはもう、アレか。 云っても云ってもが改善できないから、他にお鉢が回ってしまったのか。 はリオンが見ていない所でジョニーに頭を下げると、聞こえないようにしみじみと呟いた――「ここまで来ると、上司っつーよりオカンだな」 もちろん聞こえていて怒鳴られたことは云うまでもないのだが、 そんなこんなで現在に至っても、おかんリオンは継続中なのである。 【道化どうしの恋】 「リオン、いい加減機嫌直したらどうですか?」 ため息交じりにいうと、の腕を引っ張ったままリオンはピクリと眉根を浮かした――「機嫌?」 「僕は別に機嫌を悪くした覚えはないが」 「嘘をつくな、嘘をっ!」 いけしゃあしゃあと答える彼に、 キーッとが猿のような悲鳴をあげリオンの腕を振り払おうとしたが、どんな力で掴んでいるのか全然外れない。 コイツ、細い腕してどんだけ力があんだよ! がアヒルのように唇を突き出していると、ジョニーが笑った。何と云う他人事な反応っ。 「ジョニーさん、見てないで助けてくださいよ!」 リオンと押し問答しながら噛み付くように云うと、ジョニーは何を思ったか、突然の頭に手を乗せた。ぽふんと間の抜けた音がする。 きょとんと瞬くと、優しく頭を撫ぜるジョニー。 しばしの間をおいて、彼は意味深に呟いた。 「あんまピエロな事してると、俺みたいになるぜ」 「!」 の息を呑む声が響く。 表情を固めて、唇をかすかに震わせる。突然あからさまに動揺した彼女をリオンが驚いて見つめた。 「な、にを…」 「お前さんがリオンを守ろうとするソレは、私情を挟みまくりだ」 「――っ」 「だがお前さんはそれをリオンに知られたくない。 だから、リオンがお前さんを守ろうとすることに対して必要以上に過敏に反応しちまう。だろ? 上手くはぐらかしてたつもりだろうが――あいにくだったな。ピエロはピエロに騙されんぜ」 がリオンを見、その瞳が揺れた。 彼女が聞いて欲しくないのだと云う事は分かったが、あえてそのまま、リオンはその場を動かない。は諦めたように肩をすくめて、ジョニーに戻った。 何かを云おうと口を開きかけたが、上手く言葉が紡げない。 いえない事があまりに多すぎる。 そのまま金魚のようにパクパクと開閉していると、ジョニーは人差し指を横に振った。 「おっと。ジョニーさんはそんな野暮な男じゃないぜ」 「……へ?」 「そういう事は、お前さんの気持ちに整理がついたら、ちゃんとリオンに伝えてやんな。女は男を焦らすぐらいが丁度いいからな」 「いや、だから、そんな男と女と云うほどたいした関係では……」 「じゃぁ俺ん所に嫁に来るか?」 「だからどこをどうしたらそういう話になるんですか!」 いい加減にしろ! ちゃぶ台をひっくり返すような勢いで怒鳴ると、ジョニーは軽快に笑った。 「ケッコーマジだぜ? お前さんは度胸も愛嬌もあるからな、嫁にはもってこいの人材だ。 放蕩息子とはいえ、最近親父おふくろの嫁探しにも熱が入ってきたところだ。ここらで身を固めるっつーのも一つの選択肢だと思ってな」 「度胸と愛嬌で王子の嫁になれると思ったら大間違いですよ?」 女なんだと思ってンだコノヤロー。 のツッコミをまるで無視して、言葉が続けられる。 「まあ一番大事なのは、お前さんを手元においておきたいと思ってだが」 「……」 「…」 「……」 「………」 「…………げ、幻聴が聞こえたー!」 「そーいう所が面白いんだよなぁ。やっぱ手放すのは惜しい気がしてきたぜ」 飄々というジョニーの姿に、は頭のてっぺんから足の先まで一気に熱が走るのを感じる。耳とか絶対真っ赤に違いない。 瞬きするのも忘れて笑顔のジョニーを見つめていると、バッと目の前に幕がかかった。一瞬遅れて、それがリオンのマントだという事に気づく。 「うわ」 「お」 「そもそもこれは僕の部下だ。 手元に置くも手放すも、勝手にほざくな」 今度こそ強引に引っ張り上げられて立ち上がったは、ぐいぐいと船の方へ押しやられた。 「ちょ…っ、リオン!勝手に話をつけないで下さい!」 「ほう、あんな男が趣味とは、お前も悪趣味だな」 「ちが!どうしてそうなるんですか、お断りくらい自分で出来るって云ってるんです!」 ギャーギャーいいつつも船に押し込められて、はのんびりと港でギターを手にしたジョニーに向かって叫ぶ。 ただでさえデカイ黒十字艦隊。陸との距離が半端じゃない。 は動きはじめた船の音に負けないように声を張り上げた。 「ジョニーさん! 私、しなくちゃいけない事があるんですっ。そのためにここに来たんです!だから!ごめんなさいっ」 金色の髪が優雅に揺れる。 男の人の割りに綺麗な指先が、弦をポロンと弾いて。ジョニーは歌うように叫んだ。 「云い忘れてたが。お前さんのこと、会った時から気に入ったぜ!」 ――随分甘いお嬢さんだな ――殺したほうが早かったんじゃないのかい? も身を乗り出すと、大きく手を振った。 遠くなっていくジョニーが見えるかどうか分からないけれど、精一杯の笑顔で。 ――何か異議でも? 「私もっ。本当はジョニーさんの大ファンです!」 後悔とは、本当によくあった言葉だ。 ジョニーとは下手したらもう会う機会もないだろうに……ツンツンするんじゃなくて、もっと萌えときゃよかった! それにしても。 ゲームで見るのと、実際こうして会うのはずいぶん違うんだなぁと今更ながら実感だ。 は今ここにいるのだから、ここがの現実。 さっそく気分が悪くなったらしく、フラフラと逃げ場を探すように背中を向けたリオンを横目で見て、は小さく零した。 「ピエロ……か」 |