スノーフリアは壮絶としていた。
倒れた兵士。希望を失っている人々。

街を包み込んでいる絶望に、は背筋がぞっとあわ立つような恐怖を感じる。


胸の前でギュッと両手を強く握り締めて歩いているに、後ろを歩いていたリオンが「大丈夫か」と声をかける。
はっと目を見開いて後ろを振り返ったは、当たり障りのない笑顔を返した――「あ…はい……」

と、思いきや、思い出したように首を横に振る。


「ごめんなさい、嘘です。………ちょっと、辛いかも…」


ぎこちなく答える

ジョニーに云われてからというもの、は少しづつ誤魔化したり濁したりする癖を止めていこうと決意した。未だに咄嗟に口からすべり出てしまうけれど。

リオンを守りたいと云うのは、の意思。
ジョニーがそれを目の前に突きつけてくれてから、ほんのちょっと余裕が出来始めた気持ちは、背伸びがしたいくらいに清々しいもので。

ポツリと呟いたの言葉に、リオンは面を食らったような顔をする。こちらは素直に返答されることにまだ慣れていないらしい。
わざとらしく咳払いをする彼には小さく笑って、先頭を歩くウッドロウとチェルシーの背中に視線を向けた。


まっすぐと背を伸ばして歩く姿は、なるほどゲームでは分からなかった風格と云うものを感じる。
握り締めていたまま固まってしまったような指先にほぅっと息を吹きかけると、白い煙が上へと昇って行く姿に心が安らいだ。

「寒いですね」
「ああ」


単調だけど、律儀に返してくれるリオンの言葉に気持ちも温まっていく。


そうだ。
早く城へ向かおう。

ファンダリアの悪夢が終われば、ウッドロウが即位する。そうすれば街の人々に暖かな生活がまたもたらされることを、は知っている。だから。

その先に何が起こるかは、まだ考えず。
今は目の前の先だけ見つけて進んで行こう。


「森はこっちです」


チェルシーは街の出口を指差すと、鞠が跳ねるようにぴょこぴょこと走っていく。ピンク色の髪が動きにあわせて跳ねて、形容するなら愛らしい。これも計算のうちか?
先ほどはリオンが子ども扱いして膨れ面していたし、
やはりいくつでも女は女なんだなぁとおばさんくさい事を考えてしまった自分が急に歳食ったように思えてしまって、老け込んでないかしらと頬を擦ってみる。


街の惨状には誰もがみな複雑な思いを抱いていたようだが、
だからこそここでは立ち止まれないとスタンが叫び、食料と道具の補充も済んで一同はようやく森へと進み始めた。


雪はかなり分厚く積もっていて、ウカウカしていると足を取られる。


普段は注意深く歩いていれば差し障りがないが、いざ戦闘となると話は変わってくるわけで。
目の前のチュンチュンめがけて走り出したは、雪にはまって「ギャー!」と悲鳴をあげた。そのまま前につんのめる。


!?」

ルーティの唖然とした声。
そりゃそうだろう。
戦闘中にこんなマヌケな姿を目前としたのだから。


わたわたと両手を動かしながら柔らかそうな雪へダイブする覚悟を固めていると、不意に横から伸びてきた手が身体を支えた。


「お」

こなかった衝撃に安堵するよりも先に、耳元で麗しい声が聞こえての心臓はひっくり返る。

「……バカ」
「りお…!?」

絶対スタンだと思った!
当人のスタンはチュンチュンめがけで一目散に走っていて、こけたになんて気づいてもいない。
スタン、その若さゆえの突っ走りみたいなの……い、いいと思うよ! ちょっと寂しいけど!(←本音。


は体勢を立て直すと、「ありがとうございます」と頭を下げた。

「別に。思わず手が伸びただけだ」

そう云って去っていく坊ちゃんだけれど、思わず手が伸びるようになっただけでもずいぶんな進歩だとは思う。前ならこけようが戦闘不能になろうが知ったこっちゃなかったのに。
「リオンも年頃なのねぇ」

むふふと背後で怪しい含み笑いを零すルーティに、が自分のことを棚にあげて「おばさんくさいですよ」とツッコミを入れていると、
戦闘が終わって弓を下ろしたチェルシーが会話に加わってきた――「リオンさんが年頃ですかぁ?」


妙に小ばかにした言い方だ。
さっきのお子様扱いをよほど根に持っているらしい。

剣を優雅に仕舞っているリオンの背中にチェルシーは「リオンさーん」と声をかけると、かわいらしくちょこんと首を横にかしげた。


「おいくつですか?」
「………16だ」

「わたしは14ですよ!先ほどは子ども扱いされましたけど、やっぱり、あんまり変わらないじゃないですか」


何気なくはじまったその会話に、はテンションがグッと上がるのを感じる。来るぞ、来るぞ、来るぞ!生イベント――!


「背だって変わらないし」
「ぶふーっ」



口元に手を添えたは盛大に噴出した。
そのままゲラゲラと笑い転げる彼女に、チェルシーは同意を求めるようにせがむ。

「ですよねっ、さん」
「んー、まあちょっとはリオンの方が高いけど……」

そこはほら、上司の機嫌を取るというか。一応立てておくべきかな、と。

「でも、背が低いのってカワイイし、男でも女でも立派なステイタスだと思うな!武器だと思うよ!」


ここは譲れない主張だから、グッと親指を立ててみた


「それに、男の人でも背の高さと器の大きさは比例しないし……って……え?」


なんかめっちゃリオン坊ちゃん怒ってないですか?
ギラギラと燃え滾るような瞳に睨みつけられて、はひぃっと背筋を正す。何で!?何で!?ちゃんと立てたじゃんリオンの事っ。

そのままふいっとそっぽを向くように先を歩き出したリオンに、ガクブルと震えているを見て、ルーティが呆れ果てるような声をあげる。


「あんたってホントにバカね。
それじゃあ、上司としては立ててても、男としては立ててないでしょ、全然」

「え!? 私がリオンを男の人として立てても立てなくても、別にリオンにとってはどうでもいいじゃないですかっ」

「……わっかんないかなぁ、そこらへんの複雑な男心ってやつ?」

知ったかぶるような口調にはぶっと頬を膨らませる。

「じゃあ、ルーティさんはその複雑な男心ってヤツを知ってるんですか?」
「まーね。そこらへんの軟弱男より、よっぽどあたしのほうが男らしいもの」
「…ですよね」


うん、それはまあ、分かってるけれど。


「あんたも精進しなさい」
「………はぁ…?」


意味深に云われた言葉の意味がよく分からないけれど、とりあえずルーティ並みに男らしく進化を遂げろと云うことか、と、は勝手に解釈する。
うん、無理だな!(←諦めるのが早い


「ルーティさんと結婚したら、将来安泰でしょうねぇ」
「なに、急に」

「いやいや、将来のだんなさんが羨ましいなぁと思ってね」


つーか、前歩いている鳥頭が羨ましいんですけどね!
内心ニヤニヤ笑いながら云うと、ルーティは茶化されたあとのように罰の悪い顔をした。


「あたしが結婚ねぇ…。想像できないけど」
「誰しもそんなもんですよぉ。以前の自分じゃ想像も出来ないなぁって事が起こるんです! 人生は常に予想の斜め上を突っ走っていくものですから」

「斜め上なんだ」
「そう、上です」

「いーわね。そういう考え方、嫌いじゃないわ」
「そう云ってもらえて何よりです、師匠!」


わーっともろ手をあげて喜ぶの傍で、チェルシーが「結婚ですかぁ」と乙女チックな瞳で空を仰ぐ。こちらは何を考えているのか会話など忘れたように呆けていた。


「チェルシー」
「はい!ウッドロウ様!」


と違って危なっかしげなく走り去っていくチェルシーを横目で見て
「あっちは早くも安泰そうね」なんてルーティが云うものだから、はおかしくてしょうがない。

「そうですね。ウッドロウ国王とチェルシー王妃。見てみたいですねぇ」
「別の意味でファンダリア大丈夫かしら? って思うわよ、あたし。ねぇ、マリー?」


首を巡らせるけれど、相変わらずマリーは物思いにふけったまま我を忘れているようで、ルーティは寂しそうに肩をすくめた。相方がこの様子じゃ、いつもの調子は出ないらしい。

はゆっくりと笑った。
「マリーさんも早く記憶を取り戻して、大切な人と幸せになれるといいですね」

「……そうね」

ルーティもそう云って、微笑む。


「みんな幸せになれるといいわね」


そういわれた言葉に、以前ならきっと胸が苦しくなっただろうけれど。
今のは素直に言葉を返すことができた――「そうですね」、と。





【幸せについて考えてみた】




森を抜けてサイリルの街へ着き、更に街を出る頃になると、先ほどのにぎやかなムードが一変、暗雲が立ち込めたように重苦しくなっていた。
マリーがダリスとの記憶を思い出し、彼女の言葉で、ウッドロウが自分の立場を重く受け止める。チェルシーに至っては、義勇軍だったマリーに腹まで立てていて。

ルーティはその場を和ませようと四苦八苦していたが、結局全部空振り。
今ではいつになくおとなしく歩いている。


「どーしたもんかしらね、これって」
「放っといたらいいじゃないですか。誰しも物思いに耽りたい時はありますよ。そんなときにムードもへったくれもないじゃないですか」

「…まぁね」
「私たちは、皆さんが自分の答えを出す時までしっかりと見守ってればいいんですよ。ほら、敵とか来るし」

「緊張感ないわねぇ、



毒気を抜かれたようなルーティは、その後気分を変えるようにはつらつと歩きだし、ほんの数時間ほどで王都へ着いた。そこからが地獄の地下道だ。
モンスターは気持ち悪いのばっかりだし、床は凍ってるし、なんていったってジェイドだし(←敵の名前

はモンスターの気配がするたびに、暗闇を見つけて「ひぃい」とか「わぁあ」とか叫び声をあげるばかりだ。
その場にいた誰かしらにしがみつくものだから、陣形も何もあったものじゃない。しどろもどろとしていると、マリーが笑った。


「大丈夫か? 
「ぜ、全然大丈夫じゃないデス」


ちなみに今抱きついているのはマリー。
さすがに毎度のごとく耳を劈くような悲鳴をあげ、そこらかしこにぶつかるがいれば、物を考える暇さえないらしい。

マリーは笑うと、に手を差し出した。


「マリーさん…その手は?」
「繋いでいれば怖くないだろう?」

「でも、戦闘…」
「動けないのが固定されれば、後はみんなが頑張ってくれるさ」

「ま、マリーさん…!」


はキューンと感動する。
やだもう、マリーさんかっこよすぎ!フラグびんびん立ちますってコレ!!


「わ、私マリーさんとルーティさんと結婚したいですっ」
「何云ってんのよ、冗談キツイわね!」
「そうか? わたしはなら嫁に欲しいぞ」

「おおーっ、どっちの反応も美味しく頂ますのであしからず!」


「……ちょっとリオン、あんたの部下どうにかしなさいよ。最近様子がおかしいわよ」
「ふんっ、しるか」

「リオン坊ちゃんのその反応も萌え!」
「坊ちゃん云うな!」

地下通路の中ではリオンの怒声が響く響く。わんわんと反響する声にはまたケラケラと笑って、マリーの手をぎゅぅっと握った。
が怖いと思ったのか、マリーもその手を強く握り返してくれる。


「マリーさん」
「ん? 何だ?」

「きっと、最後はばたばたしていえないと思うから、先に云っておきます」
「……最後?」

「気にしないで下さい。………ありがとうございます、マリーさん」


画面越しに見てたときから、大好きだった人。強くて頼りがいがあって、大切な人を一途に想うその姿にどれほど憧れた事か。
ここでお別れしてしまったら、きっと、もう会う事も出来ないだろう。
その前に、悔いが残らないようにちゃんと伝えておきたい。今度は、素直に。


「私、マリーさんの事大好きです」

「?、わたしもの事は大好きだぞ?」
「やっだなぁ、両思いじゃないですかぁ!」

「気持ち悪い声を出すな!」

の異変に痺れを切らしたらしいリオンの怒鳴り声がまたもやこだまして、
は涙を拭いながら笑った。笑いすぎの涙か、他の何かなのかは分からなかったけど。
でも、






この瞬間を笑顔で過ごせた事が何より嬉しい事には、違いがないから。