「……わたしは、ダリスと一緒に行きたい」


わたしは繋いだ手を
笑顔で離せただろうか――?







「所詮はわたしもお前も、駒にすぎなかったという事か…」
「どういう事だ、グレバム!?」

みんなの幸せを願えるほど立派な人間ではないから、せいぜいこの手が伸びる範囲しか守れない。それも、すごく狭い範囲の。


だから。



だから、わたしは…。




【別れの刻】




神の目の封印がかけられるのをどこか他人事のように眺めて、は皆と一緒に城を出た。ついにこの時が来たのだ、と、胸の内で何度も繰り返して。

グレバムを倒し、神の目が破壊できたならと僅かな期待がどこかであった。
神様見習いに与えられた力があれば、万が一の奇跡が起きるのではないかと希望を持っていたのだ。




それでもやっぱり


 ――なんでっ


あの目は壊れなかった。



 ――なんで壊れないのよぉぉおおおぉぉぉぉおおお!
 ――ッ。

この手をリオンが止めるまで。スタンが剣をふりやめても。
は何度も何度も剣を振りかざして、あまりの硬度に手が痺れて剣を落としても、拾って斬り付けた。なのにダメだった。やっぱりダメだった。

選ぶ道は、一つしかなくなったのだ。



はどうするんだ?」

スタンの声にはハッと我に返る。
気がつけばスタン、リオン、ウッドロウ、チェルシー、フィリアの視線を一身に浴びていて、「わ」と慌てたは両手を広げた。

「私は一応、リオンの部下なので……指示を待つリオンの指示を待つ事になるかと…」
「そっかぁー。あーあ、誰も旅しないんだなぁ」

唇を尖らせたスタンが、頭の後ろで両手を組んで空を仰ぐ。その姿が何とも様になっていて、は笑った。

「いいですね、旅。またしたいです。……皆さんと」


ほんの僅かな希望を口にすると、なお更切なさが胸を締め付ける。

であった時から今まで。一瞬の間に駆け抜けたようだった時間。「あ」と云う間の出来事というのは、こういう事をいうのだろうと納得するくらいに。
が寂しげにいうと、スタンは突き抜けるような明るい声で慰める。


「これでお別れみたいな言い方しないでくれよ!またきっと、みんなで旅ができるさ!俺もまた、みんなで旅がしたいし」

どこまでも真っ直ぐな言葉は、暗く影を落とした心にはいささか眩しすぎた。
は瞼を伏せて、ぎこちなく笑顔を繕う。


「はい」


変な笑顔になってないかなぁと思ったけれど、
意外と誰も特別気にしてはいなかったようで、ウッドロウは緩やかに頭を下げた。


「それでは。わたしたちはファンダリアへ帰る事にしよう」
「皆さん、またお会いできるのを楽しみにしています!」

「またです。チェルシーさん、ウッドロウさん」

さんも、お元気で」
「ファンダリアに遊びに来て下さいね」
「ぜひ」


ウッドロウとチェルシーが去っていく背中を見つめて、そういえば、ウッドロウとはほとんど絡みがなかったなと今更ながらに振り返ってみた。
会えば訊いてみたかったのに。
なぜファンダリアの出身なのに、そんなにいい色で日焼けをしているんですか、と。

そうだな。
しょうがないから、雪に反射した太陽光の威力が増して、あんな健康的な色合いになったんだと云う事にしておこう(←勝手な決めつけ)

悲しい気持ちから逃げるようにどうでもいいことを考えていると、また一人、パーティから去って行く。


「それじゃあ、わたくしも神殿に帰る事にします」
「頑張ってくださいね、フィリアさん」

「はい、さんも!」

ふわりと笑う桃色の唇。笑うたびに揺れる若草色の髪。
忘れないように胸に刻んでおこう。一つ、一つ。この世界に来た証として。わたしが現実としてみた、この綺麗な景色を。


手をあげてフィリアを見送ると、はスタンに向き直った。

本当なら、ルーティにも挨拶がしたい。
でも、しめっぽいのが苦手だと云うルーティの気持ちを汲んで、はとってつけたように無邪気な声をあげた。

「ルーティさんに、愛してますとお伝え下さい」
「え? あ、うん」

「冗談です。真面目に伝えたらたぶんスタンさんが怒られます。そうですね……元気な子を産んでください、と
「そっちの方が怒られるんじゃないかぁ?」

「怒られても、これは大事なことなんです。いいですか、絶対に伝えて下さいよ!」
「ああ、うん、まあ」


そしてお前も元気な子を作れよ!
と、スタンの肩を叩きたいところだが、そこはググーッと我慢して、はスタンの片手を取った。


「わたし、皆さんと旅が出来て楽しかったです。思い返せば波乱万丈でしたが」
「波乱万丈なのはお前だけだ」
「今の横からの声はあえて聞こえなかったフリをします」
「おいっ!」


「それでもわたしは、ここに来てよかったです。皆さんに会えて本当によかった」


画面越しにしか知らなかった世界。分からなかったぬくもり。そのどれをとっても優しすぎて、滲みそうになる涙を必死で堪える。
この人たちの旅は、まだ終わらない。
そして、二人の子どもへと受け継がれていく伝説。


どうか、どうか。


は祈るような気持ちで、スタンの手を額に当てた。



「スタンさんたちの旅に、ご加護がありますように」










スタンと別れて屋敷に戻る道すがら、は「じゃあわたしはここで」と片手を挙げた。

「どこに行く」
「武器屋です。銃弾の補充に」
「今からか?」



街はもう夕暮れ時。

スタンとルーティの生イベントを覗き見しに行きたい気持ちはもちろんあるが、
さすがにそこまでの野次馬根性を持っていないは、このまま武器屋に行って、道具屋に行って、と暗くなるまで街を徘徊する事に決めていた。

むしろリオンが呼び止めた事の方が驚きだ。


「出来るときにしておかないと、何が起こるかわかんないじゃないですか」


そんな中で言葉を選んでもっともらしい事を云うと、リオンが流されるように「それはそうだが」と呟く――心を開き始めると、スタンに続いてこの人は素直すぎる気がする。
まあ、そのギャップがまた萌えなんだけど。





ちょっとした悪戯心が芽生えたは、
いつになく強気な態度でフフンと鼻を鳴らして笑った。



「それに、わたしが一緒に屋敷に戻って困るのはリオンでしょう。マリアンとデレデレ出来なくて」
「なっ!?」

「ねぇ、シャルティエ」
『ねぇ、

「貴様ら…!」


今にも食って掛かってきそうなリオンをまあまあ、と宥めすかして。
はリオンの頭をポンポンと軽く叩いた。

少し身長の低い彼は、その事を指摘されたような表情で頬をカッと赤くする。


「今更何を恥ずかしがってるのやら」
「僕を子ども扱いするな!」

「子ども扱いっていうか、うーん、まあ、そうなるのかなぁ…?」


自分が抱くこの感情が何なのかよく分からない。

恋心というには、リオンがどれだけマリアンを好きかという事を知りすぎていて、育つものも育っていないような気がする。
友達を思う気持ちとも違うし。

そうやって考えるとやっぱり親心に一番近い気がして、は一人納得したように二度も三度も頷いた。そうだ、これに名前をつけるなら母性愛だな。


愛しい子を宥めるように髪を撫でると、リオンがグッと言葉に詰まる。
何か言いたげな彼の視線を無視して、はリオンにいい聞かせようとしているのか、自分にいい聞かせているのか、分からないまま淡々と言葉を続けた。



「リオンはもっと甘える時間を大事にしたほうがいいですよ。
特に感情表現が下手なんですから、素直な自分が出せる人と一緒にいる時間を、もっともっと増やすべきなんです。

マリアンさんとの時間をたくさん過ごして下さい」


「…
「あなたが守りたい人の事をちゃんと知って下さいね、リオン」


もうすぐ起こる、「その時」のために。
あなたの周りで思いがけない事が次々と起こった時、その重圧に押しつぶされてしまわないように、今はただ……なんて、いえないけれど。

何かを伝えたい気がして、は目頭が熱くなるのを感じた。


ああ。
わたしは、



「そして、全力で守って下さい」





わたしは、世界中の悲しみを憂う事ができるほど大層な人間じゃない。そのことは自分が一番よく知っている。
せいぜいこの手の届く範囲しか守ろうとする事が出来ないくらい不器用な人間だということも、自分が一番分かっているつもりだ。












だから。












だから、
わたしに出来ることは、スタンたちと一緒に旅をして、この世界を救うことじゃない。




だってわたしが守りたいのは――









「わたしが、あなたを全力でお守りします」










――守りたいのは、
あなただけなんです。リオン。