わたしね、
あなたにずっと、言いたかった事があるの。





【幸せになってね】





「どうしてだよ…リオン、さんっ」

スタンの悲痛な声に胸が痛くなる。
キュアを施した身体も全快には程遠く、スタンたちの前に立ちふさがった時もたいした助力にはならなかった。

それでも、さすが二回データをロードして倒しただけあるリオン(←プレーヤー側視点

現実強かった。

ケガしたわたしは足手まといだとね? といわんばかりにスタンに向かって突っ込んで行くので、
仕方なくはルーティやフィリアの呪文が相殺されるような昌術を唱え続けていただけだ。

気を抜けばウッドロウとチェルシーの弓が雨のように降ってくるし、
時折リオンの壁を突破したマリーさんが襲って来る事もあって、命からがら避けながら唱えただけでも、本当は褒めて欲しい所だけど。


シャルティエを地面に刺して膝を突いたリオンに、「俺たち友達だろ」とスタンが叫んだ。

何で相談してくれなかった。
どうして頼ってくれなかった。

必死に訴える彼の優しさが身に沁みて伝わって来る言葉には涙が零れて、ぽろぽろと滴が頬を濡らして行くのが分かる。


どうして、このまま上手く行かなかったのだろう。
リオンを先に進ませてあげてくれなかったのだろう。

目の前で見れば見るほど、やるせなさが込み上げてきた。
これが物語りなのかも知れない、これが運命なのかも知れない。リオンがここで死ぬ事が――。



だけど。



始まった地鳴り。
地面を裂くような音に、一同に緊張が走る。

その中でだけが一人、緩やかに微笑んでいた。



だけど、
わたしには出来る事がある。

神様見習いがストーリーを変えていいと云ってくれたから。

わたしがいれば、リオンを先に進ませてあげる事が出来る。



裏切りの英雄なんて、呼ばれないで。
儚い美少年のまま、終わらないで。


何度生まれ変わっても立ちふさがると豪語した人。
画面の向こうでそれを見たとき、わたしは涙が止まらなかった。

必死で考えたに違いない。何がマリアンを救えるか。
誰にも聞けなくて、一人きりで、周りも見ないで考えて、考えて、考えて。出した結論があれだった、それだけの事なのだ。

それ程大切な人を護りたいと思えるすごい人である事にかわりはない。

リオン、
あなたは英雄と呼ばれるにふさわしい人なんだよ。










「まだ方法はある…! リフトに走れ」


リオンの声に、リフトへ走るメンバー達。
その波を抜けるようにレバーの元へと走って行ったリオンを追いかけて、はレバーを握ったリオンの後ろから、その背中を押した。

もリフトに向かったと思ったのだろう。
振り返って彼女が居た事に、リオンが瞳を丸くする。

はそんな彼の手をレバーから外して、かわりに自分が握った。

ここはわたしの場所だといわんばかりに。


「な…」
「スタンたちと一緒に行って下さい、リオン」

「何をっ」

「云ったでしょう、形勢逆転のチャンスが来るはずだって。
わたし達二人じゃヒューゴさん達には勝てなくても、スタンと一緒なら、きっと勝てます。マリアンさんを助けるにはそれしかない。

だったらリオンが行かなくちゃ。
他の誰のものでもないあなたの手で、マリアンさんを助けるの」


何を云われているか分からない、といった、リオンの戸惑いの表情。
はざっとメンバーを見渡すと、ウッドロウさん! と名前を呼んだ。


「リオンを連れて行って下さい!お願いしますっ」

波の音が近づいてくる。
もうあまり時間がない。

が呆然としているリオンの背中をぐいぐいと押していると、ウッドロウとコングマンがいち早く動いた。
引っ張り込むようにリオンをリフトに乗せて、はレバーを上げる。ためらっている暇はない。


錆付いた音が耳を突いて、ようやく我に返ったリオンがリフトの柵を握り締める。その横からスタンが「さん!」と叫んで。
リオンが口を開く前に、はにこやかに片手をあげた。









リオン。
わたしね、あなたに云いたかった事があるの。

あなたにこれを伝えたかった人は、こっちの世界にたくさん居るよ。
あなたの幸せを願って、救済ストーリーを書いた人もたくさん居たの。

だからわたしは。
ここに今立っていることを幸せに思って、あなたに伝えます。







「ねぇ! リオン! 幸せになってねっ」

大きく口を開けて
いっぱい息を吸い込んで

は声を上げた。

満面の笑みで、彼を送り出すために。


「あなたの幸せを願ってるよー!」


っ」

柵があるにも関わらず身を乗り出そうとするリオンを、ルーティが止める。スタンはウッドロウとコングマンが二人がかりで。
やがてその姿が見えなくなり、ガシガシと柵を強請る音も聞こえなくなると、はへたりこむように地面に尻をつけた。そのまま両手で顔を覆う。

「あー」

吐き出した声は、強がりを払拭した弱弱しい声で。
は宙を見上げると、ポツリと呟いた――「、怒るだろうなぁ」

いやいや、もしかしたら合格点に突入して、早々とアビスの仲間入りが出来ちゃったりするかも知れない。ガイ萌え。
こんな時でもキュンキュンできるのはさすが乙女と云った所か。


それにしても。
「母性愛ねぇ」と、は失笑するように零す。

リオンに向けるこの感情が何なのか。
分かってない訳ではなかったけれど…。




「恋だったんだろうなぁ、やっぱり」



今更云う認める辺りがやっぱり、ピエロがピエロたる所以なのだろう。
ごめんね、ジョニーさん。わたしは最後まで、やっぱりリオンに正直にはなれなかったよ。



は剣を膝の上に置くと、刃をゆっくりと上へなぞった。
「ごめんね、巻き添えにして」と謝りながら。剣だけじゃない。銃にも、小刀にも聞こえるように静かな声で。

この剣がソーディアンだったら、こんな風に寂しい気持ちにならなかったのだろうか。
まるで、一人で朽ちて行くような…そんな言いようもない感覚を覚えずに死ねたのだろうか?

バカ気てるなぁとは声に出して笑った。

ここまで来て今更、寂しいも何もなかろうに。


今までの勢いが嘘のように、穴から水が溢れ出してきた。
一瞬にして波に飲まれる。

視界を奪われる刹那、キラリと刃が光り、そして、なぜか聞き慣れた声が聞こえた気がした。



『そんなくだらないこと気にするな、バカ』



と。