「よかったー!このクラス女子あたしだけだったらどうしようかと思った!
ねぇね、あたしアニス・タトリン。あなたは?」

。宜しく」


微笑むと、アニスも人懐っこそうな笑みを浮かべた。
午前中の波乱騒動を終え、待ちに待っていた(アニスと会えるからッ!)訓練に参加することになった。

訓練室で別れる時に


「訓練が終わり次第、図書室入口に来い」


とジャンに仏頂面で言われて、どうやら彼もアッシュとの特訓に参加するつもりらしい。
そりゃそうだよな。だってアイツめっちゃ真面目だもん。


「アニスってどこに住んでんの?寮?」


知ってはいながらも聞いておかないと、いつかボロが出てしまった時に取り繕えなくなったら困る。
アニスは「ううん、ダアトの一室に両親と一緒に住んでるの」と言いながら頬杖をついて先生の方をぼんやり眺めている。

はというと、ノートに板書されたことを写しながらアニスと会話している。
こういうところは女の子ならではだと思う。何かをしながらお話するのは女子の特権だ。


「っていうか、寮になんて絶対住めないよ!あんなきったなくて臭い所!
知ってる?あそこさ、」


隊の中で女子は二人しかいない。というか、神託の盾に入団する女子は男子8割に対して2割あるかないかぐらいだ。
こうやってアニスと一緒の隊になれたのも何かの縁。仲良くなっておかないと!






「でもホント良かったよ!あたし絶対クラスに一人だと思ってたもん、女子。
がいてくれてよかったな。最初見た時は大人しそうだなって思ったんだけど、話してみたらすんごい面白いし!」

訓練が終わり、訓練室を出ながらアニスが本当に嬉しそうにそう言った。


「いやいや、あたしもアニスがいてくれてよかったよ。
前のクラスはね、銀髪のすんげー仏頂面の無愛想男がいてさ、」




「それは俺のことか?」




「うわーお、まさかの出現にちゃんビックリ」

「え、なになに!?アニスちゃんってもしかして邪魔もの!?
じゃあねー、お邪魔虫はさっさと退散するから、明日ちゃんと詳しく聞かせてよね!」


いらぬ誤解をしたアニスはが何か言う前にちゃっちゃと消えてしまった。さすが、足が速い。



「今日の戦いを見て、決めた」



こいつはいつも唐突に話を始める。はジャンが歩きだしたのでその横に並びながら、彼を見上げた。
ジャンはまっすぐ前を見据えたまま、こちらを見ようとはしない。



「確かに俺は無愛想で無表情かもしれないが」



あ、気にしてたんだ

いや、ごめんそんなつもりで言ったわけじゃ…



「一時期はどうしたもんかと悩んだ事もあったが、これから俺はそのままで行くことに決めた。

お前はなんにしたって甘い。
先ほどの戦いも、俺なら確実にとどめをさしていた。相手が武術だけだろうが、こちらにとっては知ったことではない。

とどめぐらいさせばよかったんだ。


でもお前は出来ないだろう。あの戦いを見ればわかる。

だから、お前が甘い代わり、俺が苦い立ち回りをすることにした」



は「ああ、うん…」ととりあえず相槌を打った後、急に足を止めてジャンの方を見た。



「余計なお世話」



「…は?」



訳が分からないと言いたげのジャンに、びしりと人差し指を付きつける。




「アンタ、多分笑ったら相当美人だし、くそまじめだし、そんなこと考える時点ですごく甘い――というか、優しいんだと思うよ。

あたしね、誰かが良い立ち回りで、誰かが嫌な立ち回りなんて絶対いやだ。
みんなが楽しけりゃ、それでよくない?例えそれで困ったことがあっても、そんときゃそんときで考えればいいだけの話でしょ。

面白い事、楽しい事が一番!笑ってりゃそれでいいの!
特に、ジャンは美人なんだから、絶対笑ってないとダメ。つか笑え!笑うのが嫌ならあたしのために笑え!


ってわけで、考え込んでくれるのは結構だけど、その結論はあたしの喜ぶものじゃない。イコール却下




言い終えて再び歩き出したに、ジャンはしばらく立ち止っていたが、やがてパッと片手で顔を押さえた。


「お前、馬鹿だろ」


その言葉で振り返ったは、「おおっ!」と声をあげてジャンの元へ駆け寄る。



「ちょっと!手どけてよ!笑うなら盛大に笑え!顔を隠したりするんじゃない!男ならさらけ出せ!
だいたい、バカって失礼じゃない!?昨日の夜…今日の朝?も言われたばっかなのに!みんな酷いッ」



ジャンが笑うたびに揺れる銀髪が光を反射している。
顔はやっぱり見えないが、とっても美人だと思うのに。残念だ。残念すぎる!




「ほら、アッシュ師団長の元へ行くんだろう」




やっと顔から手をどけたジャンの顔は真っ赤だった。そんなに笑ってたんだな、こいつ。
「へーへー」と適当に返事をして、歩きだしたジャンの背を追った。







04.「vsアイツの痛い程の視線」






「剣を持て」


入った瞬間言われた言葉に、は「は?」と返した。
そしてアッシュはもう一度繰り返す。――「剣を持て」


団長室、と呼ばれる部屋を見渡すと、入口付近に大量の剣が置いてある。この中のどれかを取れ、ということか?


「ぐずぐずするな屑が!さっさと持てと言ってるんだ!」


屑って言われてもなーと思いながら、は剣を一通り見て行くと、一番軽そうな剣をとった。
「テメーもだ」と言われ、ジャンも適当な剣をとる。




「今日はここで訓練を行う。剣の持ち方、振り方だ。テメーのはなってねェ。

とりあえず構えろ。
ジャン、テメーはコイツに付き合ってやれ」




とりあえず構えて見ると、「ちがう!」と突然大きな声をだされてはビクッと肩を浮かせる。


「剣の柄は上の方を持つな。両手をくっつけて持つな。拳一個分空けて持て」





このあともなんだのこうだの指導され、やっとアッシュの訓練が終わったのは夜の十時をとうに越した頃だった。


「まぁ、マシになった方じゃねェか?」

「やばい、もう嫌だ!手に豆が出来る!痛いよぅ!」
「豆ぐらいで愚痴愚痴言ってんじゃねぇ!」


怒鳴ったアッシュは、ジャンとに剣の鞘を投げ渡すと家に持って帰って家でも訓練してくるよう告げる。



「明日はテメーらの戦い方を考える。自分が得意なもんをよく考えてこい。いいな」



宿題さながら言いつけられた二人は、「わかったらさっさと帰りやがれ」と団長室から追い出された。
疲れ果てた二人はしばらく立ちつくしていたが、やがてが「…帰ろう」と小さく行ったのを聞いてジャンも一緒に歩きだす。



「あたし、昼ごはんも晩御飯も食べてない」
「俺もだ」



はァ、と同時にため息をつき、四六時中開いているという噂の寮内の食堂に行こうと言う話になった。
なんとも、アニス曰く「腐った地獄」の寮にジャンは住んでいるらしい。



「お前はどこに住んでいるんだ」



聞かれ、ぴたりとの口が動くのをやめた。
「うへへー、導師イオンの部屋ぶんどってまーす」なんて死んでも言えるはずがない。



「えっと、その…りょ、…寮の…」



馬鹿野郎!さっき「え、ジャンって寮にすんでんの?」とか言ったばっかじゃないか!ばれるに決まってるだろ!
なんて言えばいいか全くいい案が思いつかず、の脳内がぐるぐると混乱してきた時、「あ、」と前方から声がかかった。

こちらを向いて答えを待っていたジャンが、声のする方向を向く。



「導師イオン様」



深々と礼をして、ジャンは「あ、」と同じような声を出したの頭をひっつかんで思いっきり下に下げた。
「馬鹿野郎、礼ぐらいしろ」と言われて思い出す。そうだ、あたしは一応一般研修生だ!

二人で礼をしたままイオンが去るのを待っていると、イオンはゆっくりとこちらに向かってくる。

やばい、やばいよ絶対に何かされるッ!

からかわれる?「何男と一緒に歩いてる訳?色気づいちゃって」
いやいや、それより罵られる?「君なんかが参謀総長並びに第五師団長?笑える」


ビクビクと怯えていると、ガッと顎を掴まれて上に持ち上げられた。子どもの力とは思えないほどだ。




「晩御飯、さめちゃったじゃないか。…どうしてくれるわけ?



そっちかァアアアア!!!



「い、いやその!アッシュに訓練をしてもらってて…」



そうだ、ここんちの家族(家族といってもイオンとアリエッタ)はみんなそろってからご飯を食べる派だったんだ!
今の今まですっかり忘れてた!だってアッシュ怖いんだもん!


何事だと顔をあげたジャンに、説明しろと言いたげな視線を送られる。
今はそれどころじゃない!命の危険がせまってるんだ!



「参謀総長だか第五師団長だか知らないけどさ、家の決まりも守れないなら…追い出すよ?

「ひ、ヒィイイッ!ご、ごめん!それだけはやめて!追い出されたらあたし死ぬから!生活していけないから!」



追い出されるのだけは避けなければ!地獄で腐ってる(らしい)寮に住むのだけは嫌だ!あんな噂聞いて住めるわけがない!
お願い!と両手を合わせて謝るに気を良くしたのか、イオンはわざとらしくため息をついて腰に手を当てた。



「許すのは今回だけだからね。今度からは時間通りに帰れそうにない時は連絡する事。
アリエッタが心配して大変だったんだから。

ほら、帰るよ。冷めたご飯食べなきゃいけないんだから」



の手を掴んでズカズカ進んで行くイオンとどういうことだと混乱しているジャンを交互に見ながら、は慌てて口を開いた。


「ご、ごめんね!また明日ね、ジャン!」


片手をあげたが、その時丁度イオンが右に曲がったのでジャンが見えたかどうかは謎だ。