「、お前に閣下から書状が届いている」 リグレットに渡された、綺麗な封筒を何の戸惑いもなくびりりと破く。 それに思わず目「あ、」と声をあげたリグレットだったが、こめかみを押さえて、だからしょうがないと思う事にした。 「えーっとなになに? マルクトとの和平条約締結おめでとう。この度はキムラスカへの和平条約締結のための遠征を頼みたく書状をしたためた次第だ。 明日からの一週間をキムラスカでの遠征期間としたいと思う。 突然のことだが君と補佐官の二人で来てくれたまえ。 こちらには私含む数人のオラクル兵がいるので君の団員は同行しないこととする。 キムラスカ行きの船のチケットを一緒に入れておく。 私はその港で待っている。ではまた明日 だってー。えー……嫌だ」 「なッ! 何がどうしてどう考えたら閣下の御命令に嫌だなどと答えられるのだ馬鹿者! 書状だったにしろ、閣下に頼むなどと言われて断る奴など私が許せん! お前がどれだけ嫌だと云おうと絶対にお前を船に乗せるからな!」 一気に捲し立てたリグレットに「リグレットうるさい」といけしゃあしゃあと言って見せたは、書状をピン、と投げて机の上にほっぽった。 にとってヴァンからの書状はそこらへんの書類と同じぐらいの(もしくはそれ以下の)価値だということが見て分かる。 「わかってるよリグレット。 あたしコレでも一応参謀総長なんだから、マルクト行ったし今度はキムラスカだろうなーとは思ってたけど。 なんか総長からの命令ってところがムカツク。 あと何か知らないけどキムラスカに居る総長がムカツク。 うん総合的に言うと総長ムカツク」 「ーっ!幾らお前とは言え閣下の事を卑下するやつは私が許さん!」 「閣下ってもう髭じゃね?」 「その髭じゃないッ!!!」 顔を真っ赤にして声を荒げたリグレットをケタケタと楽しそうに笑うと、「じょーだんだよ」とは目元をぬぐった。 「あーリグレットからかうのおもしろ」と付け足して。 「書状持ってきてくれてありがと、リグレット。あたし、ジャンに言いに行ってくるわ」 本気で怒られてはたまらない、とそそくさと逃げ出したに、「はぁ…あいつはもう」とまたしてもリグレットはこめかみを押さえることとなった。 21:vs.友よ! 「こちらがこれからさまが滞在なされる部屋になります」 ついでに言うとジャンは隣の棟らしい。 国王との謁見は明日午後になるらしく、二人の滞在先はファブレ公爵家だということをつい先ほどヴァンに聞いた。 彼はファブレ公爵と話があると云って消え、二人はバラバラに別れて部屋に荷物を置きに行くこととなったのだ。 ファブレ公爵への挨拶は一通りすませてあるので、今日の所はひとまず自由というわけだ。 「だいたい、総長も急すぎるんだよねーもう」 メイドもいなくなり一人になった部屋でそんなことをぼやいた。 荷物をクローゼットに直したりするのも面倒なので、そのままボストンバックに入れたままだ。 「さーてと。自由になったことだし、探検でもしてみようかなぁ」 赤い悪ガキと金髪の元貴族との遭遇を求め、は廊下へ飛び出したのだった。 「ふぁあああ、師匠は親父と話があるとかで稽古付けてくんねーし、しょーがねーから部屋に戻るか」 ルークは頭の後ろで手を組んでいた手をドアノブに引っ掛け、だるそうに部屋のドアを開けた。 そして思わず腰にさしていた木刀を抜き、部屋の奥に居座っている見慣れない少女にその切っ先を向ける。 「お、おおおおおおおお、お前誰だっ」 「あ、お帰り。 ?この部屋の主さん?どちらさま?」 「聞いてるのは俺だっつーの!そっちから答えやがれ!」 そう云いながらも、手が震えてしまって、木刀の切っ先まで一点に定まらずに揺れまくっている。 その様子を見て少女は面白そうに笑うと、口を開きかけ、止まった。 「彼女は今日から一週間、キムラスカとダアトの和平条約締結のためお越し下さった、 神託の盾騎士団参謀総長並びに第五師団団長で六神将の、”招福”の様だ、ルーク」 「しょうふく?」 「え、何それあたしの知らない間にそんな平和な通り名ついちゃってるわけ? ま、鮮血だとか危なそうなのつけられるよりいいけどね」 どこかでアッシュが悪態を付いている声が聞こえた気がした。 の紹介をしたのはルークの後ろに立つ金髪の好青年――ガイだ。 「ふーん、君がルーク様か。どーぞよろしく、です。気軽にって呼んでちょ」 ナタリア以外で対等に女性を目の前にするのは初めてのルークは、差し出された手におずおずと自分の手を重ねる。 「お、オレもルークって呼べよ」と言って。 「そちらは?」 「オレはガイ。ファブレ公爵家の使用人です」 「うん、ガイね。よろしく。です」 ルークと全く同じ対応をガイに行う。そして彼女は、ルークにしたようにして手を差しだした。 その手に思わずガイが身構える。 「ガイは女嫌いなんだよ。握手なんてできねーぜ」 「ルーク!変な言い方をするんじゃない!俺は女性は大好きだ!ただ女性恐怖症名だけで…」 「女性恐怖症?いやいや、良いと思うよ女嫌いでも。ガイならこっち趣味でも美青年だから美味しそうだし」 「なんか今いらない勧めをされたきがするんだが気のせいだろうか…」 遠い目をしたガイに、は差し出していた手をルークの木刀へと移動し、握った。 「それにしてもルーク。何よあの根性のない構え方は。 震えて切っ先揺れてましたけど?」 「な!あれはなぁ!…って、そうだよ。なんでお前俺の部屋にいるんだ?」 ルークの問いに、「え?」と首を傾げたは、当然のことのように言い放つ。 「お宝ないかなーと思って屋敷探検してたらこの部屋見つけて、日当たりいいし気持ちいいなーと思ってたらルークが帰って来た」 「屋敷探検って…」 「仮にもお偉いさんがするような行動とは思えないな」 苦笑したガイに、「あたしお偉いさんじゃないよー」と彼女はおばさん臭く手を振った。 そして「ああそうだな」と、四人目の声が聞こえては思わず「うげ」と声を漏らす。 「お前みたいなじゃじゃ馬がお偉いさんなんてことはオレは絶対に認めん。 …グランコクマでの一件といい、やはりキムラスカでも同じことをやってのけるのか貴様は… 報告書を書かせる為に部屋に行けばもぬけの殻で探しまわった挙句公爵の息子の部屋に勝手に忍びこむだと? 今日という今日は許さんぞ、」 「ひぃッ!ジャンに殺されるっ! ルーク助けて!悪の根源があたしを手にかけようとしてるーっ!」 パッとルークの背に隠れたに、剣の柄に手をかけたジャンがじりじりと歩み寄る。 すると突然ルークがを担ぎあげ、「よっしゃ!」と掛け声をあげた。 そしてするりとジャンの横を抜けると、を担いだまま屋敷の中を走って行った。 「あっちゃー。 申し訳ありませんね、補佐官。 ルークは同年代の友達がいないもんで。ちょっと遊ばしてやってくれませんか」 「はァ。構いませんよ。うちも慣れてるんで」 お互い苦労が絶えませんね、という空気が二人を包んだ。 「うっわー高い!ルークって力持ちだねェ。さすが腹筋割れてるだけあるわ」 「なんでそこで腹筋褒めんだよ!もっと俺を褒めろ!」 「えーいいじゃん。あたし腹筋割れてないから羨ましいんだよー。あとでちょっと撫でさせてね」 「なっ撫でる!?嫌だ!ゼッテーはずい!」 「ぐふふふふ、遠慮しないで良いんだぜベイビー…っと、うぁあああ!ジャンが追ってきたー!ルークもっとスピードあげて!」 屋敷の廊下をえっほえっほとを担いだまま走るルーク。 そしてその後ろから、いつもを追う時よりは格段にスピードを落としたジャンが追いかけてくる。 もちろんその更に後ろにガイも付いて来ていた。 「も、もうキツっ」 「あーもう!根性ないね!」 ルークの肩から飛び降りたは、ガシッとルークの手を取ると、ものすごい勢いで廊下を駆け抜け始めた。 「うわあああああああああ!」 「ふっふっふ、いつもジャンから逃げ回ってるあたしの脚力なめちゃだめだよ! ルーク、いい隠れ場所ないの!?」 「!こっちだ!」 「のうわっ」 突然右方向に引っ張られてこけそうになったが、なんとか持ち直してルークに付いて行く。 そして二人は図書倉庫に入り、ほこり臭い中で息を潜めていた。 「うっわーすんごい数の本だ。コレ読むのたのしそーっ」 「そーかぁ?難しいのばっかで俺は嫌だけどな」 本に向けていた視線を隣で身を縮めているルークに向けると、彼の長い髪が窓からさす日の光を受けて綺麗な朱色をしていた。 そしてにやりと笑ったは、「ルークあっちむいて!」と彼を自分とは逆の方向を向けさせ、ルークの髪をいじくり始める。 「よーし出来た!ルークバージョン赤毛のアン」 「のあああ!何でみつあみなんかしてんだよ!はずいだろ!ほどけよ!」 「えーせっかく頑張ったのに―」 ぶーぶー文句を垂れながらもルークの髪をほどく。 彼は恥ずかしそうに髪をかきあげると、「俺さ」と切り出した。 「ずっと屋敷に軟禁されてて、友達とかいねーんだ。その、もしよかったら、…と、友達になってくれねーか?」 「いいよ?その代わり、あたしと友達になるには」 「……なるには?」 ごくりと唾をのむルーク。はにっこりと笑って、持っていた櫛とゴムをすちゃっと掲げる。 「編み込みさせなさいルークちゃん!」 「あ、あみこみ!?」 「いいじゃんルークあたしと違って髪サラサラだし長いしー。 赤髪で編み込みなんてっ!絶対カッコ良くなる事間違いなしだから!ルークの美貌が更に輝く事が約束されるも同然だから!ね!?」 目をキラキラさせながら訴えるの押しの強さに負けて、結局ルークは先ほどと同じ方向を向けさせられた。 後ろで「ふんふん♪」との楽しそうな鼻歌が聞こえる。 「あのねルーク。友達だとか仲間だとかは、その人とずっと一緒にいたいなって思ったらもう友達なのよ。 そしてその人を本当に守りたいと思えたら、本当の意味で仲間になるの。 今は軟禁されていたとしてもいつかは絶対にこの屋敷を出て、たくさんの人とふれあい、たくさんのことを学びなさい。 そこで楽しい事も悲しい事もあるかもしれないけど、全部ひっくるめて背負って歩けるような人間になりなさい。 それでもどうしても辛くなった時は、あたしのこと思い出して? あたしはね、いつだって。何があったってルークの味方だから」 「……俺、」 そこまで言いかけた時、図書倉庫の重い扉が開く音がしたのと同時に、ガイが現れた。 彼の顔は困ったような微笑を浮かべている。 「ルーク、しばらくしない間にかくれんぼの腕をあげたなぁ。まさかお前が図書倉庫に逃げるとは思わなかったからさんざん探したぞ」 「それで?。もうそろそろ報告書をかかなければならない時間じゃないのか? ルーク様とはまた夕食の時に会えるだろうから、部屋に戻るぞ」 「ルークも。勝手に部屋抜け出したって公爵にばれたら俺がどやされるんだからなー」 「えーいやだ!編み込み終わってないもん」だとか「俺にまだ見せたいもんある!」とかちびっこズは駄々をこねたが、二人が聞いてくれるはずもなく。 ふたりのかくれんぼは、ルークの言葉を聞けぬまま終わった。 夕食前、暮れきった夜の闇を見上げながらルークは先ほど自分が言いかけた言葉に付いて考えていた。 「俺、どうしてあんなこと言おうとしたんだろ」 ――「……俺、」 「お前とずっといたい、か…そんなこと言うと、が困るよな。 和平のなんちゃらでこっちに滞在してるっていうし、師匠でもたまにしか家にこれねぇんだから、はもっと大変だろうし。 でも、俺まじで初めての友達だ」 無意識に口元がほころんで顔がにやける。――友達、友達 心の中で何度も繰り返した。 自分の事をルークと様を付けずに呼び、一緒にかくれんぼをしてくれて、自分に勝るぐらい足が速い。 よく笑うから一緒に居るとこっちまでつい笑ってしまう。記憶のある四年間で一番笑ったかもしれない。 「そうだ!もし、――もし俺がの所に行けたら ……って、今まで何度も親父やお袋に外に出してくれって言ったけど、ダメだったし でもなぁ……やっぱ、一週間なんて短いよな」 「あ、ずりぃ!俺の肉よりでけーじゃん!」 「る、ルーク!様に失礼でしょう!」 「言葉を慎みなさい」 「お気になさらないでくださいファブレ夫妻。わたしはそこらへんの一般人みたいなもんなんですから」 「いやお前が慎め」 「うるさい!ジャンの方があたしより肉でかいくせに。 ってーか、あたしは今日船に乗ってファブレ公爵家まで歩いて来たんだから、お家でごろごろしてたルークより消費したカロリーが多いの。 だからルークより肉がでかいのはあたり前。そんなに我がまま言うんだったら」 「えい」と言って隣に座っているルークの皿まで手を伸ばし、ひょいと一切れ奪って口に入れた。 「ルークの肉食べてやる」 「食べた後で言うなーっ! くそ!俺の食べた分お前もなんか分けろよ!」 「えーにんじんあげるよ」 「……お前、さっきから俺がにんじん避けてるの知ってて言ってんだろ?」 「うふ☆」 それでも駄々をこねるルークにじゃがいもを一つ上げた。「野菜食べないからそんな短気なんだよ」と笑顔で言いながら。 そんな様子をファブレ夫人は驚きながら、――それでも初めて見る楽しそうな息子を、優しい瞳で見守っていた。 「隣から失礼します。お茶のお代わりはいかがでしょうか」 ルークとわいわい話していると、突然隣から声がかかる。 話を遮られてルークはうざったそうに眉間を寄せたが、は彼女ににっこり微笑み「ありがとう」と言ってからカップを差しだした。 「?なんだってメイドに礼なんか言うんだよ」 「なんでって…そりゃお茶ついでくれるからに決まってるでしょうがこの坊ちゃんめ。 ルークも自炊しなきゃいけなくなったら、このありがたみがわかるってもんよ。 ところでお姉さん、さきほどついであったお茶も貴方がおいれになったんですか?」 急に自分に振られて目を白黒させたメイドは、「は、はい」とどもりながら返事をする。 は彼女に向き直り、ポットの握られていない方の手を自分の手で包んだ。 「とってもおいしかったです。 私の友人にも紅茶を淹れるのがとっても上手な人がいるんですけど、お姉さんのいれてくださったお茶も負けず劣らずとっても美味しくて… もしよかったら今日あたしがダアトから持って来た期間限定ダアトストロベリークッキーなんかをお茶受けにしながら、お茶の入れ方を教えて貰えませんか?」 ルークとは逆隣りに座っているジャンがこめかみを押さえた。 こいつときたら、場所問わず綺麗な人を見かけるとナンパしたがる。 「わ、わたしですか!?」 「そーだぜ。メイドなんかと話す暇があるんだったら俺といろよ」 「ばっかだなールーク。いい?そうは見えないかもしれないけどこれでも一応あたしは女のよ。 ルークはがきんちょだからそんなこと考えつかないだろうけど、傍から夜に公爵家の跡取り息子の私室に入る女がいたら、それは夜のお相手だと思われちゃうの!」 「よ、よよよ夜の相手ッ!?」 「ね?いやでしょ?明日の朝にはルークの所に行くから、夜は我慢しなさい。いい?」 「う、…わかった」 渋々頷いたルークを確認すると、または美人メイドを向いて笑顔を作った。 「お茶の淹れ方を教えて下さるだけでいいんです! 帰ったら友人に自慢したいので、…もしあなたがよろしかったら、でいいんですが」 「い、いえ!わたしなんかでよろしければっ!」 少し悲しそうに表情に影を落としたに、慌ててメイドが首を縦に振る。 「この女、まんまと手に引っ掛かってやがる」とジャンは二人を見ることはせずに、パンを頬張りながら誰にも聞こえないくらい小さな声で言い放った。 「やったー!女の子同士、積もる話もありますしね!」 さっきお茶の淹れ方を教えるだけでいいと言ったのはどこのどいつだ 会釈をしてそそくさと去って行ったメイドを見送り、はまた食事を再開し始める。 「、滞在期間を満喫するのもいいが、報告書はきちんとかきなさい」 「あーい」 「おい!ヴァン先生にそんな返事すんなよな!」 「どっせーい」 聞く耳は持っていないらしい。 ったく、なんでリグレットといいルークといい、どいつもこいつもこんな髭が良いんだろうか…と心の中で首を傾げた。 「あ、ルーク。期間限定ダアトストロベリークッキーまだあと十箱有るから、明日朝一緒に食べようね」 「!お、おう!ガイも紅茶淹れるのうめーんだ!アイツに淹れさせようぜ」 「ルーク、ガイとはあまり親しくしないよう言っているだろう」 「……わーってるよ」 ファブレ公爵の温度のない言葉に、ルークは面倒くさそうにそう返した。 「違うんですよ。ルークはあたしがガイの事気に入ってるからそう言ってくれたんだよね? ガイってばあの美青年で女性恐怖症とかいう濃いキャラだから思わずいじりたくなっちゃうんですよー。 それに、ジャンも気が合ってたみたいだしねぇ? あそういえばジャンはストロベリー嫌いじゃなかったっけ?」 「……俺も行く予定に入っているのか」 「えージャンが来なくてどうするの。――あたしのこと、ほっといていいの?それならそれであたしは嬉しいんだけど―」 「行く」 一度ルークをチラリと見て、「それならばいいのですが」と言ってまた視線を落としたファブレ公爵。 驚きに思わずルークがを凝視していると、彼女は「ん?」と首を傾げ、にやりと笑う。 「あれあれ?そんなにあたしってば魅力的かしら?」 「いや、ねーな」 「確実にありえんな」 「ちょっと、ジャンまでなによ!冗談でしょ、冗談!自分でもわーってるよ、魅力ないことぐらい!べーだっ」 やっぱりはすごい。あの親父を切りぬけた。俺をかばってくれた。 ずっと、一緒に居られたら。 少しずつ少しずつ、その気持ちが膨れ上がって行くことをルークは感じていた。 ++++++ うーん、総長が薄すぎる…ま、髭が濃いからいいか(← Home Next |