あたしは、なんてったってコユイ。自分で言うのも何だが本当に個性が強い。これは、言い切れることだと思う。
だからあたしは結構切原さんを尊敬していたりする。今頃何してるのかな、とか授業中よく考えている。心配というよりも、興味として。

ここ二ヶ月弱。あたしの代わりをしていたというのはとっても凄いことだと思う。よく一緒に居た友達にはばれてると思うけど。
家族とかにはばれてないのかな。ばれていたとしても、母さんと父さんだったらきっとよくしてくれてるはず。
だって、越前さんとも一緒なわけだし。結構心強いと思う、越前さんは。

帰ってきたら、もう一人じゃないよ。テニス部のみんなも居るし、赤也だって前より切原さんのこと見てくれる。
あたしが約束する。もう一人じゃないから。あたしだって、結局会えないままだろうけど切原さんのことずっと応援してるから。

「あの、」

ふと気づいた時に白い空間に立っていた、というのは夢小説では定番なのだが確かにあたしはその白い空間とやらに立っていた。
うっすらと、元の世界の自分の姿が見える。さっき、この子があたしのこと呼ばなかった?

「もしかして、ちゃん?」

今は授業中だったはず。んでちょうど切原さんのこと考えてた。だからってちょっとこれはおかしくない?
「そう。あなたは切原さんだよね?」と聞くと彼女は微笑んで「うん」と答えた。これは、どういうことやら。姉ちゃんにも報告しなきゃ。

「ねえそっちはうまくやってる?楽しい?あたしは楽しいよ。やっとみんなに会えた。
みんなと毎日バカやって、はっちゃけて部活してボールを追いかけてる背中をずっと目で追ってる。これが、あたしが欲しかったもの。
切原さんは?欲しいものは手に入った?」

少し申し訳なさそうに眉をハの字にして「もちろん」と答えた切原さんは、会ったことはないがきっと以前の切原さんではないとわかった。
きっとずっとずっと成長した。あたしも、切原さんも。

「毎日が楽しいの。あんなに行きたくなかった学校が、今は楽しい。あなたの友達のおかげだよ。
ばれちゃったけど、凄く不思議でね。あなたの両親もお友達も別に大して困った事がないように私に接してくれた。
お友達なんか、”あいつ絶対行くって前から言ってたから、特にどうもない”とか言って。
けどやっぱり、」

帰ってきてくれたら嬉しい、って。そう言ってたよ

あなたもだよ、切原さん。ずっとみんなに愛されてる。家族からも、もちろん赤也からも。
どんなに愛されてることか。あたしがその愛に何度申し訳なったことか。それは多分、お互い様。

「帰らなきゃいけない。あたしも、あなたも。多分、タイムリミットが近づいてるってことなんだろうね。
わかってる。ずっといられないことも、千石さんへのこの想いが伝わる分けないってことも。あたしはあなたであってあなたじゃない。
大丈夫だよ、切原さん。帰ってきたらあなたの居場所はたくさんある。あたしが保障する。みーんな、あなたの味方。もち、あたしもね」

だからほら、心配そうな顔しないでよ。悲しそうな顔しないでよ。
あたしだってここにいたい。けど、ソレは出来ない事だって最初から分かってたでしょ?
振り出しに戻るわけじゃない。あたしはゴールへ着実に近づいてる。通過点に過ぎない。もらったものは溢れそうなぐらいいっぱいある。

「ごめんね、あなたはとってもお兄ちゃんたちのことを想ってるのに私は何も出来なくて。
忘れたりしない。ずっと。私はあなたで、あなたは私だった。そして、あなたは私の世界に居た。欲しいものは、しっかりと手の内に秘めた」

空に届かなくたっていい。いつか人類が滅びたっていい。あたしは、あなたは。お互いちゃんと手に入れる事が出来た。
大事な大事な仲間や、かけがえのない時間。たくさんの愛や、触れるたびに涙がこぼれそうになる、強い絆と勝利への想い。

「切原さん、あたしの真似してるのきつかったでしょ」
「そうだよ。ちゃんってばすごく面白い性格してるから、真似なんか出来なかった」

けど、楽しかった。

あたしもだよ。楽しかった。嬉しかった。この世界に来る事が出来て、



本当によかった





【欲しいものは、】





あたし、あんな顔だったかなー。あんなにちっちゃかったかなー。
気づけばいつもの風景で、前に座っていた男子が消しゴムを落していた。
それを拾って渡してあげれば、「ありがとう」と礼が言われて「どーいたしまして」と返す。ほら、こんなことまでできるようになったんだよ、切原さん。

チャイムがいつもより遠くに聞こえた。ぼーっとしていたせいか気づかずに窓の風景を眺める。
は昼食に立ち上がることもせず、穴が開くほど空の一点を見つめていた。あの空は、あっちの空であってそうじゃない。
一緒でも一緒じゃない。あたしと切原さんみたい。けど、あの空は帰らないといけないことはない。あたしは、帰らなきゃいけない。

「お前何ぼーっとしてんだよ。部室で飯食いに行くぞ」

小突かれてそちらを見れば、怪訝な顔をした赤也が立っていた。しぐさのひとつひとつが、切原さんに似ている。
「そーだね」立ち上がって弁当を片手に赤也の後ろをついていく。コレが最後かもしれない。そう思っていつもいつでも、この風景を目に焼き付けておかねば。



扉を開けると、いつもの光景が目に入った。机の周りで円を描くようにしてレギュラー陣が座って、みんながそろうまで弁当をあけようとしない。
たまにブン太がフライングをするが、たいていはちゃんと”待て”の指示に従っている。

「おせーぞ

この不機嫌な声も最後なのだろうか。みんなの微笑みも最後なのだろうか。
あたしはずっとここにいることはできない。最初から知っていた。知っていたからこそ、知らないふりをしていた。
帰らなきゃいけない。切原さんだってわかってる。あたしだけが帰りたくないなんていえるはずが無い。それは単なる我がままでしかないと、わかってる。

「座らんと飯はくえんぜよ」

差し出された腕も、耳に入るみんなの声も。顔も何もかも。
きっといつかは思い出せなくなる。切原さんは覚えていると言ったが、いつかは忘れることは無くても思い出すことは出来なくなる。
あたしは、



あたしは最後までこの人たちと一緒にいたかった。生半可なキモチで来たんじゃない。ここで死ねたほうが本望だと、そう思っていた。
けどこれは切原さんの体で。あたしは、あたしであってあたしじゃない



頬を伝った熱はポトリと呆気なく床に落ちた。ぽたぽたとあふれ出す涙が、夏のはずなのに冷たい頬を起こしていく。
さよならは言うべきですか。今度また会おうね、なんて嘘を吐いてしまってもいいですか。あたしのため、悲しくならないため。

膝が崩れ落ちるのは時間の問題だった。せっかくお母さんが用意してくれた弁当は傾いて床に落ち、も糸が切れたように落ちる。
レギュラー陣がどんな顔をしているのかはわからない。
ぼやけた視界で読み取る事が出来るのは、ただ自分はバカみたいに大量に水を涙に替えて床に水溜りを作っているのだろうということ。

がた、と音がして肩が支えられた。誰かはわからない。噛んだ下唇が、震える。

「どうしたんだよ、っ」

ブン太の声も、支えてくれている誰かも。いつかは忘れる。そういえば、なんか変なやつがいたなーぐらいになっていく。
忘れて欲しくない。忘れたくない。テニス部のみんな、立海のみんな、赤也、ブン太


千石さん


きっと最後まであなたにはいう事が出来ない。だからせめて、心の中でずっと想ってるから。あなたのこと、帰ってもずっと
ねえ記憶は、永遠へと変わることは出来ないのですか





「ゆっくりでいい。話してくれ」

落ち着いたが柳に支えられて椅子に座ると、幸村は慌てた様子はなく質問をした。
ポトリ、とまたの頬を涙が伝う。

「帰らなきゃ。今日か、明日かとかはわからない。けど、帰らなきゃいけない時は近い。切原さんと会って、一緒に話をしたの。
もうたくさん欲しいものは手に入ったって。だからもう、帰らなきゃいけないんだねって。

けどあたしは帰りたくない」

柳生と仁王、ジャッカルは薄々何かを感じていたのか今は黙って話を聞いている。
他の五人はおもむろに顔を歪めて、それでもしっかりを見据えていた。

「我がままだけど。けど忘れたくない。みんなの声とか、顔とか笑い方とか、コートを駆け回る姿とか。
いつかは忘れる。記憶は永遠じゃない。帰ってからみんなに会うことが出来るのは、冷たくて薄っぺらい紙の上。そんなの、嫌だ」

そんなの、絶対に嫌




欲しいものはたくさんある。
砂で出来た籠の扉についている錠をはずせる、神しか持つ事が出来ない星屑で出来た鍵。
あのキラキラしてるまるで綺麗な透き通るビー玉のような空に浸すことの出来る、優しい優しい手。
いつでもどこでもあなたと繋がっていられる、儚い羽で包まれた心。

欲しいものはたくさんある。だけど、あたしが一番欲しいものは







ピロリ、と鳴った携帯に視線を移せば、丸井君とディスプレイに表示されていた。珍しいな、とオレンジ色の頭をかきながらメールを開く。
『今日午後六時立海体育館裏』
「全部漢字だよ」と苦笑を零して携帯を閉じる。体育館裏って、ついに俺ぼこぼこにされちゃうかな、と一人ごちて、メロンパンの最後の一口を放りこんだ。











六時を示した携帯を見つめて、「やっぱりなんか俺したかなー」と空を見上げる。
ブン太の姿は一向に現れようとしないし、かといって他の誰かが現れるでもない。すると、足音が二つ聞こえてきて無意識のうちに隠れていた。

「ねーブンちゃん、どうしたのこんなとこに」
「聞いて欲しい話があるんだけどよ」

と、ブン太の声だ。
ブン太はともかくとして、は千石がここにいることに気づいていないようだ。丸井君、何するつもりなんだろ?
悪い予感がするのは、俺の気のせいであって欲しい。と千石はその大きな体を小さく縮める。

「俺が好きだ」

間が空いた。台詞の間に、とかではなく時間に、空間に。そこだけ間が空いてしまったような、そんな感じ。
しばらくしての声が聞こえる。「なんで、そんなこというの?」

「あたし、帰らなきゃいけないってついさっき言ったよね?もうこの世界にいられないからって。本当に切原さんが帰ってくるからって。
言ったよね?
なのに、なのになんでそんな事言うの?そんな事言われたってッ」

もう、この世界にいられない?本当に切原さんが帰ってくる?
どういうこと?星にでも帰っちゃうの?ちゃん。そんな、さすがのちゃんでも別の星から来ましたーとかそんなはずないでしょ。
それに世界って何?本当って、ちゃんが本物の切原でしょう?違うなんて、そんなわけない。じゃあどういうことなのさ

「千石さんに告白された。あたしもう死んでもいいって思った。そのためにここに来たって言っても過言じゃないもの。
千石さんに会いたくて、千石さんを一目見るだけでいい。通行人Aでいい。だからここに来たのに。肝心な答えは、あたしも好きですとは、…言えなかった。
だって千石さんは知らない。あたしは切原さんであって切原さんじゃないってこと。
あたしがどれだけ辛かったかッ!この時ほど入れ替わったことを恨んだときはなかった!」

『考えさせてください。あの、今日はもう帰ります、送ってもらわなくていいですから。失礼します』

入れ替わった?誰と、誰が。
ちゃんが、俺のこと好き。けど言えなかったのは、ちゃんがちゃんじゃないから?
ちゃん、ちょっと待ってよ。どういう、こと?


「嬉しい。すごく。ブンちゃんのこと好きだよ。けど、あたしが欲しいものは唯一つだけ」

  千石さんと一緒に堂々と歩く事が出来る、本当のあたし


例えば、月とビー玉が入れ替わっちゃって。毎夜毎夜空に昇るのはビー玉だとする。
けどその光景を、俺は何も知らずに好きになってしまった。本当の月の魅力は知らない。それでも夜空に昇るビー玉の姿が俺は大好きだった。
同じ姿をしていたとしても、昇っていたのはビー玉だったと俺は信じる事が出来るだろうか。もし知らぬ間に月に戻っていても俺は気づく事が出来たろうか。
もしかしたら気づかぬままその光景を好きだったかもしれない。けど、俺は気づいた。何が何だかわかんなくて、どうして入れ替わったかもわからなくても。

ビー玉と月は入れ替わっていて、俺が好きだったのはビー玉が暗闇に昇って僕たちを照らしてくれる姿なのだと。それは、月とは違うのだと



「聞いたかよ、千石。はこんなにも想ってる俺じゃなくて、何にも知らず騙されてたお前の方が好きなんだと」



いつの間にかそこにの姿はなく、ただ空の一点だけを見上げるブン太の姿だった。
「もしお前が事実を受け止めきれるのなら、俺が出る事が出来る幕なんて一瞬もねーよ。けど、受け止めきれないのなら、がここにいたことはなかったことと同じだ」
待って、心の準備はまだ出来ていない


は赤也の妹である切原と中身だけ入れ替わってる。はお前に会いたくて、妹はこの世界から逃げ出したくて。
そんで、はもう帰らなきゃなんねーんだよ。いつ替えるかはわらない。けど、もうそのときは間近に迫ってる」


お前は、


お前はこの真実を受け止めて、それでもが好きだって言えるか?





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はい、シリアスここまでっ!!もう嫌です。基本シリアス書くとむへーってなるんで(どんな?)なんかむへーってなります。
なので、あとは姉に任せて、もう次あたしが書くときからは千石さんとの甘かギャグ一直線にします!シクヨロ☆

イメージ曲:ひとつだけ