「とは言えやっぱり…」
青学のみんなとは、会い辛いよなあ…





【越前さんとわたし】




が公衆の面前で告白した。
そりゃあもう盛大に愛を叫んだ。それだけならまだしも、人の告白事情まで暴露しやがったのである。
跡部は怒っていたし、幸村は笑うばかりで肝心の当本人たちが全然緊張感を感じなかったのが不思議なくらいだが、一方赤也はなんか鬼気迫るものがあった。
明日辺り赤也は後ろから刺されてるな。そしてその横にフーセンガムが落ちてたりするんだ絶対。


「だってチューだもんな」
「…チューやもんなあ……」

ん、と動きを止めたが首を巡らせると、すごく自然な感じで忍足が横に立っている。
遠い目で空を仰ぐ憂いを帯びた姿が風景になじんでいて、隣にいたことにまったく気がつかなかったは「うわ!?」と素っ頓狂な声をあげると肩をビクリと浮かした。何故いる忍足。


「暇やし散歩しよったら、何や自分フラフラしとったから、荷物でも持ったろかなー思うてな」

というなり、ひょいと横からドリンクいっぱいのカゴを軽々と持ち上げる忍足。
「ありがとうございます」と間の抜けた顔でお礼を言うと、彼はダテ眼鏡の奥の瞳を細めて笑った――「ええよ」

二人分の足音がサクサクと響く。
はしばしの間黙り込んでその音を聞いていたが、何も触れられないというのは案外一番心に痛いのかも知れない。
そわそわとした挙句、あえて主語を入れずに尋ねてみることにした。
「何も言わないんですか?」

忍足はパチリと瞬き、あっけらかんと言葉を返す。

「せやかて、別に俺が言うことないし」
「は?」
「俺、越前さん知らへんもん」

あ、そうか
忍足がはじめて越前さんに会った時は、すでに入れ替わった後だったんだ。
とはいえ、あっさりと受け入れる忍足の度量の大きさに驚いてポカンとした顔で忍足を見上げていると、彼は何て事ないように言葉を続ける。
なんか妙にカッコよく見えるのは気のせいだろうか。


「せやけどな。その越前さんっていう彼女とも、会ってみたいなーと思うてん。聞けばめっちゃクールでカッコええんやろ?なんかそう言うの萌えるわー」






気のせいだった。






「…忍足君……」
「冗談やって、そんな顔で見らんといてや」

最悪の点数のテストを見るような顔で見つめられた忍足はカラリと笑い飛ばすと、ふ、と口元を緩めるように微笑んだ。
「それも、自分らと会わんかったら思わんかったことやんなあ」

「え?」
「そうやろ?自分とあわんかったら、俺、越前さんなんて知らんかったんやし」
「それも…そうですね」

「何事も縁。出会い方なんてあんま意味ない話やと俺は思うで。
少なくとも、氷帝のヤツらはそう思っとんとちゃうかなあ?まあ、説明が欲しい人間はおるやろし、そういうやつらにはちゃんと説明したらええやん」

なんというか、つくづくここの中学生は本当に実年齢なのかどうかと思う人たちである。自分が年上であることが逆に不思議だ。
「うん」と小さく返事をして笑ったは、忍足が持ってくれていた荷物に手を伸ばす。

「ありがとう。ここからは自分で持ってくから」

ちらりと視線を持ち上げた忍足がコートを見、青学メンバーを見た後に視線を戻した。案に彼の心配を汲み取って、「だいじょうぶだよ」とゆるく微笑む。
どうやら散歩というのも口実で、の様子を窺いに来てくれたのかもしれない。意外と気のきく男だ、忍足侑士。

さりげない優しさになんだか心の中がほんわりと温かくなって、はふわりと微笑んだ。
「大丈夫」


「…ほなな」
ぽんぽん、と頭にかかる重み。
そろいもそろって子ども扱いするんじゃねぇと言いたいところだが、大きい手のひらと言うのはなかなか撫でられ心地がいいもので、
ひらりと手を振って去っていく忍足の後背を見ながらダメ押しに気合いを入れた。やはりその決心は数秒のうちにへにゃりと折れる。

「とは言えやっぱり…」
(青学のみんなとは、会い辛いよなあ…)


何て言ったって越前さんのホームグラウンドである。騙していたという言葉が一番適当な人たちなのだ。
ぐるぐると回る思考に振り回されていたは、ハッと肩を浮かすと、いかんいかんと首を大きく横に振る。

(どんどん後ろ向きになるだけじゃないかッ
違う!そうじゃなくて――!立ち止ってもいいから、立ち止ってもいいから…前、見るんだって、決めたじゃないか!)



ここでの出会いは、かけがえのないもの。
でも、それをもっとキラキラした素敵なものにするのは、これからの自分。わたしは――この出会いを、そんな素敵なものにしたい!


「あの……!!」

ぐ、とドリンクのカゴを持つ手に力が入るとともに、お腹から声を張り上げた。我ながらよく通ったと思う。
振り返ったは思わず目をつむってしまったが、渾身の力で叫んだ。
「ドリンクをお持ちしました――――――――ッ」


「って声でか――ッ!!!!????」



ぽん、ぽん、ぽん
テニスボールが転がる音が余韻を残す中、菊丸が呟く――「……桃のツッコミの方がちっちゃいってすごいにゃ」


(へ?)



「…そ、そんなに大きかったですか…ね?」
「あっちで海堂がフリーズするくらいにはな」

「え!?ごめん海堂君…!」
「いや…だいじょうぶ、っす…」

ドキドキと心臓を押さえて怯えた目でこちらを見る海堂に駆け寄ろうとした瞬間、ドリンクカゴに体重を取られて身体が傾いた所を、横から伸びて来た手が支えた。タカさんだ。
「大丈夫かい?」

「あ、すいませ…」
「ちょっとタカさん、越前の身体に気易く触らないでくれる?いくら中身がそれでも、一応外身は越前なんだからね」
「それって…」

「それにしても今日はドリンクが早かったな」

「あ、忍足君がそこまで運んでくれて…」

「ふーん、忍足さんが」
「うわ!?」

後ろから聞こえた声に心臓が一瞬止まりかけた。というか、多分止まった。かああ、と顔が燃えるように熱くなるのを感じてはドキマギと返事を返す。
ななななんなんだこの幼稚園生みたいな反応は自分!しっかりしろ19歳ッ
「そ、そう!お…忍足君がッ」

「へぇ…」

背後にいるリョーマの顔は当然見えなくて、声色を伺う余裕もないがボンと頭から煙を噴き出した時、場の空気が戻る凛とした声が響いた。

「何を遊んでいる越前」
「うぃーっす」

手塚の声が天の助けのように思える。
ああ天使。OPで飛んだ君の姿が脳裏に浮かんだよ…!
真っ赤に染まっているであろう頬をリョーマに見えないように、顔の角度を変えてじょじょに逸らしていると、手塚は眉間に皺を寄せて、を呼ぶ。



、お前も早く来い」
「う、うん…って…へ?」


名前って…
まさかのフラグ…?
「いや、立ってないから」
「だ、だよね!?ビックリしたよッ!手塚フラグたてたつもりなんてないからさ!」


不二の言葉に取り乱して答えながらよたよたと荷物を持ってたどり着いたは、
何事もなかったような雰囲気の割に、越前さんと自分の存在がナチュラルに受け入れられている現状に困惑するばかりだ。もっと殺伐とした雰囲気を想像していたのに。


「では、あらためて。
青学テニス部部長、手塚国光だ」

「副部長、大石秀一郎だ」
「きっくまる英二だよ〜〜〜〜ん!!」

「乾貞治だ。趣味はデータ」
「河村隆。よろしくね」

「ぼくは自己紹介いらないよね?」

「チーッス!青学二年、桃城武ッスー!」
「海堂…薫」


必然的に視線はリョーマへ。
久しぶりに瞳を見たな、と思えるほどバッチリと目があった彼はニヤリと口角を持ち上げるように笑うと、帽子のつばに手をかけた。

「……やるじゃん」
「へ?」


――彼女が罪悪感を感じているのは、十分に分かっている。だからこそ、彼女が口を開くまで、俺たちは何も言わないでおこう



――「ドリンクをお持ちしました――――――――ッ
――「って声でか――ッ!!!!????」


受け入れる心構えができていたとはいえ、
彼女の間の抜けたところが場の空気を変えたというかなんというか。

リョーマの言葉に小首を傾げたものの、は「あ」と声をあげて青学メンバーに向き直り、そしてぺこりと頭を下げた。
ここから、もう一度はじめよう。

みんなと越前さん、そしてわたしが作る世界を


「あらためて今日からマネージャーをさせていただきます、です!よろしくお願いしますッ」








拝啓越前さん
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今日から、越前さんとわたしを区別するために、みんなが名前で呼んでくれるようになりました。
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というものの、越前さんを名前で呼ぼうものならとび蹴りが来る気がする、ということです。
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わたしがすぐとび蹴り体勢に身体が向かうのは、越前さんの癖だったからだと認識されてるみたい。
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実際のところどうなんだろう?わたしも気になるな。
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なにはともあれ、
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手塚の名前呼びにしばらく慣れそうにありません!
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