――!朝ご飯できたよ!ほら、起きる!」
「…無理……」

「無理じゃない!お父さんもお母さんも今日からいないんだから、ほら、起きる――!」


【ハッピーエンド!】


こちらの世界に戻って来てから、三か月の時が過ぎた。

「うるさいなあ…」
「うるさいじゃない!ご飯食べないなら別にいけどッ」

いつの間にか最終回を迎えていたテニスの王子様。
最後の対決はもちろん幸村とリョーマで、かたくななまでの幸村の勝利へのこだわりになんだか寂しくなったりしたけれど…
試合を繰り広げる彼らの腕に巻かれたミサンガに胸が熱くなるのを感じた。わたしたちが彼らといたという決定的な描写はない。でも、節々に見える証。


結局、そこに確かに過ごした時間があるのは、わたしたち自身が知っていればいいのだろうと思う。
うさぎの虎に、跡部から買ってもらった眼鏡。裕次郎に貰ったブレスレット――胸にはリョーマに買って貰ったネックレスに通った指輪。
その一つ一つが、確かにあの世界で過ごしたという証。

だから、

「はい!ご飯食べる前にせーの!」
「「テニスの王子様のみんなに会えますよーに!!!!!」」

わたしたちは今日も彼らに想いを馳せる。




「なんかテレビ見る?」
「そーだね、、なんかつけて」

リモコンを取ってきたが箸を加えつつテレビをつけると、適当にチャンネルを回す。どこもCMの時間帯らしく、仕方なしに二人は食事の手を再開させた――「、お茶いる?」「いる」
何も変わらない日常
だけど、何かが変わった日常


『はーいみなさんこんにちわ!今日わたしは、今年全国制覇を遂げた中学校に取材に来ております〜。そろいもそろって今はやりのイケメン!気になるでしょ〜』

「イケメンだってよ」
「イケメンねー。お前ら千石さんの顔見て言え、って話だよね」
「…ですよね」





だいたい最近なんでもイケメンってつけたらいいと思う風習が間違ってんだよね、
グチグチといいながら卵焼きをつつく二人の耳に、レポーターのはしゃいだ声が右から左へと抜けていく。






















『あ、いました!こんにちわ〜!えと、君は確か一年でレギュラーだった…越前リョーマ君ですね!!













ガッシャン
派手に食器をひっくり返したが弾けたようにテレビを見ると、無愛想な顔をしたリョーマがテレビ一面に映っていて、が「はあ!?」という間にはごしごしと瞳をこすった。

WHYなぜ!?

『うわー、本当にお綺麗な顔してますねぇ』
『…別に』

「ちょ、待った!え!?どういうこと!?これニュースだよね!?アニメじゃないよね!」
「け、携帯…!」

布団に転がっているのであろう携帯を探しに駆けだすは音量をあげると、テレビをがしっと掴んで見つめた――間違いない、これリョーマだ!

『中学校一年生かあ…彼女とかいるのかなぁ?』
『教えない』

スタスタと歩いて行くリョーマの背中。
突っぱねられたリポーターは困ったように堀尾のところに走っていき、唖然としていたは「見て!」と携帯の画面を突き付けた。
「みんなのアドレスが戻ってる!!」

見ると、確かに戻ってるみんなのアドレス。
その途端、の携帯が鳴り響いて、画面には「千石清純」の文字。そんな、とは口をパカッと開いた。

(どーいうこと!?だってここはわたしたちの世界で…でもみんないて…え!?これは一体…どういうことだああぁああ!!!????)


その日一日、の携帯もの携帯も鳴りっぱなしだった。
みんなの携帯に登録されていた二人のアドレスは、あの日以降まるで何もなかったかのように消えていたらしい。それが今日の朝突然戻っていたという。

の携帯に一番に電話をかけてきたのは幸村で、
彼は一通り喋ったあと、安堵するように「俺たちと君たちの想いが世界をつなげたのかもね」といって笑った。よくは分からないけれど、確かにそう考えるとしっくりくる気がする。


どこかの世界に逃げたかった越前さん、切原さんが、テニスの世界に行きたかったの魂と入れ替わって

そこで出会った人たちが、二人と一緒に過ごしたいと願ってくれた。そうして一緒にいたいお互いの気持ちがひかれあって――世界が繋がる。
夢みたいな話かもしれないけれど、あの夏を過ごして来た全員だからこそ、なんとなくそうなんだろうなと思えたのかも知れない。跡部も同じようなことを言っていたから、多分。


ただ


「越前からは、連絡あったのか?」

跡部の問いにはう、と言葉に詰まった。
「…あった」

「会うんだろ?」
「いや…うーん…」

どんどんと尻すぼみになっていくの声。跡部は「はあ!?」というと、耳をつんざくような声が受話器から響いてきた。
「てめえなめてんのか!?ああん?!さっさと会う約束でもなんでも取り付けりゃいいだろッ」

「だって…ですよ…」


今のは元の姿。
越前さんじゃない。
こんな姿で会う勇気があるわけがない。
その後散々電話口で跡部に怒られて(その大半をバカと罵られた)、元の姿がどうのとか言ってる暇あったらさっさと会いに行け、と言われて電話を切られた。激しい。
うーん、と唸り声をあげたが携帯を手に布団の上を右へ左へと転がっていると、不意にメールが来たことを携帯が告げる。

「おー」

ごろごろと転がって携帯を掴むと、見慣れないアドレス。ん?と首を傾げて開くと、件名に「越前」と淡白にかかれていた――「越前さん!?」
びっくりして起き上がると、どうやら不二に聞いたらしい旨が書いてある。

そして文末に一言。

「今日の夜、そっちにつく便で向かいます。会ってたくさん話したいことがあるから空港に来て」


自分も大概メールに愛想はふりまけないほうだが、越前姉弟はそれに輪をかけていると思う。
とはいえ
越前さんと対面かあ…天井を仰いだは「よし!」というと、用意を始めた。会って色々話したいことがあるのはも同じ。
お互いの話もそうだが、リョーマの近況とか聞きたい。っていうかなんで青学二年になってるんだろう?とは首を傾けた。原作では確か――その後ニューヨークにいったはずだったけど。

リョーマに直接聞けと言われればそれまでだが、実は電話にでてないのだ。
正確にいうと、通話ボタンを押すまでにだいぶ時間がかかって、受話器からリョーマの声が聞こえた途端、何を考えたのが思わず反射的に手が通話を切ってしまった。
それ以来連絡はない。



自分の意気地のなさに激しい自己嫌悪を抱きつつ、どうすることもできないままは約束の時間に空港まで来ていた。こうなったら越前さんに喝を入れて貰おう。
引っぱたかれるくらいしたら、吹っ切れて自分から連絡ができるかも知れない。

ロビーの壁に背中を預けて、行きかう人々を見つめる。
まるで氷帝の学園祭の時なみに多い人だな、と思ったは口端をひきつらせた――逆に空港なみに人が多い学園祭って正直どーよ?


確かあの時はみんなから逃げて人の波に流されてたらリョーマに見つかって、なんか成り行きでゲームに参加したんだっけ、とはつま先で床を叩く。

派手な化粧をさせられて、人混みの中に追いやられて…
あんな羞恥プレイさせられるくらいなら見つかりたくないってうろうろ動きまわってた時に、不意に思ったんだ。
もし神様の気まぐれが起きて、ある日突然身体まで入れ替わってしまったら、元の姿でこの世界の地を踏む事になったらその時は見つけてくれるだろうか、と

越前さんとして過ごした自分を
リョーマを好きだと叫んだ自分を

違う姿になっても見つけてくれるだろうか、と



――見つけるに決まってるじゃん



そういったリョーマの顔を思い出す。
あーあ、あの時のリョーマも最高にかっこよかったよな!

「何怪しい顔で笑ってんの?」

(そうそうこんな事を言って…ない、よね?)

にやけた表情をい一変、凍ったように表情を固めたが我にかえると、いましがた思い出していたはずのリョーマの顔が目の前にある。たっぷりと三十秒ほど沈黙したはひ、と息をのんだ。
「りょ…リョーマ!!!!!!???????」

「俺だけど」

「なんで!?越前さんは!!??っていうか、何でわたしがわたしって…!」


驚きに声がひっくり返る。
心底うるさそうに耳を塞いでいたリョーマは、目を白黒させているが言葉をなくしているのを見ると、はあ、と深い深いため息を吐いた。

「姉貴がチケットくれた。空港に行けばいるはずだから、って」
「越前さんが!?」
「っていうか、何で通話切るわけ?意味わかんないんだけど」

「あれは…悪気はなかったんだよ。ただびっくりして切っちゃって…」
「ふーん……」

「いや、それもそうだけど…!だからなんでわたしがわたしだって分かったの!?」


「言ったでしょ。
俺はがどんな姿でも絶対に見つけだすに決まってるじゃん、って」



――分かり切った事聞くの止めてよね。
俺はがどんな姿でも絶対に見つけだすに決まってるじゃん




呆気にとられる。なんだこの漫画とかアニメや小説や映画みたいな展開は…!
がぽかーんと口を開けていると、リョーマは帽子のつばを持って、顔を隠した。

「っていうのは冗談。
部屋に写真飾ってたでしょ?家族で映ったヤツ」

「え…あ、うん」
「あれがこっちに来てから飾ってたから、最初から知ってたんだよね、本当の姿の写真だって」



――友達と、その家族なの




「え?でも、わたし言ったよね?友達とその家族だって…」
さ、自分が嘘つけない人間だって知ってるでしょ。顔に出てたよ、はっきりと。これわたしと家族です、って」

「うそぉ!?」と声をあげると、寸ともせぬ間に「ホント」と言われる。じゃあ何だ、最初から最後まで全部リョーマはお見通しだったって事じゃないかッ!

脱力するようにへなへなとしゃがみこんだが顔を隠すと、リョーマは「ホントにってバカだよね」と悪態をつく。それはさっき跡部にも言われましたから。


「いーもん、バカで。リョーマがすごいんだよ。
最初から最後までお見通しなんて卑怯だ!」

「見通してるわけないじゃん。どうにかしてには会うつもりだったけどさ、まさか世界が一緒になるなんて思ってなかったし――
ただ、手に入れたいものを逃がすバカはそれこそどこにもいないでしょ?

ま、は俺のモンだけどね」


顔をあげると、ニヤリと笑ったリョーマの顔。
あーくそ、やっぱり卑怯だとは真っ赤になった顔をうつむかせた。なんでこんなにかっこいいかなあ、もう…

「…リョーマ」
「何?」


悔しいから、負けてられない。
今までは背中を追いかけたいと思ってたけれど、今度は背中を追うから。だから、少し先でいつも待ってて欲しい。時間はかかるけれど、ちゃんと追いつくから。

だってほら、わたししぶといし!(まだ根に持ってる)


「リョーマ!大好き!」
「わ!?」

勢いよく立ちあがって、リョーマへと手を伸ばす。
体重の差が大きいからあんまり勢いよくは抱きつけないけど…これだけ驚かせたら、まずは一点先取ですよね!リョーマさん!


終わりははじまり
幸せな結末は、幸せなスタートでもある

勢いよくスタートを切ってこれからの幸せを駆けあがりたい――あなたと、二人でなんて、恥ずかしくて言えないよなあ


「だから、その顔怪しいって…」



(終わり)