「…」

今日は部活が休み。
土砂降りの雨だの、暴風だの、夏さながらの気象で部活中止というわけでない休みは本当に久しぶりで、はキラキラと光る粒をまく太陽を見上げてほう、とため息を吐いた――平和だ。

せっかくのお休みだし、勉強もお休みにしてベッドでゴロゴロするのもいいな、読みかけの本を読んでしまうのもいいな、夕方の再放送ドラマだって見れちゃうな、
なんて期待に胸を躍らせながら校門を出ると、ちょうど桃城が自転車を走らせて目の前を通り過ぎていく。どうやら目先に夢中でそこにがいたことには気がつかなかったらしい。

部活が休みでありあまった元気をどこに向けていいのかわからない、といわんばかりの爆走。
に気付かなかったのも妙に納得がいくような速度である。


(相変わらず元気だなあ)


まるで孫の姿を見る祖父のような目で桃城の進行方向を追っていただったが、
大きな鞄を肩にかけて、かったるそうにあくびをしながら歩いている小さな後ろ姿に胸がキュンとなると、心の中で万歳三唱をせん勢いではしゃいだ――リョーマだ!


あの見るからにダルそうな姿が何故あんなに光り輝いて見えるのか。
が惚けた瞳で見つめる先、

ふあ、と瞳をこすったリョーマは何気なく後ろに首を巡らすと、桃城が疾走するように自転車を走らせているのを瞳に映した。
そして何を思ったのか、彼がリョーマの横を通りすぎる瞬間、後ろに飛び乗る。


「うぉ!?」

安定を失った自転車は当然大きく右左へと揺れるわけで。派手に横転する前になんとか止まった桃城は、何食わぬ顔で後ろに立っているリョーマを振り返った。

「えちぜ…!?おま、何してんだ!危ねぇ〜」
「桃先輩こそ、前見すぎも危ないッスよ」
「危なくしてるのはお前だっつーの!」


悪態をつくリョーマ。
そんな二人を見ていたの後ろにかかった影が「残念そうだね」というのを聞いて、彼女もまた首を巡らせると、涼しい顔で立っている不二の姿にのんびりと笑顔を返した。
「あ、周助くん。残念って何が?」
「越前を誘いたかったって顔に書いてあるけど」


「顔?」
「顔」

両手を頬にあてて、むに、と押さえてみせると、不二は「マヌケ面だね」と噴き出すようにいい、はまあと大げさに驚いてみせる。
不二が笑うのを見るのは心の中がほっこりと温かくなる気がして嬉しい。「これは越前さんの顔なのに!」とが憤慨したふりをすると、不二はにこやかな顔のまま毒づいた。笑ってても不二は不二だ。


「越前本人なら、もうちょっと締りのある顔してるよ」

「…それってわたしに締りがないって言ってる?」
「うん」

「うわお」

最近この扱いにも慣れて来たから、痛くもかゆくもないデスヨ。
がひゅぅ、と余裕染みた表情で口笛を吹いてみせると、それすら気に食わないように伸びて来た細い指がの鼻頭をつまむ。思わずくぐもった声をあげてしまった。

「リョーマをさほほうとはおもっへまへんよ(リョーマを誘おうとは思ってませんよ)」
「へえ。その割には随分熱心に見詰めてたけど」

「いや……ほんほーに萌えまふよね」


うふふと悦な笑みで微笑む
思わず反射的に彼女の鼻をつまんでいた手を離してしまった不二は最悪のテストの点数を見たように顔を歪めると、ぎゅにゅ、と力いっぱいの両頬をつまみあげた。ぎゃ、と悲鳴があがる。
「ヤキモチとか可愛い思考回路はないの?」
「萌えは何にも勝るんです!悪いか!」

シャー、と両手をあげて不二を威嚇するの姿をリョーマと桃城が見ているなどとは知りもしないでブーブー口先をとがらせながら、赤くなった頬を擦っている
そんな彼女を見つめる不二。

そんな二人をぼぅと見ていた桃城は、何かを思い出したように「あ」というと、ポンと手を叩いた。

「そういや、不二先輩と先輩、最近噂になってるらしいぜ」
「……は?」

「いやよ、二年の間で流れてる噂なんだけど、三年から聞いたっつってたヤツがいたから多分マジだと思うんだよな。
なんか先輩が不二先輩と勉強を一緒にしてるだの、参考書の交換してるだの、よく教室に来るだの…そんなこんなで付き合ってんじゃねーの?みたいな」

「………ふーん」


ここにがいたなら、「声のトーンが下がった!不機嫌モードだ!」とセンサーのように察して避難に入るのだが、
気付くはずもない桃城が「笑っちまうよな」と能天気に笑うのを耳の端に、リョーマは未だに威嚇状態のと、それをほのぼのと眺めている不二の姿を見つめる。

黙り込んだリョーマにようやく何かが変だと思い至った桃城が「おい」と声をかけようとした時、ひょい、と自転車から降りたリョーマはスタスタと二人の所へ。

そしての腕をつかむと、半ば強引に引っ張った。


「うわ!?え、何!?リョーマ!?」
「帰るよ」

「ちょ…ま!桃城君といたんじゃないの?」
「いない」

「は?あ、またね周助くん!」

何が何やらわかんないが、全身から不機嫌オーラ垂れ流しのリョーマに逆らう術もない。素直に引っ張られながら不二に手を振ると、さらに歩くスピードが速まる。だから何!?
スタタタタタタ
という効果音が付き添うなほど(もはや音速)足早に歩くリョーマの速度に、足がもつれながらも何とか追いかけていくはぐるぐると目を回した。

「リョーマ歩くの早い…!
ってか何でそんな機嫌悪いのさ!さっきまで桃城君と楽しそうだったじゃん!」

も随分不二先輩と楽しそうだったけどね」
「あれのどこが!?」

ほっぺたとかチョー赤いんですけど!
ホレ見ろ、といわんばかりに赤い頬を指差すが、リョーマはこちらを振り返る気配も見せない。
肩をすくめたが黙り込んで後ろをついていっていると、数分後、ようやくリョーマは口を開いた。



ってさ、勉強不二先輩に見て貰ってたんだ」
「そうだよ。わたし脳味噌に蜘蛛の巣はっててなかなか理解ができないから、ホントに助かってるんだ」

「それで噂になってるみたいだけど」
「何が?」
と不二先輩が」


その瞬間、の空気が止まった。
振り返ると足は動いているのに、真顔のまま、瞬きすらしない彼女が呆然としているのをみて、リョーマは彼女がまったくもって噂を耳に入れてなかったことに気付く。

まあ彼女がその手の噂を聞こうものなら、不二と距離をとろうとするまでもなく、どうしていいかわからない態でギクシャクとしているはずだから、あの様子では知らなかったのは至極打倒だと思うのだが。


「わたしと、周助君が…噂?」

ここまで鈍いのはもはやアホとしかいいようがないのではないだろうか、とリョーマはいら立ちを通り越してあきれを覚えた――自分のことにドンくさいのもここまでくればもはや才能だ。



「いや…ないでしょう……」

刹那、ズーンと重い空気を背負って明後日のほうへ視線を送った
あれが愛情表現に見えるのなら、よほど皆の目にはフィルターがかかっているに違いない。え、っていうか黒魔術で洗脳でもされてるんじゃね?と首を傾げた時、ははた、と思い至った。


「リョーマもしかして、やきも…」
「行くよ」

ち、と言葉が続く前に歩くスピードがまた否応なしに早くなる。
躓きながらもへら、とは頬を緩ますと、いやいやそんなあ、と能天気な笑みを浮かべた。どうしよう、めちゃめちゃ嬉しいんですけど!

にやにやと締りのない顔でにやける彼女に「その顔イラッとするんだけど」といえば、はム、と口先を歪ませる――「だからこれ越前さんの顔だってば!」

「姉貴はみたいに締りのない表情したりしない」

「…どいつもこいつも……」

つくづく失礼な奴らである。
まったくもう、と唇をへの字にひん曲げただったが、数秒もしないうちににやけ顔に戻った。へらへらしつつ、「何だか嬉しいなあ」と呟けば、「何が?」と淡白に返事が返ってくる。
「いやね、ヤキモチとか妬いてるのわたしばっかりだと思ってたから」

実際ドキサバの時だって小日向に一方的なヤキモチを妬いていたのはだし、咲乃や朋ちゃんがリョーマを囲んでいるたびにムカムカと胸の中から何かがせりあがってくるのを感じるのも自分。
一方リョーマはどんな時でも割かし涼しい顔で
ぶすくれたのはと幸村が出かけた日くらいのものだ(今考えるとあれはヤキモチだったのだろう)。


まあ自分でいうのもなんだが、リョーマ以外の誰かを好きになるなんて昔も今も考えられない。
そういう意味で考えればリョーマがヤキモチを妬く必要はないのだが、こういう風にヤキモチを妬いて貰えると愛されてるなあ、と思ってしまうわけで。それがたまらなく幸せだったりするのだ。

胸の中が喜びやら幸せやらでいっぱいになってしまって、
は自分が何を言っているのかを考えることもないまま、言葉を並べる。





「もーわたしなんかいっつもヤキモチばっかりだよ。
竜崎さんとか、小坂田さんとか、奈々子さんとかカルピンとか
「ちょっと待った」






突然の制止の声に驚くと、よりも驚いた顔のリョーマと瞳があう。

「…何でそこにカルピンが入ってるわけ?」



奈々子さんまでは分かる。
だがそこには明らかに人間以外のものが含まれていたにも関わらず、あっさりと告げられた愛猫の名前にリョーマは理解ができないばかりだ。しかし彼女は声を大きくする。

「だってさ!リョーマのこと唯一尻に敷いてるんだよカルピン!それってすごくない!?すごいよね!尻に敷かれても愛されてるカルピンってすごいよッ
多分一番のライバルだと思う」


あの顔はマジだ。マジでそう思っている顔だ。
熱弁するを呆然と見ていたリョーマの肩から、僅かにテニスバックがずれ落ちる。

彼女は自分の妹をいつも予想ななめ上に突っ走るため手がつけられないと嘆いているが、彼女自身も大概ななめに走っていると思う。
たぶん方向が違うだけで根本的な所は何一つ違わないはずだ。

に"カルピンに勝てるものって何だと思う?”って聞いたら、真面目な顔で"寿命?”だからね!そりゃあヤキモチ妬きたくもなると思うんだけどッ」


しれっとした顔でがいい、ショックを受けているの様子が簡単に脳裏に浮かんだ。

「あのさ」
「ん?」
「前から思ってたけど、ってバカだよね」


驚きの後はもはやため息を吐くくらいしかできない。
あからさまに深いため息を吐いたリョーマは歩くスピードを緩めると、握った腕から手を離し、落ちる寸前で彼女の手を握りしめた。


が猫になったら、俺何もできないんだけど」
「へ?」

「それでもいいの?」

手も握れないし
ポツリと零されたリョーマの言葉にぼん、とが頭から煙を噴き上げた。うあーうあー!消えろわたしの妄想!と、一瞬で頭をかけめぐった春な映像を振り切る。

よかったリョーマに想像が見えなくて
安堵の息をついただったが、瞳に映ったリョーマの顔が確信犯的なものを感じて更に赤くなるのを感じた。


「わざとだ!」
「あたり前でしょ。がくだらない事言うからジャン」

「くだらなくないよ!」
「くだらない。
…とりあえず、英語は俺が教えるから」


リョーマの言葉には頭から冷水を浴びたように動きを固める。


「え!ヤダよ!だってバカなのバレちゃうじゃん!」
「もうバレてるって」

「いや多分リョーマの想像を上回るバカさ加減だと思うよ!せつぞくせつ、をせつぞくぶし、って読む位バカなんだよッ」

「…それは英語じゃなくて、国語の問題なんじゃない?」


っていうか自分から暴露してんじゃん。リョーマの言葉にう、と表情を歪ませたは「周助くんみたいにスパルタ…だよね?」と小さく呟いた。
これでリョーマに教えて貰った方が優しい、というのならば二つ返事で頷くものだが、優しく教えてくれるリョーマに頭が想像力限界のサイレンを鳴り響かせる。
不二とリョーマのスパルタぶりはどこか通ずるものを感じて、頷くのをまごついていたは不意に「あ」と声をあげた。


「ね、リョーマ!教える時眼鏡かけてくれる!?」
「…は?」

「リョーマの眼鏡姿見たいッ
超萌える!萌える!」


結果スパルタよりも萌えを取る彼女もどうかと思うのだが、それが彼女だというと妙に納得もできるもので。リョーマがため息とともに頷くと、は万歳三唱を往来で唱えた。

「なんかさ!リョーマっ
すっごい美味しいヤキモチだね!!」



しかしまあ彼女は気がついていないみたいだが、リョーマはどちらかというと嫉妬というより独占欲なわけで。
歓喜余って踊りだしそうなその姿を見ながら、思わず唇が緩むのを感じた。美味しいヤキモチ、というのが彼女らしいマヌケな表現で笑えるのもあるのだが…


(できるだけ傍に置いときたいなんて言ったら、ホントに踊りだしそうだから止めとこ)