「どう言う事さー!?」 部室に駆け込むなりバタバタと着替えながら裕次郎が叫ぶと、少し遅れて入ってきた凛が「誕生日プレゼントやっし」とにやにや笑った。 他の部員も凛程表情には出さないものの、してやったりと言った顔で裕次郎が脱いだ服を乱暴にロッカーに直すのを見ていて、 ぐしゃぐしゃに丸め込まれた服が不憫そうに木手は「少し片付けなさいよ」と眉を潜める。 しかし今の裕次郎にとってそんな事はどうでもいい(普段もどうでもいいのだが、今日はそれに輪をかけてどうでもいいのだ)。 制服を勢い良く取り出した裕次郎は突然動きを止めると、するすると田仁志に寄って「慧君わん汗臭くねーか?」と尋ね、自分でもにおってみた。 分からない。いくら木手がこまめに窓を開けているとは言え、練習後の彼らが居る部室はすでに汗の臭いで充満していた。 くしゃりと顔を歪めた裕次郎に、凛は女々しいと呆れて見せる。 「運動部員がんな事気にしてどうするばぁよ。汗臭かった事だってやっさーろ」 「そう言う問題でも無いでしょ。親しき仲にも礼儀あり、最低限のマナーですよ」 「・・・だよなぁ、やっぱ」 しゅん、と頭を垂れた裕次郎を見て、知念は鞄の中からシャンプーセットを取り出すと「使うか?」と差し出したが、 彼は「そんな時間ねーよ」と言い、恐らく今回の件の発端であろう凛を横目で睨んだ。 「たー(誰)かさんが前もって教えてくれてたら、どうにかなったかもな」 恨みがましい裕次郎の視線をものの見事に無視して着替える凛に、さすがの木手も気の毒に思ったのか、鞄の中から香水を取り出す。 「これでも使いなさい」 「さすが永四郎やっし!にふぇーでーびるッ」 木手らしい上品と言うよりもワイルドな感じの香水で、裕次郎はそれをつけると帽子と鞄を引っつかんだ。 「行って来る!」 入ってきた時以上のスピードで出て行った裕次郎の背中を見送った凛は、ニヤリと笑うと自分も鞄を持ってさり気なく後を追おうとしたのだが、 そんな彼の行動を見通していた木手は「止めなさいよ平古場君」と先に釘をさす。足を止めた凛は不満そうな声を上げた。 「おい(えー)、面白そうやっし」 「我々は甲斐君の誕生日プレゼントとしてしたのであって、茶化す為ではありませんからね。今日はそっとしてあげなさいよ」 「・・・つまらん。寛、なんか食い行こうぜ」 【カサブタ】 「待ったか?」 裕次郎が後姿に声をかけると、振り返ったは「そんなに待ってないよ」と緩やかに笑った。 部活終わった後よほど急いだのだろう、息の切れている彼を見た彼女は裕次郎の帽子に手を伸ばすと、真っ直ぐ整えてやる。 「こっちこそ急がせちゃったね。帽子曲がってる」 「あい。しんけん?」 帽子に手を伸ばしかけたものの、裕次郎は照れ隠しをするように頬を隠した――心臓がうるさい。 付き合いが長いとは言え、滅多にデートが出来ない為毎回緊張すると言うのに、今日は更に緊張の糸が張り詰めた。 それもそのはず、裕次郎の視線の先を追いかけて視線を下に向けたは、 あはは、と苦笑を零すと「さすがにこれはキツイよね」と自分が着ている比嘉の制服を指差す。 「田仁志君のお姉さんの制服を平古場君が送ってくれたの。 入らないからって断ろうと思ったのに、体系が似てたのかぴったり入っちゃって、断れなくなっちゃった。 唯一常識人だと思ってた木手君は放課後だから別にいいんじゃないですか、とか言うし・・・ 裾が長かったのは知念君が裾上げしてくれたりで、あれよあれよと言う間に今日になっちゃって。この歳と体系で制服はキツイよね」 越前さんの身体が懐かしい、とお粗末な体系を嘆いていたの言葉に、ワンテンポ遅れて裕次郎は激しく首を横に振る。 「んな事ない!わんは似合ってると思う」 「そう?裕ちゃんがそう言ってくれたら、恥を忍んで着たのが報われるね」 似合ってると思う。でも、それ以上に嬉しさが勝って裕次郎は何度も頷いた。 凛の言う誕生日プレゼントとやらは、彼に内緒で彼女を沖縄に呼んでくれた事かと思っていたのだが、 彼女との会話で数ヶ月前自分がポツリと零した事を思い出し、彼の用意してくれた本当のプレゼントが分かった。 ――制服デートって、してみたいよなぁ・・・ 制服デート、校門で待ち合わせ・・・何といい響きなのだろうかと裕次郎は喜びを噛み締める。 年上で地方に住んでいる彼女とは三ヶ月に一回のデートがいい所で、ましてやすでに学生じゃない彼女と制服デートなど出来るはずも無く、憧れは募るばかり。 別に同じ年の彼女と付き合いたかったとか、付き合いたいとか言う訳ではない。彼女と制服デートがしたかったのだ。叶うとは思ってもみなかったけれど。 何だかんだ言ったものの凛には後でちゃんとお礼を言おう、と裕次郎はにやけそうな頬を必死で引き締めて彼女に意識を戻した。 「行きたいとこあるか?」 「そうだねぇ・・・大体の所は連れて行ってもらったしなぁ」 高校生の裕次郎がそうたびたび彼女の住んでいる場所にはいけないので、彼女の方が足を運んでくる事が多い。 観光めぐりだとか、彼らのオススメスポットだとかは三回目位でまわりつくしてしまった。はしばしの間考えると、「海とか」と提案する。 「でも、やー海嫌いだろ?」 「海が嫌いと言うか水着が嫌いなんだ、でも見るのは好きだよ」 海に行くとなったら、決まって部活の連中が付いてくるのだ。 まず(ある意味空気が読めない)凛が「わんも行く」と言い出し、知念も必然的に付き合わされるハメになって、 保護者が必要だと木手が呼ばれる。田仁志達も付いてくる。 一度も二人で海に行った事が無い上に、決まって日陰で彼らが騒ぐのを見ている彼女しか知らない裕次郎は、今まで海が嫌いだと思っていた。 よくよく考えてみれば、コンプレックスのある彼女が喜んで水着を着るとは思えない。 「でも祐ちゃん海で遊ぶの好きだし、見てるだけはつまらないかな?」 「あぬひゃーらと居ったら遊び続けるしな、落ち着いて海が見れるのは嬉しいばぁよ」 運動が好きな裕次郎と運動神経皆無の自分がつりあわないのではないかとが気にしているのを裕次郎はなんとなく気づいている。 しかし直接言われない限りフォローも出来ない。 とは言え伝わればいいなと言う期待を込めて言うと、彼女は苦笑を零した。 「祐ちゃんに付き合って出来る位にはなりたいなと思って少し運動を始めたりはしたんだけど・・・結構しんどくて。 毎日する運動部の人とか凄いなって改めて思い知らされるよ。祐ちゃんたちも頑張ってるから見習わなくちゃね」 二人そろって海に向かって足を進める道すがらそう言った彼女の言葉に隠れている励ましに、裕次郎は何とも言えない表情をした。 事の発端は一ヶ月前、何の因果か高等部に早乙女が臨時コーチとして入ってきた時から始まったのだ。 相変わらずの理不尽な言葉とスパルタな指導は、せっかく中等部で開放されたと思っていた彼らにとって地獄に戻ったようなもので、 特に元々反抗していた凛や、自分の意見をしっかりと持っていた木手とは違い、圧力をかけられた部員は手に入れたはずの自由なテニスが出来なくなる。 部員の士気はみるからに下がった。 しかし流されて早乙女の言いなりだったはずの裕次郎は、面と向かって理不尽な言葉には従わなかった。誰かを傷つけるテニスもしない。 堂々とそう宣言した裕次郎の言葉に部員達も賛同し、早乙女は以前のような権力をもてなくなった。 結果イライラの矛先は当然裕次郎に向き、彼は裕次郎が手を出せない事をいい事に罵声を浴びせたり、時には暴力に出る事も増えてきて、 今日もほんの些細な事で目をつけられた裕次郎が怒鳴られていると、フェンスの向こうから聞こえるはずのない声が聞こえてきたのだ。 ――祐ちゃん頑張って! 唖然と顔を上げた彼の目に映ったのは、フェンスにしがみついてこちらを見ている制服姿の。 思わず声を上げてしまったのだろう。ハッと目を見開いた彼女はそわそわと辺りを見回し、肩をちぢ込ませる。 その時裕次郎は自分は夢でも見ているのではないかと思った。 誕生日だから会いたいとも思っていたし、落ち込んでいたから会いたかった。その思いが幻覚を見せているのではないか、と。 しかし彼女はどうも実物らしく、周りの視線に青くなったり赤くなったりしている姿に凛達が笑っているのが聞こえて、 途端に顔を輝かせた裕次郎は、怒りの消化不足かますます不機嫌になった早乙女の前でガッツポーズをしたのだ。 ――任せろ! 何故彼女が突然現れ、しかも制服を着ているのかも気にならない程上機嫌になった裕次郎は部活をこなし、 部活が終了した途端正気に戻ったように凛たちを問い詰めながら嵐のように着替えて、彼女の元へと走り、現在になる訳だ。 「綺麗!」 いつの間に海についたのだろう。 目の前に広がった青い海と白い砂浜に、彼女は両手を挙げて喜ぶと駆け出した。 とは言えさすが運動神経皆無の女、すぐに息を切らして足を止める。 そんな彼女に思わず噴出してしまい、裕次郎が笑うと彼女は失礼なと眉根を寄せた。 「砂浜を走るのはキツイんです。普通の道だったら、もうちょっと走れますよ。多分」 心外といわんばかりの表情をしていた割りに、語尾には自信のなさが見え隠れしていて、 湿った風が彼女のスカートをバタバタと靡かせる中、彼女は海に首を巡らせる。 「ここはあまり泳いでる人が居ないね」 「サンゴが多いんばぁよ。だからここは観賞用」 「へー」 相槌を打った彼女は、ローファーを砂浜に取られながらよたよたと海辺の方へ歩いて行き、裕次郎は靴を脱いでその後についていった。 育った場所だから光を吸収した砂浜の熱さに慣れてるとは言え、熱い物は熱い。しかしこの方が歩きやすいのだ。 「制服着るの凄く嫌だったんですけど、嬉しいです」 脈略も無くそう切り出した彼女は、風にはためくスカートを抑えると横髪を耳にかける。 「嬉しい?」 「うん。なんか気分は比嘉高の生徒って言うか・・・私も祐ちゃんと一緒に学校生活送りたかったから。 でも多分同学年だったら関わらなかったと思うけどね。運動部ってだけで自分と別人種だと思ってたし」 だからこの歳でよかったのかも、と笑った彼女は出逢った頃とまったく違う姿形だが、 しぐさや笑い方は彼女特有の変わらないもので、裕次郎は思わずドキドキと鳴る心臓を押さえた。 「学生時代制服で遊んだりした事なかったし、部活の応援に行ったりしなかったから凄く緊張したけど、来てよかった。部活中の祐ちゃんかっこよかったし」 「そうか?わんは情けない所見せたなって思う」 一瞬曇った裕次郎の顔を見たは、突然拳を空に突き出すとにかっと笑った。 「任せろ!って言った時、キラキラしてたよ」 祐ちゃんは太陽みたいな人だよ 彼女がよく言う言葉だが、キラキラ光って見えるのはの方だと裕次郎は思う事がしばしばある。もっとも、伝えれば彼女は全力で否定するだろうが。 「こんなに気持ちがいいと歌いたくならない? 船に乗ったり、自然が綺麗な所とか、温泉とか行くとつい歌っちゃって・・・近くに人が居るのに気が付かなかったから恥ずかしい思いする事が多いけど」 「久しぶりにやーの歌聞きたい」 そう言うと、彼女は本当?とおどけて見せて、周りに誰も居ないのを確かめると口を開いた。 ホラ、こうやって何でもないような事でさえ彼女は希望に変えるのだ。 直接言葉にして伝えても暖かいけれど、彼女の紡ぎ出す歌はまるで陽だまりのような心地よさで裕次郎の心を照らしてくれる。 ――けど子どもなのには変わりないから、大人に反抗できないのは当然でしょ? だから、ハイハイ分かりましたよーって聞いておいて、大人が口出し出来ないようになったら自分のしたい事をすればいいんです そしてそれを感じるたびに、裕次郎の胸は熱くなるのだ――早く大人になりたい、と 他人の事にはとても強くなる彼女が自分の事になるととてももろくなる事を知っているから、彼女を守ってやりたい。 そうすると彼女は自分は守られてばかりだと言うだろう、だけど、裕次郎は十分過ぎる程彼女に守られていると思っているからお互い様だ。 「この歌聞くと、比嘉のみんなを思い出すよ」 歌い終わった彼女はそう言って微笑んだ。 「情けなくなんかない。早乙女監督に言い返さない祐ちゃん、かっこよかった!本当に!と、私は思う」 本当にそう思ってるのだろう。彼女の瞳は真っ直ぐと裕次郎を映していて、呆気に取られた彼はにぃっと笑った。 「やーがそう思ってくれたら十分だ!」 ふふと笑った彼女は、ローファーを脱いで靴下を中に入れると波打ち際で足を浸す。 その時裕次郎の携帯がポケットでなって、取り出した彼は画面に「凛」の文字を見ると、何気なくボタンを押した。
(笑)の付け所を間違ってるような気がしなくもないが、それに突っ込むよりも先にこみ上げてきた嬉しさに裕次郎に口角は緩んだ。 「祐ちゃん」と呼ぶ声が聞こえて顔を上げれば、満面の笑みの彼女が両手を広げる。 「誕生日おめでとう!」 飛び出した裕次郎は、はじける水しぶきの中しっかりとを抱きしめた。 後で凛に「最高の誕生日プレゼントだ!」と送ってやろう。 +++++++++++++++++++++++++++++++++ 祐ちゃん誕生日おめでとう!プレゼントは主人公?うーん、主人公からプレゼントはありがちなので、部員からということで(笑) この世に生まれてきてくれてありがとう!大好きだ! イメージ→千綿ヒデノリさん カサブタ(私は清麻呂verをイメージして書きました) |