ドリーム小説

「かくかくしかじかで――」
「…そんな前置きで、事の経緯を聞く日がホントに来るとは思わなかったよ…」

厨房でジャミルと寮生に出くわした事。その際、夕食に誘われた事。じゃあもと言ったら、自分が呼びに行くから構わないと言われた事。

「ジャミルの奴、俺様たちを毒見に使いやがったんだぞ!」
憤るグリムの口を、は塞いだ。
「むぐっ」

「姉ちゃん、ジャミル先輩とは知り合いだし、それならそれでまあいっかと思ったんだけど。途中で具合を悪くしたから休ませてるって聞いて――まあ、だいぶおかしいとは思ったんだよね」
途中まで寮生を帰宅させると言っていたカリム。そんな彼が突然、夕食後には自主学習の時間を増やすといいはじめたそうだ。
「それはもはや、自主ではないんじゃ…?」
「自主じゃなかった、全然。自分は砂漠を歩かなくて良かったって顔しないでよねー。超きつかったんだから」
「さーせん」
へへっと笑って誤魔化す。

グリムがスプーンで床に穴を開けて逃げ出した事、咄嗟に隠れた部屋で魔法の絨毯に助けられた事――逃げ落ちた先が、オクタヴィネル寮のモストロ・ラウンジだった事。

「なんか、ほんと、大変だったんだね…」
砂漠も大概だが、グリムがスプーンで開けた穴に通れる自信がまずない。

「じゃあそのカリム? 寮長は情緒不安定で、こんな事をしているってこと…?」

は唸る。

今まで何でこんな所に閉じ込められているのか、ちっともさっぱり分からなかった。
への人質みたいなものだったのか。だが話を聞く限り人質の必要性も、を合流させなかった事に意味があるのかも、全然分からない。

(くそぅ)
ここから出られた暁には、監禁した癖に会いに来ないとはどういう了見だとめっちゃ詰め寄ってやるつもりだったのに、情緒不安定だなんて言われたら責め辛いじゃないか。

「何というか非常に言いづらいんだけど。カリム先輩は、操られてるんじゃないかって話になって」
「操られる?」
なんだその物騒な響き。
魔法ってそんな事も出来るのか

「それにジャミル先輩が関係してるんじゃないかなあ、と」

ぽかんとしたが、酷くびっくりしたと思ったに違いない。は一瞬迷うような目をしたあと、ジェイドを見た。


「ジェイド先輩のユニーク魔法でね、カリム先輩に聞いたんだって。催眠魔法を使える生徒を知っていますか? って、だけどカリム先輩『言えない』って答えたらしいの。それは珍しい事なんだって」
「……ユニーク、魔法…」
「僕のユニーク魔法、ショック・ザ・ハートは一度だけ相手に真実を喋らせる事が出来るんです」
「んだよジェイドぉ、俺には『ユニーク魔法の内容を他人に明かすのは感心しない』――なんて言ってた癖にぃ」
「おや、アズールが言っていたではないですか。魔法耐性がない人間は例え真実を知っていても防げるものではない、と。ですからさん達にも種明かしをしたのでしょう?」

下唇を突き出したフロイドが、バンと音を立ててベッドに寝ころぶ。足を組んだ。
いやちょっと待って、そこ私が使ってたベッドなんだけど。イケメン嬉しいけどめっちゃ靴のまんまなんですけど。
(まあ言えんがな! ハハハハハハ)

「知らない、じゃなくって言えない、って事だよね。…あの人かな? ジャミル先輩がよく一緒に居る、グレーヘアのひと」
「うん、その人だと思う。カリム先輩の家って、熱砂の国の大商人なんだって」
「この寮にも、すげーお宝がいっぱいあるんだぞ!」
「そんでジャミル先輩のご両親が、そこの従者らしい」
「…なるほど」

察した。
それでスカラビア寮では寮長と副寮長な訳か。
今から宴の準備だと、間に合うか、と泡食っていたジャミルが脳裏を過る。

「それにしても監督生さん、ジャミルさんとお友達と聞いていましたが、全く何も知らなかったんですね。それってお友達って呼べます?」
「だからそもそも大げさなんですよ。…料理を習ったり、私の世界ではこんな調理方法がありますよとか、そんな話しかしたことないですし。…まあでもジャミル先輩が犯人だって聞いて、どちらかと言うと納得しています」
「そもそもカリムさんは、監督生さんにお姉さんが居る事を覚えていらっしゃらないようでした」
グサッと急所に刺さる。
「ここも、荷物を置きたいからと尋ねて教えて貰った空き部屋です。つまりカリムさんは、この件に一切関与していないかと」
「ど、どうりで」
そりゃ待てど暮らせど現れないはずである。


「そういう事なら、あの、私、このままここに居ちゃダメですか?」
「えー、何でー? せっかく助けに来たのに!」
「それはめっちゃくちゃありがたいんだけど。……おかげさまでの無事も確認できましたし、つきましてはもう少しよろしくお願いいたします」


と、頭を下げたをゲテモノを見るかのような目では見ていたが――朝になってもう一度、同じ視線を、今度はジャミルから向けられる事となった。

「なぜ君はまだここに居るんだ?」

まあドアノブがぷらんぷらんしていたら、普通は居ると思わないだろう。
珍妙な物を見るような目から、途端に警戒するような顔付きになったジャミルを見て、喉元まで出かかっていた「理由を聞いてもいいんですか?」という言葉は飲み込んだ。


「ノートも借りっぱなしだったし」
「へぇ」

と事なさげな相槌がかえって来たが、あれ以来、ジャミルは全く部屋に来ない。

ここにいると決めたのはなのでいいのだけれど、ちょっとばかりお腹がすいた。いや、ちょっとではない。ぐぅぐぅ鳴るお腹を持て余していると――ヒィッ――何という事だ、ジェイドがご飯を運んで来た。
話を聞くと、ジェイドとフロイドが支度をして、スカラビアの寮長が鍋を混ぜたらしい。机に影が落ちている。この状況で味なんて分かるかなあ、と恐る恐る料理を一口口に入れて、はカッと目を開いた。

「うっま」
「お口にあったのでしたら何よりです」
「え、これってお魚の出汁ですか?」
「ええ、モストロ・ラウンジには新鮮な魚がたくさんありますので、調理は魚の方が慣れているんです」
「そうなんですか」
学生で学内でラウンジ経営なんてぶっ飛んでいると思っていたが、なるほど出店するだけあってお店の味だ。

「魚がさばけるとか、羨ましい」
「ありがとうございます。では、僕はこれで」


圧力を感じなくなって益々食事が美味しく感じる。アッと言う間に空になった食器に、食べた茶碗は持って行くべきかしらと悩んでいると――ガシャーンと壊れるような音がした。
立て続けにドン、ガシャン、ガラガラとただ事ではない音が聞こえて来る。

「!?」
慌てて部屋を飛び出して、騒ぎの方へ走っていくと、とグリムが居た。オクタヴィネル寮の三人にジャミルも居る。
「ジャミル! もうやめろ、わかったから。お前が寮長になれ! オレは実家に戻るから…っ」
「はぁ? なに言ってんだ。俺の呪縛は、そんなことで簡単に解けはしない。……カリム、お前がこの世に存在するかぎり!」

まさに地獄絵図だ。

! グリム!」
「姉ちゃん!」
「ふな〜〜〜ッ」

ゾンビみたいな寮生をフロイドが千切っては投げ、投げては千切っているのに、まるで効いていない。グリムの火が床を焦がしても、恐怖など感じないように襲い掛かっている。


「ジャミル先輩! 止めてください!!」
思わず叫んだけれど、が止めてと叫んだ所で止めるはずがない。考えろ、考えなくちゃ。

「ジャミル先輩にも妹さんが居るんですよね!? その子は私の妹です、だから…っ!」
「やめろジャミル! やめてくれ!」

ゾンビを押しのけ、必死にジャミルへ駆け寄ろうとしているあの人はきっと――スカラビアの寮長カリムさん。
そんなカリムを煩わしそうに見ていたジャミルが、ふとを見た。その目が一瞬、今にも泣きだしそうに見えて息を飲む。

「いけません、ジャミルさん。これ以上ユニーク魔法を使い続ければ、ブロットの許容量が……!」
「うるさい! 俺に命令するな。俺はもう、誰の命令も聞かない!! 俺はもう、自由になるんだ――――――――!!」


ジャミルの影が長く濃く伸びていく。どんどん空が雲っていって、建物の中にいるというのに、まるで稲妻が走っているような線が見えた。
「オーバーブロット!! 援軍の見込みがない冬休みだというのに厄介な事になりましたね」

髪が、まるで蛇みたいになる。
女の人と見まがうくらいの綺麗な顔に髭が生えて、
ジャミルは壊れた人形みたいに高く笑った。

「無能な王も、ペテン師も…お前らにもう用はない! 宇宙の果てまで飛んでいけ! ドッカ――――――ン!!!」


爆ぜる。
までまだ距離がある。駆け寄ろうとした足が宙に浮いて、は空を掴んだ。


(ヤバイ、このままじゃ……と反対側に飛ぶ!!)


その時。
まるで風が、絡み取るようにを覆った。びっくりする間もなく引っ張られる。ビュンビュン叩きつける風に目を瞑っていると、
「大丈夫ですか? 監督生さん」
「@#%&〜〜〜〜!!??」
硬いものにぶつかって、気が付けばジェイドの脇に抱えられていた。みるみる落下していくというのに、ジェイドの声はとても楽しそうだ。

「行きますよ、フロイド」
「いいよジェイド、ウミヘビくんのマネして〜〜〜〜、ドッカ――――――ン!!」
「ヒッ」

悲鳴はのものだったような、だったような。

とにかく着実と目の前に迫って来ていた砂漠が、突如大爆発を起こした。砂埃を巻き込んだ爆風に頬を打たれて悲鳴も出ない。
弾丸みたいに落ちていた身体にブレーキがかかったのはいいけれど、やったあなんて思えなかった。今度は後方へ向けて吹っ飛んで行く。
「あぁああああああああ!」
グリムの声が細くなっていく。
何十秒、何分なのか分からない。やがて背中からボスンと砂漠に落ちて、ようやくは呼吸の仕方と言うものを思い出したのであった。