ドリーム小説
「そういう所がジャミル先輩を追いつめたのでは?」
「ラッコちゃん、イイコ過ぎるっていうか……。なんつーか、ウザイ」
「そうですねぇ。もし僕があんな裏切り方をされたら……、持ちうる語彙の限りに罵って精神的に追いつめ、縛って海に沈めますよ。
それを自分のせいだなんて、いいヤツを通り越してちょっと気持ち悪いです」

、フロイド、ジェイド。
立て続けにすげぇ畳みかけていく。

仕舞にはカリムは泣くことも忘れて、ぽかんと口を開けていた。
(…私もジャミル先輩のいう事を真に受けて、この人が諸悪の根源だと思ってたからなぁ……)
背中のひとつも撫でてあげたいけれど、どの面を下げて慰めればいいのかが分からない。

「気持ち悪…いや、でも。ジャミルは絶対にオレを裏切ったりはしないはず……」

「いや、めっちゃ裏切ってるじゃん。しかもラッコちゃんに罪を擦りつけて追い出そうとしてたとか、マジでサイテーじゃん」
「卑怯さのレベルで言えば、アズールと比べても見劣りしません。自信を持って裏切者!と罵っていいと思いますよ」
「カリムさんの他人を信じ切った良い子ちゃん発言は、僕やジャミルさんのようにひねくれた…いえ、計算で生きている人種からすれば、チクチクと嫌味を言われている気にすらなります」


小さいころからずっとそうやってジャミルさんを追いつめて来たんですね、あなた。
と、付け加えられたアズールの言葉に、胸のどこかがチクリと痛んだ。

 ――そう言うイイ子ちゃんぶりっ子、やってて疲れないッスか? オレからしてみりゃ、平和にのんびり生きてましたーって触れまわってるみたいで恥ずかしいッスけどね。

「……そうか。ジャミルは、悪いヤツ……なのか」
(悪いヤツ、なのかな、ジャミル先輩が?)

不器用そうな文字が、一杯に並んだノートが脳裏を過る。
(…まあいわゆる良い人ではないのだろうけれど)

でも良い人って言ったってなぁ。
出来ればあんまり思い出したくはないけれど、ラギー・ブッチに言わせてみれば平和にのんびり生きていた十代のでさえ、生き辛さを感じていた。感じる事も多ければ考える事も多かった気がする。

ただでさえ自分で手一杯な年頃なのに、加えて親とカリムの関係性があって、学園生活をしながら人の世話までしなくちゃいけなくて、

「…それなら、早く帰らなくちゃ。アイツを殴って、裏切者!って言ってやらないと」
「一発じゃ足らねぇんだゾ! さらにオアシスまで十往復行進させてやるんだゾ!」
「ええ。それに、早くジャミルさんを正気に戻さなければ、彼自身の命も危ない。彼の魔力が尽きる前に戻らなければ」
「川でもあれば泳いで戻れたのですが……周辺の川はどこも干上がっているようですね」

そういうのをドッカ―ンと打ち上げてしまったら、どんなにスッキリするだろうと――思ってしまったのかなあ。


「川を作ればいいんだな。わかった! 任せておけ。オアシス・メイカー!」
「!」

忙しなく考える頭上に、ぽつりと雨粒が落ちて来た。
どんどん雨足を早めて、砂漠の砂を打ち付けて、立っているのもやっとな雨なのに――とても綺麗で目を奪われる。
「キレイ」

「ではフロイド。川が凍る前に行きましょう。アズール、グリムくん。監督生さん、僕の背中に掴まって」
「小エビちゃんとラッコちゃんはオレの背中ね〜」


カリムはいうであろう「裏切者」という言葉は、長い事自分を抑え込んで来たジャミルにとって、きっと生きやすくなる為に必要なものなんだろうと思う。
「馬鹿め、疑いもせず信じる方が悪いんだろ?」
「正々堂々、オレと勝負しろ。そしてオレから奪った寮長の座……返してもらうぜ」
「奪っただと? ハッ……どの口が!! 俺から何もかも奪ったのは、お前の方だ!」

「ギャ―――!! やっぱりこのバケモノこえぇんだゾ!」

も、今まで三度、オーバーブロットと呼ばれるものを見て来た。腰が抜ける程怖かったし、我ながらよく生きていたなと感心する。
だけど。
「一番になれたと、思ったのに」
「これで自由になれたと、思ったのに」

それはまるで、真っ暗な砂漠に降る雨を見ているみたいな、どうしてだか光ってみえる雨粒を見上げているような――花火みたいな

「わたしは…れいだと思います」
口にしてみると、それはたやすく形を得た。
「わたしはジャミル先輩の事、綺麗だと思います!」
「「「「「「綺麗!!!!?????」」」」」」
全員がギョッとしたのを肌で感じる。だけど振り返る暇なんてない。伝えたい気持ちが走って、はまくしたてた。

「わたしジャミル先輩の事、一生推していきます!!! たとえこのまま、結果的に何も変わらない道を選んだとしても!!
全部が嫌になってドッカ―ンて捨てる日が来たとしても、どんな道を選んだとしても、私はジャミル先輩の事を全力応援しています!!!!!

それくらいジャミル先輩は、とても綺麗です!!!!!」



同日。
冬休みが開けたらモストロ・ラウンジでバイトをする事が決まった。

「姉ちゃんとエーデュースにはぜひ、向こうのオアシスへの行進を体験して欲しかったわ〜」
水で足を濡らしながら言うに、
「ぜってぇヤだ」
「砂漠か…。マジカル・ホイールで走ったらどんな感じなんだろうな」
「へへっ」
と三人で笑っていた時の事である。

「監督生さん、やはりモストロ・ラウンジでバイトをして頂けませんか?」

ぶわっと腕の中に居たグリムが総毛立った。それくらい全く気配がなかった。腕に毛がチクチクしながら振り返ると、にっこ・リーチ。思わずグリムを抱える手に力が籠る。
「ぐぇっ」
「……ジェイド先輩、その件はお断りしたはずでは…」
「ええ。ですが今回、監督生さんの居場所を聞きだしたのは僕です」
「そ…そうですね…」
「別の所へ飛ばされそうになった監督生さんを助けたのも、僕だったはず」
「全くもってその通りです」
それやっぱりあとから対価とか要求されちゃうヤツだったんだ〜〜〜〜〜!

「あの、出来れば他の事で支払わせて頂く事は」

言っている間にもどんどん笑みが深くなっていく。何だそのパターンは。新しい、怖い、新しい。

「そうですね……本来ならば対価として、モストロ・ラウンジでのバイトを提案させて頂こうと思っていたのですが」

そしてまさかの確信犯。
怖い人からちょっとだけ良い人になりかけて、やっぱりただの怖い人だった。
「こういうのはいかがでしょう。もしモストロ・ラウンジでバイトをしていただけるのなら――監督生さんを、どんな魚も捌ける人にしてさしあげます」
「え?」
「もちろん助力は惜しみません」
「やりおるな」とが零す。確かに、やりおる。

「ほ、ほんとですか?」
「もちろん本当です」

「対価を要求したりは」
「いたしません」

「勉強で手一杯なので、あまり頻繁には入れませんけど…」
「シフトは要相談と言う事で」
「あの、でも何でそんな突ぜ…ごほん、親切に……」

触らぬ神に祟りなし。藪は突かない。君子危うきに近寄らず。
常にモットーとして掲げているだが、このウツボに関しては先に聞いておいた方がいいような気がする。
あとから契約の穴とか突かれそうだ。そのつもりなら、今聞いた所ではぐらかされるんだろうけれど。

おそるおそる聞くと、ジェイドは腰を屈めた。

オッドアイに覗き込まれる。
(うわお眼福)

「僕も、監督生さんに綺麗だと言われたくなりました」
「――へ?」
「働いていただけますか?」
「え、あ、は、はい」
「それは良かった」

まるで花が綻ぶように笑うものだから、拝む勢いでガン見してしまった。心の中ではジェイドがビックバンインパクトしている。母ちゃんの為でもなくビックバンインパクトしている。
「では僕はこれで」
おそらく似たような顔を並べているであろうが、去って行くジェイドの後ろ姿を眺めながらぽつりと零した。


「この学校、ほんと心臓いくつあっても足りんな。こえぇ」
「……ほんとそれな…」












そもそも。
監督生をスカラビアに連れて来たのは、妹やグリムが居なくなった事で騒がれない為だった。
だったら夕飯に招待すればいい、あとはカリムを使って上手くやる――

オンボロ寮の監督生とは、厨房で会うくらいで料理の話以外した事がない。勉強だって、友人だって、部活の話だってした事がない。

もちろん学内で見かける事はある。
彼女は大抵、妹やグリム、バスケ部の後輩と居るようだ。
俺はほとんどカリムと居る訳だが――彼女は一度も、カリムについて尋ねて来た事はなかった。
ナイトレイブンカレッジでは当たり前と言ってもいい、カリム・アルアジームの従者であるジャミル・バイパーを、彼女は知らない。

必要以上に踏み込まないし、踏み込まれない。
彼女にとって俺は、料理が得意な先輩ジャミル・バイパー。
そういう空気感が心地よくて、俺は、彼女に会うのは嫌いじゃなかったと思う。

スカラビアの門をくぐって、談話室へと連れて行こうとしたとき。ふと考えたんだ。
このまま連れていけば、彼女はカリム・アルアジームを知ってしまう。ヤツの従者である、ジャミル・バイパーを知ってしまう。


その事がほんの少しだけ、喉を乾かせた。


「――監督生、先に勉強をしないか? 食事なら持って行く」
うつろな目をした彼女が頷く。


何故だか、感じていた喉の乾きが収まった。





「ここでガラムマサラ。ガラムマサラは最後に入れる、香りが消えてしまうからな」
「なるほど」

レシピを書き取っているというより、メモに近いらしい。横目で見ていると、気付いた彼女はさりげなくメモ帳を隠した。
「味見がてら、食べて行かないか」
「えっ、いいんですか!」
「今日は寮ちょ…カリムの部活が終わるまで時間があるからな。感想を聞かせてくれ」

どうやら俺は、カリムと彼女が顔を合わせる事が嫌だったらしい。
それに気付いた時、彼女と話す際、意図的に「カリム」という名を伏せていた自分に気付いた。
「じゃあぜひ! やったー!」

『寮長』が『カリム』になってからも、彼女は別に変わらない。
ただあの日以来、顔を合わせると「ジャミル先輩、今日もめっちゃ美人ですね」と言われるようになった。
男相手に美人はないだろう。それに、美人と言うならヴィル先輩の方がよほど美人だと思うのだが――まあそれが、彼女がいう所の応援の一つなのかもしれない。



鍋を混ぜながら、昼、たまたま聞こえて来た監督生と妹の会話が過った。


『デュースが来てくれなかったらほんとやばかった…!! なんでアンタ、そんな一人でふらふら出来るかな…』
『馬鹿正直に相手するからだよ。そういう時はこう言う。……魔法呪文を使えるのが、お前らだけだと思うなよ?
そうすりゃ大抵のヤツ馬鹿にしてくるから。魔法使えない事茶化して来るから。そこですかさず叫ぶ――エクスペクト・パトローナム!!!!!』
『マジか。守護精霊呼んじゃうか』
『私の守護精霊犬だから』
『じゃあわたし狼な。で、逃げれたの?』
『いや、ビビってる間に逃げようと思ったら、なんか面白がったフロイド先輩が風魔法使って吹っ飛ばしてくれて、思わぬエクスペクト・パトローナムが発動した』
『なにそれめっちゃウケるじゃん。守護精霊ウツボじゃん。えー、わたしもしてみようかな、ルーモス!』
『光付けてどうすんの』
『じゃあやっぱパトローナムかぁ。守護精霊助けてくれるかなあ…デュースだな。デュースに頼もう』
『ひよこの精霊だね』

腹を抱えて笑う監督生が、芝生の上を転げまわる。


「今日もめっちゃ美味しいです。ジャミル先輩のカレー食べてると…辛いのだけがカレーの全てじゃなかったんだなあと…スパイスって、コクが出るものなんですね」
「スパイスの種類は分かっているのか?」
「ぐっ…今までいかに自分が言葉に頼って生きて来たかが身に染みている所で…正直、見た目じゃ全然分からないです。あ、でも最近スマホでもちょくちょく調べてるので、そのうち覚えられると思います」
「そうか」

案外つまらなそうな声が出た自分に驚く。
「はあ……メモ帳を貸してくれ」
「え、それはちょっと無理というか」
「君にはノートを貸しただろう。ほら」
「く…それを言われると弱い…」

嫌々渡されたメモ帳には、見た事もない文字が並んでいる。その端に、作ったカレーのレシピを書き添えた。

「君はまず文字に慣れるべきだな。好きなものだと覚えも早いだろう」
「あ、ありがとうございます」

驚く顔をするな、こっちだって驚いているんだ。

「別にかまわない」
まあでも、悪い気はしない。


なんてことない顔をして聞いてみるか。
きっと君はすごく驚くだろうが、こちらから言わせてみればざまあみろだ。


「食事のついでだ。君は今日――どんな一日だったんだ?」
「……………えっ!!???」