ドリーム小説
「似合わないッスねぇ、監督生くん」
シシッとオマケの笑い付きで言われて、は「どーも」と気のない相槌を打った。
オンボロ寮のサウナ状態にも困ったものだが、ラギー・ブッチ先輩もにとっては同じくらい困った人である。
ナイトレイブンカレッジに入学してすぐ。
授業終わり、ゾロゾロ出て行く人波に圧倒されて、うっかりドアノブから手を離すタイミングを見失ってしまったあの日から、ラギー・ブッチは決まってご機嫌斜めな時に話かけて来る。
(この面子だよ? 似合ってなくてしょうがないじゃん)
だからこれは、おそらく絡まれているのだ。
はじめは真摯に答えていたが、それにも飽きて来た今日この頃、はこっそりため息を吐いた。
(荒むのは止めよう。ジャミル先輩が勿体ない)
フェアリーガラ潜入、ティアラのすり替えだなんて、出来るものなのだろうかと不安しかなかったが、クルーウェル先生は天才だった。
白い衣装に銀の刺繍が施されたジャミルは、妖精を通り越していっそ天使に見える。
隣のが携帯カメラを起動したまま、「やべぇレオナ先輩がSSR過ぎてしんどい」と欲望と理性の挟間で戦いを繰り広げるのも分かるというもので、は大きく頷いた。隠し撮りは無理なものだろうか。家宝にするのに。
そんなSSRレオナ先輩は――歩くと何だか、物凄く残念になる。
「足が地面を擦ってる。姿勢も悪い。歩くときに頭が揺れるし、肩で風を切っててガラが悪い! 王子の肩書が聞いて呆れるわ。玉子の間違いなんじゃないの?」
「えぇぇえええ、あれはあれでギャップ萌えだと思うんだけどなあ」
「そうなってくると問題は、妖精にギャップ萌えと言う概念があるかだね」
「無い事とかある?」
「いやあるだろ」
は全然ピンと来ない顔をしている。贔屓目がすごい。
こうしてヴィル命名「ティアラも視線も独り占め大作戦」は、レオナのウォーキングと、ジャミルとカリムのダンスが鍵を握る事になった。
「――本番は明日なんだぞ、カリム。もっと集中したらどうだ?」
「ジャミルも人のことをとやかく言える立場? 正直、今は三人の中でアンタが一番ひどいわ」
「なっ!? 俺ですか!?」
「そうよ。もしかして、自分は問題ないなんて思ってた?」
「…はい。ダンスは昔からやっていましたし。今回の振り付けも完璧に覚えました」
「それだけじゃダメ。。アンタはジャミルのダンスを見ていて、どう思った?」
「め」
「まるで一人で踊ってるみたいでした」
に横入されて、は目を剥いた。
「え、どこが? すごい良いと思うけど」
「姉ちゃんの贔屓目がえぐい」
「マジで? ……そうかな…」
確かに『ジャミルを全肯定し隊』隊長を務める身としては、多少の贔屓目があるかもしれない――よくよく考えてみれば、そもそもジャミル以外見てなかった気もする。
たじろいでいると、海より深いため息をラギーが零した。
「一応監督生くんはオレ達のお目付け役なんッスよね? こんなんじゃオレ、フアンダナー」
「…うっ」
いや、確かに、器用でない自覚がある以上、この件に関しては推しが弊害になるかもしれない。事はオンボロ寮、ナイトレイブンカレッジにとっても一大事なのだ。
「分かりました。…気を付けます…」
(全部終わったら、お願いして写真を撮らせて貰おう。それを励みにジャミル先輩は見ない。極力見ない!!)
ぎゅぅっと瞑った目で決意新たにしたにも関わらず、開くなり瞳はジャミルを映してしまった。
宝石をすり替える手伝いを提案されて、不機嫌そうなジャミルと目があう。
「ダンスの担当を外れる気はない。……ヴィル先輩、少し時間をくれませんか? 自分の力で答えを見つけたいんです」
「いいわよ。その代わり、明日までにはどうにかしなさい」
「わかりました」
そんなこんなで不安なまま迎えたフェアリーガラ当日。
初っ端から、カリムの姿が見えなくなると言うトラブルに見舞われながらも、レオナやジャミル、カリムと別れ、とはグリム、ラギーと一緒に人波ならぬ妖精波に紛れて身を隠していた。
「二人とも、グリムくん、よく聞いて。女王の頭から本物のティアラを取って、偽物をのせるのは、一番手先が器用なオレがやるッス。グリムくんと監督生くんは警備員が来ないか見張る係。くんはショーをよく見て……ティアラをすり替えるタイミングでオレに合図してください」
「了解です、ラギブチ先輩」
「了解です」
「監督生くん……ジャミルくんにうっかり見惚れて、なんて事は止めて下さいよ。ただでさえ鈍臭そうなんッスから」
ほんと! 一言!! 余計!!!
「ちゃんとステージは諦めてます!」
「それが懸命ッスね。くんはオレのスマホに、一秒コールして。番号はコレ。音は切ってるから安心していいッス。会場が一番盛り上がった瞬間に合図をください」
「ラジャー」
「勝負は一瞬ッス、気を引き締めて」
緊張してきた。
心なしか、の表情も強張っている。責任重大な事を任せてごめんね、と胸の内で謝りつつ、はでいっぱいいっぱいに固唾をのんだ。
「続きまして………エントリーナンバー14。今年初参加のグループの登場です! グループ名は……『俺と召使』?」
「……なんっつー名前付けてんスか、レオナさん…」
ぽつりとラギーが零す。
最初は伺いみるような雰囲気だった会場が、徐々に熱を帯びていく。拍手が鳴って、歓声が響くのを遠く聞きながら、とグリムは手分けして辺りを見回した。微かに聞こえて来る、携帯の震える音――と思ったら、ラギーは目にもとまらぬ速さでティアラをすり替えた。
「十秒もいるもんか。レオナさん、オレを侮りすぎっスよ。シシシッ! さ、逃げるッスよ!」
そこからはと合流して、亜熱帯ゾーンまで一気に抜けた。
「ほら、早く早く!」
急かすラギー・ブッチが速すぎる。猫科と思われるグリムだってひぃひぃ言っているのに、とはとにかくもうがむしゃらに足を動かすしかなくて、ぽつりと雨水が落ちて来た事にすら気付かなかった。
「ぶわっつめてぇっ!? なんだ!? 雨が降って来たんだゾ!?」
「違う、これは………植物園のスプリンクラーッス! やばい、亜熱帯ゾーンにはスコールタイムが設定されてたの忘れてた…! このままじゃ……」
「水で『妖精の粉』が全部落ちちゃうんじゃ!」
「やばいっ、誰か来る!」
物陰に隠れるッス!
言うや否や、ラギーはびっくりするようなスピードで距離を詰めて来た。驚く間もなく腕を取られて、木陰に引きずり込まれる。おまけに口まで塞がれて、は見開いた目のままを探した。
「大丈夫、姉ちゃん。ここにいる」
「なんだ……? このあたり……すごく、人間くさい!」
「妖精の祝賀に人間が紛れ込んでいたのか? なんと不敬な」
「匂いが近い。どこに隠れている! 出てこい!」
心臓が早鐘みたいに鳴っている。
どうしよう、どうしたらいいんだろ、忙しなく脳裏を駆け回るくせに、一向に案が浮かばなくて焦れる。どう考えたって、一番足が遅いが囮になった方がいいのだろうけれど、妖精に捕まったら何されるのか
「おい、お前」
「レオナ先輩!」
が感極まった悲鳴をあげる。
そんなになのか、驚くラギーになのか、フッと不適に笑ったレオナは「今のうちにさっさと行け」と唇を動かした。揃って方向転換、息を殺して、物音を立てないように、気が気じゃない。出口までの道のりを異常に遠く感じながら――たちは這う這うの態で植物園を抜け出した。
「作戦、大成功…」
「コレで快適な学園生活が戻ってくるんだゾ! イエ―――ッ!」
グリムとラギーがハイタッチしている。
裏口から出て来たショー組と合流して、やっと生きた心地を取り戻したはふらふら地面にしゃがみこんだ。ここの学園生活は、何て心臓に悪いんだろう。
「レオナ先輩、写真お願いしていいですか!」
「あぁ? 嫌に決まってんだろ」
「ラギブチ先輩、お願いしやッス!」
「シシシッ、約束忘れないで下さいよ? ……ラフ・ウィズ・ミー!」
「テメェ、ラギー!」
「あざーっす!」
が連射している。カシャシャシャシャシャという凄まじい音を聞きながらへたり込んでいると、影がかかった。見上げると、満足げな顔をしてが汗を拭っている。
「姉ちゃんもほら、写真撮って来なよ」
携帯を受け取ったものの、歩き出そうとして、は立ち止まった。ラギーを見る。言うべきなのか、言わぬべきなのか、迷って迷って――そろりと口を動かした。
「さっきはその、庇っていただいてありがとうございました」
自暴自棄になって飛び出そうとした時、ラギーはを後ろへ追いやった。あの時は気のせいかと思ったけれど、冷静になって思えば、確かに庇われていたのだろう。
「礼なんていいッスよ。ただ…オレの育ったところじゃ、ああいう覚悟の決め方をしたヤツはまず死ぬッスから、監督生くんも気を付けた方がいいんじゃないッスかねぇ?」
ぞわりと産毛が逆立つのを感じる。
「…気を付けます」
頭を下げて、は走った。謝った、謝っただけ偉いぞ、あとは次から気を付ければいいんだ。大丈夫、大丈夫。
ジャミルとカリムに合流して、呼吸を整える。あとは写真を撮ってくださいと頼めばいいだけだ。ジャミルだってこの間、仲は悪くないと言ってくれた。きっと大丈夫。
「あの」
おっかなびっくり口を開くと、カリムがにっこり笑った。
「なんだ? 監督生、写真か?」
は無我夢中で頷く。
「写真、いいですか!?」
「もちろん! ジャミルもいいだろ?」
「ああ。――それは構わないが」
カリムがジャミルの肩に手を回して、ピースしてくれる。すごいファンサだ。のように連射する勇気はないけれど、ちゃっかり三枚は撮らせてもらった。
「ありがとうございます、カリム先輩!!!!! ジャミル先輩!!!!! 家宝にします!!」
わっしょい、これで憂鬱だったフェアリーガラの元は取った。朝昼晩眺めて生きよう。スキップしていたは不意に肩を掴まれて、振り向きざまに聞こえたシャッター音に、耳を疑った。
「ほら、もう一枚」
ふわりと香る良い匂い。待って、今どんな顔しているか分からない。耳が灼熱みたいに熱くなっていく。
「ちょ、待って、ジャミル先輩」
っていうかジャミル先輩の横に並んで映るとかいっそ辛い。
「死ぬ、死んじゃう」
「死ぬ訳ないだろう」
そんな写真残しちゃ嫌――――っ!
「ジャミル先輩の横に並ぶとか無理です…無理!」
「無理じゃない。ホラ、撮るぞ」
思い切り目を瞑ってしまった。
案の定目も当てられない写真が出来上がって、は泡を食う。
「消しましょう。消してください、いま! すぐ!」
「じゃあ、君はいらないんだな?」
「いります! わたしはいります! 送ってから消してください!!」
「ならアドレスを教えてくれ」
「分かりました。送ったら消してくださいね!?」
「ああ、もちろん」
その光景を見ていたラギーは、ふと肩に重みを感じて首を巡らせた。肩に顎を乗せたレオナがニヤニヤ笑っている。
「なあラギー、お前がそんな思春期野郎だったとはなぁ」
「思春期? 何言ってんスか?」
「………無自覚か…」
「? 変なレオナさん」