ドリーム小説
「小エビ妹みーっけ」
キュ、と後ろから襟を掴まれて首が絞まる。
想定していた量の酸素を吸い込めず、喉が詰まってケホ、と咽せると彼は掴んでいた襟を離してくれた。
「あれぇ?だいじょーぶ?」
「けほけほ、大丈夫、です。
フロイド先輩。これから錬金術の授業ですか?」
咽せた拍子に浮かんだ涙を拭いながら振り向くと、白衣姿のフロイド。彼は「そ、」と言いながら眉間に皺を寄せた。どうやら気乗りしていないらしい。その表情になんだか嫌な予感が脳裏を駆け抜けていった。
「あ!そーだ。小エビちゃん、オレと遊びに行こ?」
いいこと思いついた、と言いたげにフロイドは不服そうだった顔を一気に明るくして笑った。その笑顔に釣られて頬が緩みそうになって、慌てて引き締める。
「だ、ダメです!これからクルーウェル先生の魔法薬学の授業があるので…」
悪い予感大当たり。
言いながら、後ろに下がって距離を取る。愛しのクルーウェル先生。あの顔面を拝める授業をそう易々と放り出すわけにはいかない。それにテストでいい点を取ってGoodBoy!と褒めてもらいたいから、ちゃんと授業を聞かないといけないのだ。
1メートルほど距離ができたところで、はさっと翻って走り出した。少し遠回りにはなってしまうけれど、グルッと回って教室まで行くしかない。振り向き際に見えたフロイドの顔はどうでも良さそうだったから、追いかけてこないかも。なんて
「なぁに小エビちゃん。オレから逃げられると思ったの?」
走り出して数秒後。耳元で甘ったるい声が聞こえたと思った瞬間、グ、と身体中を締め上げられて、息ができなくて意識が遠のいていった。
数ヶ月前。通勤のため駅へ向かう途中に馬車に撥ねられた。
意味がわからないだろう。そりゃそうだ。当の本人でさえ意味がわからなかったのだから。
暗転した世界から再び意識が浮上すると、そこは宗教団体の儀式の間。のように思えた。この時代にこんな大規模でかつ大勢信者のいる宗教団体なんてあったっけ。それならニュースで取り上げられていると思うんだけど…。混乱する頭で考えていると「…?」と声をかけられた。
その声は、最近聞いたようで、それでいてひどく遠い昔に聞いたような声だった。振り向くと、姉がいた。しかも、十何年前の姿で。
「ん?は?なに?姉ちゃんなんでここにいるの?ここどこ?てかいつの間に宗教にハマってたの?しかもなにその姿。コ◯ン君ばりの若返り薬でも開発してんの?この宗教団体」
「いやいや落ち着いて。私もすごく混乱してるけど落ち着いて、」
黒い美しいローブを羽織った若かりし頃の姿をした姉は、の肩に手を置いた。その手を視線で追いかけて、自分も同じようにローブを着ていることを認識した。
「なぁんです?また増えたんですか?困りますよ全く。イレギュラーは一度にそう何件も発生しないでもらいたいのですが…」
姉の後ろから現れたのは、ボロボロになってぐったりした狸サイズの猫を抱えた、烏仮面のオジサン。いやもう情報量ッ!遠い目をしたに「わかる…」と隣でが小さな声をこぼして頷いた。
適当烏仮面オジサンと先にいたの説明はこうだった。どうやら手違いで異世界トリップしたらしい。(どういうこっちゃ)
そして姉妹はどちらも外見が16ほどに若返っていた。(見せられた鏡で自分も同じように10年ほど前の姿になっていることが判明した。普通に叫んだ。)
学園長と名乗る適当オジサンの、自分の責任逃れ含む情け深ぁ?い慈悲の心のおかげで、姉妹はこの魔法学校(男子校、ここ重要)に通うことになった。(魔法ってなんやねんって心の中で100回くらい突っ込んだ。)
魔法が使えない二人の人間と、同じタイミングで入学式(宗教団体の儀式と思しき景色は入学式だったらしい。ドン引き。)に紛れ込んでいた魔法が使える魔獣。3人合わせて一人の生徒。そんな適当な言い逃れで、どうにかこうにか辻褄を合わせて元の世界に戻れるまで、この世界で生活することになったのだった。
ぱち、と瞼を開いたの視界いっぱいに、フロイドが映った。うわー国宝級イケメン肌白乾燥知らずタレ目かわよこの世界の人間顔面偏差値高すぎてヴィル先輩にジャガイモと呼ばれても何の抵抗も感じなかったもんなー。
「なにぼーっとしてんの?」
「イケメンですねフロイド先輩」
「あはっ。小エビちゃん絞め落とされて起きて早々そんなこと考えてんの?わけわかんねぇー」
そうだった。絞め落とされて…クルーウェル先生の授業ッ!!!
あぁ…フロイド先輩に捕まったと弁明しても課題めちゃめちゃ出されるだろうな…それでも後でちゃんと謝りに行こう…
「ねーねー何して遊ぶ?オレー、放課後まで暇ァ」
中庭の草むらに雑に転がされていたの隣で、フロイドはあぐらをかいての顔を覗き込んでいた。これが最後の授業だったから、それならフロイドと遊んでから帰りのホームルームには行けるだろう。そのタイミングでクルーウェル先生に土下座だな。
「今日はモストロラウンジですか?」
「そー。今日から新メニュー出んの。オレが考えたやつだから、ちゃんと行かねーとアズールに怒られんのね。でもーなんかそんな気分じゃなくなってきて帰って寝んのもありかなーって」
がゆっくりと体を起こすと、今度はフロイドがパタリと草むらに寝転ぶ。ふぁ、とあくびをこぼしたフロイドの顔を、今度はが覗き込んだ。キラキラした目に、フロイドはパチクリと瞬きする。
「フロイド先輩が考えたメニューって、どんなのですか?!」
「シーフードオムライス。
エビの入ったピラフに、ふわふわ卵のオムレツのせんの」
「うわぁー!モストロラウンジに合いそうなメニューですね!想像したらヨダレ出てきました…お腹すいてきた…心なしかフロイド先輩から美味しそうな匂いがします」
クンクン、と鼻を鳴らし出したに、フロイドは楽しそうに両端の口角をゆっくり持ち上げた。
「そーだぁ。小エビちゃん。オレぇ、いい遊び思いついちゃった」
「?なんですか?」
首を傾げたに、フロイドは体を起こしてマジカルペンを胸ポケットから取り出して見せる。
「これから放課後まで、オレの魔法ぜぇーーんぶ避けたら、すんげー美味いシーフードオムライス食べさせてあげんね?」
「ん?!え…は?!」
「だいじょーぶ。痛くないように、色変え魔法にしてあげるー」
言うなり、ヒョイとマジカルペンを振り下ろした。シュン、と音がして、の手元に転がっていた小石が真っピンクに姿を変える。その光景にの顔色がサッと青くなった。
帰りのホームルームすら行けなくなっちゃう!でも逃げ切れたら夕食食いっぱぐれることはない…?いやいやまず逃げ切れる自信がない…!!
は勢いよく立ち上がって、一目散に駆け出した。元の世界から来た時から身につけていた腕時計を確認する。放課後まで、あと30分。
「んでねんでね!小エビ妹マジでうけんの!かくれんぼしたりー、いい感じで物陰に避けたりして、オレから逃げ切ったんだって!」
「よかったですねフロイド。さんは瀕死状態のようですが」
「感謝しますよさん。フロイドは今日、あまり授業にも仕事にも気乗りしていないようでしたから。あなたのおかげでフロイドが逃げずに仕事に来てくれました」
「それは…どうも…」
フロイドの小脇に抱えられたはげっそりした顔でアズールに短く返事をした。「約束守ってあげんね」と上機嫌のフロイドがをソファ席に座らせてキッチンの方へ入っていく。
「dead and alive…」
「うまいこと言ってないで、サボった授業の課題をどうするか思案した方が良いのでは?」
「アズール先輩のイジワル」
「相当の対価を支払ってさえいただければ、お手伝いして差し上げますよ」
「ケチ」
底ついた体力では単語でしか会話ができない。鼻で笑ったアズールはジャケットの裾を翻して店の奥へ消えた。今日から新メニューが出るのだし、客はこれからどんどん増えるだろう。さっさと食べてさっさと帰ろう。姉とグリムにも、ご飯先食べたって言わないとな。
「はい、小エビちゃん。
オレの考えた新メニューの、お客さん第一号ね」
キッチンの方から湯気ととてつもなくいい匂いを立ち上らせながらフロイドが現れた。ことん、と目の前に置かれた更にはゴロゴロとしたエビとイカの溢れるピラフ。その上にちょこんと乗っかる綺麗に包まれたオムレツ。ナイフをオムレツに滑らせると、トロリとこぼれ落ちるようにオムレツがピラフを包んだ。
「いただきます!!」
スプーンをピラフに突っ込んで、卵と一緒にかき分けながら掬い取る。口に入れた瞬間、鼻を抜けるシーフードとパセリの香り。ツヤツヤで弾力のあるピラフをじゅんわりとした卵が包み込んでいる。
「おいしいです!あぁーフロイド先輩と遊んでよかったぁ」
こんなに美味しいご飯を作れる高校生なんて会ったことない!本当に高級レストランで出されておかしくない味だ。ガチで肺と足が死にかけたけど、これは頑張った甲斐があると言うものだ。頬に手を添えて思わず口にした言葉に「あは、」と隣から笑い声が聞こえた。
「んなこと言うやつ、初めて見たぁ。
さっきまで、死にかけてたくせに」
タレ目をさらに目尻を下げ笑うフロイド。逃げ切ってチャイムが鳴った時と同じく、心底楽しそうな顔をしている。彼の不服そうな顔は心臓に悪いが、この顔はとてつもなく可愛らしいと思う。
「ねぇ小エビちゃん。気が向いたら、また飯作ってあげんね」
「今度はゲームなしでおなしゃす…」
「あはは、やーだよー」
「フロイド!ミーティングの時間ですよ!」奥の方からアズールの怒鳴り声。フロイドは「ゆっくり味わって食ってね」と告げると、スキップしながら店の奥へ向かった。
できることなら、彼にはずっと上機嫌でいてほしいものだ。はそんなことを思いながらフロイドの背を見送って、はてさてクルーウェル先生の課題をどうしようかと頭を悩ませながら二口目を口に入れた。