ドリーム小説 「エース、だったよね?さっきの授業、先生の言ってることはわりかし理解できたんだけど、プリントの文字が解読不可能で…ちょっとだけ教えてくんない?」


オレと同じ。
容量良くて、人当たりが良くて、大抵のことはそれなりにできる。

双子の割に、きっちり妹らしい性格してやんの。
完璧弟気質のオレとしては、系統同じだからやりやすい。
連むようになって、最初はそれが居心地よかった。


でもオレ、気づいちゃったんだよね。


お前ってオレと違って
意外と努力型で、適当にいい感じってよりかは自分のやりたいことがちゃんとあるタイプで、あと変なところ度胸ある。


「よっしゃ飛ぶぞグリム!」

「おー!なんだゾ!」


バルガスの飛行授業。飛べないは見学のはずなのに、「飛んでみたい!」と目をキラキラさせたが何を思ったのかこのメンツの中で1番飛行が不安定なグリムの箒に飛び乗った。

本人曰く「グリムとセットで生徒だから当たり前じゃない?」だそうで、引き剥がそうとするをひらりと避けてグリムと共に地面を蹴った。


「ちょっと待った!!危なすぎる!」
「おい!二人とも止まれ!」
「わあああグリムクン!サン!」
「アイツら高く上がりすぎだ!」
「人間があの高さから落ちたら死ぬぞ!!」



チ、と舌打ちしてから箒に飛び乗る。ほぼ直角に空へと急上昇しているバカ一匹とバカ一人が乗っている箒へ向かってこちらも上昇しようとして、空を見上げて息を呑んだ。「わぁ!」なんて間抜けな声を出しながら、ポロリとが箒からこぼれ落ちた光景が映ったからだった。


出せるだけのスピードを出して、落ちていくの真下に急ぐ。あのバカ。ほんとバカ。救いようのないバカ。地面まであと3メートルのところでなんとかの腰をキャッチして、反動をいなすために下降。の足は地面からほんの数センチ浮いていて、あと少しオレのコントロールが悪ければこいつの足は折れてたかもと思うとゾッとする。



「マジで死ぬかと思ったッ!さすがエース!ありがとー!」



地面に下ろしたがアハハ、と笑った。その笑顔に、何かがプツンと切れた。「あのさぁ」走って駆け寄ってくる5人が何か言っているけれど、耳に入れずにを見下ろした。



「お前マジでいい加減にしろよ」




箒を地面に叩きつけて、その場を去った。腑が煮えくり返って吐きそうだった。オレがいなかったらお前本当に死んでたから。オレがちょっと下手こいてたら、大怪我してたから。なのにヘラヘラ笑いやがって。マジでいい加減にしろ。お前に振り回される身にもなってみろっての。


腹立つ。腹立つ。
死にそうだったのに大して反省してなさそうなアイツに腹が立つ。なにさすがエースって。オレがフォローする前提なわけ?それなら最初からオレのこと頼ればいいじゃん。飛んでみたいってオレに言えばよかったじゃん。アイツにとって頼れる奴じゃなくて、なんかあった時助けてくれる奴らのうちの一人だって言われてるみたいで、吐きそうなくらい腹が立つ。





「エースが口きいてくれない」

が悪いだろ。あの後もちゃんと謝ったのか?エースに」

「謝ったけど無視された。エースがブチギレすぎていつも怒る担当のですら慰めてくれた」

「ふなぁ。オレ様は普通なのにだけって、なんかおかしいんだぞ」


いっそ潔いまでの無視っぷり。
あれから放課後まで一度もエースがと目を合わせることはなかった。あまりにもしょんぼりしているに「まぁエースもそのうち飽きるさ」とデュースが肩を叩く。


「だといいけどねぇ…」



あの怒りっぷりは、そのうちで飽きるようなものではないと思う。はどうしたものかと思いながら、はぁ、とため息をついた。






「…お前らまだやってんのか」

眉間の皺を指先で押さえたジャックに「困ってる」と正直に告げるとわざとらしくため息をつかれた。そんなふうにため息をつかれたって、ため息をつきたいのはこっちだし、なんならここ数日ずっと無視されるたびにため息をついている。


先週ぶりの飛行授業へ向かう途中、たまたまジャックたちと合流した。「エースクンは?」と尋ねたエペルに「アイツは最近あのグループとつるんでる」とデュースが遠くワイワイと騒いでいる数人組の方を指差して、その会話に至ったのだった。



「ううん…困ってるんだけどなぁ。こういうの久しぶりだから正直どうしていいのやら」

「たしかに…この年頃じゃないとないよね正直こう言う場面」

「それなぁ」



姉妹二人、並んで難しい顔で首を傾げる。
赤の他人とここまでコミュニケーションを取りながら長時間過ごす場面なんて学生くらいしかない。大人になると誰かに怒ることも怒られることも気力を使う。それをみんなある程度理解しているから、すぐに妥協点を見出す作業に移ることができるのだけれど。



「っていうか、アンタがちゃんと悩んでるの珍しいね」

「はい?」

「いや。すぐ、どーでもいーや!連むのやめりゃ終わりっしょ!一人で平気ヒャッホーイ、て切り捨てるもんだとばかり」

「なるほど確かに。私ならするな」



真顔で頷いたに、エペルがクスクスと笑った。


さんは、知り合いになる最初の一歩が軽快で、だからこそ去り際も簡素なのかな」

「そう言われてみるとそうなのかも。うーーん、でもなぁ。エースはなぁんか嫌なんだよね」



難しい顔のまま逆の方へ首を傾げたに「ほう。何故だ」とセベクが尋ねる。は遠く小さく見えるエースの背を見つめた。



「なんでだろうね」







飛行授業を終え、運動服から制服に着替えたはプリント片手に走って運動場へ戻っていた。前回の反省文を言い渡されて、そのプリントをカバンに突っ込んだままで提出していなかったことを思い出したからだった。バルガスも忘れている可能性があるけれど、もし後で思い出されでもしたら倍以上に課題を出される確率が高い。


走りながら、向かいから男子集団が歩いてくるのが見えた。風に舞って制汗剤の匂いが鼻をつく。男子高校生って感じ、なんてほくそ笑んでいると、その中にエースの姿を見つけた。彼もこちらを見て視線があったが、すぐにフイとそらされた。もう慣れたしいちいち傷つきませんよーだ。


なんて考えていると、ビュン、と廊下を突風が走り抜けた。2階の吹き抜け廊下はこうして時折強い風が吹く。思わず目をつぶって顔を腕で覆った拍子に、ひらりとプリントが風に持っていかれる。ハッとして慌てて手を伸ばしたけれど、プリントはするりとの手から逃れて吹き抜けの向こうに生い茂った木の枝に引っかかった。


手を伸ばせば、ギリギリ届くかも。




ってさ、まず一人でなんでもしようとするよな。んで結局できなかったり失敗したりして、誰かに助けてもらうパターン多すぎ。最初から誰かにお願いして助けてもらおうとか思わねーの?』




先日のクルーウェルの課題をエースが手伝ってくれた時。
なんとか日付が変わる前に終えてヘトヘトになった帰り際に、エースに言われた言葉。



誰かに、助けを



思わずエースを振り向いたけれど、彼は相変わらず隣の男子と楽しそうに話している。ダメだ。やっぱり自分でなんとかしないと。

吹き抜けの煉瓦に身を乗り出す。2階だというのに、この由緒正しい歴史ある学校の造りは立派なものだから、普通のマンションのおよそ4階くらいの高さだ。落ちたら死ぬ。でもきっといける!ピョン、と飛び跳ねて、左手はレンガの上で体を支え、木の方に右手を目一杯伸ばした。右手がプリントを捕まえて、ヨシ!と思った瞬間に左手がずるりと滑る。



あ、やば



勢いよく左手が吹き抜けの外へずり落ちて、そのまま上半身から転げ落ちた。




!!!!」




エースの声だった。
久々に、名前呼ばれたなぁ。そんな呑気なことを考えながら、どうにか受身が取れないかと両腕で顔を覆って身構える。

地面にぶつかる。

そう覚悟を決めた瞬間に、地面との間で何かにぶつかりぽよんと跳ね返った。そのまま弾けて、パシャ、という音と共に身体中ビショビショになってしまった。





「バカ!!お前ほんとバカ!!!
そこ動くなよ!!!わかったか?!」





2階の吹き抜けから身を乗り出して叫ぶなり、エースはダッシュしてどこかへ消えた。ぽかんとしている間に階段を降りてきたエースが駆け寄ってきて、腑抜けたままのの腕やら脚やらを怪我していないか確認し始める。



「なんなのお前ほんとマジバカすぎ!
よかった…怪我してねぇ。オレ水魔法あんま得意じゃないし下手してたらどうしようかと…」

「ふ、ふふふ」

「はぁ?!なに笑ってんの?!オレまだ怒ってんだけど?!」

「アハハ!プリント、水浸しになっちゃった!アハハハ!」

「だぁから!お前はまず自分の命の心配をしろって!」



怒鳴られてもひぃひぃ笑い続けるに、エースは「あ?もう!」と頭を抱えた。は目元に浮かんだ涙なのかエースの魔法で濡れた水滴なのかわからない水を拭いながら、エースの腕を掴んだ。「なに」と不機嫌そうにを睨むエースに微笑む。




「エース、ごめんね。あと、ありがとう。
エースがいないと、私いつか死んじゃうかもしれないから、やっぱり仲直りして?」




ね、と首を傾げたに、エースは何かいいたそうに口をモゴモゴと動かしたけれど、結局はぁーと長いため息に変わった。




「腹立ってたのどーでもよくなったわ。
ほら、風魔法で乾かしてやるから立てよ」

「わ!プリントも乾く?!」

「乾くけど文字は判別不可能」

「意味ないじゃん!」




を立ち上がらせると、エースはマジカルペンを取り出してくるりと回した。柔らかい風がを包んでくるくると回っていく。風が舞う音と制服の衣擦れの音にまぎれて、小さな声が聞こえた。



「オレも、無視してゴメン」




聞こえるか聞こえないかくらいの、ほんの小さな声。
は思わず頬が緩んだ。そうか、なるほど。気づいてしまった。後でセベクに教えてあげよう。


私と違って、エースのなんだかんだ素直で、人のことを見限ったりできずに、放っておけない優しいところが好きだからかな、って。