ドリーム小説
「あ、ラギブチ先輩!しゃっす!」
ラギーは購買で購入した昼食をレオナに届けた後、食堂にきたところだった。顔を明るくして声をかけてきたのはで、彼女は抱えたトレイからスープがこぼれるのではないかというスピードで駆け寄ってきた。
「変なあだ名で呼ぶのとジャックくんのマネして体育会系でくるのやめてもらえないスかね、クン」
「ウッス!」
「あれぇ?学園の自動言語翻訳魔法の効果切れるんスかぁ?」
「ところでラギブチ先輩」
「ガン無視っスね」
「今週の金曜日シフトダブりそうで。ラギブチ先輩が空いてるなら、紹介しましょうか?」
こちらを見上げる瞳は細まっているはずなのに、奥できらりと光っている。獲物を見つけた肉食動物のそれと似ている。ラギーは「金曜日スか」と繰り返しながら数秒考えると、彼女と同じように目を細めて「シシシ」と笑った。
「どーも。ちょうど空いてて困ってたんで、お言葉に甘えよーかな」
「あざす!ちなみに今回も"アレ"譲ってもらえます?」
「きっちり対価の支払いを求めてくるところ、嫌いじゃないっスよ」
「へへへ、ラギブチ先輩にここでの生き方教わったようなもんなんで」
なんでもいいのでバイト口教えてください三日間私の昼食代でドーナツ奢るんで!と泣きついてきたのがつい昨日のことのようだ。けれど今ではすっかりラギーにも負けず劣らずのアルバイト網を張り巡らせている。
率先してやったわけではないが、ラギーが狩りの仕方を教えてやったようなもの。今ではこうして餌を共有してくれるようになったのだから、先行投資の重要性が身に染みる。なにも見返りを求めていないわけではなく、彼女は彼女なりに目的があって餌を共有しようとしているだけなのもわかっているが。
「へえへえ。じゃ、交渉成立っス。ま、オレは一石二鳥なんで、対価にすらなってないんスけどねえ」
いいんです。悪そうな顔からにこにこ笑顔になったに、「ほんと、好きっスよね」とラギーは顔を顰めた。そこに「ラギー先輩!」という声が届いて、ラギーは更に顔を渋くする。「来た…」というつぶやきは小さすぎての耳までしか届かなかった。
「席取っときました!一緒していいですか?…て。お前またラギー先輩に絡んでんのか」
「ジャックくんにだけは言ってほしくない台詞っスよ」
「それなー。私あっちで姉ちゃん達と食べるんで。バイトの件また後日お話ししに行きますねー」
「了解っス」
「じゃあな。ラギー先輩、こっちです」
「ほんと、昼飯くらい放っておいて欲しいんスけどねぇ…」
「???なんか言いましたか?」
「いーーーえ。なんにも」
嗅ぎ慣れた匂いに意識が浮上した。もうそろそろ2限目が終わって昼休みが始まる。ラギーがいつも通り昼食を持ってくるはずだったが、近寄ってくるその匂いはオンボロ寮の監督生妹だ。
ラギーの奴、またオレのこと売りやがったな
チ、と心の中で舌打ちをした。
レオナは寝たふりをして、尻尾を動かさないよう神経を研ぎ澄ましていた。
時折こうして、ラギーの代わりにがくることがある。
昼休みが始まる頃に、ステーキ弁当の匂いを漂わせながら、寝転がっているレオナから1メートルほど距離を置いて10分ほどぼんやり座る。そのあと決まって、今来た風を装いながら「レオナさん、ご飯買ってきましたよ」と彼を起こすと、お弁当を渡すなり「それじゃあ」とそそくさ帰るのだ。狸寝入りはバレていないらしい。
最初は寝首でも掻こうとしているのかと一応警戒して寝たふりをしていたが、今はただこの女がこの10分間何を考えているのかが気になって、気配で様子を観察している。
最近わかったことがある。は、レオナの方を向いてぼんやりただ座っているだけだ。特に距離を詰めるでもなく、レオナと共に一眠りするでもなく。
ただ、その意図がやはりわからない。
オーバーブロットした直後辺りは、レオナさんレオナさんとそれこそじゃれつく子犬のように寄ってきていたが、最近はそんなこともない。むしろ距離を置かれている気すらする。
別に気を悪くしているわけでもないし好きにしろと思うが、それならこの時間はなんなのか。そういえば、こうしてがお使いの代わりをするようになったのは、不用意にが話しかけなくなってからだった気がする。
『レオナさん、専門家のカウンセリングこの間サボったそうですね?次のスケジュールいつですか?私、レオナさんが忘れないようにお供します!』
『レオナさん、私こないだバイトで付き添いできなくて…カウンセリングどうでしたか?大丈夫って言われました?…え?行ってない?!もう!』
『どこか具合悪いところとかないですか?ムシャクシャしたりしてません?そうだ!最近食堂のメニューにかき氷追加されたんですよ。きっとストレスもひんやり吹き飛びます!私食べたいけどお金なくって…レオナさんの奢りで食べたいなぁ?』
『あ!レオナさん!最近元気ですか?ご飯ちゃんと食べてます?』
『レオナさん!』
『レオナさん
「レオナさん、起きてくださいよ。レオナさん」
片目を開けると、が一歩近寄って影が落ちる。考え事をしていたらいつもの10分間が過ぎ去っていた。
ふあ、とあくびをひとつ。のそりと上半身を起こし、「ステーキ弁当です」と笑顔でポリ袋を突き出したへ手を伸ばした。
「ん」
「それじゃあ、私はこれで」
小さくお辞儀をして植物園の出入り口へ向かおうとしただったが、何かに足を引っ張られてずっこけそうになり、両手を広げてなんとかバランスを取ることに成功した。ゆっくりと振り返る。今の足を引っ張った何かは、感触からすると確実に尻尾だったと思う。しかしその持ち主と思しき人物は、何食わぬ顔でステーキ弁当の蓋を広げている最中だった。
「…あの?」
「あ?」
「えーーっと。…なんでもないです」
確実に気のせいではないけれど気のせいということにしておこう。扉の方へ顔の向きを戻すと「おい」と後ろから声がかかった。
やはり何か御用があるのに間違いはないらしい。
は振り返ってしゃがんだ。
「どうしましたか?」
「メシが冷めてんだよ」
「え!?」
「寄り道でもしてんだったらわざわざラギーと交代すんな」
目線も合わせず、レオナは箸で惜しげもなくステーキ2枚と米を掬い取り大きな口で頬張った。二口目を頬張ったあたりで、黙ってしゃがんだまま地面を眺めるの方に視線をやる。3口目、ほぼ半分食べてしまおうとした時、やっと彼女が口を開いた。
「わかりました。次からはご飯が冷めないように気をつけます」
へらっと笑ったから、ステーキ弁当に視線を戻す。
「それでは」と頭を下げたは、今度こそ植物園の出入り口へ向かった。
「ってことがあって」
しょぼしょぼと落ち込んだが喋り続けている。ラギーは食堂のアルバイトでタオル類の洗濯をしている最中だった。
「あー私の癒しの時間が…」
洗濯を干している1メートルほど離れた芝生に制服のままコロリと転がる。
「アンタ、ほんっと好きっすよねェ。
レオナさんの顔」
がガバリと勢いよく体を起こしたかと思うと「ラギー先輩何を今さら!」と大きな声を出した。人の耳よりも数倍音を拾う耳を伏せる。うるさいったらありゃしない。しかもいつもの変なあだ名すら忘れてしまっている。これは熱を入れて語り始めるパターンだ。
「顔面が国宝。あの顔面を守るためなら何だってする所存ッ!
レオナさんの顔面を拝む時間がないと発狂しちゃうマジで無理この理不尽な状況もレオナさんの顔面を崇め奉るためだと思って我慢してるというのに…!!」
「前みたいにレオナさんの周りちょろちょろしてたらいーじゃないスか」
「違うんですよぉ。喋るレオナさんの顔面もいいけどスヤスヤと眠る天使のようでいてオスを感じるあの寝顔が最オブ高なんすよぉ」
絶っ対、寝てないスけどねソレ。
ラギーは素知らぬ顔でタオルを洗濯バサミに引っ掛ける。
レオナが起きないわけがない。はいつも寝顔を拝んでいるというけれど、確実に狸寝入りだ。推測するに、が何をしているのか探っているのだろう。
一方、がその寝顔を堪能するレオナ顔面信者だということもラギーは知っているが、口には出さないし教えてやらない。お互い知らない方がいいことってあるッスよね。なんて言いながら、もしレオナに聞かれたらこの情報を高値で売ってやろうと思っている。
「私はレオナさんが健やかでいてくれるならそれでいいんです。私が周りウロウロしててもうざったいだろうし。てかしばらく顔見るたびにしかめ面でしたからね。しかめ面も嫌いじゃないですけど、気分のいいものじゃないですから」
あの当時はラギー以上にレオナのメンタルとスケジュールの管理に厳しかったのだから、そりゃレオナが嫌な顔をしないわけがない。なんだかんだオーバーブロットの際は彼女らに助けられたとはいえ、知り合ったばかりの女があんなに纏わりついていれば玉の輿狙いだと思われて邪険に扱われてもしようがないと思う。
ま、今はどうか知らないスけど
時折「ラギブチせんぱーい」とが声をかけてくるたびに隣を歩くレオナの耳が少しだけヒクつくのをめざとく見つけているのはラギーくらいだろう。
本人もきっと無意識だ。ラギーの隣に並んでバイトの愚痴を披露するを数秒間だけ見下ろす仕草も自覚ナシ。も全く気づいていない。これだから王族もただの人間も能天気だ。…いやそこまでめざとく周りを警戒して見ているのは逆にハイエナのサガなのかもしれない。
「どうにかしてチェカちゃんと連絡取れたら、経過報告と称して合法的にレオナさんを画像に収める仕事とかこじつけられそうなのになぁ」
「それはさすがに砂にされるッスよ」
「んふふ、ブチギレ顔も好きなんで」
ハートがつくほど目をキラキラさせてニンマリ笑ったに、とりあえずで持ち上げた口角がヒクヒクと痙攣した。恐るべしオタク。
「もう合法的にレオナさんを観察できるようカノジョに立候補とかしてみたらどうッスか」
そうすればオレも永遠に聞かなくていいオタク話壁打ちされることもないんで。心の中で続ける。はというと、急に白けた顔でラギーをじっとりとした目で見つめた。
「私を彼女にするレオナさんは解釈違いです。あと私はレオナさんの顔も声も体格も推していますが性格は推してません」
「めんっどくせ」
「あ!ついにラギー先輩が本心を口にしましたー!」
「あーあ、せっかく今まで我慢してたのに」
「いやいや。都度顔に出てましたから」
にしし、と悪戯っぽく笑う姿はどこか見覚えがあって、あぁ他人から見たら自分はこんなふうに笑っているのかもなんて思うと懐かれていることを見せつけられているみたいでやっぱりどこか突き放せない。こんなだからジャックのことも強く拒否できないのだ。
「じゃ、オレはレオナさんに課題出してもらわないといけないんで行くっスよ」
「はーい。私もモストロのバイトの時間だ」
「あー、そういえば今度の火曜のシフト、オレにくれません?
アンタ別のバイト口すぐ確保できるでしょ」
「えー!モストロの時給いいんで嫌です」
「ということは他の当てはあるにはあるんスね?」
「私、何も言ってませんよ?」
にんまり笑ったをジト目で睨みつけたラギーは、それからはぁ、とため息をついた。
「水曜の3限目、レオナさんを昼寝から起こして実験室に連れて行く役割譲るんで」
「ノッた!」
脳裏でキレた顔のレオナが「ラギー、またオレを売りやがったな?」と地を這うような声を出したけれど、オレもアンタを都合よく利用してやるって決めたんで、と心の中で合掌した。