ドリーム小説 「どどどどどどうしよう」


真っ青な顔をした厨房シフトのはずのオクタヴィネル生が駆け寄ってきた。彼は泣きそうな顔で「さん、ど、どうすればいいかな」と繰り返した。


「なんかあったの?」


彼は同じ時期にアルバイトに入るようになった一年生だ。今日の厨房担当はフロイドのはず。ジェイドは今日は休みで明日がホール、明後日厨房でその時初めてが厨房シフトに入ることになっている。


モストロラウンジでのアルバイトは、新人は慣れるまで厨房でリーチ兄弟のどちらか(どちらかというとフロイドの方が割合が多い)のサポート。慣れてきてメニューを覚えたらホールを任せられる。

お金を稼ぐためにシフトを入れまくったのもあるが、飲食店でのアルバイト経験のあったは早めに慣れて彼より先にホールを任されるようになっていた。

一方で初めは週1、最近週2.3にシフトを増やした彼はやっとフロイドとの厨房業務に慣れてきたところだった。(正直、厨房の仕事よりもフロイドとの仕事に慣れる方が大変だと思う。)



人の増えてきたこの時間、しかもジェイドがいないタイミングにトラブルは避けたい。さっさとオーダーを取りに行きたいところだが、「落ち着いて、ちゃんと聞くよ」とは彼の肩を叩いて微笑んだ。



「り、リーチ先輩の、機嫌が悪くて、お、オーダーと違うもの作ってて、お、オレ違うって、言ったんだけど!凄まれて、こここここわくて、に、逃げてきちゃ、て」



あちゃあ、とは天井を見上げた。
彼が肩を震わせ始めたのが視界の端に見えて、慌ててニコニコと笑顔を作る。


「大丈夫!怖かったね、泣くな泣くな!
ちゃんと違うって言えてえらい!私なんか何回かそのままお客さんに出しちゃったから!すごいよ!私、ちょっと行ってくるからさ、あそこの卓のオーダー取れる?」

「オーダー、まだ一回しか、教えてもらってなくて」

「あの人常連だから、オンボロ寮の監督生はフロイドリーチの対処しに行っちゃいました。まだ慣れてませんが、オーダー取らせてくださいって言ってみてくれる?」

「う、うん。リーチ先輩より、怖くないと思う…」

「あはは、間違いない!よし、オーダー取ったらここで待っててね。もし他のお客さんが来たら、あそこのベンチに座っててもらうように言ってくれるかな」

「うん、わかった!」



少し自信の戻った顔をして、彼は深く頷いた。「じゃあ出発!」と告げて、それぞれ逆の方向へ向かった。




キッチンへの入り口にかけてあるオーダーシートを眺める。それからステンレス作業台の上に並べられた料理を確認した。ペペロンチーノとハンバーグプレート。似ても似つかない料理。


「フロイド先輩」

「…」

「パスタ作る気分じゃないんですか?」

「話しかけんな」


ガン、とコールドテーブルの扉を蹴り上げたフロイド。音の大きさからしておそらく凹んだであろう。アズールが「またお前は…っ!」と顔を歪ませるのが想像に容易い。


フロイドが一瞬こちらを睨んだタイミングを逃さなかった。はサッと左袖に右手を突っ込んで抜いた。パッと右手に現れたのはオレンジ色のガーベラで、「じゃん!」とが目をキラキラさせる。



「…」



う、しまった不発かぁ。フロイドはじっとガーベラを見つめたまま動かない。次の作戦を考えていると、突然「あは、」とフロイドが笑った。



「小エビちゃん、オレの機嫌とるのに、そんなの仕込んでんの?
やべえじゃん、おバカさんじゃん」



フロイドが大きな体を揺らして笑う。「フロイド先輩のためじゃないですよ」と膨れた。これは先日ミステリーショップでバイトしている際に見つけたマジック道具で、本来ならば必要以上に突っかかってくる学生を驚かせてやろうと思って買ったのだ。けれどここ数日そんなこともなく平和だったから、どうせならアズールを驚かしてみたらどんな顔をするかみてみたくて仕込んでいた。


「アズール先輩驚かせようかと思ってたのに、フロイド先輩が怖くて思わず見せちゃったじゃないですか」

「あはぁ、アズールにやりたかったの?小エビちゃん。
今からしに行こ、VIPルームいるでしょ」

「ダメです!これは一回に一個しかできないんですから!責任持ってこのガーベラはフロイド先輩が貰ってください!」

「はぁ?いらね。どーせ水変えないしオレ」

「薄情者ぉ!」


「可哀想にガーベラちゃん」と悲しげな声でガーベラに話しかけていると、作業台越しにフロイドの長い腕が伸びてきてガーベラを奪った。「小エビがうるせえから貰ってあげる」フロイドはガーベラを顔の前に持っていき指先でくるくると遊んでから、台に置かれたペペロンチーノの皿を見下ろした。


「それ捨てといてぇ」

「あ!これは私のまかないにします!」

「うける、こんなくだんねーに金使う癖に乞食じゃん」

「なんとでも!」


は素早い動きでペペロンチーノの皿にラップを被せて、スタッフルームの扉横のカウンターに置いた。ラップに"!"とペンで書いて。


「はい、これハンバーグのタネです。鉄板、はい。添え物の野菜、はい。ソースここに準備しときますね」


テキパキとハンバーグプレートの準備をして「じゃあ私ホールに戻りますね」とフロイドを振り返ったところで、むに、と両頬を掴まれた。え、普通に痛い痛いいたい。



「な、なんでしゅか、」

「ホールやだ」

「え、ふろいどしぇんぱ、キッチンじゃ」

「オレのサポート小エビちゃんがいい」



今度はフロイドが頬を膨らませる番だった。
ことの経緯をなんとなく察したは「あぁ?」と何とも言えない声を出して、へらっと笑って見せた。「なに笑ってんの、うざ」フロイドはふくれっ面のまま、の頬から手を離す。

バイトリーダー(自称)とつい比べてしまうのだろう。そりゃ彼はまだ慣れていないし何よりフロイドに怯えているから(私だって正直怖いし毎回今日こそ殺されると思ってる)フロイドもやりにくくてしょうがなかったのだろう。まぁ今日は出勤してきた時から若干機嫌悪かったしね!


「早めにホールの仕事をきちんと教えるタイミング作れるように、アズール先輩と相談しますね」


赤くなっているであろう頬を撫でる。フロイドは「はやくね」と念押ししてから、洗い物の中からコップを取り出し、水を張ってガーベラを突っ込む。それを作業台の上に置いて、を向いた。目尻を下げていつものとろける様な笑顔を見せる。


「はやくホール戻んねぇと、アズールが怒鳴りにくんじゃね?」

「わ、そうだ!あの子泣いてるかも…いってきまーす!」


一瞬カンカンに怒ったアズールの顔を思い浮かべてしまって焦る。それから笑って手を振ったけれど、フロイドはもうフライパンの方を向いていた。







「スッゲー!さっすがリーチ先輩!ダンク連続キメるとかヤベェ!!」

「今日は調子がいいな、フロイド」

バスケ部内3on3のチーム対抗戦。同じチームのエースとジャミルが駆け寄ってきて、フロイドは機嫌の良さそうな笑顔が突然一変した。


「カニちゃん、ウミヘビくん、なんかオレぇ、気持ち悪い…」


「は?!」
「試合はいい。保健室へ、」

「うぅ、」


具合悪そうに眉尻を下げたフロイドの姿があまりにも突然過ぎて驚くエース。珍しい姿すぎて思わずナチュラルに心配したジャミル。
鳩尾と口元にそれぞれ手を添えて大きな体を屈ませたフロイドを二人が心配そうに覗き込む。



「じゃあーん」



かと思うと、フロイドの口から真っ赤なカーネーションが2本ポン!と飛び出した。「うぉあ!」「…!」二人が目を丸める。その姿に「あはは」と楽しそうにフロイドが笑った。


「すっげえ間抜け顔、ウケんねぇ」

「お前な…いや、機嫌が良さそうで何よりだ」

「マジックでオレが驚かされるとかさぁ…」


降参したように眉尻を下げながら笑った二人の耳に一本ずつカーネーションをかけたフロイドは相変わらず子供みたいにニコニコしている。


「あげるー」

「は?」
「いやいや試合できないっすよリーチ先輩」

「落としたら鬼ねぇ」
「なんの?!」
「せめてお前もつけろ!」


「はじめよっかぁ」
「いやいやいやいや!ちょ!リーチ先輩っ!」
「フロイドお前!いやお前らも始めようとするな、待て!」


しばらくとフロイドの周りの人間は突然飛び出すお花恐怖症になった。