私、フクは
「はじめまして!本日から我愛羅様のお世話役となりました、フクです!
よろしくお願いします!」
今この瞬間、人生で一番の幸福を味わっているところでございます。
君に愛と幸福を!01
ことん、と小さな音を立てて置かれたカップを見下ろす。
その視線をそのまま上げて、カップを置いた当人――本日から世話役となった娘を見た。
我愛羅はその瞳にニコニコと笑う少女を映し、無反応のままカップを持ち上げる。
変な娘だった。
先日首になった世話役の男は、いやに自分を汚いもののように扱う人間だった。
その態度が気に入らず手をかけそうになったところ、丁度通りかかったテマリが割って入りなんとか一命を取り留め。
今はおそらく床にでもふしているだろう男。
思い出しただけでも胸の辺りがムカムカする。
飲んだ紅茶は初めて口にする味だった。
男が使っていたものとは違う――アレは嫌いだった――すっきりとした舌触り。おいしい。
彼女は何かを待っているようにしてお盆を抱えたままこちらを見ている。
もう一度見上げてみたが、女の視線は変わらずこちらに注いでいて目が合った。
何を待っているのかわからなかったので、仕事に戻る事にした。
手元の書類には他国の機密情報や暗殺計画などが綴ってある。
しばらくして、女が出て行った。
少し残念そうな後ろ姿に、結局何を期待しているのかはわからなかった。
パタン、と扉を閉めてよっかかる。
フクはふぅ、と息をついてお盆を抱えたまま給仕室へ向かう。その足取りは重い。
「はぁ、またおいしいって言ってもらえなかった…
おいしくないのかなぁ、あの紅茶。でも私はあれが一番おいしいと思うんだけどなぁ
淹れ方が悪い?頑張って給仕長に教わったのに」
我愛羅様、といえば誰もが畏怖嫌煙する方である。
今までに何人もの担当給仕がその能力をもって殺され、運がよくても一命を取り留め病院送り。
と、いうのは一般論であって、彼女にとっては違った。
「いやいや、落ち込んでてもしょうがない!
あこがれの我愛羅様にやっと近づけたんだし、もっと頑張ろっと!」
丁度一年ほど前だろうか。
給仕に成り立てだったフクが、新米の仕事として庭仕事をしているときだった。
大きなひょうたんを抱えた少年が、花を愛でていた。
その後ろ姿にすぐ我愛羅様だという事はわかったものの、一給仕、しかも新米が話しかけていい相手でもない。
そのまま突っ立ってその様子を眺めていたフクを振り返った我愛羅は、
しばらくフクを見て、何もいわないままその場を立ち去って行った。
彼の愛でていた花は――
「はいはいはい、その花はフクが一生懸命世話してたお花だったんだよねー?
その話、もう百回ぐらい聞いたから。もーいいから。耳にたこだから。」
ポン、と突然肩に手を置かれてフクが振り返ると、そこには同じく風の国の給仕であるさつきが立っていた。
「あのね、フク。もの思いふけるのもいいけど、半分以上口に出てるって気づいてる?
もう少ししっかりしないと、粗相起こして我愛羅さまに殺されちゃうよー」
べぇ、と舌を出してみせたさつきは、フクよりも二ヶ月ほど前から給仕としてテマリの世話係をしている。
我愛羅の悪口、カンクロウの女癖の悪さなどの情報はほとんどさつきを通じで給仕室に持ち込まれているようなものだ。
「でも、ホントよかったねぇ。やっと我愛羅さまの給仕になれて」
「ほんとほんと!どうしても仕事が完璧にこなせるようになるまで我愛羅さまの給仕にはなりたくなかったからさー。
先任の人には悪いけど、いい時期にチャンスが舞い込んで来たって感じ」
にへにへ、とだらしなく目尻を下げて笑みをこぼしているフクにさつきがため息をついた。
「そいで?午後の紅茶リベンジはどうだった?おいしいって言ってもらえた?」
「それがさーっ!聞いてよ!また言ってもらえなかったー!!」
「あれでしょ、多分我愛羅さまはおいしいっていうことばを知らないんじゃない?
もしくは、それは人に言う言葉じゃないと思ってるのかどっちかだね。
一ヶ月経っても言ってもらえないに食堂のA定食」
「うぐ!いぃや!絶対言ってくれるもん!食堂のハンバーグ定食!」
売り言葉に買い言葉で賭けが始まった矢先、廊下の曲り角からテマリが現れた。
その隣にはカンクロウがおり、テマリがさつきをみつけて「ちょっとアンタ!」と声をかける。
「さつき!ずっと探してたんだよ!
ったく、カンクロウがアンタの淹れたコーヒーが飲みたいとかだだこねだしてさ。
ちょっとぱっぱっと淹れてちゃっちゃっと帰してくれないかい?
仕事の邪魔な上にうっとうしい」
「うっわ、俺ひどい言われようじゃん!
さつきちゃん、ってーことでコーヒーよろしく」
「はい、かしこまりました」
さつきが二人によって連れ去られ、結局フクは再び一人で給仕室へ向かう事となった。
あの態度からして、どう考えてもカンクロウは次のターゲットをさつきにしぼっている。
カンクロウも、女遊びは程々にしておかないともうそろそろ痛い目を見る頃だと思う。
――まぁ、一国の王の息子であるから、女好きもしょうがないのかもしれないけれど(偏見)
「あ、そうだ!今度はコーヒーにしよう!」
さつきにおいしい淹れ方を教えてもらおっと!
「あの子、変な子だねぇ。アレの世話係に自分から立候補する人間なんて、百年に一度現れても珍しいってもんなのにさ」
「ッチ。かわいいからアレ狙いじゃなきゃ俺が狙うってのに。
ホント、もったいないじゃん」
「お二方、実の弟気味を”アレ”扱いは頂けませんよ。
それからカンクロウ様、フクは私のかわいいかわいい友人なので狙わないでいただけますか」
淹れたてのコーヒーを口にしながら、テマリは「相変わらず仲いいね、アンタら」とこぼす。
テマリの部屋の客用ソファでくつろいでいるカンクロウは、「今はさつきちゃんだから安心して」と鼻の下を伸ばした。
「お気持ちだけありがたく頂いておきます。
といっても、フクの目には我愛羅様しか映ってませんからね。多分、狙ってもまったく相手にされませんよ」
カンクロウの発言を軽やかにスルーしたさつきの発言に、テマリが「そんなにご執心なのかい?」と目を見開く。
「今、どうにかおいしいと言ってもらえる紅茶を淹れられるよう奮闘中です」
「まぢモノ好きじゃん!あいつがおいしいとか言う訳ないっての」
「あたいも、あいつはおいしいと言わないと思うよ」
実の姉兄からの重みある発言に、さつきのA定食獲得率が一気に上昇した。
しかし、とうの彼女は「さて、どうでしょうか」と愛昧に返事をして笑ってみせる。
「フクの前では、誰でもいい方向に変わっちゃうもんなんですよ」
「失礼します、我愛羅さま。本日のご夕食をお持ちしました」
四十五度でお辞儀し、カートを持って部屋に入った。
卓上に食事を並べ、淹れたての緑茶を添えて部屋の右隅で控える。
我愛羅が一通り食べ終わってから、片付けをして食後の紅茶を淹れた。
相変わらず食事を下げるときも我愛羅の「おいしい」が聞ける事もなかった。
「我愛羅様、近日木の葉の里へ中忍試験へいかれますが、準備はこちらでしてもよろしいでしょうか。
なにか必要なものはありますか?」
「ない」
即答キター━━━━(゜∀゜)━━━━ッ!!)
「かしこまりました」と返事はしたものの、悲しみで泣きそうである。
気を取り直すんだフク!今日初めて声が聞けたじゃないか!と自分を励ましては見るがやはり悲しい。
必死に涙をこらえていると、我愛羅と視線がかち合った。
「お前も来るのか」
しばらく自分に発せられた言葉だとは理解できずに、ぽかんと口をあけたまま彼をみていた。
そして、「は、はい!」と思わず大きな声で返事をすると、我愛羅はまたなにも反応せずに紅茶に手を伸ばす。
どうしよう
我愛羅さまから話しかけてもらえるなんて
悲しみなんて一瞬で消えてしまった
「失礼しました」
部屋を出て、小走りで給仕室へ向かう。
早く言わなきゃ、誰かに――さつきにこの事を伝えなきゃ!
じゃないと、
01. 憧れは恋へ、尊敬は愛へ この想いが恋なんだと 気付いてしまいそうで ばっく→ つぎ→ |