「・・・」
開いた口が塞がらないと言うのはまさにこの事だとは間抜けな表情で、まったく同じ表情を浮かべている自分を見つめた。

一応説明しておくが、寝ぼけ眼で鏡に映った自分を見て驚いた訳ではない。
第一今は随分と日も高く昇った時間帯で、洗面台にて目の前は鏡ではなくここは往来だ。

思えば最近妹が友達から借りたらしく随分前からはまっていたBASARAをカンパ気分で買い、
「私はこの手のゲームは無双以外興味が無いから」と宣言していたにも関わらず見事にのめり込んだので寝不足続きだったが、
真昼間から幻覚を見る程目を疲れさせた覚えは無い。きっちり睡眠時間はとってある。

(どんな場合でも食事、睡眠に関しては誰よりも欲に忠実だと明記しておこう)

と、言う事は目の前の自分は俗に言うドッペルゲンガーと言うやつなのだろう。
ドッペルゲンガーってあれだよね?見た人間は三日以内に死ぬだとか、不幸の前触れだとか。

「「ドッペルゲンガー?」」

そろって口を開いた後、訪れる沈黙。
はヒィイと息を呑むと、目が回るのを抑えるようにこめかみに手をそえて、大きく二回深呼吸をした。

一度目を力いっぱい瞑って開いて見るが、いかんせん目の前で相変わらずボケた表情をしている自分が居る事には変わりない。

何か言おうと口を開きかけてさんざん言葉を選んだ挙句口から出たのは、「はじめまして」と言う情けないもので、
「私はまだ死にたくないわよ!」等と取り乱す事も、何も見なかった振りをして逃げる事も出来ずに、
ドッペルゲンガーに挨拶を交わした人間なんて自分くらいのものだろうとは思う。後の子孫に誇れるだろうか。


嫌、結婚だなんて天と地がひっくり返っても無いことだとは現実逃避を始めて思考にふける。
生まれてこの方十九年。

年々貯めていった脂肪と、決して前向きとは言えない性格、そして腐女子街道まっしぐらなこの人生。
人並みに恋だってしてきたが、全て空振りで今や「三次元の男には興味ない!」とある意味開き直りとも言える
(また言い訳とも言える)モットーを掲げて己が道爆進中だ。


え?彼氏?それっておいしいの?

私に恋させたいならリョーマ連れて来い!もしくは二コルでも可ッ!



「・・・改めて過去なんて振り返るものじゃないよ・・・」
げっそりとした表情で呟いたは、突然謎めいた言葉を呟いた自分を瞬いて見ているドッペルゲンガーに視線を戻した。
再び視線が合うと、ドッペルゲンガーもおずおずと「はじめまして」と言葉を返してきて、沈黙が尾を引く。
そのまま数分。沈黙に耐え切れず「私って言うの」と片手を差し出すと、ドッペルゲンガーも手を伸ばした。

「あたし、前田・・・」

手が重なった瞬間、まるでジェットコースターに乗ったように辺りの風景が飛ぶように流れ、
ぎょっと目を見開いたの瞳に映ったのは、寂れて荒れ果てた城下町だった。

何ゆえ城下町と分かるのかというと、目と鼻の先に高い城が聳えていて、槍を持った男が二人警備しているからである――槍?

砕けた瓦が乗った家、道端は舗装等されておらず石ころが転がり、
草が好き勝手に伸びているのを見渡したはパカリと口を開いた。


「・・・は?」


道行く人々が不審気な目での事を見て過ぎていくが、破れた着物を身にまとい、
ちょんまげ等頭にのせている彼らにその権限はないとは思い、ちょんまげ、と初めて理解が追いつく。

「映画村?」

思わず零すように呟いたは、頭を抱えてしゃがみこむと「何ありきたりなボケかましてるんだ私」と的外れな声を上げた。
もっとボキャブラリーがあるだろう。

世界のう○ざわ?あれってナベ○ツのパクリ?それともナ○アツがパクッたの?とか
心底どうでもいい事だよそんなこと。何これどうなってんの?」

放って置いたらどこまでも現実逃避に突き進む自分の思考を遮って、は自分の格好を見下ろした。
とても年頃の女の子とは思えないほどラフな格好は出かけ際のままだ。

それに比べて道歩く人の格好は時代劇で見るような姿形である。
夢でも見ているのか、と思ったが、それは数秒でありえない事だと思った――握手したまま夢見る程器用な人間ではない。

と、言う事はタイムトラベルとか、そこまで思考がたどり着いたはふるふると震える。
実写版時をかける少女だ私・・・ッ!
でも駄目だ私、文明無しじゃ生きていけない!クーラー!ゲーム!パソコン!

夢サイトーと奇怪な悲鳴を上げるは、もはや周りの目なぞ気にしている余裕がない。
ちょっと常人の皆様と意味は違うが、夢が無いと生きていけないんです。


第一こんな所にいきなり投げ置かれて生きていける程強い人間じゃないんですよ私は、は不意に真顔に戻ると固まった。
少し前まではが居ないと外も歩けなかったのだ。今でさえ人と会話をすることは酷くためらうのに。

「・・・・・・」



なんでいないの
なんで私一人なの

逃げ出す時は一緒だよって言ったじゃない



ッ」

か み さ ま 、 そ ん な の っ て な い よ 

座り込んで目元を覆うと、こみ上げてきた涙が頬をぬらして、地面に染みを作った。

「どうしよう、どうすればいい?
「どうしたのお姉ちゃん」

不意に影が地面に伸びて、顔を上げると少女が一人立って居る。
ボロボロの着物、汚れた頬、手に持っているのは、かざぐるまだろうか?

自分よりも随分年下な少女の姿が涙で滲んで、しゃくりあげたは「妹がいな、くて」とかろうじて声をつむぎだすと、
少女はしゃがみこんで視線をにあわせ、首を傾げた。

「居ない?戦で死んじゃったの?」
「いくさ?」

「うん。ここは信玄様が守ってるけど、夜道はまだ危ないよ」
「しんげんって、武田信玄?そんな戦国時代なんて・・・嘘よ・・・」

絶望的な声音ではそう言うと、しゃがみこんだまま自分の肩を抱いて震える。

よりにも寄って戦国時代だなんて、生きていけないよ
「家に帰して・・・家に帰してッ!」
「お姉ちゃん、お家無くなっちゃったの?」

無くなった
炎で焼けた訳でもない、風で潰れた訳でもない、この世界には存在しないのだ

「なくなっちゃった・・・どうしよう、どうやって生きていけばいいの」

日本史なんてテスト前に一夜漬けで頭に詰め込んだ位で、しかもそれは一年以上も前の話だ、覚えて等いない。
そもそも武田信玄だなんてどこを守っていたかすら知らない、今自分が日本のどこに居るのかすら分からないのだ。

右も左も分からない
言葉はかろうじて通じるけれど、生きるすべもない

これが二人ならまだ前向きになれたかも知れないのに
基本後ろ向きなとは対照的に前向きな性格で、
いつだって隣で「大丈夫だ」と笑ってくれた彼女が居ない今、暗闇が目の前に広がる。



「だいじょうぶだよ、お姉ちゃん」

の求めている言葉が分かったかのようにまだ幼い彼女はそう言うと、にこりと微笑んだ――前歯が二本欠けている

「お家がないなら、あたしの家においでよ。
今はいくさで若い人たちがみんないないから、はたらく人が少ないって母さん言ってたもの。あと、困った時はお互い様だって」

母親の口調を真似たのか、妙に大人びた口調で少女はそう言って、は「でも」と瞳を揺らす。
「私、生きていけない・・・」

一人ぼっちだなんて無理だよ、何でこんなことになっちゃったの?ドッペルゲンガーに会ったから?
不幸の前触れ、と言う言葉はまさに適切で、さらに言うなら三日以内に死ぬと言うのもある意味的を射ているかもしれない。

この世界で生き残れるほど、自分は強くなんて無い。
せいぜい三日生きれたらいい所だろう

少女はの言葉を聞いてきょとんと瞬くと、至極当然のように言葉を返した。

「でも、生きてるでしょ?」

不意打ちの言葉に「え」とが言うと、少女は続けて尋ねる――「お姉ちゃんは、生きてるでしょ?」
その真っ直ぐな言葉はの胸に突き刺さって、まだ五歳足らずの女の子に指摘されたと言う事実が恥ずかしくてたまらなくなった。


――居ない?戦で死んじゃったの?


その言葉が自然に出てくるほど、死はこの時代で当然のことなのだ。
生きたくても生きれない人がたくさん居るのに、差し伸べられている手すら取れないで死んだ気になるなんて馬鹿げてる。

こんな簡単なことを指摘されないと気づかない自分の甘えは、この世界では通用しない
それはとても怖い事だけど、理由は分からないにしろ今自分はここに居る。ここで生きてる

なら、どうせ死ぬならせめて礼儀として、せいぜいあがいて死ぬべきなのではないだろうか


「ごめんなさい」
こんなに小さい子に泣き言を言ってごめんね、と言うつもりでは言ったのだが、
少女は厄介になる事に対して謝られたと思ったようで「だいじょうぶだよ」ともう一度微笑んだ。

「今日はお邪魔していいかな?明日から、仕事探すから」
「うん。でもお姉ちゃん、変な着物着てるね」

「そうだね。着物も貸してもらえるかな?」
「母さんに聞いてみる」

ありがとう、というと、少女は眩しい程の笑顔で頷いて「あたし花子って言うの」と手を伸ばした。
不意にドッペルゲンガーの事を思い出して戸惑ったものの、おそるおそる手を取って「私は」と自己紹介する。

大丈夫、今度はジェットコースターにはならないようだ。

負けそうになっていた心が少しだけ起き上がって、もしかして待っていたらに会えるかも知れないと前向きな気持ちになってくる。
だってあんなに「逃げる時は一緒だよ」って約束したんだもの、一緒に居る事は当たり前だったんだもの

すぐ追いかけて来てくれるよね


「お姉ちゃん、立てる?」
「うん。ありがとう」

立ち上がったが顔を上げた途端、ドカンと何かを突き破るような音が城から聞こえて来て、
そちらを見やると赤い何かが空を突っ切っているのが映った。

ぅうぉお親方様ァアアア!この幸村、精進いたしまするッ!うぅぅぅ・・・」

何か今すっごく聞き覚えのある声だったんですけど。
しかも「親方様」と「幸村」+あの声だなんて、彷彿と浮かぶ人物――キャラクターは一人しか居ない

・・・、やっぱりアンタ来なくていい

きっぱりと言い切ったは気を取り直すように「いこうか」と少女に声をかけると、手を取って歩き出した。

時代をさかのぼるならまだしも、トリップしたなんて知られたら末代まで祟られかねん
しかも行き先がBASARAだなんて

いや、結婚なんてしないけどね、と視線を逸らして口角を持ち上げたはまだ知る由も無い。




ドッペルゲンガーは口を開かずに姿だけを見せると言う事を
そしたらば何故彼女はあそこまで自分と瓜二つだったのかと言う事を

そして彼女が名乗った「前田」の姓が示す、これからの生きる道を