学校に通いだすまでの数日間はスーパーとデパートの視察に費やし、引越しの挨拶の手土産も買ったのだが、
隣の住人はよほど忙しい人のようで、結局一度もお目にかかる事はなかった。

そんなこんなでバタバタしているうちに、あれよと時間は過ぎていき、
改めてこの歳で制服を着るはめになるとは思ってもみなかったは忍足の横でげっそりと立っていた。


「忍足侑士いいます。ちなみにレンズに度ははいってへんで、よろしゅうな」
あははと笑いが起きて、はちらりと横目で見る。


星野、夜天、大気、忍足――この次に自己紹介をさせられるこっちの身にもなってくれ。

とりあえず愛想笑いを貼り付けて名前だけ言うと、クラスメイトの大半は前の四人に興味津々で、
彼女の自己紹介などあってないようなもののよう。はほっと胸を撫でた。


ちなみに跡部は別のクラスだ。

「何で忍足と一緒なんだてめぇは・・・ッ」と言うにはどうしようもない事に対する怒りのメールが来たのはつい先ほどのことで、
見なかった振りを決め込んでいる今でも定期的にポケットの中の携帯が震えている。

空いてる席に座って、という担任の言葉に教室を見渡して居ると、金髪の長い髪を揺らしながら女の子が立ち上がった。

「ハイハーイ!夜天さんここが空いてます――ッ」

うあー美奈子ちゃんだぁ・・・可愛いなぁ、とは口元が緩むのを必死に押しとどめる。
忍足と同じクラスと言うのはめんどくさい事この上ないが、このクラスに入れたのは正直嬉しい。うさぎちゃんもまこちゃんも居るよー。


目の保養、目の保養


「ここ、空いてる?」
大気がまことの前の席に手を置くと、「うぁ」と裏返った声をあげた彼女は姿勢を正して「はい」と頷き、
ニヤリと笑った星野はうさぎの後ろの席を陣取った。

「俺ここ。よろしくな、おだんご」
「あたしの名前は月野うさぎッ!」

「ほー、月見団子」

「忍足くーん、この席空いてるよ――!」
「ほなそこにしようかな。おおきに、よろしゅう」



一人取り残されたは、担任の先生の視線に「お気遣いなく」と苦笑いで答えると、
星野の席の斜め後ろの席に座らせてもらう事にした。

が腰掛けると、女の子たちが耳打ちしあっているのが聞こえてくる。

「5組にも凄くカッコイイ男の子が転校して来たんだって」
「嘘ー、後で見に行かない?忍足君もカッコイイよねッ」

「アイドルもいいけど、近寄りがたいし・・・あたし忍足君狙ってみようかなぁ」


勇気を出して話しかけないで下さいといった時の跡部の表情には少し胸が痛んで、多少申し訳ない気持ちになっていたのだが、
自分の判断は間違ってなかったとは自分を褒め称えたかった。跡部と忍足には近寄りまい。


それにしてもいい席が空いていた。
ここからなら教室全体が見渡せるし、うさぎ達の会話も聞こえると内心ほくそ笑んだだったが、
誰に言うわけでもなく弁解する。嫌、別に聞き耳たててる訳じゃないから、普通に聞こえる範囲に居るだけだから



「なぁなぁなぁ。俺ら部活に入りたいんだけど、何かいいのない?」
「超ぉ楽しくて、歌って踊れて、お菓子食べられて、超ぉかっこいい男の子が超――ッ一杯居て、アメリカにも行ける部活なんて、無いわよ」

「あっそ・・・」
「あの、もしよかったら案内しますけど?」

美奈子が立ち上がって嬉々とした表情で自分を指差すと、星野は突然割り込んできた彼女を見て瞬いた。
星野が答える前に「そこ、授業中だぞ!」と言う声が響いて、美奈子はあははと笑うと席に戻る。

それから数分もたたないうちに、星野はうさぎの背中をシャーペンでつつくと、鬱陶しそうに振り返った彼女に机に突っ伏して話しかけた。

「お前も案内してくれんの?」
「冗談!」

ふん、とそっぽを向いたうさぎを見て、星野は苦笑う。

「お前、冷たいぞ?」

「もちろんご案内しますわ!うさぎちゃんも一緒にッ」
「ええ!?」

ぎょっと目を見開いたうさぎの傍で、この作戦はいけると思ったのか、忍足の横の子が「部活案内しようか?」と尋ねると、
彼は「せっかくやけど、もう入る部活決めてん」と笑った。

から見てみれば胡散臭い事この上ない微笑みなのだが、女の子たちは頬を染めて見とれている――世の中って間違ってるよ

「何部に入るの?」
「テニス部や」

「えー、忍足君テニスできるのー?」
「こう見えても前の学校ではレギュラー張っててん」

すごーいと手を叩く女の子たち。
また忍足の株が上がったと見た、とため息をついたを知ってか知らずか、忍足は「よかったら見に来てや」と目を細めて笑った。









「まったく、星野はどうかしてるよッ」

部活に入るだなんて、学校に通うのにも反対だったのに、と夜天は眉間に皺を寄せたままズンズンと廊下を歩いていく。

唯一の救いといえば、半数の女子が星野の部活荒らしを見に行ってしまって、
もう半数は同じ日にに転校して来た男子生徒を見にテニス部に押しかけている為、鬱陶しく付きまとってくる女の子が居ないと言う事くらいか。

放課後、体験入部の名を借りて部活荒らしのように色んな部活に挑戦してまわっている星野を置き去りにして、
夜天はさっさと帰ろうとその場を後にしたのだ。自分は絶対に部活になんか入るもんか。

「地球人と馴れ合う為に来た訳じゃないのに!」


そう、全てはあのお方を見つけ出すため
あのお方に気づいて欲しいから、自分達はここに居るのだと気づいて欲しいから声を張り上げて歌ってるんだ。

地球人にキャーキャー言われる為じゃない







あ の 人 に 会 い た い か ら 、 歌 っ て る の に








ふ、と夜天が顔を曇らせた時、通りがかった教室から聞こえてきた歌声に足を止めた。





それは紛れもなく自分達の歌で、別に誰かが歌っていた事に驚いた訳ではない。
自慢ではないが彼らの歌は今どこでだって流れていて、口ずさむ位なら十分にありえるからだ。

だが、その歌は口ずさんでいるにしてはあまりに綺麗で、
綺麗と言う表現はあまりに抽象的過ぎる気がするが、無理に言葉で例えるならそんな所だろうか。

特別歌が上手いと言う訳ではないのに感情のこもった歌声はどこか人をひきつけるものがあり、
教室のプレートを見上げた夜天は、自分のクラスから聞こえるという事に尚更驚き、僅かに開いたドアから顔を覗かせる。




その子は、いくら他人に興味の無い夜天にも見覚えがあった――自分達と一緒に転入してきた少女だ。
もう一人の青年とは違い自己紹介も名前のみで、席に座ってからもおとなしかった(単に星野がうるさかっただけかも知れないが)





窓の外の夕日を見ながら歌う彼女に言葉を無くした夜天は、動揺を身体で示してドアをがたんと蹴ってしまい、
びくぅっと身体を揺らして振り返った彼女は、驚いた瞳に夜天を映すと、「ぎゃ」と悲鳴を上げる。
「か、勝手に歌ってスイマセンッ」

先ほどの落ち着いた雰囲気はどこへやら、平謝りよろしく頭を下げる彼女に夜天は拍子抜けしてしまった。

「時間を潰してて、誰も居なかったものですから、つい・・・ご本人に聞かれるとは顔から火が・・・」
「会いたい人、居るの?」

「へ」
「な、なんかそんな気がしたからッ」

彼女の言葉を遮ってまで思わずぽろっと口から出た言葉を取り繕うように夜天が慌てて付け加えると、
は「居ましたよ」とぎこちない笑みを浮かべる。

「会いたくて、会いたくて気が狂うくらい会いたかった人たちが。
毎日毎日願ってたんです、会いたいって。そしたら神様も同じ願いを聞かされて鬱陶しかったんですかねー、会えました」


夕日を見て間の抜けた笑みを浮かべた彼女は、夜天に首を巡らせると、微笑む。

「だから、夜天君の会いたい人にも、きっと会えますよ。こんなに願いのこもった歌ですもの」

その言葉は、夜天の不安を埋めるように、まるで彼の不安を知っているかのような不思議な響きで、
夜天が息を呑んだ瞬間、彼女はバッと口を両手で塞いだ。


「余計な口出ししてスイマセン!そんな人が居るんじゃないかな、と歌を聴いて思っただけですので、ファンのたわ言だと思ってください」
「君・・・」

「それでは、私は待ち望んだスーパーの特売がありますのでこれにて!」

机の上の鞄を引っつかんで転げるように出て行った彼女の背中を見た夜天は、
「スーパーの特売って」と思わず呟くと、口端を僅かに緩めた。

「変な子」