だから、夜天君の会いたい人にも、きっと会えますよ。こんなに願いのこもった歌ですもの
お互い転入したてで知り合いな訳も無く、ましてや別の星の人間である夜天を彼女が知っているはずが無い。
それなのにあの時見せた表情は、まるで彼の悶々とした行き場のない焦りを分かっているかのような顔で、
驚いた彼が二の句を告げる間もおかず、彼女は「スーパーの特売なので」と逃げるように去っていった。
あんな綺麗な歌を歌った後で拍子抜けするように平謝りしたり、見透かしているような言葉を言った後で特売に逃げたり、
夜天の第一印象として彼女は「変わった子」の位置づけを得た訳なのだが、その後も着々とその肩書きに拍車をかけている事を彼女は知る由も無い。
「これ、先生に預かったで」
「あ。スイマセン、ありがとうございます」
残る転入生、もとい忍足にノートを受け取った彼女は、ぺらぺらとページをめくるとハッと目を見開いた。
机の横にかけてある鞄に手を伸ばすと、中から取り出した紙に視線を走らせて、ぱぁっと顔を輝かせる。
「・・・」
その様子を横目で見ていた夜天は、視界の隅に星野が現れてひらりと手を振ったのが見えると、何くわぬ顔で視線を逸らした。
「お」と夜天の態度に瞬いた星野は、ニヤニヤと悪戯を見つけた子どものような顔で近づいてくる。
「夜天、最近あの窓が随分気に入ってんだな。いっつもあの窓から外見てるし・・・それとも別の何かを見てるのか?」
星野の表情を一瞥した夜天は「いやらしい顔」と言ってつんとそっぽを向くと、「別に」と付け加える。
「へー、てっきり俺は夜天があの転入生を見とれてるのかと思ったけど」
「な――ッ」
ガタンと椅子をずらして立ち上がった夜天にクラスの視線が集まり、夜天は不機嫌な顔で再び椅子に腰掛けると、
机にひじをついてあごを乗せ、眉間に皺を寄せた。
「見とれる程美人でも可愛くもないデショ」
「ムキになってやんの」
「ムキになんてなってない!見とれるとかそう言うのじゃなくて、ただ、せ、生態観察みたいなもの!」
言い返した夜天の言葉に、星野が「生態観察?」と間抜けな声を上げると、夜天は頷いて彼女を横目で睨む。
星野もそちらを見ると、クラス中がほとんど星野と夜天の会話に耳を澄ましているにも関わらず、彼女は嬉々とした表情で机の上を見ていた。
「彼氏の手紙でも読んでんの?」
「まさか、スーパーの広告見てるの」
「はぁ!?」
素っ頓狂な声を上げた星野がちょっと身体を横にずらして彼女の手元を見ると、なるほど、筆箱で隠されているが、その手には広告が握られている。
それどころか、ペンを取り出した彼女は広告の蘭にチェックを入れると、満足気な面持ちで広告を鞄にしまった。
「一人暮らしでもしてんのか?」
「知らない」
「知らないってお前・・・話した事無いのか?」
「あるけど、スーパーの特売って言って帰ってった」
夜天がどう言うつもりなのかは分からないが、傍から聞けば随分と面白くなさそうな声音で言う彼に、ぷ、と星野が噴出して、肩を揺らしながら笑う。
「スリーライツと話してんのに、スーパーの特売取る奴なんていんのかよ!」
けらけらと笑っていた星野は、後ろを通りかかったうさぎに首を巡らせて「なぁなぁ」と声をかけた。
「俺との貴重な放課後とスーパーの特売だったらどっちとる?」
「スーパーの特売」
有無を言わさず切り捨てられて、星野はむっと眉根を寄せた。
「あのなー、少しは考えてから結論出せよ」
「だったらもっと考える時間が必要な質問出してよね!」
にぎやかなクラスでは、もううさぎと星野の掛け合いは日常茶飯事になっていて、
くすくすと笑う生徒達の中にの姿があるのを見た夜天はますます面白くなさそうな顔で反対側に視線を走らせる。
彼女がクラスの人間と話している所はあまりみない。
それどころか、忍足(とか言う人間が)授業中先生を巻き込んでクラスを盛り上げている時も、彼女は静かに教科書に視線を落としている事が多い。
その様子はまるでクラスの背景に溶け込むような感じで、恐らく彼女がスーパーの広告を見ると言う変り種だと言う事も、
彼女を意識していないクラスメイトは知りもしないだろうと夜天は思う。
そんな彼女が唯一反応を示すのは――ぎゃいぎゃいと騒ぐうさぎと星野の会話を尻目に、夜天はイライラと机を人差し指で叩いた。
星野が騒いでいる時なのである。
「あーもう!うるさいってば!違う所でやってよねッ」
夜天がどんと机を叩くと、笑っていた教室がピタリと静かになった上、星野とうさぎも不機嫌さを思い切り顔に出している夜天を見、
端正な顔が歪められるとなまじ凄みがある姿なだけに星野は「わりぃ」と言うと、口角を引きつらせた。
基本気は短いが(星野が思うにマッチよりも短いと思う)、常に周りとは冷めた距離をとっている夜天が人前で火を噴くのは珍しい。
ちらりと背後を見ると、視線があったはびくりと肩を揺らしてあからさまに視線を逸らし、
星野はなるほどとため息をついた――ようするに八つ当たりなのだろう
それから夜天の逆鱗に触れないように二三言うさぎと憎まれ口をたたきあって、彼女が机に戻るのを見計らった星野は夜天の耳元に顔を寄せる。
「話したいとは思わねぇの?」
「・・・誰と?」
「(分かってる癖に)転入生だよ転入生!」
「騒がしいから係わり合いになりたくない」
「そっちじゃねぇっての!」
「ちなみにあの関西弁と同じくらい騒がしい星野とも係わり合いになりたくない」
同じ環境で育ってきたと言うのに、どうしてこう捻くれて大きくなったのだろうかと星野ははたはた疑問に思う。
そう言う気持ちを込めて深々とため息を零すと、夜天はポツリと零すように口を開いた。
「話したくないんじゃない?」
「何でだよ」
「人と話してるのあんまり見ないし、誰かと話しててもいつも逃げ腰」
ちなみに夜天と話したときは逃げた。
それを誰に指摘されたわけでもないのに(あえて指摘したとするならば自分だ)、夜天は更に深く眉間に皺を寄せる。
「話したいとしたら、星野とかもね。よく星野の事見てるから」
吐き捨てるように言った夜天が無言になると、星野はちらりと彼女に視線を走らせた――次の授業の準備をしているようで、星野の事など見ても無い。
次に捻くれ王子を見ると、仏頂面で黒板を睨んでいて、星野はあきれ返ったように肩をすくめた。
【my best friend 3】
夜天は鞄を手に相も変らぬ不機嫌な顔で廊下を歩いていた。
今日は仕事は夜からなので、大気は温室の花の世話をしてくると言っていたし、星野はどこかへ消えてしまった事から考えても部活だろう。
結局反部活派の夜天だけが取り残されてしまって、そのままさっさと帰ってしまってもよかったのだが、何故か足は教室へと向かって進んでいた。
「歌が聞きたいだけだもん」
言い訳じみた事を思わず口にしてしまって、夜天はそんな自分にイラついてしまう。
確かに彼女の歌はもう一度聴きたいが、出来る事なら話もしてみたいな、と思う気持ちがくすぶっている事にも夜天は気が付いていて腹立たしい。
へー、てっきり俺は夜天があの転入生を見つめてるのかと思ったけど
星野のにやにや顔を思い出す。
大体、地球人を見て可愛いだとか美人だとか思う訳が無いのだ。
夜天にとって女の人と言うのは彼らの探している彼女が始まりであって終わり――ようするに全てであって、美しいも可愛いも彼女の為の言葉だから、
自然と視線が向いてしまう彼女を一度もそんな風に思った事は無い。ただ、興味があるだけ。
彼女は歌詞のうわべだけで感動する奴らとは違い、歌詞の底にある彼らの願いを感じてくれた。
彼女に会いたいと言う夜天の気持ちに気づいてくれて、会えないんじゃないかと言う不安に捕らわれていた彼に微笑んで言ってくれた。
夜天君の会いたい人にも、きっと会えますよ、と。
だから、少し興味が沸いて見てただけ。だから、少し話してみたいと思うだけ。他意はない。ましてや星野が思っているような事は何も。
そう並べ立てながら教室にたどり着くと、ちょうど星野が出てきた。
ひらりと中に居る人物に手を振った星野は、夜天に気が付くと、例のにやにや顔を貼り付ける。
「その顔止めてよね。ムカツクから」
「そう言うなって!せっかく俺が一肌脱いでやったんだからな!」
「は?」
訝しげな顔をする夜天の腕を引っ張った星野は、誰に聞かれるのを危惧してか声のトーンを落とし、彼に何かを伝えた。
呆気に取られた夜天の背中を押して強引に教室の中にいれると、「じゃ、俺部活だから」と言ってすたこらさっさと出て行く。
夜天の瞳に映ったのは、あの日と同じように夕日のオレンジを背に、驚いた顔をしている。
教室には彼女一人しか居なくて、先ほど親しげに手を挙げて去っていた星野の姿を思い出すと、何故だろう凄く頭にくると同時に、
お節介としか言いようのない星野の言葉がぐるぐると頭を回って、何故だか嬉しいと言うわけの分からない気持ちが入り乱れる。
「今日も時間潰してるの」とそんな自分にヤキモキした夜天が尋ねると、は頷いた。
「卵のセールがあるんです。スーパーは学校寄りにあるんで、一度帰って行くより学校から立ち寄った方が近いから」
「ふぅん」
一人暮らしでもしてんのか、と言う星野の言葉が浮かんで、夜天は苦虫を噛んだような表情をした後、「一人暮らし?」と尋ねる。
「え」
「せ、星野が言ってたから聞いただけッ」
押し付けるような口調で言う夜天を見た彼女は瞬き二回、小さく笑うと答えた。
「親とは別に暮らしているんですけど、一人暮らしではないです。
育ち盛りが二人居て・・・あ、でも特売はただの趣味です。出来る限り安い値段で手に入れた時って嬉しいじゃないですか。
特に別のスーパーに行って、自分が買ったものより高かったりしたらしめしめと・・・じゃなかった、
ウチは親が留守にする事が多かったんで、買い物に行く癖と同時にそう言う主婦じみた感覚に慣れてしまったんです。
でも、夜天君たちって仲がいいですね」
「は?」
「だって、星野君も同じこと聞いてきましたよ。夜天君が気にしてたって」
夜天の肩がびくっと震え、彼は照れ隠しにあさっての方向を向いた――星野のバカ!
「星野はお調子者だから」
「そうですか?そこが星野君のいい所だと思いますよ」
「だから何時も星野を見てるの?」
失言だと夜天が顔を曇らせる前に、彼女は「何時もですか?」と驚いた。
何時も星野を見てる、ということはそれを知っている夜天は何時も彼女を見てると言う事を暗に示しているのではないだろうか。いつも見てない!
「何時もは見てないですよ。たまに見てますけど」
「そ、そう。その時たまたま僕も見ただ「星野君と月野さんを」――え」
面白いくらいに固まった夜天を見て、はキラキラと瞳を輝かせた。
「月野さんって、男女問わず皆に優しいじゃないですか!でも、星野君だけには違う彼女の一面を見せてるって感じで。ツンデレなんですよ!
それは星野君を嫌っているわけではなく、星野君にだけ地が出るって言うかッ、そう言うのって凄く素敵じゃないですか!?」
確かにそう言われてみれば、星野が騒いでいる時はきまって前の席の女子と一緒だった気がする。そして彼女の視線が向いているのもその時だ。
それよりもはじめてみる彼女の顔に、夜天は言葉を無くす。
空気のように振舞っている無表情ではなく、誰かに話しかけられた時の戸惑ったような顔ではなく、ましてや広告を見ている時よりもずっと輝いていた。
どくん、と夜天の心臓がひときわ高くなって、途端に彼の白い頬はぼんっと火を噴くように赤くなる。
「あ」と声を上げた彼女は、時計を見上げると鞄を掴んだ。
「ごめんなさい。もうすぐ卵が安売りになるんで!間に合うかな?」
慌ててバタバタと出て行った彼女は、夜天の表情など伺う暇もない。
夜天は前のドアから出て行った彼女の背中を視線で追いかけて、赤くなった頬を手の甲で隠した。
「何なの、今の」
美人でも、可愛いわけでもない。ましてやスタイルなんて全然惹かれないのに。
なのに今のはなんだ。なんで今、あんなに彼女の笑顔をもっと見たいと思ったのだろう。
まるで
まるで
へー、てっきり俺は夜天があの転入生を見とれてるのかと思ったけど
「見とれた、みたいじゃないッ」
夜天、はスリーライツの中で夜天のファンだって言ってたぜ
星野の声が、耳につく。
ますます赤くなった夜天と、その場を去っていったの姿を後ろのドアで跡部が見ていた事を、彼らは知る由もなかった。
*おまけ*
「星野。部活はどうしたんですか?」
「お、大気!今から行くんだ。社長出勤ってヤツかな」
「ただでさえ仕事で参加できない日が多いんですから、いける日はまじめに顔を・・・どうしたんですか、変な笑い方をして」
「大気まで変とか言うなよな!いやー、夜天もまだまだ子どもだと思ってよ」
「お互い様だと思いますけどね。夜天も貴方にだけは言われたくないと思いますよ」
「まぁな。でも多分・・・この件に関しては俺の方が大人だと思うけどね」
「そうですか(よく意味が分かりませんね)」
「(多分分かってないな、大気のヤツ)」
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