「跡部君、何であんなに機嫌が悪いんですかね」
「先に言っとくけど、俺は何もしてないで。無実や」

が取り分けた最後の皿を受け取った忍足は、リビングで静かな怒りを体中から溢れさせている跡部を見てため息をついた。
自分は無実だ。それと同時にもう一つ断言できる事がある、原因は自分の隣で小首をかしげている彼女だ。


「ホンマに見覚えないん?自分」
「ありませんよ」

心外だと言わんばかりに顔を歪めた彼女は、恐らく本当に見に覚えがないのだろう。

しかし跡部が部活を抜けて彼女のクラスに行ったのは、忍足が彼女は特売の時間つぶしに教室に居ると教えたからで、
跡部の機嫌が悪くなっていたのは間違いなく教室から戻ってきた後。この間に跡部に影響を与えるとしたら間違いなく彼女しかいない。

もう校舎に残っている生徒はほとんど居ないはずだから、も口利いてくれるんとちゃう?とアドバイスしたのは忍足故に、
無実だとは言っても若干責任感は感じてしまっていて、皿を持ってリビングに戻ると、は場を和ませるようにつとめて明るい声を出した。

「忍足君が教えてくれなかったら、卵の特売に気が付きませんでした。広告にあんなに小さく書くなんて卑怯ですよ」

「俺もノート受け取った時に国語の先生に教えてもらってん。
あのスーパー毎週卵の特売しよってお得意の客で売れてまうから、広告に載せるのも最小限なんやて」

「ノート何気に見直しててよかったです」

「そういえば、問題間違っとったで。宿題のとこ」
「え、嘘!後で教えて下さい」


会話が途切れた。
いつもなら何かと会話に加わってくる跡部が一言も話さずに、テーブルに並べられた料理を凝視している。そんなにお腹が減っているのか。
そうだったらいいのに、と内心重い息をついたの傍らで、忍足は強引に会話を続けた。

「せやけど、ノートを伝言板にするのはええ意見やと思わん?話しかけれんのやったらあの手で行こうや」

いいですね、と言おうとしたの言葉に、跡部の声が重なる。


「話しかけてもいいんじゃねぇか。目立ちたくないとか言いながら、例のアイドルとも随分仲良しみたいだしな」
「アイドルって、スリーライツか?が話しよる所とか見た事ないで、なぁ」

同意を求めた忍足は、の表情がこわばっている事に気が付いた。
どうやらその件については身に覚えがあるらしい。段々と不機嫌の原因が見えてきたよう。


「あれは、その・・・立ち話みたいなもので、時間を潰していた所に夜天君が現れたんですよ」
「初めて会話してたように見えなかったがな」

「二回目だったんで・・・跡部君、もしかしてその事で機嫌悪かったんですか?」


鈍いわけではないので、跡部の機嫌が悪い発端はそこにあるらしいと言う事には気づいたものの、
どうしてその事で機嫌が悪くなるのか分からないと言う顔をしたの横腹を忍足はつつく。

「ヤキモチや」
「やきもち?」


やきもちとは嫉妬。ねたみ(Byやほー辞書)嫉妬・・・ねたみ・・・その意を解釈したは、ぼんっと顔を赤くすると「何で!?」と声を裏返した。
仏頂面の跡部は答えない。仕方なく忍足が言葉を返す。

は俺達に目立ちたくないから話しかけるな言うたやろ?
でも、まさに話題の中心であるアイドルとは言葉を交わし取ったって言うのが跡部は面白くないんや」



「つまり、スリーライツより人気が無いから彼らに嫉妬してるんですかね」
どこをどう解釈したらそうなるんか、200文字詰めの原稿用紙五枚で説明してや



あ――、と気まずそうな声を上げたは、跡部の「嫉妬」に気づいているらしい。
しかし、彼女は嫉妬とは無縁の世界で生きてきた。
ましてや嫉妬された覚えなど生まれてこの方一度も無い。現実逃避もしたくなると言うものだ。

嫉妬されると言う事実が彼女にとって理解しがたい現状なのだと言うのは三年以上の月日で付き合ってきた忍足にもゆうに想像できるものの、
彼女には申し訳ないが面白い、と跡部が怖いので表立って笑いは出来ないのだが、忍足は頬を引きつらせた。


「その、確かに跡部君達に言ったのに、夜天君たちとお話してたのは謝ります。好奇心には勝てなかったというか・・・何というか・・・」

あまり言葉を並べると言い訳染みて聞こえると思ったのだろう、
彼女は言葉を濁したが、実は一見仏頂面を決め込んでいる跡部には分かっていた。

は自分から話し掛ける度胸なんか持ち合わせていない。

つまり向こうから話し掛けてきたのだろうという事も、お人よしの彼女はあからさまな拒否は出来ないから、
戸惑いながらも言葉を交わし、ころあいを見計らって逃げるだろうと言う事も。

そこまでを暗に想像できるからこそ、彼女とあの青年が話したのは初めてではないと分かったのだ。


彼女があんな笑みを見せるのは、少なくとも二回以上は言葉を交わしているとみた。そして何より気に食わなかったのは、青年の言葉。


見とれた、みたいじゃないッ


思い出すと再び跡部の頭に血がのぼる。
彼が机の上で拳を震わせだしたのを見たは、自分が更に怒らせたのだと思うと、わっと両手を挙げた。
慌てるあまり、何も考えずに喋る。

「夜天君はその・・・初恋の人、みたいなものなので」
「初恋の人、だと?」


跡部の目元が引きつっている事にも気づかず、はふにゃりと笑った。


「夜天君は初めて好きになったキャラクターなんです。

セーラームーンは私の中で特別なアニメで、基本的にヒロインってあまり好きになれないんですけど、うさぎちゃんは今も昔も憧れだから、
夜天君だけじゃなくて本当はうさぎちゃん達とも話してみたいなとは思うんですけど、なかなか声をかけられなくて。

夜天君と星野君と話せたのも、私凄く嬉しいんです!
あーでも、スターズに来たのはとっても嬉しいんですけど、ゾイサイトも見たかったなぁ・・・」

言いつくろっていた事もさっぱり頭から抜け落ちたのか、至極残念そうな声音で言ったの言葉は、
残念ながら跡部にはさっぱり意味の分からない単語だらけだ。しかし、忍足はたいした事もなさ気に言葉を返す。

「ゾイサイト好きなんか?一番初期の敵やろ、ダークキングダムの四天王の」

つくづくこの男の知識(と言う広い枠でくくってみる)は深いなと妙に感心せざる得ない跡部の横で、は頷いた。

「私が好きなのは実写版のゾイサイトですけど」



マニアック過ぎる過ぎる過ぎる過ぎる(何故エコー)
怒りも忘れた跡部が言葉を無くすと、忍足は「えー」と眉根を寄せた。


「俺はあかんかった。三次元はキツイで」

「私もそう思って興味本位で見たんですけど、見だすと結構ハマりますよ。キャラ設定とか違いますから、新鮮な気分で見れるといいますか。
基本的に私は星うさ派なんで、まもうさはちょっとと思ってましたけど、実写版の二人ならむしろ好物ですね!
ツンデレなうさぎちゃんと、朴念仁の衛最高ですよ!

それから、元基お兄さんとまこちゃんがくっつくのは実写版だけの得点ですし、番外編ではプロポーズまで見れるんです。
原作では爽やかなお兄さんですけど、実写版は亀マニアと言う奇抜な発想で、一人で戦うまこちゃんに一途に恋をすると言うこれまた素敵な!

なんて言っても萌えなのが、実写版の番外編では最後まで敵だった四天王が味方で登場するんですよ!
一度主としてそむいたはずの彼らが、衛と一緒に戦う彼らを見た時の幸せな気分はまさに感無量です。それから・・・」


え、何、ここ異国?と、各国の言語を理解できる跡部が思う程、訳の分からない言葉が飛び交っていた。
通訳のはずの忍足は、「そうなんか」と神妙な顔で相槌を打っていて、元の世界に戻ったら見てみるかと言わんばかりの雰囲気である。

この二人は案外似ているのかも知れない、と跡部が口を挟めずに居ると、本来の目的を思い出したはハッと跡部を見た。


「違う!そう言うのじゃなくて、とにかくセーラームーンのキャラクターは私にとって特別なんです。

だから当たり障りの無い程度に仲良く出来たらなとは思うんですけど、話し掛ける勇気とか無いし・・・傍から見るだけでも幸せで、
でも夜天君と星野君と話せた時は本当に嬉しかったんです!

目立つのは嫌だから、放課後少し話す位はしたいなと思ったり、するんですけど・・・」


伺うように跡部を見たをちらりと見た跡部は不機嫌そうな顔のままう、と言葉に詰まる。

と言うのも、忍足から見て誰よりも我が強いように思える彼こそ、彼女に関してもいつもなんだかんだ言いながら妥協させられているのだ。
しかし今回ばかりは何とも言わない跡部の頭には、真っ赤になった夜天の姿。

忍足は彼女に対して甘いが、素直になれないのだろうと勘違いし、平和的解決法を思いついたように両手を叩いた。


「せやったら、スリーライツとは話しかけられた時以外極力目立たん場所で話す。そんかわり、跡部とも話す。それでええやん!な?」

忍足の提案に「はい!」と力強く頷いてすがるような瞳を向けると、
これ以上気まずい空気は勘弁してくれといわんばかりの忍足の瞳に根負けした跡部は、渋々と言った態で頷く。


ホッと胸をなでおろしたが「では夕飯にしましょう」と手に持っていた料理をテーブルに並べる傍らで、
跡部は先ほどの彼女の言葉を脳裏に過ぎらせていた。



――当たり障りのない程度に仲良く出来たらなとは思うんですけど、話し掛ける勇気とか無いし・・・傍から見るだけでも幸せで





【my best friend 04】




「げ」

次の授業で使う国語のノートを取り出そうとしたは、鞄の中に入ってない事に気が付くと顔を歪めた。

移動教室はないから、何かのノートと間違って持ち出したり、ましてやそれを落としたと言う可能性はまず無い。
せっかく忍足に教えてもらった宿題も水の泡だ――もしかして教えて貰ってそのまま忘れてきたのだろうか。

自分の鈍くささが嫌になる、と肩を落としたはため息をついた。

誰とも深いかかわりをしないと言う学校生活は慣れているが、こういう時に宿題を見せてくれる友達が居ないと言うのは困る。
とは言え忍足に助けを求める訳にもいかないから、正直に話して廊下に立つしか術は無い――目立つだろうな・・・


せめて広告をポケットに入れて廊下でチェックするか、と気を紛らわすように鞄から広告を取り出した時、
頭上に影がかかって顔を上げると、おだんごから伸びた金色の髪がさらさらと揺れていた。


「はい、ちゃん」

差し出されたノートの存在に気づくのに十秒、ありがとうと言うのに更に三十秒かかる。
呆気に取られながら「どうして」と問うと、うさぎは前のドアに首を巡らせた。

「あの人が廊下で拾ったんだって」

見ると、跡部が踵を返して去っていくところで、ぽかんとした表情のままは受け取ったノートに視線を落とす。


廊下で拾う事はまず無い。
だとしたら、跡部が忘れ物を持ってきてくれたのだろうか。そして話し掛ける事が出来ないから、うさぎに頼んだ?

は思わず頬を綻ばせるように笑うと、「多分違うだろうな」と僅かに頬を朱に染めた。

大方どこかに置き忘れてたのを見つけて、うさぎに託す為にノートを持ってきてくれたんだ。がうさぎと話す機会を作ってくれたのだろう。
話したいけど勇気が無い、と言ったから。跡部は誰かの為に行動しても、自分からは絶対に口にしない。そう言う人だ。

ノートで口元を隠して微笑んでいると、うさぎの後ろからにゅ、と現れた星野がニヤリと意地悪く頬を持ち上げた。


「おだんご並みにドジなんだな」
「ちょっとソレどー言う意味よ!?」

「言葉のまんま」
「せーやッ」

あっはっはと笑いながら去っていく星野の背中に、うさぎは「いーの、べーっだ」と舌を突き出して、
ノートを受け取った事で机の上に置いていた広告を瞳に映す。


「あ――!」

突然大声を出したうさぎの声にびくぅっと肩を揺らしたが「ど、どどどうしたんですか」と言うと彼女は広告を手に取ってまじまじと見た。

「スペシャルいちご大福・・・四時から!」
「あのスーパーだけで時々売られてる大福ですよね、私も一回食べましたけど、とってもいちごが大きくて・・・」

「そう!んでもって、とっても甘いのッ」
「そうなんですよ!あ――思い出すと食べたくなってきますねぇ」

「ねぇねぇ!今日の放課後一緒に買いに行かない?」


「へ」と間抜けな声を上げたが、まるで夢幻を見ているように瞬きを繰り返していると、うさぎはふわりと微笑んだ。


「ノートを渡すのを頼まれてぇ、おんなじ大福が好きだなんて運命でしょ!ね、一緒に買いに行こう?」
「・・・うん」


どうしよう、どうしよう、すっごく嬉しい。
は興奮して更に赤くなった頬を隠すと、にやけた口元を引き締めようと努力した。

うさぎちゃんと放課後一緒に大福買いに行けるなんて・・・!

チャイムが鳴って「また後でね!」と自分の席に戻っていったうさぎを見ていると、会話が聞こえていたのであろう忍足と目があい、
彼が他人に見えないようにぐっと親指を立てるのを見て、もこっそりとピースを返す。


確かに夜天は初恋の相手といっても過言じゃないし、星野の声を聞くとドキドキもする。大気を見ていると嬉しいし。

でも


「跡部君、優しいな・・・」


話すと胸がドキドキするのも、好きだなと思うのも。ヤキモチを妬いてくれて嬉しいなと思うのも





全部全部、跡部にしか抱かない感情




「・・・うーん。恥ずかしくて言えないけどね」
ふにゃりと笑ったがソレを伝えていれば、跡部は一発で機嫌が良くなったと言う事を気づきもしない彼女であった。