「あー!なるほど!うさぎちゃんも美奈子ちゃんも分かんなくてさ、助かったよ」
ポンと手を打ったまことが、ノートに数式を並べていく。
うさぎをつてに助けを求められて問題を教えたがいえいえ、と首を横に振ると、他人事のように「もうすぐテストかぁ…」とうさぎは窓の外に視線を向けた。
「テスト週間ははかどりますよね。主に勉強以外のことが」
「わかるわかる!そんでさー、つい勉強の合間のつまみ食いが増えちゃってぇ、太っちゃうんだよね」
「月野さんたちは細いからいいじゃないですか」
「でもちゃんこそつまみ食いの心配ないじゃない?勉強できるんだから!ねえうさぎちゃん」
「そうだよ」
もうダメ、と美奈子は机の上に突っ伏してシャープペンシルを放り投げる。コロコロと転がるシャーペンを落ちる寸前で取ったは苦笑を零した。
「そんなこと全然ないんです。むしろ私勉強苦手で。この問題もついこの間教えてもらったからできるんですよ」
思い起こせば数日前。宿題で分からないところで悩んでいると、忍足が「どないしたんや」とノートを横からのぞき見たことから始まったのだ。
「この問題分からないんですよ」
「これ…基礎やで…?」
「高校で習った気もするんですけど、どうも記憶に無いんですよねぇ…」
「ちょ、跡部ェエエエ!この子、頭に蜘蛛の巣張っとるでェエエエ!?」
その声に部屋から出てきた跡部にノートを見られ、てめぇホントに高校行ってたんだよな?と失礼なことを散々言われた挙句、
今日まで夕食後から就寝まで永遠と勉強という地獄に変わった。忍足いわく蜘蛛の巣掃除らしい。まったく、失礼なヤツらだ。
とはいえおかげで高校の感覚をだいぶ取り戻してきているのも確かで感謝はしているのだが、
勉強を教える立場の人間の方(というか忍足)が鬼気迫った表情をしているのを見ると素直にお礼を言う気にもなれない。
アンタらと頭のデキを一緒にするな、とかえって反抗したくなってしまう。
「へえ、年上の兄弟でもいるのか?」
「確か一緒に暮らしてる人、家族じゃないって言ってたよね」
うさぎが気軽に話しかけてくれるため、まことや美奈子ともそれなりに会話を交わすようになった。とは言えまだお互いの見の内を詳しく語ったわけではない。
「はい。親戚と三人で暮らしているんです」
跡部と忍足と話し合った結果、一番しっくりくるだろうということになった説明をすると、うさぎは得意気に胸を張った。
「ちゃんってばチョー偉いんだから!学校の帰りがけにスーパー寄って、ご飯の用意してんだよ」
「…なんでうさぎちゃんがそんなに得意気なのよ」
呆れた眼でうさぎを横目で見る美奈子の姿に、思わずは噴き出す。
(やっぱりいいなあ…)
思えば青春はオタクを突っ走って来たし、砕けて話せる友人というのも少なかった。
だからだろうか。セーラームーンを好きだったのは、もちろんキャラクターも好きなのだけれど、それ以上にあこがれがあったのかも知れない。
誰かを守れる強さ
逆境にくじけても、再び前を向ける意思
そして、何よりも身近な仲間たち
全部全部自分に欲しかったものなのに、手に入れることの難しさを知ってしまったあの頃のにはうらやましくて仕方がなかった。
「二日交代で家事を担当してるんですけど、もう一人が忙しいので、買い物は私がしてるんです。でも、料理も買い物も好きなので楽しいですよ」
不意に湧き上がったさみしさから瞳をそらすようには口を開いた。
この輪の中に入りたいなどとは思えない。少し離れたココから彼女たちを見るだけでも、幸せだからと自分を必至に慰める。
帰宅部で直行家に帰れるとは違い、忍足は部活が終わって日が暮れてから帰ってくるため、それから買い物に行くのは大変だ。
しかし幸いなことに、忍足は材料でメニューを決めることができるくらい料理の腕がたつので、買い物はが引き受けたのだ。
ちなみに跡部は忍足よりも帰宅が遅い日がある。
どうやらまれに見ないカリスマ性をここでも発揮して生徒会の助言役を買っているらしい。
いる世界が変わっても跡部は跡部か、と驚きを通り越して感心せざる得ないが唯一の暇人なのだ。
今はその時間に山ほど問題集を解かされているのだが。
「あたしも料理好きでさ」
「そうなんですか?」
一方的に知っているなどとは口が裂けても言えず、知らないふりをするというのはなかなか難しい。
わざとらしく見えなかったかと内心ドキドキしながらはすっとボケたが、まさか自分たちの身の内を知っているとは思いもしないまことは頷いた。
「今度ウチに遊びにきなよ。一緒にレシピの交換とかしないか?」
「します!うれしいです!」
がキラキラと瞳を輝かせていると、うさぎはブーブーと頬を膨らませる。
「ずるいー!あたしも行く!そんで二人が作った料理はあたしが責任もって消化する!」
「うさぎちゃん、最近食べ過ぎなんじゃないの?昨日もクラウンでパフェ食べてたしさー」
美奈子の何気ない一言に、うさぎの表情が曇った。
まことと美奈子も不意に見せたその表情に驚いたようだが、
は無理やり取り繕った笑みを浮かべているうさぎを見てギュッと胸を掴まれるような痛みを覚える。
(そうか。地場衛から手紙が来てないこと、美奈子ちゃん達は知らないんだっけ…)
衛の身に起きたことも、これから起こる未来のこともは知っているが、うさぎは何一つ知らないまま衛を待っているのだ。強がって、笑って。
大切な人と離れ離れだという現実の重みを、元の世界に戻って再び跡部と会うことができたまでの数か月を過ごしたも知っている。
連絡も取れない。元気でいるでしょうか?どうか、どうか神様。
会いたいなんてわがままは言わないから、あの人が元気でいますように――何度、つながってもいない空に向かって願ったことだろうとは思う。
「確か月野さんって、あの天才少女水野さんと仲がよかったですよね?この問題がわからないんですけど、彼女に教えてもらえないですかね?」
が尋ねると、うさぎは気を取り直そうとするように椅子から立ち上がった。
「亜美ちゃんなら絶対わかるよ!行ってみよう」
「じゃあ、ちょっと聞いてきますね」
逃げるようにサッサと教室を出ていくうさぎの後を追いかけて、ペコリと頭を下げたは教室を出る。
二人並んで歩くと、うさぎが「ごめんね」とつぶやいたので、は「何がですか?」ととぼけてノートを持ち直した。
「助かりました。一問分からないっていうたびに、似た傾向の問題を十問位解かされるんですよ」
きっと、自分は聞くべきではないだろう。
何もできない自分は、余計なことをいうこともできずに傍観者にならなければならない。うさぎの思いを知っていながら、応えを教えることができないのだから。
が話題を逸らすと、どこかホッとしたような表情をしたうさぎも、調子を合わせるように笑った。
「わかるわかる!受験勉強のときの亜美ちゃんもそうだったもん」
「自分のためとは言え、もっとほかに楽しいことはいっぱいありますもんねぇ。勉強する時間があったら、もっとしたいこといっぱいあります」
アハハと笑っていると、亜美のクラスにたどり着いた二人はドアから教室を覗き込んだ。
「あれ?いないね」
うさぎの言葉に「そうですね」と相槌を打っていたが、
自分でも気がつかぬうちに跡部の姿を探していると、教室の隅で跡部は資料に視線を落としているのが見える。
窓辺の席に腰かけているため、わずかに開いた窓から吹き込んでくる風がサラサラと跡部の髪を揺らしていた。
長い指が資料のページをめくって、細い眼が文字を追う。なんだろう心臓が、すごくうるさい。
「なあなあ跡部」
おもむろに近づいた男子が彼の名前を呼ぶと、跡部はついと視線を持ち上げた。
「これなんだけどさ、お前が教えてくれた公式当てはめたら、ここだけ計算がずれるんだよ」
「ああ。それは――ここでズレてるんだろ」
男子のノートにシャーペンを走らせると、彼は「おお!」と歓喜の声をあげてノートを持ち上げた。
「なるほどな!でもおまえ、頭いいのによくココで引っかかるってわかるよなぁ」
「一昨日、同じ所で引っかかってたヤツに教えたんだ」
自分のことを言われてるとは思っているものの、意外だなぁと驚きのほうが勝ってしまっていた。
イメージ的に跡部はナルシストでツッケンドンで、クラスメイトとの付き合い方とか知らなそうだなと思っていたし、
特に女子から好かれる分、男子にはうとまれてそうなのに。
「なんだー、噂の彼女かぁ?」
「まあな」
ふ、と口端を緩めるように笑った跡部が、不意にこちらに視線を向ける。こちらに気づいて、
視線が絡んだ。
「――ッ」
バッと口元を手で覆ったは、爆発したように真っ赤になった頬を隠そうと慌てふためく。きっと耳まで赤いに違いない。
スピーカーのように大きく脈打つ心臓がドクドクとうるさくて、は「教室戻ろう」と言ってうさぎの袖を引っ張り足早に教室を後にした。
(なんだ、なんなんだコレはッ)
――俺様と同じ学校に通えるんだぜ?
越前さんとしてテニスの世界にいたとき、跡部は別の学校だった。
そのころはリョーマを好きだったけれど、学年も違うし何より諦めたつもりでいたから、こんな風に意識することは少なくて。
跡部を好きになって世界が別れ、再会したときは元の姿に戻っていたから、当然跡部の学校生活なんて全然知らなかった。
学生の時の青春はオタクを突っ走ってきたし、砕けて話せる友人もいなかったから、ちゃんと誰かに恋したことも、なかった。
「ちゃん?顔、真っ赤だよ」
「え…!?あの、いや…」
「ははーん…」
にやりと笑ううさぎから逃げるように視線を逸らす。
同じ学校の人を好きになるってこういうキモチだったんだ。
家でもいつも会えるのに、ましてや学校では言葉も交わせないのに、一瞬視線があっただけのことがこんなにもうれしいなんて。
小さく笑みを浮かべた跡部を思い出す。
もともとキャラクターとしては好きだったけれど、実際にいたら絶対苦手だなと思っていたし、
一人の男性として好きになった今でも決して得意なタイプだとは思えない。
だって
俺様で実は他人に敏感で、わがままで影でいつも支えてくれてるのに絶対に口には出さなくて、意地悪で優しくて
とてもとてもわかりにくい人だけど本当はすごくわかりやすい性格をしていたりして、
何から何まで一見自分と正反対だから、たまにとても驚くような一面を見たりもする。
そんな跡部を見るたびに心のどこかで感じてはいた。
でも、改めて気づくのはなんだか恥ずかしくて、いつもいつも気がつかないふりをしていんだた。
だって跡部が自分を想っていてくれたことも知らず、自分はずっとリョーマが好きだと言っていたから。
だから、いまさらそう気づくのはすごく卑怯な気がして。
もしかしたらいや本当はわかっていたけど
(跡部君って…すごくカッコいいのかも知れない…)
教室の隅で笑う君
風に揺れる髪、キレ長の瞳が少し細くなって、唇が小さな孤を描く。
それだけでボクはどうしようもなく幸せになってしまうんだ
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次たぶん大気と絡みます。セーラーチームももちろんですが、メインはスリーライツなんで、ね!

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