「ぬぉおおおおぁああああああッ」
シャープペンシルを転がしたは頭を抱えると、ゴツンと派手な音をたてて机に額をぶつけた。痛い。
痛いけど、そんなことより何より、昼休みに見た跡部の笑顔が浮かんでは胸をわしづかみにされたような苦しさにのたうちまわりたくなって、
息は苦しいし頬は熱いしで目が回りそうになり、勉強所の話ではない。

先ほどから集中しようと頬を叩いては、ものの数分で奇声をあげるという行動を繰り返しているのだ。

(赤澤みたいな悲鳴をあげてしまった…)

おかげで分からない問題も未だ手つかずのままだし、この状態で帰れば間違いなく追加課題をさせられる。それはゴメンだ。
カクカクと小刻みに震えながらシャープペンシルに手を伸ばしたが「解けぬこと 忘れてしまえ ホトトギス」と意味不明な五七五を並べた時、
ガラリと教室のドアが開いた。外から顔をのぞかせた人と目があう。

「…それは…何と言うか」

彼は非常に困ったような顔で頬をかくと、
が羞恥に赤く頬を染める前に、言いにくそうに苦笑を浮かべた。

「微妙ですね」



【My best friend 6】




「ですから、ココがこうなるのを代入すればいいんですよ」
「……ああ…あー」

さすが亜美ちゃんと並ぶ秀才と言われるだけはある。
スラスラと問題を解いて見せた彼に感嘆の声をあげていると、彼――大気光は優雅ににシャープペンシルを返した。


「こんな時間まで居残りで勉強なんて、頑張ってるんですね」
「へ!?あ、いや…頑張ってるって言うか…問題解けないと帰れないっていうか…」

家の敷地をまたぐ前に
「ホレ」といわんばかりに問題を解いたノートを差し出せと手を出してくる跡部の姿が脳裏に浮かぶ。ちなみに採点が跡部で、教えるのは日替わり交代だ。


「大気さんのおかげで助かりました」

全てを語れない分心からの感謝が伝わるようにシミジミと言うと、大気はいいえ、と首を横に振る。


「かまいませんよ。わたしも時間があいていただけですから」
「そういっていただけるとありがたいです」


深々と頭を下げたは綺麗に唇を持ち上げて笑っている大気を見ると、えと、と視線を落とした。居心地が非常に悪い。
元々教室で勉強をしていたのはだし、大気が教えてくれたのは好意だ。
だから何が居心地悪いのかというと――はああ、と内心納得のいった声をあげる。この笑顔だ。

綺麗に口端を持ち上げる笑顔
それはまるで、愛想笑いのように美しすぎるから


跡部の顔立ちはすごく、ものすごく綺麗。だけどその彼だって爆笑すればくしゃりと笑う。忍足もしかり。
それを知ってるからこそ、この大気の笑顔は愛想笑いなんだろうなーと思ってしまうわけで。
まあ、愛想笑いも二種類ある――他人にあわせる場合か、自分に踏み込まれないためか

大気の場合は後者だろうな、とはシャープペンシルを筆箱の中に直すと、教科書とノートを畳んだ。大気が少し目を開く。

「帰られるのですか?」
「あ、はい。解けなかった問題も解けましたし、これで安心して家の敷地が跨げるというものです」

「そうですか」

なんだろう微妙な空気が広がる
う、と動きを僅かに止めたは大気の表情をうかがうように見あげると、逃げるように視線を逸らして、聞こえないよう小さくため息を吐いた。
何だこのあからさまにガッカリした感じの雰囲気は。


「……えと、大気さんは、この後お仕事なんですか?」
「ええ。迎えを待ってるんですよ」

「外はファンですごいですからねえ」

毎朝毎朝よく飽きないなーと思うほど、校門の前には登下校時に訪れるファンでいっぱいになる
先生が追い払っても次々とわいてくるその光景はもはや名物といっても過言ではない。おかげでスリーライツは今でも車登校だ。


「あれには少し…困ったものです」

ム、としたように寄せられた眉根。微妙に低いトーンになる声。




この試験が終われば、確か大気と亜美ちゃんの話があったはず。焦ったような、余裕のないような大気がかいまに見える、そんな話。
ここはアニメの世界ではないから、一本が一つのお話の切り目というわけではなくて
きっと、亜美ちゃんや先生にキツイ言葉をかけるまで、大気なりの苦悩があったのかもしれない。このテスト期間の間にも。


はへらりと能天気に笑うと、「ですよねー」と相槌を打った。


「アイドルだってトイレにいきたいですよねえ」
「…は?」

「あ。四六時中目があったらキツイなあって言う例えでして。比喩的表現っていうんですかね?」
「いいませんよ」

大気が片方の口端を緩めるように、そっと、自然に笑う。
こういう笑い方はらしいなーとはノートを再び開いて、シャープペンシルを取りだした。

「ではわたしはもう少し勉強していくことにします。大気さんはどうされますか?」
「そうですね…わたしは本でも読むことにしますよ」


例えばそう、褒めてほしい人がいたとする
大きな手で頭を撫でて、「よくできたな」とか、「素敵ね」とか。褒めて欲しくて、褒めて欲しくて

他のひとの言葉だって嬉しいけれど、その人の言葉はその何倍ものパワーを持っているのだ。不思議と

だからきっと
大気が褒めて欲しいのはプリンセス

彼らが歌が届いて欲しいと願っているのは、彼女一人


グルグルした時、一人になりたかったり、誰かに一緒にいてほしかったりするけれど、だからといって横から色々言われたくもない。
特に親しい人といるのは、少しキツイ時もある。
そう言うのも何となくわかるし、
何より読書をはじめた大気が自分の席ではなく、の前の席で読んでいる所を見る限り、
あまり親しくもない自分が一緒にいるくらいが一番落ち着くのかなあと解釈もできるので

は小さく笑うと教科書に視線を落とした。


(ふ…これでテストに向けて強い味方が現れたぜ)


はじめて言葉を交わしたとは思えないほど
のんびりと穏やかで、そして静かな。どことなく温かな空気の中、二人は各々の事をして過ごしたのである。












「アイ アム ウィナー!!全教科平均点以上、取れました!!!」

「っていうかな、あんだけ勉強して何で平均点以上やねん」
「テスト範囲が広すぎたんですよ。しっかりできたのは前半のみで、後半はほぼヤマはってましたから!!」

「威張ることじゃねーだろ…(そもそも理解が遅すぎるっていう敗因は思い浮かばねえんだな、コイツは)」