「げほっ、ごほっ」

通ってきた穴のあまりの埃っぽさに咽るの横で、リオンは涼しい顔で夕暮れが差し掛かる空を見つめていた。
ふとそんな彼を見上げたは、モンスターの骨に覆われた彼の顔が蜂蜜色に染まって行るのを見て、何となく視線を逸らしてしまう。気まずい。


フィリアの話を聞いていた時は、
勢い余ったというか、感無量だったというか、思わずリオンの手に手を添えてしまったりなんてしたけれど、我に返ればとんでもなく恥ずかしい事をしてしまった。砂糖でも吐きそうだ。

会話のない状態なんて今までいくらでもあったのに、無言の空気に身体がソワっとしたは、行き当たりばったりに口を開きかける。


「ねぇ、り…」
「ジューダス! さん!」


覆い被さるようなカイルの声にが「わ」と驚いた声をあげて、
遠い瞳で雲を追いかけていたリオンも、今しがた自分たちが通ってきた道を振り返った。


その瞳にカイルが映る。


「ひ、酷いよジューダス。さん。いきなり出て行っちゃうんだもんなぁ。助けて貰ったお礼もまだ言ってないのに」

ぶすくれて云うカイルに、ジューダスは平然と一刀両断した。


「礼などいらん。偶然通りかかったら、お前たちが無様に這いつくばっていたから、気まぐれで手を貸してやった――それだけだ」

実際生で聞くととんでもなくいいわけくさい言葉に、は隣で噴出す。
途端にジロリと睨まれて、は目元の涙を拭いながら肩を揺らして笑った。


「言い訳にしても、もう少しいい物を考え付かないんですか?」
「う、うるさい!」

「そうだよ。どうやったらあんな所を偶然通りかかれるのさ!そんなわけないじゃん!助けに来てくれたんだろ!?そうに決まってるよ!」


云ってる事は筋が通っているけど、
さすがスタンの息子。キング・オブ・ポジティブシンキン。言い切る勢いが半端じゃない。

カイルの並々ならぬ迫力に圧倒されたリオンが数歩下がりながら、勢いに飲まれぬよう、咳払いを零す。


「……そう思いたいなら、勝手にしろ」


行くぞ、
声をかけられて、歩き出した彼の隣に並ぶと、突然リオンが後ろにつんのめった。見れば、マントを掴んだカイルがいる。


「ご、ごめん…。でもさ、ジューダスはどうしてオレ達の事を助けてくれるの?」

リオンは答えない。
その代わり、愛を持って答えてあげた。


「それはね、カイル。ジューダスはカイルの事が大好きだからだよ!
ジューダスはカイルの事を想うと夜も心配で眠れず、こっそり見守っちゃったりするくらいカイルの事を愛しているの。

あ、でもね
わたしとしてはカイジュダよりもロニジュダ推進派だから、これを機にロニがそっちの方に目覚めてくれたりなんかすると、腐女子なお姉さんとしてはゴチソウサマな訳なのですヨ。

どうかな、ロニ?
こうみえてジューダスの素顔はチョー別嬪さんだから、男でも全然イケるとおも……っ」



殴られた。
しかも、レイピアの柄でと来たものだ。

打たれた後頭部を抑えてうずくまったが「おぉぉおおおぅ」と野太い悲鳴をあげる様を、ポカンとした顔でカイルとロニ、リアラが見ている。


「どこをどうしたらそういう発想が起こる?」

静かなリオンの声に、はビクゥッと身体を揺らして怯えた。


「す、すいませ…。
ジューダスがいえない代わりにカイルへの愛を伝えようと想ったら、つい腐った方向に走ってしまって……その、色々と今まで我慢していた熱があふれ出したといいますか…」


十八年前は必死すぎて萌える余裕もなかったからな、わたし。
いやはや、心の余裕というのがいかに大事な事か身を持って知ったである。

今だって、殺気ビンビンで今にもを殺そうとする勢いのリオンが隣にいるにも関わらず、鬱憤を晴らしたように心の中は清々しいのだから。ああ、空って綺麗!


気を取り直したようにジーッとリオンを見つめるカイルの瞳に、彼はあらぬ疑いをかけられた犯人のように、弁解がましく口を開いた。


「ぼくは!
お前を見ていると、危なっかしくてイライラするからだ。なんにでも首を突っ込みたがる。相手の力量も見極めずに斬りかかる。少しは考えたらどうだ!?」



無理だよ、だってスタンの子どもだもん。
という冷静な突っ込みはおいておいて。

はカイルの顔がにまぁっと微笑むのを見逃さなかった。


「な、なんだ?」


子どもにあるまじきその笑顔に、リオンも何か寒いものを感じたらしい。もう数歩後退さる。

「ふふー、よく見てるじゃん、オレたちのこと。
そっかぁ、外から見ると、オレ達ってそういう風に見えるんだ。なるほど、ジューダスがイライラするのも分からなくもないな」


「うん。正確にいうと、カイルオンリーだとわたしは思うけどね。ロニはいたって冷静に巻き込まれてるだけだと思うよ!」
「うんうん、だったらさ!ジューダスとさんも一緒に来ればいいんだよっ」

「あ、全然わたしの話を聞いてないな…」

「遠くで見てるからイライラするんじゃないかな?だったらオレたちと一緒に来て、その場で色々云ってくれればいいんだよ。
それに、フィリアさんも言ってたじゃん!リアラには仲間が必要だって。ジューダスとさんくらい腕の立つ仲間がいれば心強いし、一緒に旅をしようよ!

それにオレ、もうフィリアさんにさんは仲間だって云っちゃったし!」


ダメ押しのように付け足された言葉をリオンがどう思ったか知らないが、はジーンと胸が熱くなるのを感じる。
ああ、もう!カイルかわいいっ。そのハリネズミ・ヘアーごとグリグリしたい――っ!

わっきわっきと手を動かすの横で、リオンは何かを考え込むように視線を落とすと、小さく笑った。


「止めておけ。
ぼくたちを仲間にすると、ろくでもない事になるぞ」

リオンの言葉に、が動きを止める。
見上げた彼の表情のあまりの痛々しさに、も表情を暗くして、下唇を噛み締めた。


フィリアは確かに、ああ云ってくれた。
スタンだって、ルーティだって、きっと同じ事を云ってくれるだろうと思う。


リオンはマリアンを助けるために、道を選んだのだと。
はリオンを護って死んだのだと。

でも、一度は彼らに剣を向けたという事実は何一つ変わらないのだ。


「ろくでもない事?」

カイルが小首を傾げる。

「……話す必要はない」


けどそれを、リオンは後悔しているのだろうか?

「ふーん……まぁいいけど。オレは気にしないよ。だって、英雄に困難は付き物だからね!」
「お前は分かってない!だから能天気な事がいえるんだっ」

「でも、一緒に来なくても、少し離れてやっぱり着いてくるんだよね?」

「…」
「だったら一緒に行こうよ! ねぇ、さん!?」

「えっ」


突然話を振られ、ぼうっとしていた意識を引き戻されたは瞳を瞬かせる。えと、今、どこまで話進んだんだろう?
困った顔でリオンを見ると、彼はなんとも言えない表情でを見下ろしていて、カイルを見ると、彼は熱い表情でキラキラ瞳を輝かせている。


「わたしは、」

でかかった言葉がつっかえる。

カイルと一緒に行きたい。
そう云えばいいだけの話だ。

どちらにしろ、ここから先の展開はもう決まっているのだから。

それでも、胸の奥に残ったシコリの存在が大きくて、はしばし言葉を捜した。


「わたしは、ジューダスについて行くから…。彼が決めればいいと思うよ」


「ジューダスは、後悔してる?」


何の前触れもなく、たった一言の問い。それでも、会話の流れからの真意を測るのは容易なことだったようで、リオンは眉間に皺を寄せた。


「わたしは何一つ後悔なんてしてないよ。
思わぬジューダスを傷つけた事については、もちろん反省してるけれど。

でも、あの時ジューダス云ったよね? 何度生まれ変わっても、ぼくは同じ道を選ぶって。わたしも同じだよ。
何度時間が戻ったとしても、わたしはきっとあなたの背中を押すと思うの。もちろん、今度はもう少し違う方法を探してみるけど」

そう云っては、カイルに視線を向ける。
この誰よりも無垢で真っ直ぐな少年がどう答えてくれるのか分かっているうえで、こんなことを聞くのはいささか卑怯な手段を使っているようで心苦しいけれど。


「あのね、カイル。
聞いてて分かるように、わたしたちは前科持ちだから、あんまり仲間にはお勧めできないよ。それでも一緒に旅しようって云ってくれる?」

「もちろんだよ!」


やっぱり。
間髪いれずに答えるカイルには笑顔を返して、仮面の奥で紫色の瞳を揺らしているリオンを見つめた。


「未来の英雄さんはこぉんなに心の広い事を云ってくれてるけど?」

云うと、彼の唇に微笑が浮かぶ。
微笑といっても、途方に暮れた子どものような笑顔だ。


「ぼくは、後悔している。
あの道を選んだ事をじゃない。ぼくがもう少し大人だったら、ぼくにもっと力があれば、違う道が選べたはずだ。彼女も、お前も、どちらも護れる道を」

「んな事云ったってしょうがないでしょ。坊ちゃん子どもだもの。にんじんとピーマン嫌いだし、プリン好きだし、プリン好きだし、プリン好きだし」
「好き嫌いは関係ないだろう!?」
「うん、確かに」



完璧アウェイな感じの話になってきたので、元の線路に戻す事にする。



「カイルとフィリアさんが云ったじゃないですか。
後悔じゃなくて、反省をしなくちゃいけないって。

わたしたちは、また道を探す事ができるんです。選ぶことができるんです。

それを、後悔に飲まれて有耶無耶にするほうがいいんですか?

どんな形でだって、今わたしたちがココにいる事に変わりはないでしょう?せっかくだから、もう一度あがいてみましょーよ。
――わたしたちの大切な仲間の宝物と、一緒に」


スタンとルーティが紡いだ道の先にいるこの子を。
一度彼らを裏切ったわたしたちにだからこそ出来る何かがあるのではないか
みなまで云わずとも、リオンは何かを察したようだった。ふ、と小さく笑う彼の声が答える。


たっぷりの間をおいて、ようやくリオンは「ああ」と一言呟いた。
その瞬間、カイルが花を咲かせたような笑顔を浮かべる。


「やったぁ! ロニとリアラも、いいよね!?」


「…カイルがそうしたいのなら、オレはそれでかまわねぇよ。カイルの意見を尊重する」
「わたしも構いません。ジューダスさんとさんがいてくれるのは心強いです――あなたたちが何者であろうと、今は」

それに、
とリアラはふわりと笑う。


「なんだか、素敵だもの」


飾らない言葉に、が「うへ!?」と声を裏返らせて、あわわと唇を震わせ始めた。


「リアラの方が素敵だよ! ねぇ、カイル!?」
「え、あ、うんっ」

「そう素直に認められるとお姉さんも複雑だけど、まぁその初心な感じがたまらん萌えだから許す!」


カイルに抱きつこうとした後ろ首を掴まれて、は嫌だいやだと首を横に振った――「カイルぐりぐりしたい――っ」


「もえるな、近づくな、抱きつくな!」
「今更ですけど、ここに来てジューダスの口うるささが増してると思うんですよ、わたし!」

「お前こそ、ここに来て奇行が増しているぞ!」
「元々はこんななんです! あの頃はシリアス面してただけなのぉぉぉおおぉぉ」


キャラにあわないことをするから疲れるんだよ。
この場にがいれば、鼻で笑って言い放ったに違いないとは思う。


グスッと鼻をすするの傍らで、明らかに不機嫌な坊ちゃんが腕を組んでふんぞり返っている様子に、ロニはハハッと乾いた笑い声をあげた。



こりゃ、ますます賑やかな旅になりそうだぜ…。





【後悔と反省】




スノーフリア行きの船のチケットを手配して、カイルたちが買ってくれていたハンバーガーをモグモグし終えると、は懐かしいスノーフリア行きの船に乗った。
といっても、だだっ広く広がるだけの海はなんの代わり映えもなく、十八年と云う時間なんて感じさせない。

ぼぅっと丸い窓から空と海を見ていると、ベッドを整え終えたリアラが声をかけてきた。


さんは、甲板には出ないの?」
「うーん……。出るのもいいかなぁとは思うんだけどね。ちょっと考えたい事とかあったりなかったりして…」


その上で、船酔いで不機嫌になっている坊ちゃんと出くわしたりすると、ロクな事がないに決まっている。
その点部屋にいれば思う存分物思いに耽る事ができるので、たまにはこういうゆるりとした時間を過ごすのもいいかなぁと思ったくらいの話なのだが、
リアラにいらぬ気を使わせてしまったようで、彼女はスカートの前で手を組むと、視線を泳がせた。

「えっと、じゃぁ…わたしは外に出た方がいいかしら?」
「あ、ううん。そういう意味で言ったんじゃないのよ。リアラはしたいようにして!」

「そう? ………じゃぁ、聞いてもいいかしら?」
「ん?なぁに?」

「幸せって、さんは何だと思う?」


少し声のトーンを落とした問いに、はリアラに視線を向けた。
瞳を伏せている彼女は、白い頬に影を落として黙り込んでいる。「幸せ」というのは、二人の聖女として生まれたリアラにとって「英雄」の次に意味のある言葉なのだろう。

はリアラを手招くと、ベッドの隣に腰掛けている自分の隣を叩いた。こくりと頷いた彼女が腰掛ける。


ちんまりと座るリアラは、本当に愛くるしい。


「あのね、わたし、リアラにそっくりな人を知ってるよ」
「…え?」

「その人もね、年甲斐もなく重たいもの一人で背負って、今のリアラみたいな顔してた。追い詰められた、もう後はないって感じ?」


がクスクスと笑うと、リアラはパチリと瞬いて、釣られたように微笑む――「ジューダスの事?」


「え、何で?」
「だってさん、ジューダスの事話すとき、少し顔が違うもの」

「そう…かなぁ?」


自覚はゼロだ。
頬をムニーと引っ張ってみると、現れた変顔にリアラが噴出す。


「まぁ、うん。ジューダスの事だけどね。
それでね、そんな彼を見てわたしは思った訳ですよ――その荷物、ちょっとでいいから持たせて貰えないかなぁ…と。

実際あの頃の坊ちゃんは、回りみんな敵だと思ってたし……ワタシアナタノミカタデスヨーって云った所で、
フンって鼻で笑った挙句シャドウエッジ繰り出すような人間だったから、わたしはわたしなりに幸せにしてあげようと思ったわけなのよ」


「…出来た?」

「ううーん、出来なかったって云った方が正しいんじゃないかなぁ…。
ジューダスの心にかなりダメージ与えたみたいだし。ホラ、あの過保護さ尋常じゃないでしょう?」

「うん」

「わたしもまさか、自分がした事がこんなに驚きの事態を引き起こすとは夢にも思ってなかったけど
でも、あの時ジューダスに云ったみたいに、わたしはきっと何度生まれ変わったとしても、ジューダスの幸せを願って背中を押すと思うの。

わたしね。
フィリアさんはエゴかも知れないって云ってたけれど、誰かの幸せを願うことって、エゴそのものだと思うよ。だって、その人の幸せが何かって分かんないじゃない?


……リアラはさ、何が一番幸せ?」




聞くと、彼女はあからさまに困った顔をした。
「え?」とか、「うーん」とか繰り返した後で、肩をすくめて小さく首を横に振る。



「分からないわ」
「わたしはね、食べてるとき、寝てるとき、遊んでいるとき、萌えているとき、ンでもって、大事な人の幸せを願っている時が一番幸せな瞬間な訳ですよ」

「大事な人の幸せを、願って…いる時?」




「そう。だからジューダスの幸せを願ったの。
ジューダスは自分のためにわたしが犠牲になったと思ってるのかも知れないけれど、それはまったくの勘違い。ネガティブゲイトなのよ。

わたしはわたしの幸せを貫いただけ。



そんなに苦しそうな顔で、全部背負わなくていいんだよーって教えてあげたかったの。
あの人が、心から想う人と過ごす未来を作る手助けをしたかった。


だから、少なくとも、わたしの幸せを願う気持ちはエゴだと思うの。


……リアラ、
この世界にいる何万人の人々の幸せを考える前に、まずはリアラが胸を張って幸せだっていえる事を見つけてみたらどう? リアラだけの幸せ」


「わたしだけの、幸せ」


「そーそ。
そんで幸せが分かった時、誰かの幸せについて考えればいいと思うの。じゃなきゃ、幸せなんて途方もない言葉だし。

それまでは、もっと肩の力を抜いていいんじゃない?

何もかもをリアラが背負う必要なんてまったくないよ。英雄探しも、幸せ探しも、リアラが見つけなくちゃいけない事には変わりないけれど、だからと云って背負い込みすぎるのもよくない。
カイルはリアラの力になろうとして一杯一杯だし、きっとリアラが上目遣いでお願いしたら、何でも持ってくれると思うの。

だから、リアラもその分カイルの荷物持ってあげればいいじゃない?

わたしだって、かわゆいリアラの荷物くらいいくらでも持ってやんよー。
こうみえてお姉さんはなかなか図太くしぶとく大人への道を歩みはじめた人種だからねぇ、ちょっとやそっとの事じゃぁ、めげない!諦めない!へこたれない!

せっかく仲間になったんだもの、これかららしくなっていくためにも、まずは気楽に行きましょ」


「…さん」
でいいよ」


「うん、、ありがとう」
「おう。頑張れリアラ!英雄探しも、幸せ探しも、手伝える事はするからさ!」

「ええ」


細い指先が真っ赤な唇を隠して、リアラは鈴の音のような笑い声をあげる。茶色い髪が肩の上で揺れる仕草はまさに女の子そのもので、は瞳を細めて笑った。
やっぱり萌える。
リアラとカイルは可愛いよ!イチャコラしてても殺気が沸いてこないもん!ビバ☆

がニコニコと微笑んでいると、リアラは先ほどとは打って変わって、清々しい顔でベッドから降りた。
まるで憑き物が落ちたような代わり映えに、つたない言葉だったけれど、何かが伝わってたらいいなぁとは思う。


「わたし、海を見てくるわ」
「うん、いってらっしゃい」

部屋を出て行くリアラを視線で見送って再び窓の外に眼を向けたとき、続けざまにドアが開いた。


「ん?リアラ、忘れ物?」

振り返れば、
そこにはリアラではなく、仮面をつけた怪しげな少年。またを、我らが坊ちゃん。


はポカンと口を開くと、「これはまた見計らったようなタイミングで」と、間の抜けた賛辞を述べた――「つーか、ノックくらいしてくださいよ」


ここ一応女組みの部屋なんだよ?
と云うと、「どうせお前しかいないからいいんだ」と当たり前のように返ってくる。つまりはリアラが出て行ったのも知っているらしい。さては盗み聞きしてたな……。


困ったような顔で苦笑したは、窓の外に視線を戻した。


「そんな事ばっかりしてるから、ストーカーだの変態だの呼ばれるんですよ、坊ちゃん」
「ストーカーも変態も、云ってるのはお前だけだ」

今のところはね


実際カイルはオブラートに包んで云っていたけれど、率直に云うとストーカーって呼んでたものだと思う。うん、やっぱりカイルってすごい才能の持ち主だ。







「ねぇ、リオン」
「……なんだ」

「リオンは何にも自分を責めなくていいと思うよ、わたし」


部屋のドアが閉まる音が聞こえ、壁にもたれかかったらしい、木が軋む音が届く。
それを聞き届けてから、は言葉を続けた。

「わたしね、リオンの事尊敬してるの」
「尊敬?」


「そう。
まー、直接リオンにこんな小恥ずかしい話をする日が来るとは思ってなかったから上手くはいえないと思うけれど

……わたしもね、基本的には好きな人を想って命を投げ出すタイプの人間なのよ。

その人を護るためなら、何だって出来る人間だと思うの。
誰かを裏切る事も、自分を偽る事も、死ぬ事も。だからね、リオンの気持ちが何となく分かるような気がしてた。ずっと。


だけど、わたしはある人たちに教えて貰った。
命を賭けて死ぬことよりも、命を賭けて生きる事の方がよっぽど難しい事なんだって。求め続ける方が難しい事なんだって。

だからわたしも、生きて叫び続ける事にした。
そういうサイテイな人間である自分もひっくるめて、この世界で生きる事を選んだんだ。

わたしをここに落とした全てのものに、ザマーミロって云ってやろうと思ったの――まあ実際、そんなにカッコイイ生き方はできてないけど」



だけどね、
と云った言葉は切なさに少し掠れて、

は海を見つめる瞳を揺らした。



「そう決めた時、改めてリオンの言葉を聞いて――すごいなって思ったんだ、わたし。
昔同じ台詞を聞いたとは思えないほど、全然違う重みを感じて、痛みを感じて、尊敬したの。

わたしが選ばなかった道を選んだ人。
大好きな人が自分の命だっていえる強さ、何度だって同じ道を選ぶって云う言葉。貫き通した想い。

リオンはね、わたしの英雄なの。
あの人たちがわたしの命を作ってくれた人なら、リオンはわたしの憧れの人。生きると決めたからこそ、あなたをすごいと思った。尊敬してるの。幸せになって欲しいと思ったの。願ったの。

あなたは、手を伸ばせば護れる位置に愛しい人がいるんだもの。
なら、その手を伸ばして欲しいと思った。諦めないで欲しい。だって、あなたは手が届くんだもの。



大切な人を想う強さを持っているあなたは、英雄と呼ばれるにふさわしい。
悲運の戦士なんて、裏切り者なんて、そんな形容詞クソクラエ。

だからわたしは、わたしに出来る事をするためにここに来たの。
ね? リオンは何にも自分を責める必要なんてどこにもないんですよ。それどころか、何度同じ運命が来たとしても、同じ道を選んで欲しい。

わたしが今度は、もっと上手くあなたの幸せを願うから」



リオンが動く音が聞こえて、は首を巡らせた。そこには仮面をテーブルの上においているリオンがいて、無防備に素顔をさらす彼にはギョッと眼を見開く。
「ちょ……、いつリアラが戻ってくるか分からないんだから!」

「ぼくは、リオン・マグナスが大嫌いだ」
「…」


端的に吐き捨てられた言葉に、胸が痛む。


「だから、マリアンがリオンと呼ぶのも、いやだった」



それも知ってる。
リオンはいつだってマリアンに、本名であるエミリオと呼ぶ事をせがんでいた。呼ばれて、嬉しそうだった。

読んで来た夢の中でも、彼はいつだってヒロインにこういう――「エミリオと呼んで欲しい」

それはいかに彼がリオン・マグナスという自分の存在を嫌っているかという事を示していて。それがとても、すごく悲しい。


「ぼくは、」
「わたしは、リオンが好きだよ」

「……な…」


頬を赤くするリオンに、は自分が何を口走ったか遅れて理解して、慌てて首を横に振った。


「そういう意味じゃなくて! あ、いや、そういう意味じゃないっていうのとも違うけど……今はそういう話じゃなくて、その、
リオンはリオンを嫌いだっていうけれど、わたしはリオンが好きだよっていう意味で…あれ?だから、その、」

だんだん自分がいってる意味もわからなくなってきた。


「あー」とか「うー」とかいって尻すぼみになっていくに、リオンは小さく笑うと、頷く。



「ぼくは、エミリオ・カトレットだ」
「……うん」

「でも、リオン・マグナスでもある」
「……」

「そして…、………ジューダス」


名前なんて、無意味なものだ。
そういう程、彼は自分を偽ってきた。作ってきた。たった十六年しか生きてないのに、二度も。そして今度は三度目。

ジューダスとして、彼はカイルと一緒に旅をすることに決めたのだ。



「でもぼくは、
お前に呼ばれるならリオンがいい」

「……リオン、」



歩み寄って来た彼が、ベッドに座っているの足元に肩膝をつく。きょとんとしている間に恭しく片手を取られて、そっと落とされた口付けには心臓が止まった。


「エミリオ・カトレットは、マリアンを護る事を決めた。
――リオン・マグナスは……ジューダスとして存在する間も……お前を護ると誓おう」

「!!!!????」



瞬時に頬が燃えるように熱くなる。
そして汗はダラダラ、せわしなく眼球は動き、はしどろもどろと言葉を無くした。

「う、あ…」
「…」

「え、っと……」
「………」


「さすがリオンは、王子様ルックしてただけあるね」




やっとの事紡いだ言葉は、リオンの意表をつくには十分だったようで、今度は彼がポカンと口を開く番だった。


「だ、だって!す、素でそんな事される日が来るとは思わなかったし!こういう時冷静に対応できるお姫様スゲーっていうか、少なくともわたしは無理な訳で…ニ゛ャ――ッ!


挙句の果てに奇声。
そのままベッドに雪崩れ込んで、頭を抱えたまま丸太のように転がり出した彼女を、リオンは呆れたように眺める。続けてぽつり。


「原因はシャルじゃなかったという事だな」


そういえば、と。
ははたと動きを止めた。

いつも彼の背中にくっついてるお喋りボーイがいない…。

「あの、シャルティエは?」
「積荷の中に置いて来た」

「ちょ!アレああ見えてソーディアンなんですけど!?」



積荷って…ソーディアンを積荷に放置ですか!?
「部屋には置いておけないだろう」とあっさり云う彼に、は「いや、だからと云って積荷はないでしょう!」と全力でツッコミを入れるしかない。

この坊ちゃん、時折カイル以上にカオスな行動を取る。


「あ゛あ゛あ゛――!とにかくシャルティエを迎えに行かなくてはっ」
「そうだな。そろそろ迎えに行くか」



ベッドから降りて一目散に積荷のほうへ走っていく彼女の背中を見ていたリオンは、やれやれと肩をすくめた。



「原因もアイツだと分かった事だしな」