ロニがリオンと派手な激戦を繰り広げたらしい。
は機嫌の悪いロニを横目で見て、小さくなっているリアラを見た。そしてお茶をすする。

肝心のカイルはリオンを追いかけて行ったそうで、気まずい空気に耐え切れなくなったリアラが、部屋でお茶を飲んでいたに助けを求めに来たのだ。

そうして、野郎三人組の部屋でのティータイムに変わった訳なのだが、
リアラは能天気にお茶を飲んでいるにどうにかして欲しそうで、でも何が起きたか説明できるような空気じゃないし、と、困り果てているようだ。



しかしながらは、大体何が起きたか知っている。あえて首を突っ込まないで部屋にいただけの話だ。

はずずっと音をたてて紅茶を飲むと、ロニに向かって口を開いた。


「ロニはさ、ジューダスがどうのっていうより、ようするにカイルが心配な訳でしょ?」
「…」

「ジューダスやわたしみたいな怪しい人間がカイルの傍にいる事が不安で、慎重にならなきゃいけない立場だって思ってるんだよね。
だってカイルってば全然危機感ってないものね!レッツ・ポジティブシンキンだし!」


ロニは直接に、何かを云ってきたりはしない。
それはある意味持ち前の紳士気質が邪魔をしているだけの話で、が男なら、もうすでに容赦なく問い詰められているだろうと思う。女性に優しいってだけの話だ。

その証拠に、ロニはようやく反応を示す。


「オレは別に…さんの事を怪しいとは……」
「嘘付け嘘付け。お姉さんも自分が怪しい存在だって事は十分理解しているのだよ。だってほら、ジューダスの知り合いだし!」



派手な服装で仮面被ってる彼の知り合いだというだけで、十分怪しい。それに、ロニはフィリアの時にが取った行動の不審さだってちゃんと気づいている。
なんたってパーティの中でロニが一番冷静だ。


「でもね、ロニ。
ロニとは考え方も表現の仕方も違うけれど、ジューダスだってカイルが心配なんだよ」


だから、彼もきっと、分かっているはず。
ジューダスがカイルの事をちゃんと見ている事くらい。考えている事くらい。 ただ――。


「ジューダスはツンツンした言い方しか出来ないからねぇ……どうせロニの神経逆撫でるような事云ったんだろーし、そこは遠慮なしに怒っていいと思うよ。
でも、ジューダスの気持ちも汲んであげて欲しい。

何も云わない彼を理解しろなんて無茶な事はいえないけれど、何もいえない事は分かって欲しいの。

いえない事はあっても、
ジューダスはジューダスの方法でカイルを護ろうとしている。ロニはロニの方法でカイルを護ろうとしている。――それで喧嘩するなら、すればいいんじゃない?

わたしもジューダスに、大事な事黙ったまんまだし。
ジューダスはみんなにいえない事があって、リアラもいえない事がある。ロニだって、カイルにいえない事の一つや二つあるでしょう?

それを赤裸々にすれば仲間になれるっていうなら、仲間にはなれないかも知れない。
でも、お互い抱えてる何かが違って、見ているものが違って、それを補える意味でなら仲間になれると思うから、いくらだって衝突すればいいじゃないかぁ」



クッキーを一口。
ちなみにこのクッキーも紅茶も、リオンへの貢物の品々だ。

たまに部屋から出るたびに声をかけられては、あれやこれやと貢がれて困り果てている坊ちゃんに押し付けられたのを遠慮なく食している。

きっと食べ物も、美味しく食べてくれる人の口に入った方が幸せだと思うから!



は紅茶に口をつけて、ふふっと笑った。


「君たちはきっと、最強の仲間になれるよ」


「…さんは、」


ロニが口を開きかけた時、扉が開いた。
勢いよく入ってきたハリネズミが必死にまくし立てるようにしてジューダスに対するや、ロニから聞いたスタンの心の強さの話をし、
ジューダスが戻って来たら快く受け入れて欲しいと頭を下げた。


うーん。やっぱりこのパーティの中で一番大人なのはある意味カイルかも知れない、と、はクッキーを頬張る。こんなカイルだからこそ、みんな心を打たれたのだろう。
は立ち上がると、紅茶を淹れはじめた。
部屋から持ってきていたリアラのカップ、そして野郎三人のカップを暖めながら静かに微笑む。


その時、扉の向こうから足音が聞こえてきた。
カツカツと床を踏んで歩いてくる音は、それだけで慣れ親しんだものだと分かる。

ガチャリと扉が開いて、カイルの「ジューダス!」という嬉々とした声が響くと、も首を巡らせた。扉の向こうには無表情の坊ちゃん。


彼は入ってくるなり自分のベッドに向かうと、ゴソゴソと荷物を漁り始めた。
その様子を見てカイルがしゅんと首をうな垂れる。が。


「何をしている。予定が早まって、明日の明け方にはスノーフリアに着くそうだ。ちゃんと準備をしておけ。特にカイル。寝坊したら置いていくぞ」
「えっ、じゃぁ――!」


ジューダスが唇に微笑を浮かべる。それが彼なりの答えだ。
が紅茶をカップに注ぎ出すと、リアラが「あの、」と小さく声をあげた。細い指を絡ませながら、まつげを震わせる。


「……ごめんなさい、わたし、まだ、色々と云えない事があるけれど、わたしも、あなたを信じます」
「秘密があるのは、ぼくも同じだ」

「――うん、ありがとう」


「あ、あのよ。ジューダス……さっきは悪かったな。ちょっと云い過ぎちまってよ」
「いや、ぼくも大人気なかった」


ふっとジューダスが瞳を細める。


「おまえのように、精神的未発達でこどもな人間と同じレベルで言い争うなど、精神的に成熟した大人のぼくがすることではなかったと反省している」

ぶはーっとは噴出した。
ロニが「な」と憤る。


「な、な、なんだよそりゃぁ! オレがガキだって言いたいのかよ」
「そういったつもりだが分からなかったか? ふむ、少々言い回しが難しかったか。今度は幼児にも分かるよう、もう少し噛み砕いて説明しよう」
「こ……この野郎は口がへらねぇ…」


なんてったってリオンだからねぇ…。
のほほんと笑ってテーブルにお茶を並べていくと、最後のカップをリオンに渡す。そんなに、ロニが火を噴くように叫んだ。


さんも、そんなイケスかねぇ野郎のどこがいいんですか!?」

え!? 急に話の矛先がわたしに向いた!?
と、は顔を真っ赤にして怒っているロニを向く――が、明らかに返答に困る問いに、は何も聞こえなかったふりを決め込む事にした。
そのまま踵を返して歩き出そうとした所を、リオンに止められて、怪訝な顔を向ける。


「…何?」
「いけすかないヤツだというのはぼくも同じだが、そこはぼくも聞いておきたい所だな」

「人前で何を云えと云うんだ!」

その後、怒り狂ったがジューダスの足を踏み、ひっくり返った紅茶が遠くにいたロニに掛かるという災難に見舞われ一時部屋は騒然な状態となった。合掌。




【君たちはきっと、】





スノーフリアにて、
真っ直ぐと城へ向かいだしたカイルたちに、は一時パーティを離れたいと申し出た。

「え?何で?」
素っ頓狂な顔で訊ねるカイルに、は苦笑を返す。


「ちょっと一人で行きたい所があるの。大丈夫。すぐに合流するわ」


リオンは何か言いたげな瞳を向けていたが、があえて一人で行きたいと云った甲斐があったようで、しぶしぶと云った態で城へ向かうカイル達と同行した。
おそらく彼は、がウッドロウに会う事が出来ないことについてパーティを離れたと思っているのだろうから、謁見に立ち会わない後を探すのかも知れない。その前に動かなくては。


みんなの背中が見えなくなった後、はもと来た道を戻ると、英雄の門へと向かった。そのまま横にある階段を駆け上り、小部屋へと向かう。


「…」

そこには、九つの肖像画があった。
スタン、ルーティ、フィリア、ウッドロウ、マリー、コングマン、チェルシー、ジョニー、――そして、


「リオン…」


ちゃんと、ある。
はギュゥッと胸の前で手を組むと、下唇を噛み締めたまま、その絵を見上げた。
英雄ということでかなり美化されたのだろう、素敵笑顔を浮かべたリオンと、その手に抱えられたシャルティエがキラキラと輝いている。

称号は、孤高の英雄。


下に長々と書いてある役割を読む余裕もなく、その絵と、英雄という文字だけで十分だった。ぼんやりとその肖像画を見上げるの瞳に涙が滲む。
よかった、と呟く声がかすれて、はおっかなびっくり手を伸ばすと、ゆっくりとその肖像画に触れた。冷たい肖像画。




ああ。

英雄になって欲しかった、この人に。
それはの、勝手な願い。

彼自身はそんな称号いらなかったに違いない。自分の選んだ道が蛇の物だったとしても、何一つ後悔がないと言い切るような人だったから。だけど、それでも。
裏切り者だと呼ばれるには、あまりに綺麗な人だった。あまりに優しい人だった。


は両手をつくと、ゆっくりと肖像画に身を寄せる。頬をつけ、瞳を伏せると涙が零れた。


「よかった、よかったよ」








『坊ちゃん、声をかけなくていいんですか?』
背中のシャルティエに問われて、リオンは「ああ」と頷いた。奥からは、がグズグズと鼻をすすっている音が聞こえてくる。
カイルたちと別れて、不自然にいなくなったを気になって探してみたのはいいものの、彼女の姿は街のどこにも見当たらなかった。ようやく見つけたと思ったら、こんな所で泣いている。


ため息を吐いたリオンの後ろで、シャルティエは意気揚々と声をあげた。


『「」「リオン…」「そんな冷たい肖像画じゃなくて、ぼくを抱きしめたらどうだ?」「いやだわリオン!恥ずかしい!」』



ガシャーンッ!
思わずシャルティエを投げると、激しい音と共に床にぶつかったソーディアン
飾ってあるレプリカよりも酷い扱いを受けているモノホン。痛くもないくせにブーイングを起こすシャルティエを他所に、リオンは彼女のいる場所を覗き見た。


派手な音に気づいたようだが、それがどこから鳴ったのか分からないようで、キョロキョロと辺りを見回しているは騒音の原因がリオンとシャルティエだとは思っても見ないらしい。
ぐぃっと涙を拭って、自分の両頬を叩く。


「よし!メソメソ終わりっ」


そうして歩き出すと、不意にスタンの肖像画で足を止めた。見上げた彼女は、あの頃と何一つ変わらぬ笑顔を浮かべているスタンに喋りかける。


「スタン。
カイル、すっごくいい子だね。

最初は、あのスタンが孕ませる方法を知っていたのかってすっごい驚いたけれど!!


ずるっとリオンがコケ、さすがのシャルティエも『…』といささか心配なものを見たような声で呟いたが、当の彼女は誰もいないと思い込んでいるため、気にせず喋り続けている。


「鳥頭といい、寝起きが悪い所といい、ホンットにそっくりで…一緒に旅をした頃をよく思い出すんですよ。
今思えばさぁ、もったいない事したなぁって思うんです。わたし、リオンをどうやって助けようかって必死で、その方法ばっかりに気を取られて、全然旅を楽しめなかった。

スタンがいて、ルーティさんがいて、フィリアさんがいて、マリーさんがいて…。

楽しんでいるつもりだったけれど、
今思うと三十パーセントも萌えられなかったなぁって思うんです。せっかくみんなと旅が出来たのに、ホントにもったいない事しちゃった」


そこで声が、途切れる。


「ごめんなさい、スタン。
スタンが死ぬ事を知ってたのに、わたし、何も出来なかった。

フィリアさんが傷つくのも知ってたのに、何も出来なかった。
リオンを護れればそれでいいって思ってたのに、そのリオンすら、知らない間にあんな風まで追い込んでしまって。中途半端にここにいる。……だからこそ、これから先は、違うから」


はっきりと云った彼女の声は、決意によってか力強い。


「あなたとルーティさんが繋いだカイルを、護るよ。カイルが大事に思っている子、リアラを護る。あなたたちが大切に育てたロニ、これから出会うナナリーやハロルド…そして、たくさんの人を。
何より、今度はちゃんと旅も楽しむ!
みんなとたくさんの話をして、萌えて、思い出をたくさん作るの!

………本当は、ここにいるはずがないからこそ…もっというと、スタンたちにさえ会うはずがなかったわたしだもの………たくさんの思い出を作らなくちゃいけないよね」


彼女が云っている意味がリオンには分からない。
それでも、彼女は言葉を続けた。


「リオンがね、いるの。あの頃と同じ姿で、変わんない口の減らない坊ちゃんのまま、わたしの隣にいるの。そんでもって、わたしを護るなんて云うんだぁ…。
正直云ってビックリだけどね。こんな展開予想もしてなかったし、リオンフラグ所か砂糖吐きそうな展開に、デレデレ嫌いのがいたらぶん殴られそうだと思うの!


まぁ…リオンとが顔を合わせる事はないと思うけど。

それはそうと。
だからね、リオンと二人で護るよ。

この時代にいるはずのないリオンと、そもそもこの世界にいるはずのないわたしと。
どこまで出来るかわからないけれど、出来る限りの事をして、スタンたちが作った未来を護るから



だから、



全部の戦いが終わったら、また蘇ってね。スタン。
ケッチョンケッチョンになるまでバルバトスのヤローぶっ飛ばしてやるから、そしたらまた、この世界で能天気に笑ってください。ルーティと、カイルと。ロニと。
あったかくて幸せな未来を、今度こそあなたの手で紡いでね!

短い時間だったけれど、あなたたちと旅ができて楽しかったです。そして、カイルたちと旅を出来る事を嬉しく思います。
だから、どうか…

この旅を見守っていてください」










城に行く前に、は防具屋へと足を運んだ。そして、数ある品々の中からローブを選ぶ。
が選んだローブを見て、店員は顔を渋めた――「うちの店にある品でそれを手に取るお客様がいるとは…思わなかったもので…しかも、女性だなんて」


足首まで隠れる程の長い裾。
フードを被れば、顔なんて見えたものじゃない。これは男性用だ。

だぼだぼとした格好のまま、はいいえと首を横に振った。


「これこそ、わたしの捜し求めていた品ですっ」
「そ、そうですか…」


本来ローブは魔法使い?であるリアラのようなキャラクターが着るもので、体術勝負が全般のが纏うべき服装ではない。
剣士と見受けられるだからこそ、店員は渋るのだろうが当の本人はまったく気にも留めてない。
はお金を払ってローブを買うと、まずは銃のフォルダーをローブの上から巻く。そして、背中の短剣を抜くとためらうことなくローブの裾を切り落とした。

布が舞う。

太もも程のラインで切り落とされた裾を呆然と眺める店員にはその布の処分を任せ、「完璧!」と意気込んだ。
これならどれだけ動いても邪魔にはならないし、肝心の顔は隠れるし、まさに打って付けの品だ。

リオンが仮面を被っている以上、まで仮面を被れば怪しさ二乗。髪を染めるには、この世界には適当なものがない。消去法で考えた結果、ローブが一番効率的だった。


ローブを着込んだまま店を出ると、顔を隠したままは城へと向かった。
もう少しで城に着くと云うとき門から駆け出て来たカイルとぶつかって、何も見らずに走っていたのだろうカイルはに謝ると、やはり何も気づかないまま走り去っていく。


「若いねぇ」

その様子におばさん臭い一言を向け、カイルを追って来たリアラとすれ違った。うんうん、若いって云うのはいいことだねぇ…。


カイルとリアラをやり過ごすと、一番難易度の高い人物がやってくる。リオンだ。
は気配を消して歩いていくと、ロニと歩きながら出てくるリオンの姿が見えた途端、物陰に身を翻して隠れる。こういう時、城というのは隠れる場所が多くて都合がいい。


「――は戻ってないのか?」
「ああ。お前、一緒じゃなかったのかよ」

「いや…」
「ふーん。珍しい事もあるもんだな。…丁度いい、ジューダス。お前に話がある」

「ぼくに?」
「ああ。ちょっとあっちに行こうぜ」


通り過ぎていく二人の声。
まるで校舎裏にでも行きそうな会話だな、とはほくそ笑むと、そのまま息を殺した。何分そうしていたのか、何十分そうしていたのか分からない。


突然、それは起こった。


何かが激しくぶつかる音、城が揺れて、崩れていく音が響き渡る。
それがスタートの合図で、はローブを被っている事を確認すると、一気に床を蹴った。動揺している兵士たちの間を通りぬけ、謁見の間まで駆けて行く。


「待て、きさま――」

に気づいた兵士が手を伸ばしかけるが、彼女はするりとそれを通り抜けると謁見の間の扉を開き、今まさにウッドロウに斧を振りかぶったバルバトスの間に割り込んだ。



剣と斧が交差する金きり音が響き渡る。

「させない」

ポツリと呟いたは、何の前触れもなく現れたに少なからずとも動揺しているらしいバルバトスの腹部にウインドスラッシュを唱えると、彼の巨体を弾き飛ばした。
「君は…」
背後で同じく驚いているウッドロウの不意を突いてみぞおちに拳を打ち付ける。


「くっ」


助けに現れたと思った人間に攻撃されるとは思ってなかったのだろう。あっさりと崩れ落ちたウッドロウを見下ろして、はフードを脱いだ。
素顔をさらしたに、バルバトスはようやく納得がいったように「なるほど。貴様か」と声をあげ、斧を構える。

「待ちわびずとも、いつでも相手してやる」
「どーも」


軽く笑ったが地面を蹴り、バルバトスも同時に走り出した。
兵士たちが割り込んでこないのを見ると、外もよほど大変な騒ぎになっているに違いない。こいつが連れて来たモンスターのせいで…。

剣を交えながら、は舌打つ。

モンスターの方はカイルたちに任せておけば十分だ。は彼らが来るまで、バルバトスからウッドロウを護ればいいだけ。


せめぎあえば簡単に押し返されるので、は適度な距離を取りつつ昌術を唱えて応戦する。の場合、イメージが重要な鍵を握っているので、詠唱時間と云うのがほぼかからない。
バルバトスの足を止めるのにはかなり役立つが、距離を詰められるとかなりキツかった。


「蒼龍滅牙斬っ」

攻撃は当たるけれど、致命傷にはほど遠い。
くわえてバルバトスの攻撃は一つ一つが重く、一発でも食らえばダメージは半端じゃなかった。

力のないでは、やはり一人でバルバトスを相手にするのは無理がある。それでも、カイルたちが来るまで何とか繋がないといけない。ウッドロウを護るために。


傷ついた人間を見るのは、一度で十分だった。もうフィリアのように傷つけたくはなかった。
この世界で出会った人々、同じ時間を過ごした人、少ない時間だったけれど、仲間だった人。


「させない」

もう一度は呟く。
自分に暗示をかけるように、静かにいい聞かせる。


「もう誰も……傷つけさせたりなんてさせない!千裂虚光閃!」


真っ直ぐと向かっていた技がバルバトスへとぶつかり、この機を逃してはいけないと距離を詰めた途端、異変が起こった。
バルバトスの身体が、床が、緑に染まる。

これは、毒。

は慌てて離れようとしたが遅かった。踏み出した一歩が毒に触れ、全身を火に包まれたような痛みが駆け抜ける。焼け付く喉、痺れるからだ。


「く」
息をのんだ瞬間バルバトスの斧が起こす風圧に飛ばされ、はウッドロウの台座にぶち当たった。背中が悲鳴をあげる――「ぅあ」

台座の下にはウッドロウ。
は何とか立ち上がると、気絶してしているウッドロウの前に膝をついて立ちふさがり、剣を構えた。だんだんと遠のいていく意識をなんとか繋ぎとめる。


余裕を見せ付けているのか、ゆっくりと歩いてくるバルバトスの姿が二重にも三重にも見えて、口の中に苦いものが広がったとき、はじけるように扉が開く音が聞こえた。
ぼんやりとした視界に映るのは、小さな英雄。

一杯に腕を広げた彼は、悲鳴に似た声で「さん!」と叫んだ。追うようにして、リオンの声が聞こえる。


!?」


よかった。
何とか護りきった。


は唇に弧を描くと、僅かに残っていた意識を手放した。