ロニとジューダスが広場での夕食を終えて戻って来た時、はナナリーと一緒に食後のお茶を飲んでいた。
どうやらおばちゃん達にこき使われたらしいロニはのんびりとしたその空気に苛立ちを抑えきれず激昂していたが、ナナリーがお茶を出すと、大人しく腰を下ろして茶をすすっている。
こりゃさぞ将来尻に敷かれるんだろうなぁ…ロニ。
カップの奥でニヤニヤと笑っていると、「もう起きていて大丈夫なのか?」とジューダスに訊ねられて、はコクリと頷いた。
「身体も元気な上に、お布団でぐっすり寝てお肌も艶々です」
まあ坊ちゃんには負けるだろうがな、
と云うのは女のプライドがさすがに許さず、お茶と一緒に胸の内へ流したに、ナナリーが何気ない調子で話題を振る――「は兄弟がいるのかい?」
ロニとジューダスが帰って来るまでナナリーとルーの話で盛り上がっていた二人としては当然な流れで、はヘラヘラと笑いながら「いますよ」と答えた。
「妹が一人」
「へぇ」
「え――!? さん、妹いるんですかぁっ!?」
「……なんでアンタが驚くんだい、ロニ…」
「いや、さんの身辺の話なんて聞いた事ねぇしよぉ」
「そうなのかい?」
驚いた顔でナナリーに聞かれ、は困ったように鼻をかいた。秘密にする必要もなかったので、取り立てて黙っていた訳じゃない。ただ、何となく話す機会もなかっただけだ。
がカップを置いて一息つくと、ナナリーは「ならなお更聞いてみたいね」とカラカラ笑った。
「どんな子だい?」
「えー………、あえて云うなら、限りなくフリーダム…ですかね。
今現在もきっとたくさんの人を振り回しながら爆笑してると思うんです」
メインキャラだろうがサブキャラだろうが、通行人Aですら巻き込んで暴れていそうな感じだ。
もしがアビスに合流する事になったら、全体的に巻き込まれた確立が多かった人間に「どういう育て方したんだ!」とか云って、と一緒に説教される可能性もある。こええ!
ひぃっとが自分の身体を抱いて震えていると、ナナリーはその様子がツボに入ったようで膝を叩いて爆笑をはじめた。
「面白い妹さんじゃないか! 一緒に暮らしてないのかい?」
「今はお互い出稼ぎの身で、離れて過ごしてるんです」
「へぇ、そりゃぁ心配だろう?」
「まぁ……主に周りの人が心配ですね…」
誰か暴走を止められる人間がいるのだろうか?
周りの人間がしっかりしてるといいんだけど…もうあれだな、ジェイド辺りに賭けるしかないな。
乾いた笑いを零しながらふと視線を向けた先にいた坊ちゃんは、無表情のままカップを手に持っていた。そういえば、リオンにもの話はした事がなかったかも知れない。
でも、あんま興味なさそうだな。
リオンがと絡む事になればそうも云ってられなくなりそうだが、
が先にアビスを終えてこっちに来る事になるとしても、もう少し先の話になりそうだ。
知らぬが仏と云う言葉もあるし…ね。
せいぜいに出来る事といえば、アビスに行った時にキャラ達に出来るだけ怒られないような立ち振る舞いをしていてくれる事を願うだけだ。期待するだけ悲しくなることは眼に見えてるけど。
そもそも一回死んだが無事にアビスにいけるとも限らないし。
そっか、
は冷め始めた紅茶を傾けながら、月が傾いていく夜を見上げた。
ずっとここにいられる訳でも、リオンといられる訳でもないんだよね…。
【妹を想う】
ナナリーがアイグレッテに旅立ってから、はロニ、ジューダスに加わって村の手伝いに明け暮れていた。
朝から水汲み、食料探しに出かけ、昼は子ども達と一緒に遊ぶ。夕方付近になってくると、料理の手伝いだ。時折村付近にモンスターが現れたとなると、三人で討伐しに出かけたりもする。
忙しい毎日は恐ろしいスピードで過ぎ、
カイルとリアラを連れたナナリーが戻って来るのは、あっと云う間の事だった。
「!」
「リアラ!」
パタパタと走ってくるリアラを両手で受け止めると、ふわりと甘い香りが漂ってくる。おお!女の子の匂いだぁ〜。
「よかった、わたし、本当に心配で心配で…」
「その節は心配かけたねぇ…。ハハハ、カイル。そんな羨ましそうな顔で見つめるんじゃないよ」
「お、オレは別に!」
「訂正。もっと羨ましがればいいと思うっ」
「きゃ!さん苦しい!」
ギューっと抱きしめると、きゃぁと悲鳴があがる。
ほほほ、よいではないかよいではないか。とリアラとふざけあっていると、突然わくように後ろから現れた坊ちゃんに引っぺがされた。ベリッとはがされる音が響く。
「ぅお」
「ふざけ過ぎだ」
冷たい視線を送られたは、ニヤニヤと意地の悪い笑顔を浮かべた。リアラも鈴の音のようにクスクスと微笑んでいる。
「ジューダス羨ましいんですか? 輪の中に入ります?」
「誰がっ」
「……ロニ・デュナミス…行かせて頂きます」
「「入るな!」」
ナナリーとジューダスに思い切りぶっ飛ばされたロニが宙へと舞った。
ドサッと落ちる音が遠くで聞こえて、そちらの方角を見たリアラとは調子に乗っていた態度を一変して、あはは、と乾いた笑いを零す。
わたしたちのせいでスマン、ロニ。
そう思ってしまう程のロニの扱いの酷さに、長年の時間を共にしてきたカイルも若干引いたような顔をしていて、ますます男の哀れさが滲んで来た。彼は色々な事を背中で語っていると思う。
気まずさを残しながらとリアラがおずおずと離れると、ようやく一同は近状報告へと映った。
カイルたちが見てきたこの時代の景色、人々。出産式での出来事。リアラがこの時代の人間だということ。
全部この世界で起こっている事なのだと思うと、ゲームをしていた時より薄ら寒いものを感じて、は険しい顔のまま唇を噛む。
「それでリアラ。過去――つまりぼくたちの時代に帰る手段はあるのか?」
「…ええ」
「それはすぐにでも出来るのか?」
「無理ではないけれど、どこに飛ばされるかがわからないわ」
出発地点か着地地点に必要な大量のレンズ。ロニやジューダスが難しい顔でうめき声をあげていると、ナナリーがポンと手を打った。
「ちょい待ち。
出発地点か着地地点に大きなレンズがあればいいんだよね? なら、あたしに心当たりがあるよ。カルビオラに、ものすごく大きなレンズがあるって聞いた事があるんだ」
「本当か!?」
「うん。信者連中が話し込んでいるのを聞いたからね」
それは確かな情報だとロニが意気込み、訪れた僅かな期待の中で、リアラだけが悲しそうに俯いていた。はその横顔を見て、瞳を伏せる。
今から、最初の試練が始まる。リアラとカイルの――この、まだ小さな二人の背中に重たいものが圧し掛かる運命が、幕を開け始める。それがとてつもなく辛い。
何が起こるかを知っているからこそ、どうにも出来ない事があると分かっているからこそ、息が詰まるほどの痛みを感じた。
わたしは、
わたしがしたい事をするんだ
そう決意を込めて瞳を開いたを、リオンが見ている事も気づかないまま、久しぶりにメンバーと過ごす夜が更けていくのだった。
□
眠っているリアラとナナリーを見て、はクスリと微笑むと、布団から出た。生ぬるい床に足をつけると靴を履いてナナリー邸を出る。
大して散歩もせずに開けた場所で、欠けている月を見上げていると、不意に背後から慣れ親しんだ気配が現れた。振り返らずとも分かる。は宙を見つめたまま、「どうしたの?」と問うた。
「…別に。お前が出かけて行くのが見えたからな」
思ったとおりの声で、そこで首を巡らせたは、寝ていたとは思えない重装備のリオンを見て苦笑を零す。
「そんな。寝ないで見張ってなきゃいけない程?」
「まぁな」
コンマ一秒位での即答だ。
「――信用ないなぁ、わたし…」
「その原因が自分にあると認めたらどうだ?」
淡々と云われる辺り、よほど信用がないらしい。
がなんともいえない表情をすると、リオンは仮面の奥の瞳を伏せた。ここからでも、長いまつげが憂うように下がるのが分かる。
「ぼくとしては、繋いでいた方がよっぽど安心だ」
「つな…!? それってアレですか!? スタンさん達の時の悪夢が再来するって事ですかっ」
切ない顔でとんでもない事を吐く坊ちゃんに恐怖を感じたは、ズザザザザと音を立てながら一気に距離を取った。戦闘ポーズまで取って威嚇を始める。
そんな彼女を見てあからさまなため息を吐いたリオンは、「まったく」と愚痴るように吐き捨てた。
「ぼくも、とんでもないじゃじゃ馬を護ると誓ったものだ」
「じゃじゃ馬って…」
「何も云わず、先を突っ走っていくお前を追いかける方の身にもなれ」
リオンの言葉に、は言葉を詰まらせた。
「それは…」
云い掛ける先が見つからない。
リオンが欲しがっている言葉の予想がついただけに、下手な誤魔化しも浮かんでこなくて、うつむいたを見つめるリオンは、ぽつりと零すように呟いた。
「それでも、いえないんだろう?」
そのあまりに寂しげな声に、息が止まる。
「そこまで云っても、お前はぼくに何も云わないんだろう?」
はハッと眼を見開くと、リオンを見た。
そこには眉間に皺を寄せて、あまりに苦しそうな顔で瞳を揺らしているリオンがいて。
まるで雨の中途方に暮れるような顔でこちらを見つめるその姿に、は指先を振るわせた。
「わた、しは…」
カルバレイスから現代に戻ったら、はリアラと一緒に行動するつもりだ。イクシフォスラーの場所を知っているリオンは、カイルたちと一緒にいて貰わなければいけない。
または、リオンを置いていこうとしている。こんな表情をしている彼を。
はギュッと両手を握ると、リオンの前まで歩み出た。そっと伸ばした指先が、冷たい仮面に触れる。
「ゴメンね、リオン」
「ぼくは謝られたい訳じゃない」
「うん。分かってる。
あのね、わたし、リオンに話さなくちゃいけない事があるの。話す勇気がなくて、ずっと誤魔化そうとしてた事。でも、今度こそ腹を括ってちゃんと話すね。
ただ、その前にきっと、もう一度あなたに心配をかけると思う。
あなたにそんな顔を、させると思う」
「…」
「でも約束したでしょう? わたしはもう、リオンを置いて消えたりしない。
それに加えて、この話をするって約束する。だからリオン、迎えに来てね」
そんな事云わずとも、彼が来てくれるのは分かりきっているけれど。世界に刻み込むように、は言葉を口にした。
「勝手だけど……信じて待ってるから」
小指を出す。
すると彼は、相変わらず厳しい表情のまま「本当に勝手だな」と云い、の小指に指を絡めた。小さな笑みと一緒に。
――「本当に、手のかかるやつだ」

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