とシャルティエがなんとなく語り終えたころ、
どうやらクレメンテが沈んでいる近くまでついたらしく、メンバーが甲板へとのぼってきた。

「どうぞ」とシャルティエを渡すと、リオンは無言で受け取って腰に差し、海にいるというのに浮かない顔で(上手い事言ってるようでそうでもない)揺れる波間を見つめる。

「海底って…泳いでいくのか?」
スタンの素朴な疑問に、ルーティーは「だったらアンタに任せるわ。あたし泳ぎは得意じゃないし」とあっけらかんと他人任せな発言をし、
も「わたしも泳ぐのはちょっと…」と視線を逸らした。


身体能力は(見かけは変わってないのに、ゴーレムを一本背負い出来るほど)高くなっているようだが、
もともとあまり得意ではない水泳まで出来るようになっているのかは疑問だ。だからといって海に飛び込んで見るほどの冒険心もない。

と、いうわけでスタンが泳いでいく説が有力になった時、
ディムロスたちが「我らをかかげろ」と呆れたように口を開いた――海底までどうやって泳いでいくつもりだ、という声音で。もっとも、スタンなら出来そうな気もしないこともないのだが

ディムロスとアトワイト、シャルティエがかかげられると、海を割って現れた海竜。

それに乗り込み来たクレメンテが眠るという沈没船の中は、当然、ジメジメしていた。


「ジメジメだなぁ」
「ジメジメだな」
「ジメジメですねぇ」


三首三様に口ぐちにいうと、ルーティーが「海底に沈んでんだもの。これだけの湿気ですんでる事のほうが不思議よ」と辺りを見回しす。

海竜といい、この船に使われている素材といい、
スタンのいうとおり、千年前とはかなり技術的に進歩していたのだろうということはにでもわかる。ほへー、とは呆気に取られつつ、壁に触れて見た。

「さっさと行くぞ」

場所が変わろうとなんだろうと、相変わらずリオンの不機嫌は続行中である。
未だ船酔いがさめない彼は、しっかりとした足取りで進んではいるものの、ただでさえ白い顔が蒼白になっていた。が、本人は断固として船酔いだということは悟られたくないらしい。

なのでもあえて指摘しようとはせず、リュックサックの中に水が入っている事を確認すると、フィリアへと首を巡らせた。


「それじゃぁフィリアさん、待っててくださいね」
「はい…さんたちも、お気をつけて」


海竜にフィリアを残して進むという話になった時、心配そうな顔をしたマリーたちに、は自分が残ろうかと提案したのだった。
しかしそれに否を唱えたのはリオンで――「が抜けると、戦力が格段に落ちる」――と、
結局もスタンたちと一緒に進む事になり、一瞬不安がよぎったのだが、それは数秒の事だった。




ま、フィリアボムがあるから大丈夫でしょ!






結局。






フィリアを残して進みはじめた一行は、
長い事閉鎖的だったため独自の生態系変化を遂げている(という。ただ気持ち悪いだけだとも思う)モンスターを蹴散らしつつ、着々と一番奥へ進んでいく。


一番手前をルーティー
(スタンが行きたいといったのだが、彼を最前列にすると一人突っ走っていく可能性があるので却下された)
その後ろをマリーとスタンが続き、最後尾をとリオンが歩く。
これほど安全な陣形はあるまい、というわけで、敵の強さは一段階上がっていたものの、結構無難なダンジョンのように思えた。が。


「敵よ!」


ルーティーの掛け声に全員が武器を構える。
全員目の前の敵へと意識を向けたのだが、はふとした瞬間に、ルーティーのすぐ傍らにある小部屋の扉が気になった。瞬間。

「ルーティーさ…!」

彼女が一歩踏み出したと同時に、近くに来ないと開かない作りになっているはずの扉が開き警戒の声をがあげたが、スタンのやる気に満ちた遠吠えに声が届かない。
扉の向こうには目の前の敵と同じく、うにうにの触手を揺らしているグリーンローパー。
あ、と思った瞬間にはルーティーへ向けて攻撃をはじめていた。


「…ッ」

反射的に身体が動く。

張り切っているスタンとマリーの横を駆け抜け、最前列まで躍り出たは、ルーティーを押し飛ばすと、向かってくる触手を叩き斬ろうと日本刀を構えた。

数秒の差か、触手が届くスピードの方が速く――息をのんだ刹那、左肩に鋭い痛みを感じる。

!?」

しかも勢いに任せた触手に押されたは、事もあろうことか、背後の海へと思い切り落ちた。





!」


メンバーがぎょっと目を見開いた途端、スタンはいち早く海の中へ飛び込むと、
肩のケガのせいで血の色に染まっている場所へと一目散に泳ぎ、辺りは騒然となった。
「スタン!」
ルーティーが叫ぶも、目の前の敵に集中しろというリオンの声に我にかえり、再び武器を構え、
三人という中の戦闘も厳しかったが、なんとか越したころ、スタンはを抱えて通路まで戻って来る。

よいしょ、とルーティーやマリーの力を借りて通路に転がされたは、あはは、と情けない笑みを浮かべた。

「どーもご足労かけました」

なんとも能天気な声に、ルーティーはカッと頬を染める。


「何バカな事言ってんのよ!アンタ海苦手だっていってたじゃない!」
「いやーそう思ってたんですけどね。意外と泳げる事が発覚しました!肩のケガさえなければ余裕でしたよ。余裕」

「そ…、肩、大丈夫!?」
「だいじょうぶです」


見れば、もう片方の手を添えて回復を唱えているようだ。

「少し時間はかかりそうですけど、すぐによくなります」
「…そう……よかった…」


安堵の息を吐いたルーティーの後ろで、「何がいいだ」とリオンが辛辣な声をあげた。


「戦力の事を考えろ。貴様が抜けたほうが、あきらかに戦力不足になるだろう」

これにはさすがのも呆れた。ぐ、と言葉に詰まるルーティーの代わりに、は「バカじゃないですか」と眉間のしわを寄せる。
「何?」と気分を害したような声をあげたリオンに、は身を起こすと、淡々と口を開いた。


「――目の前の人を守ろうとすることに理由なんてないでしょう。
戦力不足だとか、戦闘のことだとか、そんな事考えるより先に身体が動くんですよ」





スタンがさりげなく身体を支えてくれる。
うーんスタン、本当に君はいい人だね!






「それに、もし仮にルーティーさんが攻撃を受けて海に落ちたとしたら、
わたしは泳ぎが苦手だろうとなんだろうと海に飛び込んでました。んでもって、スタンさんだって飛びこんでたでしょう。

そしたら、結果的にリオン様とマリーさん、二人で戦闘をこなさなくちゃいけなかったんじゃないですか?

何が最善かなんて考えて行動してるほうがよっぽど不利ですよ」


「何も考えずに行動した結果がパーティー全滅だとしたらどうする」
「よっぽどマイナス思考なんですね坊ちゃまは。だったら、そうなると判断された場合、わたしの事は気にせず戦闘を続けてくださって構いませんよ」

「ちょっと…!」

「わたしは絶対に死にませんから。
何が何でも生きるって決めてますし。死ぬ気で生きますよ」

「バカじゃないのか」
「その考えを利口だというなら、バカでまったく構いませんが」


真っすぐとリオンの瞳を見据える。絶対に視線を先に逸らしたくなかった。逸らしたほうが負けだと思った。
だから、リオンが「…呆れて物も言えんな」といって目線を逸らした時、は思い切りガッツポーズをする――あ、腕治ってる――と、ルーティーに微笑んだ。

彼女も小さく頬笑み返して
は背中を支えてくれていたスタンに「ありがとうございます」というと、立ち上がって先を見据え、日本刀を懐に直す。


「御心配おかけしました。行きましょう」




【Dead or Arive】




「死ぬ気で生きるって、面白い言葉ね」

クレメンテへと続く道のさなか、ルーティーはそういうと、ぷ、と口元を押さえて笑った。
「とある所では、瀬戸際でリッボーン!っていったら、復活して、更に、覚醒したりするんですよ」
「いや、ぜんっぜん意味わかんないから!どういう理屈よソレ!」
「ま、そのためには特殊な銃弾がいるんですけどね」

「…なんじゃそりゃ」


リュックサックをおろしたは、「一応防水のもの買ったんですけど…」といって、中身の確認をしてみる。あ、全部無事だ。

「中身、何が入ってるんだ?」
「水です。あと、お菓子がちょっと」

覗き込んだマリーにリュックサックの中身が見えたらしく、彼女はギョッと目を開くと、「よくこんなの背負って戦闘していたな!」と驚きの声をあげた。
そんなマリーの大きな声に興味を駆られたらしく、「なになに」と言わんばかりに反対側から覗いたルーティーも唖然とする――「な」


「…アンタ、これ背負って歩いてたわけ?」


防水だけでなく、耐性もあり、しかも大きくてたくさん収納!とちまたで評判のリュックサックの中身はほぼ水。端の方にちょこっとお菓子。

「あ、お菓子食べます?」
「俺欲しいな!」
「はい、どーぞ」

そのお菓子をスタンへ渡す。
さっき助けて貰ったんで、一個おまけです、と二個のお菓子を大きな手のひらに乗せると、彼はキラキラと瞳を輝かせた。なんか餌付けしてるみたいで癒される。




しかし。


「…何でそんな量の水を持ってるんだ?」

マリーの素朴な疑問にが黙り、

「何?アンタ船酔いでもするわけ?」

更に更にルーティーの質問に返答に困った。



「え?いや…特には、ないんですけど…」
「鍛えてるのか?」
「そーです!鍛えてるんです!おかげさまでこの前はゴーレム一本背負いを決めましたよ!」

「ゴーレム!?」
「一本背負い!!??」

「アンタなんっつー…!?もう馬鹿力なんていうレベルじゃないわよ、それ!」

「日頃の鍛錬のたまものです…」

「……俺もしようかな、水背負い」
「え!?いや…み、水背負いだけの成果じゃないはずですから!たぶん!」


「それに、こんな量の水抱えて海に落ちたら、普通は沈むから止めたほうがいいわよ、スタン」



う、うふふ
自分でも気持ち悪いと思うだろう笑みで誤魔化すと、
「実は人間じゃないとかいわないでよね」「え、はモンスターなのか!?」「そうなのか!」と周りを取り囲んで騒ぐ三人。

そんな彼らの後ろで、ムッツリと歩くリオンにシャルティエは声をかけた。


『ですってよ、坊ちゃん』
「………見かねたお人よしだな」

『お人よしも大嫌いな人間にしてみます?』
「…」


その時のリオンの表情を、シャルティエは一生忘れないだろうと思った。

マリアンに向ける、子どものような笑顔ではなく
かといって愛想笑いのように整った笑顔でもなく

くしゃりと笑ったリオンが、シャルティエから逃げるように背後へと顔を逸らす。


「ここまでだと、バカを越して笑えるな」


シャルティエの問いにあえて返答はせず、嫌味のように聞こえる言葉を吐いたリオンだったが
――まあ、それを嫌味ととるか本心ととるかは、リオンの先ほどの表情をバッチリと見たシャルティエからいうと、一目瞭然で。


『ですねぇ』
のんびり相槌を打ったシャルティエが笑う。
次の瞬間には、もういつもの仏頂面に戻っていたリオンだったけれども、自分一人しか見ていないその笑顔に、なんだかシャルティエはとっても得した気分になったのだった。

(坊ちゃん、かーわーいーいー)