「まさかクレメンテのマスターがフィリアになるとはね」

ルーティーの声にマリーが正直に頷き、
クレメンテを両腕に抱えたフィリアは「あ」というと、何を思ったのか、にペコリと頭を下げた。突然の事には戸惑う。


「……え」
「本当に申し訳ありません。あの、クレメンテ……」

フィリアの言いかけた言葉に、彼女が言い終わるより先に言わんとせんことが理解できたは、「何いってるんですかぁ!」と派手に笑うと、フィリアの肩を軽く叩いた。

「わたしは武器があるから間にあってるんですって!クレメンテが選んだのはフィリアさんなんですから、自信持ってくださいよー」
『わしとしては、どっちも捨てがたかったんじゃがのぅ…』
『老……』
『まあはソーディアンを持たずとも、腕が立つからな』

『なんてったってゴーレム一本背負いだもんね。その剣も、普通の金属でできてないのかも知れないなぁ…』

「一千年前に造られたみたいなノリですか?ないですよぉ」


ケラケラとが笑う。
いやだなぁ、とおばさんくさい手の動きまで付け加えて軽快に笑う姿は、先ほど海に沈んでいた人間だとは思えない。
唯一まだ濡れている服が、つい小一時間前の出来事を物語っていた。

「まあ、腕が立つと言えば…」
「フィリアボムもすごいよな!」


一瞬で蹴散らされたモンスターの姿を思い出し、遠い目で海を仰ぐルーティーと、興奮の態で声を弾ませるスタン。まさに瞬殺。生でアレを見たも口端をひきつらせるしかない。

「…ですね」

もうこの一言に尽きる。
多くは語りまい――と、も空を仰いでいると、リオンが「おい」とぶっきらぼうに声をかけてきた。


「…」
!」
「うあはぃ!?」


思い切り変な声をあげてしまった…。
しばらくは口をきいてもらえないだろうと思っていたは、まさか自分の名前を呼ばれるとは露とも思っていなかったため、
不意をつかれて裏返った声をあげてしまう。

船に再び揺れ出して、またもや顔面蒼白となっているお坊ちゃまは、無言でに手を突き付けた。


「…へ?」

何かを要求されているようである。
しばしの間をおいて、「ああ!」といったは、リュックサックから水を取り出すと、リオンに差しだした。
やはりお望みの物はそれだったらしく、リオンはそれを片手にどこかへふらりと消えてしまう。


「それにしても、日差しが強くなってきたわね…」
も、服を着替えたほうがいいんじゃないか?いくら日の光で乾くとは言え、塩水じゃ気持ち悪いだろう」

「それもそうですね、ちょっと着替えて来ます」

個室に戻って荷物を漁ると、は代えの服一式を取りだした。とはいってもあんまり変わらない。
動きやすさを重視しているため、こっちでいえばTシャツの色が変わるくらいのものだ。脱いだ服を袋の中にいれると、鞄の奥にしまいこむ。

(次宿屋に行った時洗濯しよっと)



カルバレイスまで、後少し。





【A town of the misanthropy】







「あっづ〜」
こうも暑いとやる気も起きなくなるらしいルーティーと、逆に元気がわいてくるというスタン。はいうまでもなく前者だ。
特別寒いのも嫌いだが、特別暑いのも好きじゃない。ダリルシェイドくらいの気候が丁度よかった――帰りたい…――は額の汗を拭うと、重いため息を吐く。

ゲーム中でも露骨に描写されていたが、
この町の人たちは本当によそ者に対しての態度があからさまに悪かった。


リオンもそりゃぁ人の事をいえるたまではないとは思うが、アレよりかは幾分かマシだと思う……多分(自信はない)。


じりじりと照りつける日差しに背中を焦がされつつ、あ゛ーだの、う゛ーだのの奇声をあげながら自力でバルック基金までたどり着いたメンバーの中で、
ルーティーとは、家に入った瞬間がっくりと両手両膝をついてうなだれた。


「干からびる…」
「切干大根になる…」


フィリアは目が回ってしゃがみこむ元気すらないようだし、マリーに至ってはニコニコと笑ったまま活動停止をいている。
元気なのはもちろんスタンだけで、「わぁ!すごいなぁ!」と家中を見回す彼のよこで、一切おくびにも暑さなど表情に出さないリオンが淡々と口を開いた。


「それで、何か情報は入ったか?」
「今全力で部下に調べさせているが……めぼしい情報はない」
「そうか」

リオンが考えるように、黙りこむ。

「こっちで引き続き調査してみるから、今日はチェリクの宿で休むといい。何か連絡があったらすぐに教えよう」

日焼けした肌でニッコリと笑うバルックは、みためながらにダンディズムを醸し出していた。そしてチラリとメンバーを見渡すと、殊更面白そうに笑う。
「それにしても、リオンが同年代の子と仲よさそうにしているのをはじめてみるな」

「…何?」
リオンの眉根がぴくりと動くのを見て、は内心肩をすくめた。

そーなんです!俺たち仲良しなんです!仲間ですから!と無邪気なスタンに、問答無用で辛辣な言葉を次々と投げつけるリオン。そしてそのまま家を出て行くときたもんだ。
もう少しでリオンの確執がとれてくるのを知っているとはいえ、見ているのは非常に心苦しい。

そんなの表情を何と読みとったのか、バルックは「気にしないでやってくれ」と少し困ったように笑った。

「ああみえて、根はいい奴なんだ。わかりやすくもある…気持ちに変化が起こったら、すぐにでもわかるさ――ところで、君がリオンの部下という子かい?」

尋ねられて「はあ」と頷くと、「意外と普通な子だったな」とバルックが笑った。
一体どんな猛獣を想像していたというのか。多少気になりつつも、聞くのが怖かった。またモンスター呼ばわりされた日には若干へこむ。



「リオンと上手くやっていくのは大変だろ?」
「いえいえ。バルックさんのいうとおり、根はやさしい人ですから。ちょっと不器用すぎますけどね、昔の自分見てるみたいで少し微笑ましいです」

「…ていうか、、アンタ、リオンと上手くやっていく気あったんだ…」
「え。どういう意味ですか?」
「てっきりないもんだと…」
「何で!?」
「だって、言いたいこといいまくってるし」

「ちょ、あれでも結構気使ってるんですけど…!」
「あれで!?」
「見えないんですか!?逆に!?」

「あたしは全然…フィリアは?」
「え!?あの……」


救いを求めるように投げた視線を思い切り逸らされる。
どうやらフィリアもと同じ、口より態で物をいう人間らしい。がガーンと雷に打たれたように立ちつくしていると、スタンは「俺は見えるけどな」と小さく呟いた。


「ですよね!?」
「ああ」
「さすがスタンさん!」

両手を上げて、踊りそうな勢いで喜ぶを、目を細めて見るバルック。笑うと、日焼けした肌に白い歯が映える。


「リオンはいい部下を持ったな」
「バルックさん…!それ、もっとリオン様に言って――「!さっさと来い!」――………言ってやってください…はい………」

リオンの怒声にとぼとぼと肩をすくめたが家を出て行き、残されたメンバーは噴き出すように笑うと、肩を揺らした。


「じゃあ、連絡を待っていてくれ」
「はい!よろしくお願いします!」









リオンが情報屋から聞き出した情報によると、カルバレイスに到着した船の中で、神官たちが大荷物を首都のカルバレイスに運び込むところを見ていた人がいるらしい。
カルバレイスのストレイライズ神殿――一同が導きだした答えはそれだった。

「カルバレイスのストレイライズ神殿といえば…」


スタンがリオンをかばって石化する所である。
そこでリオンと彼らの確執が少しづつとけだしていくのだが、あれは必須イベント。が絶対に手を出しちゃいけないのは最重要事項だ。

「動かずにいれるかなぁ」

身体能力があがっているぶん、反射神経がいいのである。
前のなら一二秒遅れていた反応も、まさに頭で考えるより先に身体が動いてしまう。今まで助けられてばかりだったが、今回ばかりは困りものだ。

うーんと首を傾げつつ、
砂漠の中を進む一行。


ルーティーはどこから拾ってきたかわからない木の棒を支えに歩き、マリーは思考能力はすでにないよう。にこにこと機械的に足を進めている。
「ふぅ」
一番最近パーティー入りしたフィリアは結構な根性もので、弱音一つ吐かずにクレメンテを抱えて進んでいた。


「いやー!ホントにいい天気だなッ」
「…ったく、鳥なのは髪形だけにしてほしいわ」

鬱陶しいほど元気なスタンに、まあそういいたくなる気持ちも若干分かるというもので。

あはは、と乾いた笑いを浮かべたは、足を砂に取られないようにするので必死だ。
足を踏み込んだらすぐさま一歩を踏み出さないと、柔らかい砂に足がどんどん沈んでいく。
これをつきつめた先に、おそらくすいとんの術があるのだろうとまで思えるほどに。


カルバレイスの街はチェリクと同様、態度は最悪だ。
しかしストレイライズ神殿までたどり着くことができ、フィリアはそのまま一時抜けて、巡回者を装いストレイライズ神殿に潜入。夜中になれば裏口のドアを開けてくれるらしい。


一足先に宿屋へ入ったたちは、よそ者びいきだという(この街にこんな人がいるなんて驚きだ)店主のお姉さんにタダで部屋へ通して貰った。
一つ分の水だけ残して、お菓子を足したり念のため着替えの服をいれてみたり銃の弾のスペックを補充したりとバッグの整理をして、道具の買いだしに出かけた。

「アップルグミと…オペロナミンCと……」


神殿にひとたび入れば、小時間の休憩しか取れず、寝て体力の回復なんて事はできない(それでプレイ中泣きを見た人)。アイテムはおおめに持っておくに限る。
それをタオルの中にくるんでバッグに押しこめると、は再び宿屋に戻った。宿屋ではおのおのが夜中まで休憩の態を取っていて、も部屋の隅で横になると瞳を伏せる。

(最近は野宿なくて幸せだー)

船だの宿屋だのが多い。
チェリクとカルバレイスもほんの目と鼻の先だったため、一日たらずでついた。本当に幸せだ。


すーと意識が途切れてそのまま爆睡。夜中にルーティーに起こされたのまず最初の仕事は、寝起きの悪いスタンを起こすという大仕事。
スタンを起こす事でまず疲れたたちがフィリアのあけてくれた裏口からフラフラと神殿に入ると、真っ暗な神殿内部には思わず背筋を震わせた。

(神殿って…夜は逆に気味が悪いな……)



「今電気をつけますわ」

どこにいるのかもわからないフィリアの衣擦れの音がして、
パッと電気の明かりがつくと、はすぐ目の前にリオンがいたことにびっくりした。
「ぎゃ!?」
「…うるさい」
「す、すいませ…」

「なーに、まさか怖いわけ?」

にやにやと笑うルーティー。
「…普通怖いんじゃないですかね?」

あえて否定せずに尋ねてみると、ルーティーはハッと鼻で笑って、「こんなとこ怖がってたらレンズハンターなんてできないわよ」と仰々しく肩をすくめてみせる。

「わたしは…夜の神殿には慣れてますから」
「これはこれで結構楽しいしなッ」

ここにいると普通の感覚というものがどうも分からなくなっていく気がする。
スタンを見たは、彼がケロッとしているのを見、お次にリオンを見た所、小馬鹿にするように笑われたことに怒りをあらわにした――「な!」――心外にもほどがある。

「ヘイキですよ!平気です!!」

ツンとそっぽをむいて、は神殿内をスタスタと歩いて行くと、
えーっと確か…ここってかなり迷ったダンジョンだよねと注意深くあたりを見渡す。が。


「こっちですわ、さん」


そうか、実際はフィリアが案内してくれるんだね…とは寂しく肩を落とした。
途端にアップルグミやオペロナミンCの入った鞄が重たく感じる――水のほうが軽いって変か…
電気がついた事を不審に思ってか、見回りにくるハイプリーストやハイビジョップをこなしながら大聖堂へたどり着くと、
フィリアがしばし像を見たあと見事地下に続く隠し通路を見つけ出し、メンバーは暗がりの中へと足を進めた。


「そこまでです、グレバム!」



フィリアの声に、台座にある大きなレンズを見ていたグレバムがこちらへ首を巡らせる。いかにもな悪人顔だ。いかつくて濃い。

「フィリア!?……ふん、随分と偉くなったものだな」


あれが――神の目。
光もなしにキラキラと光る大きなレンズに一瞬瞳を奪われたその時、キラリと反射したように手元が光り、視線を落とすと、腕につけたブレスレットが発光をはじめた。
「――!?」
慌ててブレスレットを押さえたが遅い。
鋭い視線でコチラを見たグレバムが、のブレスレットを見、「それは…」としゃがれた声を出した。


「まさか、レンズ…」
「レンズ!?」

ルーティーが弾けるようにしてコチラへ首を巡らせ、はじめて気がついたような顔でのブレスレットを見る。これが、レンズ?と小さく首を傾げて。


『神の目に…呼応してるのか……?』
、そのブレスレットは一体…』

「面白い」

グレバムのその声にぞっと背筋が凍るのを感じたが威嚇するように真っすぐ見据えると、メンバーが一斉に剣を構え、
一番手前に立っていたリオンの剣を見たグレバムは「その剣…」というと、「リオン・マグナスか」と静かに呟いた。

「そうか。そういう事か…ますます面白い……」

刹那、神の目が光輝きだした。モンスターを呼ぶ気だ、とディムロスの切羽詰まった声が響く。
現れたバジリスクに地面を蹴って走り出すメンバー。その後に続こうとしたは、口元を押さえられると、「むぐ」と声にならない声をあげた。


「一緒に来てもらおう」


グレバムの声がすぐ耳元から聞こえる。
(きもち…わるッ!)
みんなへ向かって伸ばされた手はすぐさま後ろでひとまとめにされ、力任せに引っ張られたは「んー!んー!」とくぐもった悲鳴をあげた。

(スタンさん!ルーティーさん!マリーさん、フィリアさん………リオンッさま…!)


どんどんみんなの背中が遠くなっていき、
大聖堂から連れ出されたはようやく口元から手を離されると、「離して!」と身をよじった。

「みんな――!」
「…あの爆音だ。聞こえるはずがない」

「離してって言ってるでしょッ」

スタンが石化する。リオンはそのあと、グレバムを追ってくるはずだ。
それまで何とか足止め出来れば…力任せに暴れるふりをして、は背中にある短剣を取ろうと我武者羅に動いた。


なかなか手が触れない。
そうしている間にも、神の目を運ぶモンスターと、グレバム。その辺りを警戒するように取り囲んでいるモンスターの一団に連れられ、神殿の出入り口まで来ていたは、
ざっと囲むモンスターの数と配置を確認すると、「リオン様!こっちです!」と声を張り上げた。

聞こえているとは思えない。

今どのあたり?スタンは無事?リオンはどこ?みんなは――

その時、ようやく短剣の柄に手が触れた。はそのチャンスを逃さずしっかりと握りしめると、「離せって言ってるでしょ!」とグレバムに向けて体重をかける。
背後に倒れるを不思議に思ったのか、はたまたキラリと光る短剣が見えたのか、グレバムはとっさにを離した。

「ファイアーボルト!」

火の玉がグレバムめがけて一直線に飛んでいく。
ほっと息をつく間もなく、すぐ傍に気配を感じて振り返ったは、腕を広げるゴーレムが瞳いっぱいに映った。


「…ッ」
(よけられな――!)


短剣でゴーレムの腕はかろうじて受け止めたものの、勢いをつけたゴーレムの腕は簡単にの身体を弾き飛ばし、は神殿の壁にたたきつけられると、息をのんだ。
呼吸ができない。

くずれた壁の破片がポロポロと頭上から降って来る。
右半分の身体から感じる痛みが骨の痛みなのか、はたまた筋肉の痛みかもわからないまま唇を噛みしめたは、グレバムが立ちあがるのを感じると、
短剣を落とし銃を構える――照準は、自分の腕のブレスレットだ。


「来ないでください」


このブレスレットはグレバムの興味の対象。
それが分かっているからこそ引き金に手を添えただったが、グレバムはフン、と笑うと、「その銃で自分の腕もろとも打つつもりか?」と茶化すように眉尻を持ち上げた。


「出来ないとでも?」
も負けじと、ニヤリと口端を持ち上げる。
ハッタリなのか本気なのかは自分でもわからなかった。ただ、腕から腰にかけての燃えるような痛みはこれ以上一歩も動けない事を暗に示している。銃を握るので精一杯だった。

だけど、それを悟られないよう精一杯の虚勢を張って、
カチ、と爪が引き金をひっかいた瞬間、「バカか貴様は!」というリオンの声が頭上から降ってきた。

首を持ち上げると、リオンが窓枠から身を乗り出して叫んでいる――なんで二階に?――呆気に取られている間に、グレバムはモンスターたちを退却させると、
そのモンスター一匹の背中にまたがって闇夜の中へと走り出した。


「…ま!」


腕を伸ばしたが最後、自分の体重を支えられなくて前のめりになる。地面に片手をついて、もう一歩の手をもっと先へ…と思ったが、這うだけでも身体が悲鳴をあげた。
「ぐ」と言葉を噛みしめたに、リオンが珍しく血相を変える。


!」
「リオン様!いいからグレバムを追いかけてくださいッ、早く!」

の声に、暗がりを見据えたリオンはひょいと窓枠を飛び降りて着地、グレバムが走っていったほうへと駆けて行った。
なるほど、飛び降りれることを想定して、見渡しのいい、玄関上の窓へ向かったのだろう。


「あー」


取り残されたはポツリと一言。
「も、だめ…」
そのまま意識をあっさりと手放して、次に目が覚めたのは、はるか高くに太陽が昇った時間だった。