「う…」


まどろみの中に光がさす。
ゆっくりと瞼を開ければ、自分を覗き込んでいたフィリアとルーティと目が合って、フィリアが桃色の頬をして両手を叩いた瞬間、ルーティは「目が覚めたわよ!」と周りに声を張り上げた。

「おはよーございます……」
「おはようじゃないわよ!戦闘終わったらいないんだもん。ホンットーにビックリしたんだからね」

「いやー、わたしもまさかグレバムに連れ去られるとは思いませんでした…」

「慌てて追いかけようとしたリオンをかばってスタンは石化するし……」
「リオン様が?慌てて?」
「想像できないでしょー。血相抱えて見ものだったわよ!」


ゲラゲラと笑うルーティの後ろから「あることない事いうな!」というリオンの怒声が聞こえた。
あることとはスタンの石化だろうから、やっぱり血相を変えたというのがない事かな、でもリオンツンデレだからなーと思いつつ身を起そうとしただったが、
ピクリとも右半分が動かないのを感じると、視線を落とす。


が疑問に思うよりも先に、ルーティが見るのも痛そうに表情を歪めた。

「あー、今はまだ動かすの無理よ」
「皮膚のケガは、ルーティさんがヒールで治したんですけど、筋肉や神経のダメージがすごかったんです」

「んで、今フィリアが作った湿布貼ってるわけなんだけど」
「動かせるようになるには、もうしばらくかかります」

「ンな服とかタオルとか入れてるんだったら、それで壁にぶち当たればよかったのよ!そしたら威力も半減してたわ!」

「そこまでは頭回りませんでした…」


後ろ頭をかこうにも、利き腕があがらないのは不便で、はワンテンポ遅れて左腕を持ち上げると、情けなく笑う。
その時、左腕につけているブレスレットが太陽の光をあびてキラリと光った。

「あ……」

「まさかそれがレンズだとは思わなかったわ」
『仕方ないじゃろうな。わしでもわからんかった』

「ルーティは、ちゃんと手を出さないように見張ってたからだいじょうぶだぞ」

顔に影が差し、見上げればマリーが笑顔でこちらを見下ろしている。ほら、と冷たい水でぬらしたタオルを額にあててくれて、はその気持ちよさに目を細めた。


「今手に入れたら、グレバムに狙われるのはルーティさんですよ」

にやにやと笑うと、「それは勘弁」といってルーティもにやにやと笑い、その後リオンがグレバムを追う道すがら合流したバルックさんが兵を連れて神殿に来てくれた事や、
それで神殿内のモンスターを一掃してくれた事。それがなければルーティたちも危なかった事、戻ってきたらぶっ倒れたが兵に連れられていたことなどを聞かせてくれる。


そうして、丁度話も終わったころ、
神殿のほうからバルックが来て、は視線を持ち上げた。


「大丈夫か?」
「平気です」

「いや、それ平気とはいわないから」


ルーティの声に、確かに、とスタンが頷いている。本人が平気だっていってるんだから平気なんです!とが舌を出すと、バルックは軽快に笑った。



「それで、グレバムの行き先はわかったか?」
「港でモンスターが大きな荷物を船に積み込むのが目撃されていた。行き先はノイシュタットだ」

「ノイシュタットか…」

「追いかけるぞ。そして今度こそ"ぼくたち”の力を見せつけるんだ」


リオンの言葉にスタンとルーティが瞬き二回。フィリアとマリーはニコニコと笑顔のままで、は思わず破顔するように微笑んだ。
バルックが「案外分かりやすいっていったろ?」といわんばかりに笑顔で片目をつむる。ホントにその通りです、とは言えず、も笑顔を返した。


「港に行くぞ。バルック、船を用意してくれ。それからスタン、を抱えられるか?」
「え!?歩けますよ!」
「自分がたてない事分かって言ってんだったら、アンタ相当のバカよ、バカ」

「…ですよねぇ…でも、砂漠越えですし…起こしてさえもらえれば、足は動くんですけど…」
「そのケガじゃ、おそらく…歩くだけで響きますよ」


フィリアの言葉に同意せざる得ない。どれくらい痛いかはぶっちゃけると自分が一番分かっているのである。
伺うようにスタンを見ると(何せほら!体重とかね!色々ね!でも歩くの無理だし!)、彼はニッコリ笑っての前に腰を下ろした。

「俺は全然だいじょうぶ!、おぶされるか?」
「左では掴めるんですけど…右手は全然…」
「後ろからわたしが支えよう。リュックサックはどうする?」

「あ、それならあたしが…「ぼくが持つ」」


思わぬ人物が名乗り出たことに、今度こそ一同目からウロコが落ちそうになった。なんだって、リオンが荷物を持つだって!?はギョッと目を見開くと、「とととととんでもない!」と首を横に振る。

「そんな!リオン様に持って貰うなんて恐れ多い…じゃなかった、悪いですよ!」
「ちらっといま、本音が出ましたね」
「まあ言いたくなる気持ちも分かるけどね」

フィリアとルーティが「さっさとよこせ」との荷物をぶんどっているリオンを見つめた。


「…どうせならリオン様、それかるってくれません?」
「どう持とうとぼくの自由だ」
(……絶対かわいいのになぁ)

「なんか今、言わなかったか?」
「(地獄耳!)い、いえいえいえいえ何でもありません――!」




【That's one good thing my injury brought me】




結局、ノイシュタットまでの船旅の間、はベッドに縫いつけられたままだった。それでもフィリア特性湿布はさすがの効能で、一時間過ごすたびに痛みが全然違うのが身を持って分かる。



食事はパンを左手でチマチマ食べたり、マリーやフィリアが食べさせてくれたり、ルーティも面倒みよく色々と世話してくれたので本当に助かった。

スタンは部屋に閉じこもったままののため、見た景色を揚々と聞かせてくれたが、生憎船の上なので景色の説明は全部一緒。
面白かったのは船員の失敗談とか、ちょこっとした事件とかの話で、手こそ叩けないものの、それこそは大爆笑せん勢いで笑うことができたし、
リオンに至っては船酔いのためほとんど甲板に出ていたが、水を取りに来た際には、少しの間部屋にいたりもして、(もっとも壁に背中を預けて立っているだけだったが)
みんなの優しさを噛みしめつつ、ノイシュタットにつくころには歩けるくらいには回復していた。


「武器はまだ無理か…」


柄をつかもうとするのだが、手は震えるばかりで力が入らない。
想像さえできれば左手でふれそうなものだが、慣れるのより右手が治るほうが早いだろう。銃も剣もしばらくは使えない――足技くらいなら、いけるか?

しゅ、と足を振ってみると、途端に走る激痛。

「む、無理……」

とにかく右半分は歩く、少し走るくらいで後は無理。できる事といえば、左の足技(これなら多少我慢できるほどの痛みだった)くらいか。
「後少しで治りそうなんだけどなぁ」

この治りの速さだと、一日半くらいか?

海賊船の時はなるようにするしかないなあ、と思いつつ、が準備をゆっくりと済ましてメンバーと一緒に街へ下りると、にぎやかな町並みが出迎えてくれた。
「おー…」
肉やに魚やに…目の前に並ぶ品は新鮮で美味しそうで、
身体さえ自由ならぜひ買いたい!そして料理してみたい!そわそわと身体を揺らすに気付きもせず、リオンは「イレーヌの屋敷を探すぞ」というと、戦闘に立って街を歩きだす。


途中スタンの幼馴染だという青年に会ったり、
この街の貧富の差には胸が痛んだりしつつ、イレーヌの屋敷につくと、ふりふりの可愛いメイドが出迎えてくれた。



「リオン・マグナス様とそのお連れ様ですね?イレーヌ様はただいま出かけられていて…すぐに戻るとおっしゃっていたのですが」
「ではここで待たせて貰う。それから、彼女に椅子を用意してくれ」


意外と気がきくリオン(失礼)の言葉で持ってきてもらった椅子に腰かけると、最初の十分ほどこそ大人しく待っていたルーティも、
待ち飽いたように壁から背中を離すと、出かける準備をはじめた。

「ぼーっと待ってるのも苦手だし、アイスキャンディーでも買ってくるわ。マリー、案内してくれる?」
「あ、俺も行く」
「ではわたしも」



「わたしもぜひ…!」
「お前はここで大人しく座ってろ」

「…ですよね……」

「ぼくたちはここでイレーヌを待つ」

浮かせた腰もリオンの一喝ですぐに椅子の上へ…悲しい…うう、と涙をのんでいると、スタンが「の分も買ってくるよ」と笑顔を向けた。そうしてリオンに首を巡らせる。
「リオンもいるだろう?」
「ぼくはいい」
「みんなで食べたら美味しいさ」


だんまりのリオンは、コホンと咳払いすると、スタンから視線を逸らした。

「…まあ、お前がどうしてもというなら、食べてもいいが…」


でた!リオンのツンデレ!
萌える!最高に萌える!と胸キュンに息も止まりそうなだったが、あ、というと、ポーチの中から財布を取り出す。

「あの、ここ最近ずっと部屋に閉じこもってたから自然が恋しくて…もし花屋とかあったら、花買ってきてください」
「いーけど、花屋なんてあるかしら?」
「あればでいいです」


屋敷を出てすぐ、女の子が花を売ってるイベントがあったはず。闘技場で優勝してお金がっぽり貰ってそれを寄付…とも考えたが、この身体でそれが出来るとも思えない。
せめて出来る事だけでもしようと思い頼むと、ルーティは二つ返事でOKして、リオンとを残しイレーヌ邸から出て行った。


「ケガはどうだ」

沈黙にそろそろ居心地が悪くなってきた時、リオンがポツリと尋ねてき、は「え!?」というと、気持ち背筋を伸ばす。
「だいぶいいです!ただ…まだちょっと戦闘は無理…かも……」

伺うようにリオンを見ると、「だろうな」と彼はため息を吐いた。どこから誰が見てもそう見えるらしい。は「あ」というと、リオンを見上げる。
「いざとなったら、刀口にくわえますから!」


海賊だけに!
ともいえず、ランランとした目でがいうと、リオンは気分を害したように眉根を寄せる。


「戦闘できるのはお前だけじゃない。そこまで無理しろと言った覚えもない」


淡白にいうその言葉が
あのラディスロウで暴言を放った人物と同じ言葉だとは思えない。はぽかんと開いていた口を閉じると、あはは!と声をあげて笑った。

「なんだ」
「いや、優しいなと思って」
「な!?ぼくのどこが…!」
「色々ですよ。ねえ、シャルティエ」
『だよだよねぇ』


くすくすと両端から聞こえる笑い声に、リオンが「うるさい!」と怒声をあげる。あれだけツンツン尖っていたのに、短期間でこんなに丸くなるもんなんだなぁとが感心して、
「さすがスタンさんだなあ」というと、シャルティエがいやいやぁと能天気な声をあげた。

の存在が大きいんじゃないかなあ』


呟くようなその声に、が「え」と言う間もなく、「キャー!」と耳を劈くような悲鳴が屋敷の外から聞こえて来た。
反射的に立ち上がったがよろめきつつ体勢を整える間に、リオンは豆鉄砲が弾けたように屋敷の外へ飛び出る。もその後を追いかけて出ると、そこは目を見張るような光景が広がっていた。

「…!」



酷い。
モンスターから逃げ惑う町の人たち。石化したり、ケガしたりしている人々が道中に溢れていて、は左手で剣の柄を握ると、ゆっくりと引っかからないように鞘から抜き取る。

ここまでの被害になるまで気がつかなかったなんて…!

もう少しアクションがあるだろうと思っていた自分の甘さに腹が立つ。
「スタンたちはどこだ!」とリオンがいら立ち、どうやらイレーヌ邸の奥にあるアイスキャンディー屋にはもう走ったらしい、息を乱した彼がするどく周りを睨みつけた。


「闘技場です」
「何?」
「勘ですが。信じてください」

真っすぐ前を見据えてそういうと、リオンはそんなを横目で見て、「わかった」と同じく前を見据えた。
無条件に信じてくれたことをなんだか嬉しく感じる暇もなく、はゆっくりと息を吐いた。痛みはない。多少なら――動ける。


「走れるか?」
「走れはしますが…リオン様の速さにはついていけません。申し訳ありませんが、遅れて行きますので、先にいってください」

「…わかった」


そういった途端、リオンがシャルティエを構えて街の中心へ向けて駆けて行く。は剣の切っ先を地面に落とすと、ゆっくりと歩き始めた。

(術を使うか?でも――強力な術はやっぱり使えない。街の人がいるもの)
だとすれば
(痛いなんて、いってられないか)


足手まといなのは一目瞭然。
なら、少しでも早くみんなと合流しなければ――は一歩足を踏み出すと、勢いよく地面を蹴りあげた。右半分が痛む――が、ほんの数時間前ほどの激痛はない。
(これなら…いける!)


走り出したは、街の人々を襲うモンスターをファイヤーボールやアイスニードルといった適所を狙える小技を使ってふっ飛ばし、闘技場のほうへと向かった。
街の広場を駆けている時、遠目にリオンたちが闘技場へ戻って行くのが見える。

スピードをあげて追いかけた。闘技場の中をはいると、誰もいない受付を通りぬけ、みんながいる場所へ――たどり着いたは、イレーヌが女の子とモンスターの間に立ちふさがるのが見えると、
突然の事で対応できないメンバーの間をすり抜け、さらにモンスターとイレーヌの間へ割り込んだ。

!?」

スタンの声が聞こえる。
はトラクトボアの角を、左手で持ったままの刀で受け止めた。もちろん、突進してきた角をそれだけでは抑えきれないため、右足で剣を押さえ、左足に力を込める。

ぐるるる、とトラクトボアが低く唸った。

「…」
モンスターといえど、動物や植物がレンズの力を受けて変わったもの。
は真っすぐとその黒い両目を見据えると、ズルズルと下がる左足に更に力を込めて摩擦を加えつつ、なんとか止める。
そのまま数秒か、数分か、時間が止まったように睨みあっていると、一瞬視線を逸らしたトラクトボアは、小さく唸って踵を返した。こういうのは目を逸らしたほうが負けなんだって!


「逃がすか――!」


このまま出ていけば、他の人を襲うかも知れない。
は足を進めると、キッチリと頭の中で想像を浮かべて叫んだ――「ファイアーウォール!」――の少し前を走っていたトラクトボアが、炎の壁に巻き上げられて、地面に落ちる。

よし、なんとか乗り切った…。

剣先を地面に突き刺して、は膝を折る。
(あー…疲れる……)

不自由な身体を動かすというのは想像以上の体力を使うようで、が荒く呼吸をしていると、スタンが駆けよって来た。「だいじょうぶか」といって身体を支えて貰う。

「だいじょうぶですよ」
をチラリと見たリオンはイレーヌに怪しげな船の話をきき、その海賊船がモンスター騒動の原因だと踏んで叩く事にしたようだ。
「行くぞ」といって踵を返したリオンは、「はここにいろ」とぶっきらぼうに投げ捨てるよういい、背中を向けて出て行く。

ついて行きますよ、というほど元気じゃないのは自分が一番よく知っていて、は「お言葉に甘えます」というと、ドスンとその場に尻をついて座った。