モンスターたちが撤退していくと、はイレーヌ邸の客室に一足先に世話になることになった。
「港がにぎやかね…見てくるわ」といってイレーヌが部屋を後にしたあと、屋敷が一気に騒がしくなってスタンたちが帰って来た事を知る。
ゴソゴソと音が聞こえるのは、バティスタがもがいている音だろうか――ベッドから動けない事をもどかしく思いつつ(動かないようイレーヌから念を押された)、
ごろごろと丸太のようにベッドを転がっていると、ルーティとマリーがまず顔を見せに来てくれた。花は買ったがあの騒ぎでダメになったらしい。
「いいんです。みなさんが無事でいてくれる事が何よりですよ」
そういうと、ルーティとマリーは顔を見合わせて、少し困ったように笑った。
「それで、ケガのほうはどうなわけ?」
「あ。だいぶいいんですよ。フィリアさんの湿布のおかげです!」
荷物の中に入っていた湿布を貼り直してから、随分と痛みも引いてきた。
それでなくても敵のいなくなった闘技場の中では横にならされ、その後はイレーヌ邸で絶対安静を受けたのだ。これで治らないならどうしようもない。
ほら、と軽く腕をまわしてみると、ルーティは「わ!」といって慌てて抑えにかかる――「調子乗ってんじゃないわよ!まったく」――おまけのように頭をぽかりと殴られた。
ルーティは本当に面倒見がいいなあとつくづく感心する。こういうところはに似てるかも。
「少なくとも今日一日はここで休む事になったようだから、ももう少しゆっくりするといい」
マリーが笑う。
も釣られたように「では、そうさせてもらいます」と笑った。
【A tender person】
リオンは明日の朝まで顔を見せないだろうと踏んでいたのだが、メンバーが来終わってしばらくしたころ、突然一人でふらりと現れた。
が身を起そうとすると、「いい。そのまま寝ていろ」といって、手近な椅子を寄せてベッド脇に腰かける。
「バティスタの尋問は終わりましたか?」
「ああ」
うらやましくなるほど長い足をもったいぶるように組んで、腕も組むと、リオンは長いまつげを伏せた。白い頬に影がそっと落ちる様は、女が見ていてうらめしい…ではなかった、うらやましい。
「お前は」
前置きもなしに投げつけられた言葉に、は「はい!」と布団の裾を握りしめる。
「…お前は、変だ」
一瞬リオンに言われた言葉が理解できなかった。
ぽかんと口を開いたままリオンを見、はいやいやいや!というと、思わず余計な一言まで口をついて出そうになってしまう――「リオンにだけは言われたくないから、それ!」
寸でのところでのみこんで、更に予防線さながらに口を両手で塞ぐと、リオンに怪訝な目で見られて、はへらりと愛想笑いを浮かべる。
「変といいますと…」
「生きるんだろう。なのに、お前はいつも危ない橋ばかり渡る」
「……はあ」
どうやら立ち聞きしたことを隠すつもりもないらしい。もしくは考えに考えて当初の出来事を見失ってしまったのか――この坊ちゃんは案外天然な所かあるからな、とは視線を逸らした。
「別に危ない橋渡ってるつもりはないですよ。結果がそうなだけです」
今回の事だって、イレーヌを守るためにとった策がそうだっただけの話だ。最善だったかと言われると、よくわからないが。
「一口に生きるといっても…ただ生き延びようと思ってるわけじゃありません。
自分が未熟なのは重々承知しているつもりです。ですから、手の届く位置のものしか護れない事も分かっています
…だからこそ、手に届くものは必死で守ると決めたんです。
後悔がない人生なんて…無理なのかも知れないけど、どんな時でも精一杯出来ることをして、あの時自分は必死だったと認めてあげられる自分で有りたいんです。
そうして生きて行く事が、わたしにとって生きる事だと思ってます。だから、後悔しないだけの事をして、なおかつ生きていたいんです。わがままですから。
それに、護られる方としても、護って死なれるのは嫌でしょう?」
リオンは黙っている。
「リオン様は、とてもお優しいです。
でも、優しいだけじゃ、きっと辛い。どこか強くないと――ああ、この場合、強いっていうのは腕っ節の事ではなく…心持ち、といいますか――誰かのぶんを抱えるには容量もいるから。
リオン様が決して幼いといっている意味ではないんです。
だけど、それでもリオン様が抱えているものは、大人でも、とても一人では重すぎるものだと思うんです。だからもう少し、甘えてもいいんじゃないでしょうか?持って貰ってもいいんじゃないでしょうか?
ホラ、手はないですけどシャルティエがいますし!」
『…手がないってのは余計だよ、』
「それに、スタンさんたちもいます!!」
おっかないシャルティエの声に思わずスルースキルを使ってしまった。
シャルティエと目をあわさないようにしていると(見えないのにジーっと見られている気がした)、リオンが小さく何かを呟き、
が「え?」といって聞き直す前に、リオンは小さく息をのんだ。
「なんでもない!」
出た逆切れ!
はヒー!とまくらで頭を抱え、防衛体制に入る。が、第二波が来ると思ったリオンは勢い余ったように席を立ち、そのまま客室を出て行こうとした。しかし、寸でのところで何を思ったか立ち止る
「リオンでいい」
「はい?」
「それと、少しはぼくを頼れ」
坊ちゃんがそう、あまりにも不器用にいうものだから。
は出て行くその背を眺めながら、驚くよりも先に笑いがこみあげてきた。
(あーあ。ホントにかわいいなあ、リオンは)
萌えキュンである。
思わず布団でもだえてしまったは知るよしもないのだが、部屋を出て行ったリオンはそのまま額を抱えてうつむくと、の部屋に背中を預けてそのまま立ち尽くし、
そんな彼の懐でシャルティエはくすくすと笑うと、茶化すように口を開いたのだ。
『坊ちゃん、もう一度素直に言えばよかったのに』
「……何をだ」
『はぼくの味方なのか、って』
「―――ッ!うるさい!置き去りにするぞッ」
『わ――!すいません坊ちゃ―ん』
□
「…フードの補充を忘れたァアアアァァアアアアアア!?」
それは、船の上での出来事。
ルーティの悲鳴に似た声にスタンは思い切りたじろいで一歩、二歩と下がって行き、それに比例してルーティが一歩二歩と詰め寄ると、
最後にはスタンは部屋の壁に背中をぶつけて逃げられない状態となった。哀れ。
とはいえ
「ご飯がないのは…困りますねぇ」
もスタンをかばうつもりは毛頭ない。それどころかイレーヌさんにデレデレしてるから忘れたんじゃないですか?と嫌味を言ってしまいそうになる。
お腹がすくと悲しくなるを通り越して攻撃的になるのは人の性か――はフ、と口端を意地悪く持ち上げた。
「それにしても…ご飯がないのか…」
それに反してマリーはしゅんとうなだれる。
「マリーさんは人一倍食べますもんね」というと、それに伴ってのお腹がぐーとなった。しまった、マリーと一緒にご飯まで思い出してしまった、とは悲しげにお腹のあたりをさする。
「お菓子ならありますけど…」
「夕食にお菓子って…寂しいですよね」
「そう思うと、ご飯って余計に恋しくなるものなのね」
「ご飯か……」
「だからゴメンって言ってるじゃないかぁ!」
「ゴメンですんだら客室剣士はいらないんですよスタンさんのバカー!」
「うるさい」
が八つ当たりよろしく叫んだ時、がちゃ、と扉が開いて青白い顔のリオンが入ってきた。船酔いと騒がしさで二割増に機嫌が悪いらしい。
今まで席をはずしていたリオンにが身振り手振りも交えてご飯がない事を説明すると、彼はどうでもよさそうに「そうか」と言っただけで、
どうやら自分が船酔いで食欲がないためどうでもいいらしいと踏んだはさめざめと涙を流す。健康なたちには死活問題だ。
「こうなったら…」
「こうなったら?」
「船長にいって、なんか食材恵んで貰います…!」
「…何?」
リオンが二の句を繋げる前に、は全速力で船長の元へと走る。(リオンは船酔いのため追って来れないのは計算の上だ)
フィリア特性湿布のおかげで身体の調子はほぼ万全、絶好調のは船長に事情を説明し頼みこんで、(船員たちの食料を十分確保したうえで)残りの食材を恵んで貰うことに成功した。
それでも食材は偏っているし、生野菜や生肉生魚をかじるわけにもいかないので、
はそのまま船のキッチンを借りて一時間ほど立てこもり、久々の料理だ。
腕がなまってるかと思いきや、そういうほうが返って調子も出るようで、限られた食材の割にはなかなかのものが出来たような気がする。
それを持って船室に戻ると、メンバーは両手離しで喜んでくれたから更に気分も弾むというものだ。
テーブルの上に並べた料理をメンバーががっつく間に、は一度キッチンに戻ると、隣の部屋の扉をノックした。
「…失礼しまーす」
見ると、リオンがベッドの中に沈んでいる。
身動き一つ取るのもおっくうなようで、ダルそうな視線を向けた彼は、「何だ」とうなるような声で問うた。
「無事に食材恵んでもらいました」
「……そうか」
「後でリオンの方からもお礼を言っておいてください」
リオン、と呼ぶのはなんだか気恥ずかしい。彼の聞こえないところ、いないところではリオンリオンと呼んで来たけれど、いざ本人に了承(?)されると、かえって呼びづらくなるもので、
がまだたどたどしくいうと、リオンはどうと気にした様子も見せず返事を返した――「…………ああ」
「それから、これ」
机の上に、湯気ののぼる皿をのせると、リオンが少し目を見張る。
「ご飯をおかゆ…にしようと思ったんですけど口にあうかどうかわからなかったので、カルボナーラ風にアレンジしてみたんですよ。
削り節があったので、上に乗せてみたんです。あっさりしてるんで船酔いでも食べれるんじゃないかと……思います…けど……」
そのままリオンが動かないので、は一応「味見はしましたよ」と付け加えた。見た目もそこまで悪いとは思わないけど、やっぱりリオンからは返事がない。
「…無理して食べなくても、いいですよ」
最後の一言を付け加えると、ようやくリオンは我に返ったように言葉を返して来た。
「誰もそんな事いってないだろう」
何もいわなかったからかえって不安だったんですけど、とはいえそうな空気ではない。なにせ相手は船酔いで機嫌の悪いリオンだ。下手な事言ったら噛みつかれそうな気がする。
早々と退散するに限るな、とはさりげなく後ずさった。
「ならわたし、隣の部屋に戻りますね。食べにくいでしょうし…器は寝る前下げに来ますから、ゆっくり食べてください」
ペコリと頭を下げて部屋を出る。
その瞬間、扉の向こうからゲラゲラと笑うシャルティエの声が聞こえて、鬼の首を取ったようにはしゃぐ彼の言葉が続いた。
『料理が好きってのは知ってたけど、思ってたより美味しそうだったから、驚いたんでしょ!坊ちゃん!』
リオンの返事は聞こえないが、一層騒がしいシャルティエの声が聞こえくるのが彼が肯定した何よりの証拠だ。はム、と眉根を寄せると、後ろの部屋を睨みつける。失礼な…
しかし、
寝る前に器を取りに行った際、彼が綺麗に食べているのを見て嬉しくなったのも事実。
ルーティたちにも絶賛されてしまったし(普段はフードサックがあるけれど、料理が作れる際にはぜひとも!と声をかけてもらった。幸せすぎる)、
なんだかいい事ありそうだなぁとは軽い足取りで船の中を駆けまわる。
これから想像もしなかった不運が自分の身を襲うことも知らずに――
「こっちだ!追え――ッ」
「ヒィイイイィィイ!」
は腹の底から悲鳴をあげた。
場所はモリュウ領。そして地獄の追いかけっこである。
ティベリウスにリオンが名指しされたまではよかった。
それまではなんら筋書きとは変わらない話だったのが、ところがどっこい、
その時ティベリウスの視線がリオンの隣にいたに注ぎ、事もあろうことか「あの女は何としてでも捕えろ」と吠えたのである。
「――!?」
気が動転したは、事もあろうことにリオンたちとはぐれてしまい(後で確実に怒られる)現在に至るのだが…。
「見つけたぞ!」
建物の影に身をひそめていたは、数メートル先から聞こえた声にびく、と身体を揺らした。
思わず反射的に反対側へと走り出すが、途端にそわそわと辺りを気にするように、右に左にと首を巡らせる。
(えーっとえーっと、ここの地理ってどんなだったっけ!どっちに行けばみんなと合流出来るんだろ!?)
記憶を辿る暇もなく、
遠目に見れば、甲冑の兵士たちがコチラへ向かって駆けてきているのが見えた。もしかしたらメンバーを見失って全員コチラに駆りだされたのかも知れない。
「…!」
立ち止ったは後ろを振り返り、もう一度前を見る。どちらも最低五人の兵士がガシャガシャと甲冑を揺らして走ってきていた。両端は建物だし、逃げ場はない。
(まずいな…)
焦りが胸を高鳴らせる。
逃げ場がないとなれば――戦うしかないということだ。
は仕方なしに覚悟を決めると、刀に手を伸ばそうとして、不意に動きを止めた。
足元に転がっているのは、どうやら高い場所に物を持ち上げる際に使う長い棒。先端が二つに分かれている。
「…」
それを手に取ると、くるりと手の中で回してみた。
しっかりとした長さがあるし、重さもちょうどいい。
「ちょっとお借りしますね」
誰にいうこともなくそういうと、は表情を引き締めて棒を構え、
剣を振り上げて襲ってきた兵士の攻撃をかわすと、甲冑のわずかな隙間から鳩尾をつきあげた。
すぐさま振り返って、背後から襲ってきた兵士の首元を突く。
「ぐ…!」
はじけ飛んだ兵士を目で追っていた別の奴をウインドスラッシュで弾き飛ばし、は一気に兵士たちの間を駆け抜けると、致命傷にならない程度の力で急所を突き兵士たちを倒した。
「――ッ」
最後のひとりが倒れると、
は棒を手から離してしゃがみこみ、甲冑の兵士を覗き込む。
「えーっと…一応手加減はしましたんで…」
その時、
「…へぇ」
と、声が聞こえて来たのは背後から。
ハッと目を見開いたが反射的に日本刀の柄を握ると、じゃらぁんと緊張感のない弦の音が耳に入って、彼女はきょとんと瞬いた。
首を巡らせると、鮮やかなまでの金髪が風になびいている。
「随分甘いお嬢さんだな」
そういって弦を指で弾いたのは、ゲーム画面の向こうではおなじみのジョニーだけれども、
言われている言葉の意味が分からずにえっと、と返答に困ったに、彼はニヤリと口角を持ち上げると、言葉を続けた。
「殺したほうが早かったんじゃないのかい?」
「は?」
「俺はそう思うけどね」
そこまで言われてようやく言葉の意味が理解できて、はム、と眉根を寄せると反論する。
「向こうはあくまで捕らえよと命令されてました。殺すつもりのない相手を斬るのは、性にあいません」
「手が滑ったって事もあるだろう。ンな甘ちゃんだと、足元すくわれるぜ?」
「甘さが命取りになるというのなら、それだけ強くなります。
すくわれる足元の事を考えて行動するほど慎重な人間にはなれません。その時はその時でまた考えた時に対応できるような強さを持ちます。
だから、余計なお世話です」
スタンたちと合流するにはこの人についていかなければいけないのだろうけれど、彼の言いように腹が立って切り出すのも頭に来た。
ジョニーは決して嫌いなキャラじゃないけれど(むしろ好き)、
会ってすぐの第一声というのは肝心だと言う事を嫌でも考えさせられる。
はジョニーから視線を離すと、背中を向けた。
「わたしが甘いというなら、
自分の本心も隠して軽口でかわして逃げてるあなたの方が、よっぽど甘いと思いますけれど。
いつまでも周りに甘えてるから、周りが大人になってる事にも気付かないんですよ。
どれだけ腕が立っても、自分からも他人からもちゃんと向き合わないで逃げてるあなたは、道化でもなんでもなくて、ただ弱いだけなんじゃないですか」
「…何?」
こういう時は、リオンの近くにいてよかったと心から思えた。
首を巡らせたは、脳内で嫌味をいうリオンの顔を思い出して真似る。
「何か異議でも?」
「…」
「……」
「………いうね、嬢ちゃん」
「お褒めの言葉どーも。いい見本の上司がいるもので」
立ち上がったジョニーが肩をすくめて、に向かって親指で一方を示すと、「その上司が怒り狂ってるぜ」といい、
は思い出したように身体を震わせると「ぎゃ」と悲鳴をあげた。
「そうだった!」
そのままふらりと一歩足を後退させると、ギュッと唇を握りしめる。
さすがにあの啖呵の後
逃げたい、とは言えないだった。
当然ですよねー。

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