「何をしているんだ貴様はッ」
「す、すいませんでしたァアアァァァア――!!」


平謝り、いや、むしろ土下座
は床に押し付けた額が痛むのを我慢して土下座し続けた。
顔をあげて、鬼の形相をしているリオンと視線が交わる方がよっぽど怖い。


「まさかその、はぐれるとは…」
「スタンでもついてきたというのに、だ」

ねちねちと続く説教。
項垂れるの傍で、のんびりとスタンが首を傾げた。


「…なあルーティ、なんで俺引き合いに出されてるんだ?」
「アンタだからじゃない?」

一方、茶でもすすろうかといわんばかりにくつろぐ面々に、はリオンに見えない所で唇を噛みしめる。
がジョニーに連れられてここへ来た時には、すでにみなくつろぎモードだった事を思うとなお腹立たしい――もちろん、リオンを抜けての話だが。


が部屋に入ってきた途端火でも吹くんではないかと思うほど怒鳴りあげたリオンの勢いは、
説教がはじまって十数分たった今でも一向に鎮火する様子が見えない。

段々足がしびれて来たがさりげなく太ももを擦っていると、ジョニーが「まあまあ」となだめるように口を挟んだ。


「みんな無事だったんだから、よしって事にしようぜ」
「何がよしなのかぼくには理解できないが」

が腕が立つのはアンタが一番よく知ってンでしょーが。子どもじゃないんだから、ほっといても大丈夫よ。ねえ?」
「え!?あ、はい…」

思わず相槌を打ってから見たリオンの般若に近い形相に、はひぃ!と息をのむ。鬼が進化した!
そういう問題じゃないだろう!と今にも第二陣の火が吹かれそうになった時、「若」という声とともに扉が開かれた。


モリュウ城の領主であるフェイトとリアーナが囚われている事、その首謀者が逃げたはずとはいえ、おなじみのバティスタである事にメンバーが驚きを隠せずにいると、
なにやら一瞬難しい顔をしたジョニーは、すぐさまへらりと笑いつつ軽口を叩いて出ていってしまう。



はその背を見送った後、ため息を吐くと、小さく肩をすくめた。
(――さすがにさっきは、言いすぎたかな?)




【10:each other】



スタン節と云うのはなかなか強烈なもので、あれだけ意固地だったジョニーをあっさりと屈服させた。
隠し通路から城への侵入を果たすと、最初の分かれ道では「こっちに行きましょうよ」と左を指差し、先頭を歩こうとする。――確かこっちには、囚われたリアーナさんがいたはず。

が、いきなり襟首を掴まれて後ろに引っ張られ、
は「ぐぇ」っとカエルがつぶれたような声をあげた。


「お前が先頭を歩くとロクな事がない。前は僕とスタンで行く」


有無を言わさず後ろに追いやられたは、ドンと背中越しにジョニーにぶつかって、気まずさにシュルシュルと身を縮めた。

「す、すいません……」
「いや」

そんなジョニーの後ろからひょぃと顔を出したルーティは、スタスタと歩いて行くリオンの背中を見てしみじみと呟く。
「それにしても、随分過保護になったわねぇ……」


「え、ちょ、ルーティさん。あれのどこが?
過保護って云うか、日に日に口うるさくなって来てますよ。あの勢いはむしろオカン状態ですよ。小言?みたいな?」

!」
「ひぃッ」


出た!地獄耳ッ

坊ちゃん怖い!坊ちゃん怖い!
ガクガクと身体を震わせて怯えていると、フィリアがふわりと花咲くように微笑んだ。



「こうした状況になるたびに、さんが大怪我してますもの。リオンさんじゃなくても心配しますわ」


春風がぴゅぅと吹き抜けていく爽やかさ。女神に等しい。
こりゃコングマンも惚れるわな。
あんまり会えなかったのが残念のような、嬉しいような……複雑な気持ちを抱かせるコングマン(←建前。


仲間にならなくてよかった(←本音。


せめてコングマンの分まで愛を叫ぼう!


「おぉ…!フィリアさん……ッ。チョー可愛いッス!」

「きゃっ」

抱きつくとフィリアが小さく悲鳴をあげる。

ふふ、愛い奴じゃのぉ…え?これって女同士だからセクハラになんないよね?

「なるわよ」
「なるの!?」

ルーティの言葉にガーンと雷に打たれて立ちつくしている
そんな彼女を見つつ、一番後ろをジョニーと歩いていたマリーは、困ったような笑顔で肩をすくめた。

がはぐれた時も、追いかけると言いだしたリオンを止めるのは大変だった…」
「え?そうなんですか?」

「そーよ。
あの坊ちゃん、なかなか心配してたんだから。黙って怒られてやりなさい」


んな無茶苦茶な…。
それ以前に、正直、部下が上司を護るのが普通じゃないか? と、は思う。上司に護られる部下ってどうよ? そもそもそんな乙女な展開期待してないし…。


「私は別に、リオンの足手まといになりたいわけじゃないんだけどな」


ポツリと呟いた時、囚われたリアーナが見つかったようだ。マリーとルーティ、フィリアが小走りで駆けて行く。
自分でもビックリするような事を云ってしまって、誰にも聞かれなくてよかった、と、口元を押さえていると、こっちを見ていたジョニーと目があった。

「…」
「……」


聞かれてたのかな?

目が合ったまま動かないジョニーを前に、尋ねるのも何だかあからさまで恥ずかしくて、はぷぃと視線を逸らすと、獄を指差す。
「リアーナさん、見つかったみたいですよ」
「…ああ」


通り過ぎていくジョニー。

やっぱり、かなり気まずい。
あれだけの啖呵を切って、和気あいあいなんて事を期待してる訳じゃないけど。


やっぱり謝るかなぁー……。


ジョニーがなかなか芯の通った男だと云うのは分かっている。王族であるだけの才能も、手腕も、彼は持っている。
ただ、堅苦しい生活が合わない風雲児なだけ。

そう云うのって、むしろ萌えだと思う。
軽口も、彼が必要だったから身につけたスキルのようなものだし…。

「心に余裕がないのかなぁ、わたし」

いつもなら、きっと軽く受け流せてた。
だけれど、ティベリウスの手下に追いかけられて、予想外に気が立っていたのだろうと今なら冷静に思う。

悪い事しちゃったかな、


そう思った時、ふと、来た方角の廊下に、黒い影が過った気がした。


「?」


チラリと獄の方を見ると、ジョニーはリアーナとの再会を喜んでいるし、他のメンバーも温かくそれを見守っている。
(えーっと、ルーティさんに、フィリアさん、マリーさんに、スタンさん。リオン…)

一人一人数えても、数があう。

と云うことは。
遅れてる人はいない?

視線を戻すと、物陰に隠れているのはモリュウ兵。手には弓。
その先にジョニーがいる事に気付いたは息をのんだ。

「ちょ…!そういうのは反則だと思うッ」

ギャー!と、悲鳴をあげたときにはもう遅い。
張りつめた弓が一気に打ち放たれて、一直線を描いてジョニーの元へと飛んでいく。


術か!?ダメだ!
ここではじめて想像力の限界を知る!妄想って最強だと思ってたのに!


とりあえず足を踏み出したは考えもせぬままジョニーと弓の間に割って入った。


「――ッ」


「エアプラッシャー!」


来る!
眼をつむった瞬間に、リオンの切羽詰まった声。

おそるおそる目を開くと、目の前に重力場が現れて、弓が押しつぶされた。

こ、怖ぇェエエェエエエエ!

こんなのを受ける敵が可哀想だ。
やっぱり初期の技が一番、敵にも自分の心臓にもいい気がする。

へたり込んだはモリュウ兵が背中を向けて逃げ出すのを見ると、ファイヤーボルトを叫んだ。
ボンッと背中に火の玉が当たるのを見て、ウワーンと声をあげる。


「やっぱりファイヤーボルトとアイスニードルとウインドスラッシュがいい!もう私それしか使わない!
上級昌術怖い――!


駆けよって来たルーティが、の鳴き声に肝をつぶされたような顔で心臓に手をあてた。

「び、ビックリした。ケガでもしたのかと思ったじゃない」

「ケガはないですー……うぅ…」


精神的には大ダメージだ。
この前トラクトボアに食らわせたファイヤーウォールも申し訳なく思えてくる。

せめて焼けたのを食べてあげればよかった。そうすれば食物連鎖になったのに(←混乱。

とにもかくにも。


「あー…ビックリした……」

呟くと、ビックリしたのはこっちよ、と云うルーティの悪態が聞こえる。


「アンタといると、ホントに心臓に悪いわ!いっその事マジにリオンに繋がれてた方が安心ね」
「いやいやいやいやいやいや!それはシャレになんないですから!何そのシュールな光景!どんなプレイですかッ!?」

「何の話してンのよ!」


頭打たれた。
ちょっとした混乱の延長ゆえの冗談だったのに、容赦なく引っぱたかれた。

ハッ!
特大のオチを云い忘れた…!


「………羞恥プレイですか…!」
「もういいっちゅーの!」

おまけの一発。
の脳細胞に対して遠慮のない一発に、遠い地にいる妹の姿を思い出す。


元気かなー。元気にアビスに萌えてるかなー。
ちゃんとご飯食べてるかな?
メンバーに迷惑とかかけてないかな?――間違いなくかけてるな!特にガイあたり!

私も頑張らなくちゃなぁ


ふふっと笑っていると、毒気が抜かれた様子のルーティ。

怒るだけ無駄ね、と顔に書いてある。

が、助けた本人のリオンはといえば、そんなことじゃあ鎮火できなかったらしい。


何かが腕の所でモゾモゾ動いていることに気付いて首を巡らせれば、金色の髪がユサユサと揺れているのが瞳に映って、顔をあげたスタンと目があう。

ごめんな
口パクで謝られたと思えば、離れた彼に隠れて見えなかった腕の位置に、紐。

長い赤い紐を辿っていけば、その先を握っているのはリオンで。

は真顔で「は?」と首を傾げた。

「何ですかね? コレは」
「確かにお前は、これくらいしないと手に負えないようだな」

ニヤリと。
思い切り嫌味な笑顔で笑われる。

それのなんとまー綺麗な笑顔な事で。

称賛も大概に、は真っ先と腕の紐をほどきにかかった。


「ちょぉ、スタンさん! 一体どんな結び方したらこんな硬結びになるんですか!?」
「子どもの頃、よく悪さすると、家の塀にくくりつけられてたんだよ。なっかなかほどけないんだよなぁ、それ。懐かしいなあ…」


記憶を辿るように遠い目で宙を仰ぐスタン。
は牙をむく勢いで一喝した。

「そんな結び方するな!」
「いやあ、俺もこの件に関しては同感っていうか……あんまり女の子が無茶するべきじゃないと思うんだよ」

「云ってることは紳士的だけど、してることは全然紳士的じゃないよスタン!」

あ、思わず呼び捨てた。
もういいや。この際呼び捨てでいいや。

だからほどけろ、紐!

我武者羅に力を入れれば、紐はどんどん結び目が固くなるばかり。

はギッとリオンを睨みつけた。


「こんなんで、どう戦えって云うんですか!」
「大人しくしていた方がよっぽどボクたちの安全だ」

「……ふざけないでください! 守られるなんてまっぴらごめんです!」



わたしは。


わたしは。



「わたしは……! 守られるためにここに来た訳じゃないッ」


と約束したんだ。
全力を尽くして皆を幸せにするって!

リオンを助けるって決めたンだ!

こんな所で守られてちゃ、話にならない。


バチバチと火花が飛び散りそうなほど強い眼でリオンと睨みあっていると、「よし!」と能天気な声が聞こえて、リオンの手から紐をジョニーが分捕った。


「んじゃコレは、俺が預かるぜ」

「「「「「はぁ!?」」」」」」

「ま、もめごとの原因はそもそも俺が狙われた事にあるからな。責任持って預からせてもらう。任せろ」

「いやいや! 任せろじゃないですよ!?」
「ここでゴチャゴチャ云ってちゃ、敵に狙い撃ちしてくれって云ってるようなモンだろ」



それを云われちゃあぐうの音も出ない。
リアーナに憎まれ口混じりの別れを告げて、傍へ寄って来たジョニーが、立てといわんばかりに紐を引っ張る。

しぶしぶと立ち上がると、彼は耳元に口を寄せた。


「しばらくは向こうの顔を立ててやれ。
いざとなったら、お前さんの大好きなウインドスラッシャーで切ればいいだろう」


「…あ、そうか」


ほどけないなら切ればいいんだ!
両腕縛られてる訳じゃないから、余裕で切れるしね!

あー!なるほど!

「ジョニーさん、頭イイですね!」


そう云うと、彼は鳩が豆鉄砲を食らったような顔で驚いて。

「お前さん、ミョーなヤツだな」
と、苦笑交じりに笑った。


変だとか、妙だとか。
人の事を散々な云い様だとは立腹せずにはいられない。

ただ。


「ジョニーさん……ありがとうございます」


先ほどの謝罪も込めて、心からのお礼を云った。


けれど、

(やっぱり…この光景シュール過ぎる…)

さっさと紐を切ろう。
そう心に誓うだったのだった。