ここに来てからと言う物、すっかり早起きの習慣が出来た。それというのも…
「頂きます」
イオン・アリエッタ家は家族そろってご飯を食べないといけない決まりがあるからだ。
が住まわせてもらっているこの部屋は、イオンが普段使っている私室らしい。
イオンにはそのほかに寝室、職務室が与えられているらしく、その部屋はダアト教会のもっともっと奥の方にあるそうだ。
アリエッタはヴァンに六神将としての寝室、私室、師団長室をもらっているらしく、基本的にはそこで生活しているらしい。
しかし、以前からご飯は二人揃ってイオンの私室、という習慣があったらしく、それはが来た今でも変わっていない。
いやーそれにしても、イオンにちゃんと寝室があってよかった。私室で寝起きしてたらここ、住まわせてもらえなかっただろうな…。
「何ぼけっとしてるわけ?さっさと食べなよ」
手つかずのにイオンが眉を寄せて言い放つ。
慌てて食べ始めたの顔を覗きこんで、アリエッタが「具合悪い?」と心配そうに聞いてきた。
「ううん、違うよ。大丈夫」
昨日帰ってからアリエッタに謝り倒して、その後師団長に任命されたんだよというと、すごく喜んでいた。
「アリエッタとおそろい!」
一緒に仕事ができることを喜んでくれて、としてもとても嬉しかった。
イオンはさっさと席についてご飯を食べたそうにしていたが、それは記憶から抹消して一緒に喜んだことにしておこう。
「ごちそうさま。今日の片づけは…」
「あいよ」
「よろしくね」
「アリエッタもごちそうさま」
片付け、と言っても玄関の外においてあるトレーラーに食器を置くだけだ。置いておくと、トレーラーをオラクル兵が持って行ってくれる。
仕事がある二人は早々に去って行ってしまった。
そう言えば、に与えられた第五師団長室はまだ行っていなかったな…と思い早速行くことにする。
「で、なんでアッシュがいるんでしょう」
散々迷って師団長室に着くと、ソファでアッシュが寝息を立てていた。
起こすのも忍びないので数十分ほど寝顔を堪能させていただき、部屋の探索を始める。
「ていうか、アッシュの部屋を見た時も思ったけど…広いよなぁ」
アッシュの向かいのソファに座って寝転んでみると、こりゃ確かに眠くなってしまう気持ちよさだ。
「寝るな屑が」
いきなり声がして飛び起きると、アッシュが腕を組んでソファに座っている。動いたの、見てなかった…
「っていうか、寝てたのアッシュじゃん」
「うるせぇ!俺はテメーを待ってやってたんだ!ありがたく思いやがれ!」
顔を真っ赤にして怒鳴るあたり可愛すぎて萌え死にしそうですが何か?
アッシュは立ちあがっての前まで来ると、腕を掴んで部屋の隅に歩き始める。
釣られるようにしてソファから立ち上がりアッシュが引っ張る方向へ歩いて行くと、綺麗に畳まれた黒い服がデスクの上に置いてある。
「これはテメェに支給された六神将としての制服だ。着替えがあのクローゼットに入ってるから好きに使え。
お前に与えられた部屋はこの団長室、寝室、私室だ。寝室と私室は後でアリエッタにでも連れて行ってもらえ。
団長としての仕事についてだが、後日リグレットがここに来てお前に教えることになっている。
お前の存在はしばらくシークレットということになっているからな。くれぐれも外に自分が六神将だと言って回るな。
いるものがあったら何か紙に書いてそこらへんの兵に渡せ。
二日後に六神将の会議がある。お前にも出席してもらうからな、この制服を来て朝ここで待っとけ。じゃあな」
言うだけ言って(しかも全部命令口調)アッシュは踵を返し、ドアに向かって歩を進める。
「アッシュって何時から待ってたの?」
あのアッシュが寝るなんてよっぽど待ってたに違いない。
聞くと、アッシュは一旦足を止めて、小さく答えるとさっきよりも少しだけ歩調を速めて部屋から出て行った。
「五時ってアンタ…不眠症か何か?」
呟いたけれど誰も答えてくれるはずもなく、は気を取り直して制服を着てみることにした。
「やった!ズボンだ!」
まだ戦闘に不慣れなことを配慮してくれたのか、スカートではなくひざ丈の黒い短パン。
黒を基調としたワイシャツの胸元のところに、お馴染みのオラクル特有のちょうちょのような柄が黄緑色でかたどってある。
ワイシャツは七分丈で、手袋とベルトは革製だ。
靴下は短パンとの間に絶対領域ができるぐらいの長い黒色で、これもやはり黄緑色の線が数本入っている。
何と言っても一番安心したのは、靴は動きやすそうな軽いものだったことだ。リグレットやアリエッタのようなブーツだったらどうしようかと思った。
「それにしても、やっぱり凝ってるよなぁ…っていうか、さすがサイズもぴったりだし。
あの髭オヤジそういう趣味もあるんだろうな、なんてったって総長だし?(←関係ない)
この黄緑色、シンク思い出すな。…そういえば、参謀総長も第五師団長もシンクの席だよね。
そうかぁ、あたしってばシンクの代わりか。いや、シンクがあたしの代わりになるのかな?」
まだ生まれてもいない彼の事を考えながら、ふかふかの社長椅子のような大きな椅子に座って机の引き出しを漁る。
出て来たものは、仕事に使えそうな筆記道具一式とまっさらな紙の束のみ。真面目さんだな、コノヤロー
ガチャッと音がして部屋のドアが開き、入ってきたのはジャンだった。
「やぁ。どう?似合う?」
椅子ごとくるりんと一回転してみると、ジャンは「ああ」と返事をした。どうでもいいと言いたげだ。
「こんな朝早くにこんなとこでどーしたの?」
「決まっているだろう。昨日のことを聞こうと思ってな。
お前の事だからさっそくここに来るだろうと思ったんだ。…まさか本当にいるとは思わなかったが」
それはあたしが安直だっていいたいのかい?
最後の方の台詞は聞かなかったことにして、はくるりと椅子をもう一回転すると立ちあがってジャンの前まで行く。
うん、やっぱりこのシューズ歩きやすいな!
「ジャン」
「なんだ」
「あたし、ジャンの事気に入ってるよ」
はゆらりとソファに座って窓の外の穏やかな風景を眺めながら口を開いた。
「最初に会った時からね、ナンパしようとは思ってたけど、まさかこんな形で仲良くなるとは思ってなかった。
でも、やっぱりジャンの真面目なところとかあたし超気に入ってるわけよ。
だからね、例えばの話。
ジャンがもし何かとんでもない理由があって神託の盾を裏切ることになったとしたら、あたしはジャンを信じる。
会って間もないけど、君はとても考えて行動する人だってわかってるから、何かしら理由があってそうするんだって思う。
これからあたしの補佐としてやっていって貰うわけだけど、それぐらいの信用、ないといけないと思うわけ」
ジャンも向いのソファに座ったのを確認すると、は身を乗り出す。
出来れば紅茶でも淹れて話したいところだが、生憎まだこの部屋のかってをよくわかっていない。
「それは俺が例えお前を裏切ったとしても、お前はそれを許すと、そう言いたいのか?」
「うん、何かあってのことだろうとは思う。そして、どうにかしてあたしの手のうちに戻す」
「そして、俺にお前が神託の盾を――俺を裏切ったとしても、お前を許せと言いたいんだな?」
「理解の早いこって、感謝しますね」
にぃっと笑ったはポケットから取り出した紙にペンで何か書いてジャンに渡した。
「もし君が、そうしてくれるというなら、手紙を開いて。
そんなことする必要もない、ただ補佐役としての立場でいたいというなら――それを捨てて」
「んじゃ」と手をあげて、は部屋を出て行った。
主のいない部屋で、ジャンは小さな折りたたまれた紙きれを握った。
05.「vs足りない私服」
「んでんで?銀髪の彼とはあの後どうなったわけ?」
「どうなったもないよ。アイツくそまじめでね、訓練に付き合わされただけ」
「またまたー!アニスちゃんに嘘をつこうなんて百万年早いんだからね!」
色恋沙汰に関しては八歳も三十歳も変わらない。
本当に何もないのに、アニスはその後もしつこく聞いてきた。
「アニス、いい?世の中にはね、恋愛対象の男とそうじゃない男がいるの。アニスにだっているでしょ?」
「そりゃいるに決まってるじゃん!金持ちの男と、貧乏の男よ!」
うん、さすがだね!
アニスに関しては五年の壁なんて感じさせないと思う。いくつになってもアニスはアニスなんだろうな…
「じゃあ銀髪の彼は恋愛対象じゃない男ってこと?」
「まーね。美形だとは思うけど」
「うっわー、の恋愛対象ってわっかんなーい!アニスちゃんだったらとりあえず落とすねッ!
の恋愛対象ってどんな人?」
聞かれて固まったは、しばらく考え込んだ後アニスにヘラっと笑って見せた。
「そういえばさ、アニスってなんで神託の盾に入ろうと思ったの?」
「今大胆に話を切り替えたね、」
「うぅ…だってわかんないもんはわかんないじゃん」
アニスは「しょうがないなぁ」と肩をすくめると、鞄の中から一枚の写真を取り出す。
「あたしの両親。やさしそうでしょ?実際やさしいんだけどね。…その優しさがあだになるの。
うち、借金まみれで。モース様が肩代わりしてくれてるんだけど、やっぱりどんどん増える一方だから、あたしが働いて返さなきゃって思って」
まだ八歳の子供がそんなことを考えるって、どんだけつらいんだろう。
実際、話しているアニスはとてもつらそうに見えた。それでも、そんな顔をパッと笑顔に変えたアニスは、「は?」と聞き返す。
「やらなきゃいけないことがあるの。この身を削ってだって、絶対に成し遂げなきゃいけないことがある。
…そのためにはね、神託の盾にならなきゃいけないわけよ」
死んでゆくイオン、それを嘆くアニス、無残に殺されたイエモン達、自分の死をも嘲笑するシンク、誰にも見られずに命を落としたアッシュ。
鮮明に駆け抜けて行く記憶が、自然との表情を歪ませた。
あってはならない。どうにかして、変えなくてはならない。
「、意外とまじめさんなんだね。あたしなんて、やらなきゃいけないこと、って言われても借金返済しか思い浮かばないもん。
でも、あんまり根詰めてやるとお肌に悪いんだからね。ほどほどに頑張らなきゃいけないんだよ?わかった?」
「心配してくれてありがと、アニス。親の借金肩代わりしようなんて、アニスも立派だよ。あたしだったら絶対できないもん。
お互いがんばりましょーって事で」
言ったのと同時、訓練終了のチャイムが鳴る。
「明日は訓練はない。明後日は武術訓練場で武術を教える。動きやすい服で来るように」
教官の言葉に、アニスは「うげー」と言葉を漏らした。
「あたし明後日休もうかなー。武術とか苦手―」
「こらこら、アニス。今頑張ろうって言い合ったばっかじゃん」
ウフ、と笑うとアニスは「じゃあまた明後日ね」と言って帰って行った。
さてさて、今日のアッシュの訓練の開始時刻まであと二時間ほどある。
何をしようかなーと思いながら教会をふらふら歩いていると、ふと教官の言葉を思い出す。
――動きやすい服で来るように
が持っている服は全部で三着。そして今日支給された六神将としての制服のみ。
この世界に来る時に来ていたTシャツに長ズボンのジャージ。
そしてイオンに貰った上着(Tシャツでいたら「それ、寒くないの?」と冷めた目で見られた。その目で見られた時の方が寒かった)。
一ヶ月間毎日洗濯するのは正直しんどかった。
といっても、寮に内接しているコインランドリー的なところで譜業の洗濯機もどきに入れるだけなのだが。
それでも、毎晩行くのですっかり顔見知りの人が多くなってしまった。
「服…もっとほしいなぁ」
「それさ、早く言ってくれない?」
「っ!なぬッ!?聞き耳をたてられていただと!?」
バッと振り返ると、腕を組んだイオンがこちらを見ている。――「聞き耳たてる以前に、そんなでかい独り言呟いてたら誰にでも聞こえるよ」
イオンはスタスタと歩いて来ての元へ来、彼女の腕を掴んだ。
「一応これでも君の保護者だからね。ちゃんと服ぐらい買ってあげないと。
あと、他にいる物もあったら買いに行くから言って。まったく…」
「え、いや、でもイオン!あたしお金持ってないし、イオン仕事は?」
どうやら怒っている様子のイオンはどんどん教会の入り口に向かって歩いて行く。
慌てて意見を言ったを振り返ると、彼はまったくもって不快だ、とでも言いたげな顔を作っていた。
「何?僕に金がないとでも思ってたの?
君さ、知ってるよね?僕が導師ってこと。導師はね、このダアトで一番偉いわけ。
そして、社会っていうのは一番偉い奴に一番多い量の金が入って来る仕組みになってるんだよ。
なおかつ、その一番偉い奴は一番頭がよくて仕事もできるから、僕はもう今日は仕事がない」
んでもって一番ナルシストなんだね!
でもこれ以上イオンに迷惑をかけるわけにはいかない、と思いながら言い訳を考えていると、再び前を向いて歩きだしたイオンがぽつりと呟く。
「必要なものとか言わないと思ってたら、お金の心配してたなんて…
言うまで待とうと思ってた僕がバカみたいじゃないか」
――一応これでも君の保護者だからね。
「迷惑かけるとか、僕に遠慮して言えないとか思ってるんだったらやめてよね」
拾い主だとか、友達だとか仲間だとか、そんなの関係なく。
なんだか、家族みたいだなとか思ってしまった。
歳も違う、出身地も、生まれた場所も未来さえも違うのに、安心して寄りかかれる。
「ああ、そうか。――アリエッタとイオンは、もう家族なのか」
いつもどこかで感じていたアリエッタとイオンのお互いの信頼はここから生まれていたのだ。
そして今、自分もその枠の中に入ることが出来た。
「君はそうじゃないとでも言いたいの?」
「いいや?もちろん一家の大黒柱のつもりですけど?」
「…一銭も持ってない人間が大黒柱になんてなれるとでも思ってるわけ?
バカもほどほどにしてくれなきゃ、もう相手するのも疲れるんだけど」
その一瞬イオンが浮かべた笑みが言葉とは裏腹に柔らかかったのが、なんだかくすぐったかった。
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