「うっわ、すんげー」


まるでユニ○ロではないか!
棚に整理して並べられている服の量は半端なく、店内は広い。

服は生地がやわらかそうで、柄も無地から派手なのまで様々なものがある。
ここなら、訓練用の服からお出かけ用の服まで買いそろえられるだろう。



「欲しい服できるだけたくさん買っときなよ。
それでもまあ生物学的上女性なんだから、服はいっぱい持っておかないとね」

「うん、なんか余計な付け足しされた気がするけど、遠慮なく買う事にするよ」



早速端まで回ろうと右足を踏み出したが、イオンの「あ、それと」という言葉に再び振り向いた。



「収入が入るようになったら、三倍利子付きだから


「…了解」



意地悪そうな顔をしているイオンから視線をずらして小さく返事をすると、逃げるようにその場を立ち去る
その後ろ姿を見送ってから、自分も服を見ようとイオンはが子ども用のコーナーへと歩き出した。





「どうせ三倍利子付きで返さなきゃいけないんだったら、もういっぱい買っちゃおう。

まずは訓練用の服ぅー…っと」


さすが都市部の大型呉服屋なだけあって、神託の盾騎士団の兵もよく足を踏み入れるのだろう。
女性コーナーの中で更に訓練用と常用とに分けられている。

訓練用の方に行くと、ずらりと柄なしのTシャツがならんでいた。ラフで少し大きめの、水分吸収のよさそうなものだ。
とりあえずそこから長袖の黒いものを五枚と、色付きに惹かれてオレンジを三枚。

ちょっと奥の方に行くと今度はズボンだ。どうせ訓練しているうちに暑くなるだろうから、ひざ丈を四枚、長いものを二枚。
それと汗ふきようのタオルは余分に十枚ぐらい買っておこう。昨日のアッシュの訓練でも汗の量がすごかった。


剣を差すためのベルトは、革の物を三本。くるぶしの靴下を十組、革の手袋を二組。



「訓練用はこんくらいかなー。次は常用コーナー行こう!」



まずは下着を一通りそろえ終え、それからお出かけ用にと思って一番最初に目のついたロゴの入ったもこもこのジャケットに手を伸ばそうと思った時。




「これ、動きにくいだろうなぁ…やめよう」




学校とアッシュの訓練、第三師団長と参謀長官の仕事を両立していくならば、どうせお出かけする回数なんてないに等しい。
それに、どんな時でも何か起こった時に対処できるようにしておかなければならない。

そんな時に動きにくい服を着ていたら、戦闘経験のない自分が即座に対応できるはずがない。



「服の基準は一に動きやすそう、二に機能性、三にかわいさってことで」



そうなると、思った以上に選べる服が少なかった。そのおかげであまり時間をかけることなく買い物終了。





「おわったよーイオン」


子ども用コーナーをちらりと覗くと、見慣れた緑色の髪が目に留まる。
行くと、どうやらアリエッタに服を買うつもりのようだが二枚のどちらを選ぶか迷っているらしい。


「うーん、確かに右のピンクもアリエッタに似合うと思うけど、左の白もフリフリが可愛らしくて捨てがたいなぁ」

「だよね。さっきから結構悩んでるんだけど、決められないんだ。
…この際、どちらも買うっていう手もあるんだけど…二枚も服をあげるとアリエッタが困るかもしれない」


珍しく本気で迷っている様子のイオンに、はにぃっと笑みを作った。



「じゃさ、右はあたしが選んで左はイオンが選んだって事にしたら、良くない?」











「ところで、イオンは服買わなくてよかったの?」

「導師は訓練なんて無いからね。導師としての服があれば大丈夫だし、十着ぐらい同じのが支給されてるんだ。
別に外に行くときでも僕はコレでも構わないし、服に頓着ないからね」


それはもったいない。今ならなんでも着れる年頃で、しかもイオンは顔も可愛いし線が細いからなんでも似合うだろうに。
収入が入るようになったら、イオンに服を買ってあげることにしよう。



「…それに、自分が着る服を考えるより、アリエッタが僕の選んだ服を着てくれることを考えた方が楽しいんだ」



ちょっと恥ずかしそうに視線を逸らすイオン。なんて可愛い生き物なんだッ!

教会内を歩きながら一人悶えていただったが、時計を見た瞬間「うげ!」と声をあげた。



「やばい、もう訓練の時間だ!
ごめんねイオン、アリエッタによろしく言っといて!上手く渡すんだよ!んじゃ!

あーあと、今日は確実に晩御飯間にあわないと思うから二人で食べといて!明日の朝は絶対一緒に食べるから!」



捲し立てて走り出す。もう後数分しかない。ここからダッシュで間にあうか間にあわないかだ。
遅刻なんてしたら…むごすぎる想像は早々に中断して、は走るスピードを更に上げた。









――「もし君が、そうしてくれるというなら、手紙を開いて。
   そんなことする必要もない、ただ補佐役としての立場でいたいというなら――それを捨てて」

彼は手紙を開いてくれただろうか。
もし開いてくれていたら――そう思いながら、は団長室の扉を開いた。



「ギリギリだな、――



部屋にはアッシュはいなかった。ジャン一人がいる。
彼はの名を少し間を開けて不慣れ感をあふれさせながら呼んだ。



『名前で呼んで!』



走り書きしたのはその一言だった。
彼がの名を呼んだ事は今まで一度もない。お前だとかおいだとか、どうやら名前を呼ぶのが苦手な人種らしい。

一声でわかる。けれど、自然でほかの誰にも気づかれない合図。


ジャンは決心してくれたのだ。

何故イオンとに接点があるのか。どうしては詠唱せずに譜術が使えるのか。
そして、ジャンにどうしてあのような言葉を向けたのか。


知って、を信じようとしてくれている。




「アッシュ師団長からの命で、

今日は急用が入ったので訓練できない明日は朝一に自分の部屋を尋ねてこい

だそうだ。…だから、」




一緒に、晩御飯でも食べに行かないか?


頷いたを確認してから、ジャンは先を歩き始めた。







06.「vs未来の相棒」







着いた所は、初めて訪れる食堂だった。
広い部屋一面にところせましと椅子、机が並べられていて、奥にカウンターがある。

こんな時間でも食堂には人が多く、おばちゃんたちは忙しそうに働いていた。


二人は部屋の隅の方に向かい合って座る。



「話すのは嫌いだが――俺の身の上話を聞け」



セルフサービスのお茶を二人分ついできたジャンがに一つ差しだす。
座ると、彼は銀色の髪を蛍光灯の光に反射させながら少しうつむいて目を伏せた。




「俺は、マルクトのとある超金持ち伯爵家の一人息子なんだ」



  …何だと!?

思わぬ言葉にがカパリと口を開く。
その顔を見てフッと噴き出したジャンは、「見えないだろう」と言いながら口元を手で隠す。


ボンボンといえばちゃらんぽらんで勉強なんてまともにしていないか、
もしくは勉強一筋!自分が言えを継ぐんだ!的な精神の人間しか思いつかない。



「俺の家には直属の兵が何人かいて、もちろんマルクトの名門士官学校を卒業した者ばかりだ。
その中に、一人だけ第七譜術師がいたんだ。

大概家にいて親にも遊んでもらえなかった俺は、家の中をよく探索して回った。
まだ小さかった子どもには大きすぎる家だったからな。探索するのは楽しかった。


その時にそいつに会った。

見つかったら部屋に連れ戻されることを知ってた俺は、兵士に見つからないように探索していたんだが。
そいつに案の定見つかってしまって部屋に連行された」



そりゃあ大事な一人息子が家の中徘徊してたらビビって連れ戻すわな!

兵士さん方がちゃんとした精神持ってくれててよかったなお前!



「いつも通りぐちぐち怒られて、もう探検するなと言われ、親に報告されるんだろうと思ったんだ」



ジャンはその時のことを思い出すように、宙を見ている。



「あいつ、俺の部屋に着くなり俺の事を殴りやがった」


  …何だと!?(本日二回目)



訂正だ、やっぱりまともな精神持ってないじゃないか!
お世話になってる家の息子殴るなんてどんな精神してんだ!



「その時俺が向かってた先が丁度兵士の実習訓練場だったらしくて、
一つ間違えれば俺は剣でバサリ、だったらしい」



そしてお前もどんなアウトドアな生活してたんだ!

ツッコミどころが多すぎる話に、は頑張って口を挟まないように心の中だけで叫ぶ。




「命を大事にしろ、探検するなら家の地図ぐらい持ち歩け!と怒鳴られてな。
ああ、…探検はしていいんだな、と俺は思った。


その後日俺は親の部屋から家の構造図らしきものを盗んで家の中を走り回った。そいつを探そうと思ったんだ。

そいつは簡単に見つかって、俺は言ってやったんだ、地図持ってるぞって。
まともな遊び相手もいなかった子どもだったから、なつくのにそれ以上の理由はいらなかった。

あいつは大爆笑して、それからよく来るようになった俺の事を毎回懲りもせず相手をしてくれた」




今までに見たことのない、優しくて心地よさそうな笑みを浮かべながら話すジャン。
きっとその人の事が大好きでたまらないんだろう。



「いろいろ話をしてくれて、訓練の事だとか俺の知らない外の世界の話をしてくれた。
あいつは俺の家に仕えている兵士でも一番最年少で、しかもトップクラスのやつだった。


士官学校の時から成績がよかったらしくて、グランコクマの宮殿に仕えていた事もあったらしい。
その時の陛下の面白話だとか、戦争に派遣された時の悲しい話を聞いた。


すごく楽しくて、ずっと話していたかったんだが夜は親と一緒に飯を食わなくちゃいけなかった。
その時間がいつもとても辛くて、嫌で嫌でたまらなくてな。…今思えばただの反抗期だったのかもしれない。


俺が異様に懐いてるせいで、親はあいつの事を良く言わなかった。学校での成績ばかり気にする。
将来はお前が家を継がなくちゃならないんだからどうのこうのと、毎日同じことばかりだ」



親は普通だったんだね。
なんだか少し安心した気がするのは私だけだろうか。



「それでも毎日あいつのところへ行く俺に我慢の限界が来たのか、親はあいつを解雇した。
その事を聞いて俺は決めた。俺も第七譜術師になることを。

この歳でマルクト軍の士官学校の第七譜術専攻に通うのはおかしいことじゃない。すでに士官学校には入学していたしな。
しかし、それだとあいつを追っているのがわかるし、伯爵家を継ぐ人間が第七譜術師になっても意味はないと親の反対も目に見える。


だから社会勉強という名目で、ダアトのオラクル騎士団の士官学校に入学し第七譜術師になることを考えた。
マルクトの士官学校卒業後、推薦でダアトの士官学校に入学する事は変じゃないし俺の成績なら楽だった。

伯爵家の人間がオラクル騎士団の入団権を持っている事は誇れることだと親も大賛成。
こちらに来てしまえば騎士専攻だろうが第七譜術専攻だろうが家元にはわからないからな。


俺はなんとしても、この学校を卒業して第七譜術師になる。
そしてあいつを探して、将来俺が家を継いだ時に俺の直属にする。――それが、俺の野望だ」



だからこそ、いつだって真面目で学校卒業のことをまず考える。
なんだか自分たちの間を隔てていた壁を、今彼が思いっきりブチ壊してくれた気分だ。


「お互いの野望を知っていれば、もしどちらかが思いもよらぬ行動をしても理由がわかるかもしれないからな」


食堂は先ほどよりうるさくなってきた。丁度晩御飯の時間になってきたのだろう。

「とりあえず飯でも食うか」

というジャンの言葉を合図に、二人も立ち上がって食券を買い注文する。
もう一度席に着いた時に持っていたものはジャンがカレー、がとんかつ定食だ。




「君は、――ジャンはどんな世界に魅了される?

好きな事ってあるでしょ、みんな。例えば虫が好きな人もいるし音楽が好きな人も本が好きな人も。
好きなものって人それぞれあるんだよね。

あたしが好きだったのはゲームなわけよ。


好きなものがあると、その世界に入りたい!って思うじゃん。もう他の何もいらないから、その世界で一生過ごしたい!って。
虫が好きなら虫と話して、虫の目線でものを見たい。音楽が好きだったら、音響設備の整ったところでずぅっと音楽を聴いてピアノを弾きたい。


あたしは、ゲームの世界に入りたかった。模擬体験してるけど、それはあたし自身がしてるわけじゃない。
そのゲームの中に”あたし”というキャラクターはなくて、みんなと思った事や今日の出来事を話せない。

ゲームの他にもね、あたしは本が好きなの。
本だってそうでしょ?本の中に自分っていうキャラは存在しなくて、大好きなあの人とお話ができない。


好きすぎるあまり、見てるだけじゃ飽き足らなくて。あたしも皆と旅したい!一緒に生活を送りたい!って思ってた」



いつだって自分は置いて行きぼりのような気がしていた。
すぐ近いところで、大きな大きな溝越しにみんなを見てる。



「でも世の中って不思議なもんでね。絶対出来ない事も、何かの縁で出来ちゃうこともある。

んであたしはその世界の中に来ちゃったわけよ。
右も左もわからないけど、どーにかなるかなーって思ってたら、あたしを拾ってくれたのがイオンだった」



姉ちゃん。姉ちゃんは誰に拾われた?
ちゃんとリオンに会えた?彼を救えそう?



「だから少しだけ、未来を知ってる。
それはあまりにも残酷で、悲しすぎる未来。一人で抱え込むには耐えきれない使命を、半人前の少年が抱えることになる」



アッシュとルークは二人で一人前なのかもしれない。
ぶきっちょすぎて押し当たりまくるアッシュと、自分を攻めすぎて自分自身を追いこんでしまうルーク。

それでも二人は一人一人の人間なわけで。足して割ればいいって問題じゃない。
割って生まれた人間は、もうアッシュでもルークでもないような。そんな気がする。



「それを止めようって決めたの。誰も死なないですむ方法なんてないと思う。
それでも、自分の目の前にある命を救いたい。一人でも多くの人を、救いたい。

この神様見習いにもらったレベルマックスの身体能力と、音素で出来たネックレスで少しでも多くの人を」



今まで口を閉ざしていたジャンが、「だからお前は…」と小さく零す。


「名前で呼んで欲しいんだな」


またしても思いもよらない言葉にが首を傾げる。



「俺は名前がどうでもいい。どうせ予言者に付けられた――決められた未来から貰った名前だ。
愛着なんてわかない。

お前はその名前を親から貰ったんだろう?だから、その名前が大事なんだろ」


「…信じるの?あたしがこの世界の人間じゃないって。
ってか、信じられるの?あたしだったら疑うけどな」



カツを頬張りながら眉をよせるを見てジャンはすまし顔で答えた。



「お前が、何があろうと自分を信じろと言ったんだろう」



喉を通る水が冷たくて気持ちいい。わいわいがやがやとうるさい食堂で、二人だけの空間が生まれる。
相手の言葉は、騒がしい中でもしっかり聞こえていた。



「そう。あたしは予言なんて詠まれた事生まれてこのかた一回もなくてね。
ちょっとうらやましいけど、あたしだったらまず鼻で笑うね。予言なんてものに決められた人生歩きたくないし。

あたしは生憎この世界の星の記憶とやらに破片も存在しない人間だからさ。
記憶通りに生きて行く人間たちをぐっちゃぐちゃにかき混ぜてやろうと思って!それがあたしの野望だよ、相棒」



にぃっと悪そうな笑みを作れば、乗っかるようにしてジャンも片方の口角をあげた。


「あと、聞き忘れていたがお前のその詠唱なしの譜術はどういう仕組みだ」

「ああこれ?だから、身体に音素が含まれてないからネックレスの音素を借りて譜術を使う。
譜術に関してはゲームからの知識があるから、あたしが頭の中でどういう事が起こるか想像しながら名前を唱えればその通りのものが出る!ってわけ」


「…便利だな」

「でしょー!」


心底うらやましそうに言うジャンに思わず笑いがこみ上げる。
段々感情が面に出てくるようになったのは、心を許してくれたからなのか。


「ねーねー、あたしもジャンの恩人探したいからさ、名前教えてよ」


食べ終わった食器を少しずらして身を乗り出すと、彼は最後の一口を呑みこんでから口を開いた。




「マリア」




女だったのかッ!