机の上に置かれた二つの分厚い茶封筒に、はビクビクしていた。
ちらっと隣を見ると、ジャンはいつもの仏頂面だ。そりゃそうだ。なんたってこいつは金持ちの家の息子だ。


「こいつをヴァンから預かってきた。給料前貸しってとこだな。
これで武器をそろえろ、だとよ」


偉そうに机に足を乗せて座っているアッシュに「お行儀悪いよ」というと、彼はハンッと鼻で笑う。


「この金で自分の武具を一通りそろえて、そろえ終わったらここに帰って来い。
俺は仕事があるからな。自分たちで行け。少なくとも昼前までに帰って来いよ」


言うなり、さっさと出てけと云わんばかりの視線を送って来るアッシュに「べぇ」っと舌を出して一つの茶封筒をひったくる。
ジャンもそれに続いた。





07.「vsオーバーリミッツ!」





ジャンとは先ほど別れた。
どうせなら同じ所で見て説明してもらうのもよかったが、そうすると合わせてしまいそうだったので止めた。


は街を一通りぶらぶらすることに決め、まず最初にこの間イオンに買ってもらった腕時計を見る。

「よっし、あと四時間ね!」




三十分ほど経過しただろうか。まだどの店にも入ることなく過ごしている。
カンカンッ!と鉄を打つ音が一軒の店から聞こえて来た。


「鍛冶屋 辰
…良い名前だねぇ。入ってみよー」


和を感じさせるテイストに惹かれたは早速暖簾をくぐる。


「…おじゃましまぁす…」


店には所狭しと剣が並んでいる。鍛冶屋と言うだけあって、どれも違う形をしていた。
奥のほうで親父が熱で赤くなった鉄を打っている。


端から剣を眺めていると、ふと目に着くものがあった。


「ねえおっちゃんコレ触っていい?」

「好きにしろ」


聞こえるかわからないので少し大きな声で言うと、親父は無愛想にそう返す。
手を伸ばしてお目当ての剣を手に取った。


今まで見たどの剣よりも細く、握りやすいし軽い。
標準のものより少し長めな丈に、漆黒の柄。

昨日習った構えをしてみると、手袋の革がしっくりとなじんだ。――これだ



「おっちゃん、いくら?」



親父のいるところまで言って剣を前に付きだすと、親父は剣を一目見、その後の顔を数分見てから視線を外した。


「アンタ、剣は好きかい」

「そりゃね。これから末永く――出来ればずっとずっと一緒に過ごしていかなきゃならないお嫁さんみたいなもんだから。
好きだし、愛すに決まってるじゃん。

きっとこれからあたしはたくさんの戦闘経験を踏むことになる。
この子にも、耐えて貰わなきゃいけない」


モンスターを倒して、人とも剣を交え、ヴァンをこの手で倒さなければならない。
ギュッと口を結ぶ。考えただけでもおぞましい戦いを、これから踏み越えて行かなければならないのだ。


「ちょっと待ってな」


親父は立ち上がると、店のさらに奥へと入って行って、数分後戻ってきた。



「見るに、アンタは今から武具を揃えるんだろう。いるもの書いてやっから、待ってな」



サラサラと達筆な文字で箇条書きにメモを書いて、それを投げるようにに渡す。
「達者にしな」と言ってから、親父は薄く笑みを作った。



「お代はいらん。その剣を幸せにしてやってくれ」



は目を丸くした後、「おう」と言って笑みを作る。


「世界一幸せなお嫁さんにしてあげるからね!」






親父のメモには、これまた武具に熱い思いを抱いた気前のいい親父たちの店が紹介されていた。
おかげで安く買いものが済んだ割には、良い武具をいっぱい手に入れることができた。


アッシュの執務室に帰るとすでにジャンがいて、「やっぱり女の買いものが長い」と言いたげな目で見られた。失礼な!
するとアッシュが椅子から立ち上がり、歩き始める。


「何だかんだ言って、まずは実践だ」




向かった先はダアト付近の森。

着くなり「行け」というアッシュの言葉で三人は解散することとなり(アッシュは入口のところにいるらしい)、
は一人で森の中を突き進むこととなった。



…ちょっとひどすぎやしないかい?


ジャンは士官学校卒業者なのでもちろん戦闘経験だって豊富だろう。
こんな森の中を歩いていてモンスターに襲われたって、すぐに対応できるだろう。


だがしかーし!

はそんな経験ないのだ!(どーん!) (←威張るな)



もう嫌だなぁ、と思いながら森の中を進む。
これから三時間、この森を練り歩いてより多くの戦闘経験を積む。これが目的だ。逃げるわけにはいかない。





そう決意した瞬間、は足を止めた。複数の気配と、殺気。――来た


買ったばかりの剣の柄を握る。ゆっくりとこちらを伺いながら現れたモンスターたち。
最初の戦闘にして、まさかの四体相手というのもどうだろうか。



「バサバサ二匹、ウルフ二匹」



現状確認をした後、剣先をモンスターに向ける。
向かってくる一匹のバサバサにタイミング良く剣を振り下ろすとクリーンヒットし、敵は地に落ちた。


「ッ!」


血だ

自分のじゃない血

今あたしが切った、モンスターの血



もう一度向かってくるバサバサへ剣を横に振る。飛び散る血がへ降り注ぐ。


「ダメだ、集中しろ!血が何だ!あたしはしなきゃいけない事がある!」


一匹のバサバサを倒すと、残りの一匹めがけフレイムバーストを唱え、ウルフ二体と対峙する。
唸るウルフには剣の柄を持ち直し、歯を食いしばった。


「う、ぁッ」


見えなかった。
反射的に避けたものの、右肩に激痛が走る。


血だ

自分の血

痛い、力が入らない


飛退いたウルフが、今度は二体いっぺんにこちらへ向かって突進する。



間にあわない  ダメだ、集中して

やられる    できる、あたしならやれる!

死ぬ、もう駄目だ  あたしにはやらなきゃいけないことがあるじゃないか!



残り一メートルの距離にせまるモンスター。
自分とモンスターの血にワイシャツを濡らし、の脳内で言葉たちがひしめき合う。



やらなきゃ  逃げなきゃ

剣を振らなきゃ  避けなきゃ


「ぁ」


カチリ、という音がどこかで聞こえた気がした。
脳内が一瞬で真っ白になって、噛み切られたはずの腕があまり痛くなくなる。




「うあぁああああッ」




叫んだのと同時に二体のウルフは吹き飛んで、は強く剣の柄を握る。
地面を蹴って間合いを詰め、起き上がった一匹のウルフに剣を振り下ろし、残り一匹にサンダーブレードを決め込んだ。

最後に起きあがろうとした瞬間ウルフへ剣を突き刺し、崩れるようにして地面に座り込む。




「や、った?あたしが?こいつらを、剣で突き刺して――殺したの?
つーか…


腕、痛すぎ」




そのまま後ろへ倒れ込む。能天気に晴れ渡る空に無性に腹が立つ。
コレが、戦い。コレが、武人として剣を持つという事。



「剣ってこんなに重かったかな
アッシュと戦った時もジャンと戦った時も、何とも思わなかったのに」



ふぅ、と一つ息を吐いて腕にヒールをかける。少し痛みは弱まったが、まだ噛み切られた時の感触が残っていた。
立ち上がってウルフから剣を抜き取ると、しっかりと土を踏んでは森の更に奥へと歩を進める。


慣れていい事じゃない。でも、慣れなきゃいけない事だから

せめて人を殺さないでいられるように、強くならなければ


きゅっと口を結んで、は剣を鞘に戻した。




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