やっと終わった実習訓練に、アッシュは成果を聞いて「まずまず、だな」と鼻で笑わん勢いで評価した。 絞殺したろかコイツと、思ったが思いとどまった。こっちが絞殺されたら笑い事じゃない。 帰ってきて即行服を着替え、コインランドリーに足を運ぶ。さっさと洗わなければ血は落ちなくなる。 「捨てちまえ。また貰えるだろ」 とアッシュに言われたものの、もったいないじゃないか! 服は長持ちが基本。着られなくなったら寝巻へ!これ鉄則! 洗濯機が回っている間することもないし図書室で勉強でもしようと教会を歩いていると、てこてこと前から歩いてくる小さな少女の姿が。 「アリエッタ―っ!」 「――っ!!」 叫ぶとアリエッタもこちらに気付き、手に持っているぬいぐるみを揺らしながら走って来た。 も走って駆けより、二人でぎゅぅっと抱き合う。 「アリエッタ服似合ってるね!」 「うん!今日はイオン様が選んでくれた服着たです!明日は選んでくれた服着るよ!」 「うわー楽しみぃ!」 しばらく今日の買い物の話をしていると、「あ」と突然アリエッタが声をあげた。 「アリエッタお仕事あった!の私室と寝室連れて行って説明するです!」 イオンの私室からアリエッタに連れて行ってもらった自室へと自分の荷物を運び終え、洗濯物を片付けて一息ついた時にはもうすでに夕刻だった。 アリエッタはほかの仕事があるそうで、説明を終えてすぐに別れた。何だかんだ言って、六神将は忙しそうだ。 「ふぅ、重かった。…コーヒーでも淹れようかな」 私室のキッチンの横にある大きな食器棚にインスタントのコーヒーが置いてある。 それとカップを取ってポットでお湯を沸かし、一人分だけ淹れるとカップを持ってテーブルの所へ。 木製のテーブルは黒塗りにしてあって、この部屋自体をモノクロをイメージしているのか黒と白の色が基本になっている。 なかなかのセンスだ。 「…落ちつく…」 一口飲んで、カップを置く。 そう言えば姉ちゃんはコーヒーが飲めないから、紅茶を淹れなくちゃいけなかった。 「なにしてるんだろ。スタンとかルーティとかに会ったかな」 神様見習いのことだ。きっとジャストなタイミングと場所に落としただろう。 あたしもそうだったように。 「これで住居は確保、か。これから何しなきゃいけないんだろ まず参謀総長っていうぐらいだから外交関係の仕事もあるはずだから、とりあえず主要キャラには会っとかないとかな。 あと心配は…シンク」 彼はまだこの世に生を受けていない。イオンもまた然り。 「シンクはあたしの今の立ち位置に座る予定だから、運が良ければあたしが指導とかするのかな? そうなったら、シンクは体術だよね!…あーでも、あたし体術分かんないや あと萌えポイント的にはガイと音機関について語り合うとか?いいねー あーでも、音機関もわかんねーや」 困った。 うーん、と唸りながらコーヒーをすする。うん、おいしい。さすが師団長の私室にあるコーヒー。高いに決まってる。 「あ、」 そうだ、音機関・譜業といえば 「ふっふっふ、世界はやっぱりあたしを中心に回っているかもしれない…」 にやり、と作った笑みは我ながらあくどかった。 08:vs.リグレット 「私がリグレットだ」 食事をイオンの自室で終え、(「やっと帰って来たよ、僕の部屋」なんて彼は悪態をついていた)私室に返って来た八時ごろ。 コンコン、とドアがノックされ見知った金髪美人が部屋に入って来た。 彼女は自分をそう紹介すると、「では」と続けてを第五師団長室(執務室)まで連れて行く。 部屋の扉を開けてデスクにを座らせると、300枚はとうに超えていると思われる紙の束をデスクに置いた。 「執務についての説明を始める。 まず、これが今までたまっていた第五師団長の認証が必要となる資料だ。 印鑑はデスクの三番目の引き出しに朱肉と一緒に入っている。それで読んだ物には印鑑をつけ、承諾が必要なものと必要でないものに分ける。 それから承諾が必要なものには承認、不承認の印鑑を再度付ける。 すべて終わったらデスクの横に置いてある、中が五つに分かれている白い箱に分けて入れてくれ。 分け方は、承諾が必要でないもの、承認したもの、承認しないもの、その他二つ。 これが基本的な資料分けの仕事となる。 資料については毎朝兵が届けてくる。それをその日以内に終わらせて箱を部屋の外に置いておけば兵がこちらへ持ってきてくれる。 なお、資料分けについては補佐の助力はないものとする。自力でするように。 判断が困難な物は私のところへ持ってきてくれ。私の執務室は隣の第四師団長室だ。 執務は資料分けがほとんどだ。それ以外の執務があってわからないときは私に聞きに来てくれ。 何か質問は」 「はーい!」 元気よく手をあげたに少し目を丸くした後、リグレットは「何だ」と答えるよう促す。 「リグレットは今何歳?」 「…それは今聞くべきことか?」 「今聞かなかったら、いつ聞けばいい?っていうか明日の朝暇?一緒にご飯食べようよ!朝ごはん!じゃあ明日8時に食堂で!」 「……まだ行くとは言っていないだろう」 はぁ、とため息を吐いたリグレットに「うへ、」と笑って「いいんでしょ?」と続けた。 リグレットは少し困ったような顔をした後、少し間を開けてしょうがないと言いたげに頷く。 「わかった。行こう。歳については…そうだな、20代とでも言っておこう」 「へー、20代!そうかそうか、一番人生で魅力的な歳ってやつですな!?ふーん、なるほど…」 リグレットは好きだ。一途で、何事にも一生懸命で、真面目で。自分にはないところをたくさん持っている。 でも、大事な弟を殺した人間を好きになろうだろうか。その人間が好きだからといって弟の無念を押さえることができるだろうか。 そこに何があったのか自分にはわからないけれど 「熱くなって冷めやすい時期、ってやつかね」 姉ちゃんが殺されでもしたら、例えそれがだれであろうと――あたしの大事な人であろうと、きっとあたしは許せないと思うけど 「何の話だ?」 「…いや?リグレットは胸がでかいなぁと思って」 「っ!な!何を!」 リグレットは一途だから。きっとヴァンを手にかける相手を許す事はできないんだろう。弟の時と同じように。 でもきっとその時は、そいつを許すことが許すことができないんだろう。弟の時とは違って。 まあ、あたしはヴァンを手にかけたりしないけどね 「とにかく、このたまった分の資料は明日までに提出してくれ」 リグレットはさっと踵を返して(真っ赤な顔を隠そうとしているのか)、部屋を出て行こうとして扉を開くと動きを止める。 「また、明日」 思わぬ言葉には頬を緩めると、見えてはいないだろうがひらひらと手を振った。 「うん、また明日」 早くも一歩前進って感じ? 「け、…腱鞘炎になる…」 目が疲れてチカチカするし、まだこんなに大量の(しかも堅苦しい)フォニック言語に慣れてないおかげで頭がこんがらがって来た。 くそ、もうダメだ…まだ半分しか終わってないのに… 現在時刻11時。 リグレット訪問から約3時間。まだ半分しか終わっていない資料の束を恨みがましく見つめて見るが減るはずがなく。 わざとらしく長いため息を零して背もたれに寄りかかった。 「終わらん…もう嫌だ…」 明日までに?無理に決まってるだろ。あす朝のリグレットとのデートをなしにしようとしているのか手前らは! 「よし」 思い立ったが吉日。規則は破るためにあるってね! は資料とハンコを先日のお買い物で買った新しい大きめのリュックサイズに詰め込むと、隣室のリグレットにばれないように窓から部屋を脱走した。 「ハロハロ、元気かいジャン。今朝ぶりー」 のんきに挨拶すると、彼はぽかんと口を開けてこちら――窓の方向を見ていた。 ここは生徒寮男子棟二階、一番西の角部屋。は排水管を伝ってここまで来た。 「お前…何してるんだ。そして何て言った。はろはろ?」 「それがさー聞いてよジャン!あ、お邪魔していい?失礼しまーす それでね、リグレットに言いつけられた仕事が終わりそうにないから、ジャンに助力を頼もうと思って! でも寮ってもう消灯時間でしょ?だから窓から入って来た訳。ユーシー?」 信じられない、と言いたげな顔をしながらも窓から入って来たに座布団をよこした。律儀なヤツ。 英語はもうスルーの方向に入ったようだ。 「わざわざオレを呼び出さないあたり、本当は助力してはいけないんじゃないのか?」 「ふふん。規則は破るためにあるんだよ。そしてこの異世界人パワーもそのためにあるんだよ!」 「ちがうだろ」 ごもっとも。 「っつーのは冗談で、」と言いながらリュックの中身を部屋の中央にあった小さな机に出す。 「今日までに!コレ終わらせますんで、そこんとこヨロシクぅ!」 「なッ!今日まで!?ムリだろ!」 「ノンノン、無理とか言っちゃだめよ。コレ本当はあたし一人で終わらせなきゃいけなかったんだから。頑張ろう、二人で!」 なんといってもあす朝のリグレットとのデートの為に! 頭を抱え込んで何か呟いているジャンをスルーしては作業を開始する。 しばらくジャンは考えていたが、やがてが作業しているのを見て諦めたのか、自分も書類分けを始めた。 「お、」 「おわったーッ!!」 二人で両手を空高く掲げたのは11時50分。あと十分で日付が変わる頃だ。 なんと残り半分程の書類を承認するものとしないものとに分け、さらに承認不承認の印鑑までつけた。 ジャンはそのままベッドに倒れこむ。 「おつかれジャン!ありがとう本当に感謝するよ!今度なんかおごるね! じゃあまた明日!」 リュックを抱えて窓から飛び降り、師団長室がある棟へと走る。十分あれば余裕だ。 部屋に帰って資料を箱に分けていれて、箱を外に出せばもう寝れる。明日は武術の訓練があるから、しっかり寝ておかないと。 部屋に着くなりキチンと資料を箱にわけていれて、箱を外に出す。 さてさて、私室に戻ろう。 扉を開けて服を脱ぎ散らかしてパジャマに身を包むと、先ほどジャンがしていたようにそのままベッドにジャンプする。 ふわりと柔らかい感触がを迎える。 はすぐに夢の中へと落ちて行った。 Home Next |