本日、アッシュ様による朝指導なし。――にも関わらず、いつもの癖で五時に起きてしまった。
元の世界の自分からしてみれば考えられないな、五時起きだなんて。これも異世界人パワーか?(違う)


仕方なしに、ラフなTシャツと短パンに身を包んで買ったばかりの剣を腰に差す。タンスをあさくって見つけた狐のお面(何故?)を某風来坊風に頭に引っ掛けた。

その格好のまま部屋を出ると、見張り番に敬礼されて、思わずこちらも敬礼。
まさかされるとは思っていなかったらしく、とてもビックリされた。(驚かせてすまない…)


昨日の戦闘中の謎の出来事は、どうやらオーバーリミッツだったらしい事が判明した。
あの後アッシュに聞くと、「テメーはオーバーリミッツもした事がないのか」と哀れな目で見られた。

さすがにそこまで来るとムカツク通り越して悲しくなる。

隣でジャンは笑ってるし。笑ってくれるようになったのは嬉しいけど、時と場合に寄るんだよ、チミ。



指導もないことだし、自主練も兼ね、オーバーリミッツを自分で制御できるようになろう、が今日の目標です。

昨日連れて来て貰った森の入口でふぅ、と深呼吸。
リグレットとの約束の時間に遅れないように腕時計を確認して、森に足を踏み込んだ。






敵の腹部にもぐりこむ。

「っと、」

地面を踏みしめ、腹に回し蹴りを決めたら足が浮いた瞬間に、切り込む。
一度着地、敵も一度体勢を立て直して地を蹴った瞬間に技を決める!


「獅子戦吼ッ!」


HPがなくなった敵が地面に倒れた。
この技も、アッシュと戦った時よりもだいぶ使えるようになってきた。うん、さすがガイ(←何が?)

腕時計を見ると、もうそろそろ七時を回りそうだった。もうそろそろ帰らなければ。
入口付近を目指していると、見慣れたツインテールが視界に入った。あれはもしや…――



「あれ、貴方は…?ここの森、関係者以外立ち入り禁止だけど」



アニスは、きょとんと首を傾げた。ここの森は魔物が多く、ダアト内でも関係者以外立ち入り禁止とされている。
騎士団の団員が演習に使うことも多く、一般の民間人が立ち入りでもすれば大事だ。



「君こそ、戦えるようには見えないけどな。一人でこんなところに、どうしたんだいお嬢さん」



はお面の下で焦っていた。
この森に自分が来ることができる理由など、アニスが知る由もない。ましてや、自分が師団長だなんて。



「むぅ、子ども扱いしちゃって!自分だってちっちゃいくせに」



Tシャツと短パンという格好から裕福ではないと判断したのか、アニスは猫を被る事もせずにプン、とそっぽを向く。



「あたしは今日の晩御飯用に作物を取りに来たのよ。入口ぐらいだったら魔物はいないからね。
あ、これ、内緒にしてよ!?ばれたら怒られるんだから…もちろん、アニスちゃんも貴方がここにいた事は内緒にしてあげるから♪」



調子よくにこっと笑顔を作ったアニスに思わず苦笑い。
しかしお面越しなのでアニスにはわからなかったようで、彼女は早速しゃがみこんで木の実やらを取り始めた。



「そういえば、貴方何て名前?」

「僕?僕は…――、…。そう、だ。よろしく」



咄嗟の答え。
いずれは公式で発表され、が第五師団長に任命された事はアニスにわかるだろう。

しかし、ヴァンから「それまでは決して一般の誰にも知られぬように」と言われているので、たとえアニスといえどボロは出せない。
今この少しの間だけ、名前貸してね姉ちゃん。



「ふぅん。よろしく、



アニスは作物を取り終えたのか、立ち上がってこちらを振り向く。
その瞬間、右の草むらから殺気が走る――



「きゃぁッ!」


瞬間飛び出して来た魔物は、アニスめがけて一直線に飛びかかる。
アニスにその牙がたどり着くより先に、の手がアニスに伸びた。

左手にアニスを抱え、がグランドラッシャーを唱えるとあっさり敵は地に伏す。
まさか魔物が出てくるとは思っていなかったのか、アニスは顔を真っ青にして震えていた。


「――はぁ。そんなに怖いのなら、この森にはもう来ない方がいいよ。
ここよりも少し遠いけれど、ここへくる一本手前の道を右手に曲がりな。そこはここよりもおいしい作物が出来てるから」


わかったのかわかってないのか、ついには泣きだしてしまったアニスにどうしようかと一通り悩んだ結果、ダアトまで送ることにした。

これはアッシュには絶対に内緒の話(絶対だよ、絶対!)なのだが、
昨日の実習訓練の最後の三十分は、その隣山で木の実を食べていた。おいしいし傷は治るしでもう幸せだった。

そこは魔物が踏み込んだ形跡はなかったし、アニスが入っても大丈夫だろうと思う。


ダアトに着いて彼女を下ろすと、やっと彼女は泣きやんでいて、目元をぬぐって「ありがとう」とお礼を述べた。
ぽふん、とはアニスの頭に手をのっけると、やさしく撫でて腰をかがめる。



「もうあそこには行かないことだ。わかった?」

「…うん、わかった」



その言葉を聞いて、別れを告げるとすぐに教会に向かって走り出す。やばいやばい、八時過ぎるッ!!
ああもう、五時に起きたはずなのにどうしてこんなに慌ててるのあたしっ!




その格好のまま食堂へ駆けこむと、優雅にコーヒーを飲んでいるリグレットの姿を発見。



「ごめんリグレット!いっやー、自主練してたら思わぬイベントが起っちゃって…」

「いや、時間前だ。そんなに待っていない。それよりも、イベントとは…?」
「え!?あ、えぇっと…まあ新密度をあげるための乙女ゲームには欠かせない必須条件かな…」


「よくわからないが、なんなんだその遠い目は



明後日の方向へと向けられたの視線にリグレットが真顔で突っ込む。ツッコミリグレットもいいね、萌え☆


「朝食は何食べる?」

「そうだな、私は…」
「あ、ごめん牛丼二枚押しちゃった」

「……」


こめかみを押さえたリグレットはスルーの方向で、はおばちゃんに食券を二枚とも渡す。
アツアツの牛丼二杯を机に置いて、早速手を合わせた。「いただきまーす!」

五時から何も食べてなかったんだよねー、幸せ!

女を捨てた食べ方をするに対し、リグレットは牛丼とあまり親しくないのか(どういう意味だ)、困ったように箸をすすめない。
それに気付いたが顔をあげ、首を傾げた。



「あれ、そんなにリグレット牛丼嫌いだった?ごめんね、あたしが食べようか?
いやー、金髪美人が牛丼食べてたらどんな構図になるんだろうっていう乙女のちょっとした好奇心が働いてしまってね、すまない


まあ八割自分が食べたかっただけなんだけど

へら、と笑ったに、リグレットは怒る事もなく、「いや、ただ…」と言葉を濁す。



「箸を、あまり使い慣れていなくてな。…戸惑っているだけだ。嫌いじゃない」



すみません、「嫌いじゃない」のところ録音するの忘れたんで、もう一度言ってくださいツンデレ姫。
金髪美人爆乳ツンデレってどんだけ要素そろってんだコンチキショーめっ!


「うん、リグレット萌え!」

「さきほどから思っていたがお前よく変態だと言われるだろう」


グッと親指を立てたに対し、リグレットの視線は冷たかった。
まるで氷河期のように感じたよ…


「それと、なんなんだ、その頭に乗せている物は」

「あぁ、これ?お面だよ、お面。
自主練でテンションあげるために、ちょっとしたアクセサリーとしてね」


思わぬ役に立っちゃったけど。


「それでテンションが上がるのか?」

「うん。どこぞの風来坊みたいで良くない?
命短し!人よ恋せよ!ってねっ!肩に夢吉がいたら最高なんだけど…」


この世界で猿見つけるのも大変だろうし、ミュウでもいいかなぁ
むふ、と一人笑ったに、またもリグレットの冷たい視線が浴びせられる。



「リグレット、さすがに冷たすぎるよ。ごめん、ごめんってば」



顔の前に両手を持って来た彼女にリグレットは重いため息をついて、そのあと優しく笑った。



「わからないな、お前がどうして師団長になれたのか。
こんなに面白い人間が、重苦しい役職に囚われることが不思議でならない」


「?何言ってんの」



は牛丼をかき込んでいた手を止めると、水をぐいっと飲んで「ぷはぁ」とオヤジ臭く息をつく。



「リグレットもアッシュも、ただ笑って楽しんでないだけで、世の中楽しいことばっかりだよ。
たとえ姉ちゃんと離れ離れになってあたし一人になったって、あたしは今の自分の状況を楽しめるよ。

だってそうじゃないと、姉ちゃんとまた会った時に面白かった話し出来ないでしょ?

だからね、リグレットもアッシュもジャンもアニスもイオンもアリエッタも、みんなあたしが楽しませてあげるよ。
あたしといると楽しくて仕方がないってくらい、笑わしてあげる」



――「姉ちゃん、オレ今度の戦場で死ぬかもしれない。死も覚悟しておけって、言われたんだ」


――「どうしてッ!どうしてあの子が死ななければいけなかったんだッ!
   何故ローレライはっ…ユリアはあの子を助けてくれなかった!どうして予言に書いてあったのに、誰も告げてくれなかったんだっ!」


――「リグレット、予言によって生かされているこの世界がどれだけの価値があると、お前は思う?
   私はこの世界を変える。レプリカによって新たな世界を作るのだ。…もちろんお前の弟も、レプリカとなって新たな人生を生きることができる」



「そうだな。私も…今度弟に会えたら、楽しかった話をしたいな」





vs.きっと今もどこかで繋がっている、親愛なる我が姉弟へ


(そういえば、お前には姉がいるのか?)
(うん、ちょっとアホいのが一人)

(そ、そうか…)




++++

この間病院に行った時、ちみっこがてけてけ歩いているのを見て母が遠い目をして云いました。

「アンタの姉ちゃんね、ちょっと目を離したらすぐに机やら椅子やらで頭ぶつけてたのよ。角で

ああ、だからあんなにアホになったのかなって、
思ったのは内緒です




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